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池上彰が見る 2024年大統領選挙直前のアメリカ #1

2024年8月、『池上彰が見る分断アメリカ』が刊行されました。インフレ、経済格差、宗教問題、移民問題など、数々の課題が山積し、分断が確実に広がっているアメリカ。その実態と実情をそれまでの著者のアメリカ取材をふまえながらわかりやすく解説する内容です。これを読めば、アメリカのニュースに接したときに「そうだったのか!」とひざを打つはず。

その池上彰さんが2024年9月から11月までの間、二度にわたってアメリカを取材されます。そこで見えたこと、本書の原稿には間に合わなかったことなど、臨場感あふれる生のアメリカをレポートしていただきます。

著者近影:木内章浩


2024年9月24日

アメリカ便り その1

 拙著『池上彰が見る分断アメリカ』を出版した後、目前に迫った選挙戦と分断の現場を見るため、アメリカにやって来ました。この本を読んでいただいた読者、またこれから読んでいただけるかもしれない読者のために、その続きをウェブでお伝えします。

 まずはニューヨークを訪れているのですが、テレビを見ると、連邦議会の下院議員のコマーシャルの氾濫です。
 アメリカは選挙運動の中心が戸別訪問とテレビコマーシャル。戸別訪問は熱心な支持者がボランティアでやってくれるので費用はかかりませんが、テレビコマーシャルは金がかかります。
 日本では、アメリカの選挙というと大統領選挙の報道ばかりですが、大統領選挙に合わせて連邦議会の下院議員の選挙も実施されます。日本の衆議院議員の任期は4年で、解散総選挙があれば、任期はさらに短くなりますが、アメリカの下院議員の任期は2年なのです。途中での解散はありませんが、あまりに短いので、議員たちは当選すると、すぐに次の選挙を意識します。
 ニューヨーク州は民主党の牙城で、大統領選挙はカマラ・ハリスで決まり。このためニューヨークでは、民主党も共和党も大統領選挙に関するコマーシャルを流しません。金の無駄遣いなのです。

 ところが、下院議員選挙となると、26人の枠があり、26の小選挙区に分かれています。これだけの数の選挙区になると、共和党の強い選挙区もあり、地域によっては激戦です。
 そこで、激戦区に立候補している候補者たちは、莫大な費用をかけて凝った演出のテレビコマーシャルを流しているのです。
 ニュースの合間にこんなコマーシャルが流れると、一瞬ニュースの続きかと思ってしまいます。
 コマーシャルの内容は党派性がはっきり出ます。民主党の候補者は中絶禁止に反対し、「女性の自己決定権を守れ」と主張します。
 一方、共和党は不法移民の取り締まりを訴え、「国境の安全を守れ」と主張します。
 アメリカは議会が強い力を持ち、大統領だけでは決められないことも多いのです。現在の下院は共和党が多数派。たとえハリス大統領が誕生しても、議会が共和党多数派のままでは、できることも限られます。かくして議会議員選挙は熱を帯びるのです。

 引き続きアメリカ最新事情をお伝えします。


2024年9月25日

アメリカ便り その2

 ニューヨークに着いた翌日、マンハッタンのイタリア料理店にランチを食べようと一人で入りました。広い店内は昼時とあってビジネスパーソンを中心に満員です。ここでスープとスパゲッティを頼んだのですが、支払いの段になって落ち込みました。日本円にして9,000円だったからです。
 日本なら、せいぜい2,000円弱程度の食事だったのですから。

 この日の夜はマクドナルドにしました。ビッグマックが6ドル89セント。日本を出るときに空港で両替したレートが1ドル146円。ということは、ビッグマックが1,005円ですね。円安とニューヨークの物価高は『池上彰が見る分断アメリカ』でも触れましたが、やれやれ、です。円安が理由とはいえ、日本がすっかり貧しくなったのを痛感します。これなら日本を訪れた外国人観光客が「なんでも安い」と喜ぶわけです。
 マンハッタンでの宿泊は、治安を考えて4つ星ホテルを選択しました。シングルの部屋が1泊日本円でざっと10万円。朝食をホテルのレストランで食べたら6,000円。悲しくなります。
 これでは日本人はなかなかアメリカに来られませんね。2012年のアメリカ大統領選挙取材でニューヨークに来たときには、日本人観光客だらけだったのですが、いまや全く見かけません。大谷翔平選手の活躍で西海岸に集中しているのかもしれませんが。
 ニューヨークのアパート代も暴騰とのこと。2部屋あるアパートで月90万円だとか。ニューヨーク駐在の某民放テレビ局員は、外食せず節約のために自炊しているとのことでした。

 もちろんこの状況は日本が貧しくなったばかりではありません。コロナ禍が明けてからアメリカ経済はインフレが続いてきたからです。アメリカの中央銀行であるFRB(連邦準備制度理事会)は、インフレ退治のために金利を上げ続けてきましたが、インフレもようやく沈静化したとして金利の引き下げに踏み切りました。
 それでもCNNの最近の世論調査によると、米国民の一番の関心事は経済。要は物価高を何とかしてほしいということです。
 大統領選挙で民主党のカマラ・ハリスの人気が高まり、「ハリス旋風」などと報じられていますが、それでもトランプ人気が根強いのは、「トランプなら経済状況を改善してくれるのではないか」という期待があるからです。
 日本から見ていただけではわからないアメリカの現状があります。

