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池上彰が見る 2024年大統領選挙直前のアメリカ #3

2024年8月、『池上彰が見る分断アメリカ』が刊行されました。インフレ、経済格差、宗教問題、移民問題など、数々の課題が山積し、分断が確実に広がっているアメリカ。その実態と実情をそれまでの著者のアメリカ取材をふまえながらわかりやすく解説する内容です。これを読めば、アメリカのニュースに接したときに「そうだったのか!」とひざを打つはず。

その池上彰さんが2024年9月から11月までの間、二度にわたってアメリカを取材されます。そこで見えたこと、本書の原稿には間に合わなかったことなど、臨場感あふれる生のアメリカを引き続きレポートしていただきます。

著者近影:木内章浩


第1回  第2回  第3回  第4回


2024年10月27日

アメリカ便り その9

 掲載の新聞は、左は「ロサンゼルス・タイムズ」、右は「ニューヨーク・タイムズ」です。ドジャース対ヤンキースのワールドシリーズの特集ページで、どちらもドジャースは大谷選手、ヤンキースはアーロン・ジャッジ選手の似顔絵が大きく描かれています。今回、私はロサンゼルスからニューヨークに移動したので、同日にそれぞれの空港で現地の新聞を買った結果、こんな貴重な対比ができました。

 それにしてもロサンゼルスからニューヨークまでは国内線で5時間。さらに時差が3時間ありますので、ロサンゼルス空港を13時に出たのに、ニューヨークに着いたのは21時でした。アメリカは広大な国家であることを再認識しました。
 アメリカ最大の都市はニューヨークですが、二番手はロサンゼルス。互いに対抗意識を持っていて、多くの人が地元の球団を愛していますから、ライバル球団による対決は大きく盛り上がります。日本に置き換えると、さながら巨人対阪神戦でしょうか。
 25日の夜にニューヨークのホテルに入ると、すぐにテレビをつけました。アメリカではFOXテレビがワールドシリーズの中継権を獲得していて、独占中継。しきりにオオタニ、ヤマモトの名前が連呼されます。第2戦までの結果はご存じのようにドジャースが2勝。その後のニューヨークのローカルニュースではヤンキースの不甲斐なさを嘆くことしきり。写真はニューヨークのタブロイド紙「ニューヨーク・ポスト」の最終面です。この新聞は保守派でトランプ寄りですが、ジャッジが活躍していないことを嘆いています。

 その後のテレビ各局のスポーツニュースの中では、オオタニが二塁に盗塁したときに亜脱臼したニュースがしばしば取り上げられました。ドジャースの敵地ですが、オオタニの怪我の状態が気になるようです。


アメリカ便り その10

 引き続き、27日の第二便です。大統領選挙中のドナルド・トランプがニューヨークはマンハッタンの「マディソン・スクエア・ガーデン」で政治集会を開いたのです。これは奇妙なことです。ニューヨークは民主党支持者の牙城。ここでトランプが政治集会を開いても、絶対に勝つ見込みはありません。それなのに、投票日9日前という大事な日に、激戦州ではなくニューヨークで過ごすとは。これを不思議なことだと考えたメディア関係者は多く、地元紙「ニューヨーク・タイムズ」は、以下のような分析を掲載していました。要するにトランプのレガシーづくりだと。
 マディソン・スクエア・ガーデンは、スポーツとエンタメ業界の聖地のようなもの。バスケットボールのニューヨーク・ニックス、アイスホッケーのニューヨーク・レンジャースの本拠地で、かつてはフランク・シナトラやエルトン・ジョンのような大御所がリサイタルを開いたことで知られています。トランプは、ここで集会を開き、「俺はマディソン・スクエア・ガーデンを2万人の支持者で埋め尽くしたぞ」と自慢したかったからだ、と。ありそうなことです。

 日曜日の集会は午後5時から始まるのですが、なんと前日から入り口に徹夜で並んだ支持者もいました。私が午前8時に会場に近づこうとしたところ、周辺の道路はすべてニューヨーク市警によって遮断されるという厳重な警戒ぶり。トランプは二度も暗殺未遂にあったのですから、当然の対応ではありましたが、マンハッタンの中心部が長時間閉鎖されたことにニューヨーク市民の怒ること。もともとトランプ嫌いの市民が多いですからね。
 それでも2万人も集めたのですから、ニューヨークにもトランプ支持者が一定程度いることがわかります。ただし、参加者の中には「テキサスから来た」という人もいて、地元の支持者がどれだけいるのか不明でした。
 これに対し、トランプ反対派はニューヨーク市立図書館の前で集会を開き、「ニューヨークにトランプはふさわしくない」「ファシストは出て行け」などと気勢を上げていました。
「ファシストは出て行け」という主張は説明が必要ですね。数日前、トランプが大統領在任中に「ヒトラーはいいこともした」としきりに発言していたという証言が当時の側近から出たからです。トランプ陣営はいつものように「フェイクニュース」だと否定しましたが、トランプが同様の発言をしていたことは、過去に何度も報じられています。
 トランプは選挙直前の貴重な日曜日をニューヨークで過ごしました。これは余裕なのか、選挙に負けてもレガシーは作ったという自負なのか。結果はまもなくわかります。