警備のためにあちこちで道路は封鎖され、パトカーだらけです。(著者撮影)


2024年9月26日

アメリカ便り その3

 毎年9月末のニューヨークは国連総会が開かれるため、市内中心部は朝から晩まで交通規制で道路は大渋滞。移動は徒歩か地下鉄で、ということになります。写真はグランドセントラルステーション近く。パトカーだらけです。とりわけ今年はイスラエルのネタニヤフ首相が演説したので、それに抗議する人たちが集会を開いたりするものですから、警備は一層厳重になります。

 ところで選挙が近づくと、候補者のスキャンダルが出てニュースになるのはアメリカも同じ。全米で話題になっているのはノースカロライナ州の知事選挙に共和党から立候補しているマーク・ロビンソン氏(56)です。
 彼は黒人ですが、ポルノサイトに「黒人ナチス」を自称して奴隷制度を復活することを提唱したと9月12日にCNNが報じたのです。

 本人は報道を否定していますが、これが大統領選挙にも影響しているのです。というのも、この州は激戦州。州知事選挙は大統領選挙と同日の11月5日に実施されます。共和党のトランプ氏か民主党のハリス氏か、どちらが勝つか微妙な場所です。これまでトランプ氏がノースカロライナで開く集会にはロビンソン氏も同席し、トランプ氏はロビンソン氏を「素晴らしい候補」と絶賛していたからです。
 このスキャンダル報道が出ると、トランプ氏は一切コメントせず、政治集会にロビンソン氏を呼ばなくなりました。
 一方、民主党はトランプ氏がロビンソン氏を激賞した動画をCMで流しています。対立候補を叩くという、いわゆるネガティブキャンペーンですね。
ノースカロライナ州の知事選挙は、もはや民主党の勝利は間違いないでしょうが、これがトランプ氏の選挙にどう影響するかが注目されているのです。

 

2024年9月27日

アメリカ便り その4

 アメリカ大統領選挙は州ごとに1票でも多く取った候補が、その州に割り当てられている大統領選挙人を獲得するという仕組みであることは知っている人も多いと思います。全米の総得票数ではなく、獲得した大統領選挙人の数で勝敗が決まるのです。
 ところが、大統領選挙人が単純に総取りではない州が2つあります。それが中西部のネブラスカ州と東部のメイン州です。今回は、ネブラスカ州が注目されています。

 ネブラスカ州といえば、最大都市オマハには「投資の神様」と呼ばれるウォーレン・バフェット氏がいて、彼が経営する投資会社バークシャー・ハサウェイの株主総会には全米から株主が集まり、バフェット氏が何を言うか聞き耳を立てます。
 そのネブラスカ州に割り当てられている大統領選挙人は5人ですが、勝者総取り方式を採用していません。内訳は、州全体で得票が多い候補が2人の選挙人を獲得。ほか3人は、3つの下院選挙区ごとの勝者がそれぞれ獲得する仕組みです。
 ネブラスカ州全体では保守が強いのですが、最大都市オマハが含まれる選挙区は民主党が強いのです。その結果、前回もバイデン氏が選挙人1人を獲得しました。残りの4人はトランプ氏が確保しました。
 今回、トランプ氏がこの方式の変更を求め、他の州と同じように勝者総取り方式にすべきだと州に圧力をかけたのです。
 というのも、事前予測ではハリス氏は225人の選挙人獲得が手堅いとされていますが、この状況で代々、民主党が強いウィスコンシン(10)、ミシガン(15)、ペンシルベニア(19)が加わると269人。そこにネブラスカ州の1人が加わると過半数の270人に到達するのです。
 トランプ氏としては、ネブラスカが勝者総取りになれば5票はみんなトランプ氏のもの。そうなればハリス氏は勝てないという計算です。
 選挙制度を変えるには、ネブラスカ州の州議会が決定するのですが、変更のための特別議会を招集するには、あと1人の賛成が足りず、制度は変更されませんでした。さて、この1人の差が、大統領選挙の結果を左右することになるかどうか。アメリカの選挙制度は、やっぱり面白いですね。

アメリカからの最新事情、第2回へと続きます。 

2024年の大統領選挙でアメリカは何を選択するのか。
新たな南北戦争は起こるのか。

池上彰(いけがみ・あきら)
1950年長野県生まれ。慶應義塾大学卒業後、73年にNHK入局。松江放送局、広島放送局呉通信部を経て、報道局社会部、警視庁、文部省、などを担当し、記者として経験を重ねる。94年から11年にわたり「週刊こどもニュース」のお父さん役として活躍。2005年にNHKを退職し、フリージャーナリストに。名城大学教授、東京工業大学特命教授、東京大学客員教授、愛知学院大学特任教授、立教大学客員教授。信州大学などでも講義を担当。『そうだったのか! 現代史』シリーズ、『君たちの日本国憲法』、『池上彰の世界の見方』シリーズ等、著書多数。

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