2024年10月28日

アメリカ便り その11

 日本の総選挙は自公の与党が過半数を割り込んだと大きなニュースになっているようですが、アメリカではほとんど報じられていません。アメリカ駐在の新聞記者たちは、日本の本社から「アメリカの反応を送れ」と要求されるため、仕方なしにアメリカの新聞の電子版で記事を探すという仕事が生まれます。結局、日本国内での報道ぶりを転送したアメリカの記事の要約を本社に送る、という奇妙な対応になってしまいます。
 アメリカでの報道は、日本の選挙ではなく大統領選挙一色。そんな中で、ニューヨーク市立図書館で先日まで「禁書を紹介する週間」が開かれていました。

いまのアメリカで「禁書」とはどういうことかと疑問に思う人もいますよね。実はいまアメリカ各地で「子どもに悪影響をあたえる図書は公立図書館や学校図書館に置くな」という運動が広がっているのです。
 米国ペンクラブが2024年4月に公表した報告書では、2023年7月から12月までの半年間に、全米23州の公立学校で4300点以上の本が禁書とされ、図書館に置かれなくなりました。

 この運動を展開しているのは保守派の白人女性たち。リベラル派がLGBTQの権利を大切にしようという運動を展開していることへの反発から、「禁書」活動を強化させています。「世の中には男と女しかいないのに、子どもたちにLGBTQという思想を吹き込むのはけしからん」と、LGBTQばかりでなく、性について扱っている書籍は子どもの目に触れさせるなという運動を展開しているのです。この運動を受けて、アメリカ各地の教育委員会は、こうした書籍を「禁書」に指定し、図書館から撤去しています。
 禁書と指定された書籍にはアンネ・フランクの『アンネの日記』までが含まれているのには驚きます。ナチの追及から逃れて隠れ家にいる間に性の目覚めについて触れている部分が禁書になった理由だというのですから、何とも言葉がありません。
 さらには黒人差別の歴史や差別撤廃を求めた公民権運動の歴史を取り上げた書籍も禁書の対象です。「偉大なアメリカの歴史を否定するような書籍を子どもに見せるな」というわけです。
 こうした風潮に危機感を抱いたニューヨーク市立図書館が「禁書に指定された書籍を紹介する週間」を定め、言論や表現の自由を訴えているのです。
アメリカは言論の自由を大切にする国だと思っていたのですが、リベラル派と保守派の分断、こんなところにも現れているのです。 


アメリカ便り その12

 引き続き、28日の第二便です。写真はニューヨークの夕刊紙2紙の写真です。ドナルド・トランプがニューヨークはマンハッタンの「マディソン・スクエア・ガーデン」で政治集会を開いたことは書きましたが、それを報じる2紙は好対照です。

 右の「ニューヨーク・ポスト」はトランプ寄りの新聞。MSGと大きく出ていますが、これは会場となった「マディソン・スクエア・ガーデン」の頭文字にかけてあります。最初の「MAGA」は「Make America Great Again」(アメリカを再び偉大に)というトランプのスローガンのイニシャルです。要はトランプの大集会が開かれたという好意的な大特集です。
 これに対し左の「デイリー・ニューズ」は反トランプ・反共和党の夕刊紙。こちらは、この集会を「人種差別主義者の集会」と報じています。実はこの集会でトランプ本人が登場する前にトランプ支持者たちの応援演説があったのですが、ここでコメディアンのトニー・ヒンチクリフ氏が、「今まさに海の真ん中にごみためのような島が浮かんでいる。プエルトリコという名前で呼ばれていると思う」と揶揄し、さらに中南米系の人々は「赤ちゃんを産むのが大好き」で「中絶はしない」と人種差別的なジョークを飛ばしたのです。
 プエルトリコはカリブ海に浮かぶ島で、1898年の米西戦争(アメリカとスペインの戦争)に勝ったアメリカがスペインから奪い取った領土です。黒人が多く、住民の多くはスペイン語を話します。経済的に苦しい人が多く、ニューヨークを中心にアメリカ本国に出稼ぎに来ている人が多い地域です。アメリカ領で、プエルトリコの住民はアメリカ国籍を持ちますが、大統領選挙の投票権は持たないという特殊な土地です。
「デイリー・ニューズ」はこの発言を取り上げて「人種差別主義者の集会」と呼んだというわけです。「ニューヨーク・ポスト」は、この発言を取り上げていません。
 さらに「ニューヨーク・ポスト」は集会の大成功を謳っていますが、「デイリー・ニューズ」は、会場の外でトランプの集会に反対する人たちがいたという記事を掲載しています。
 扱っているのは同じ集会ですが、立場によって記事には大きな違いが生まれる。まさにアメリカ分断を象徴しています。 

第1回  第2回  第3回  第4回

2024年の大統領選挙でアメリカは何を選択するのか。
新たな南北戦争は起こるのか。

池上彰(いけがみ・あきら)
1950年長野県生まれ。慶應義塾大学卒業後、73年にNHK入局。松江放送局、広島放送局呉通信部を経て、報道局社会部、警視庁、文部省、などを担当し、記者として経験を重ねる。94年から11年にわたり「週刊こどもニュース」のお父さん役として活躍。2005年にNHKを退職し、フリージャーナリストに。名城大学教授、東京工業大学特命教授、東京大学客員教授、愛知学院大学特任教授、立教大学客員教授。信州大学などでも講義を担当。『そうだったのか! 現代史』シリーズ、『君たちの日本国憲法』、『池上彰の世界の見方』シリーズ等、著書多数。

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