橋本治『人工島戦記』#13 名探偵キーポン
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橋本治『人工島戦記』#13 名探偵キーポン

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2021年の話題作の一つである、橋本治『人工島戦記──あるいは、ふしぎとぼくらはなにをしたらよいかのこども百科』。その試し読み連載を再開します。12月20日から大晦日をまたいで1月5日まで、毎日一章ずつ公開していきます。題して「年越し『人工島戦記』祭り」!(試し読みTOPへ


イベント情報

2022年1月5日(水)、編集者・文筆家の仲俣暁生さんと、物語評論家・ライターのさやわかさんが『人工島戦記』をめぐる対談イベントを開催します。詳しいお知らせは、主催ゲンロンカフェのウェブサイトでご確認ください。


第いち部 低迷篇

第十三章 名探偵キーポン

「お前よォ、もっと知ってること言ってみ」
 テツオにそう言われて、キーポンが答えた。
「なにを?」
「だから、市長が〝学園都市にする〞って言ってるけど、そんな計画はなんにもないってこと」
「あるかもしんないよ」
 テツオの意見に、キイチはさっきと反対のことを言う。
「どうして?」
 テツオに問われて、なんだかちょっと照れていたみたいなキイチは、再び元の冷静なキイチに戻っていた。
「だって、市長は〝予定〞を言ってるんだもん。〝人工島を学園都市にする〞って言って、〝そこでは研究施設を充実させる〞って言って、別に〝新しい大学を作る〞とは、どうやら言ってないんだよなァ」
「どうしてそれが〝研究学園都市〞になるんだよ?」
「だから、大学院とかを作るんじゃねーの。呼ぶとか」
「大学院だけ?」
「そういう風にしたって、研究都市にはなるだろ?」
「なるけど──。でも、まだ、そんなのどこからも来る予定はないんだろ?」
「ないけど、でも、辰巻が〝やめた〞って言ってるわけじゃないんだぜ。する〝予定〞なんだから、まだ決まんなくてもいいじゃん」
「そんなのメチャクチャじゃん」
「メチャクチャじゃけど、でも、〝予定〞じゃからな。噓ではないぞ」
「噓じゃないけど、〝学園都市にする〞って言ってて、そこが学園都市にならない可能性はあるじゃない」
「その可能性は、十分あるな」
「そういうのを、許すわけかよ?」
「オレのせいじゃないじゃろ」
「市長は、〝学園都市にも・・する〞って言ってて、そのアテは全然なくて、でもその予定は予定だから、予定のままであって──」
「じゃから──」
「結局は学園都市にならないかもしれないけど、学園都市にも・・するつもり・・・で、人工島は計画されちゃってるわけか?」
「そういうこと──じゃと思う。つうのは──」
 と、方言がちょっと出てしまったキイチは、新たな推理の展開をその後に続けた。

「市長は、別に〝人工島を学園都市にする〞って言っとるわけじゃないじゃろ? 学園都市は、人工島の機能の一部じゃから、作ってく途中で〝縮小〞とかそういうことをして、それで結局は〝やめちまった〞ってことにしてもいいんだからな」
「出来ちゃえば、市長の勝ちだもんな」
「そうそうそう」
 テツオの合の手は、うまくキイチをノセてくれた。
「だから、さっきも言ったけど、手捏てこねのマリンゾーンでさァ、ウォーターフロントにするって高層マンションいっぱい建てたけど、バブルがはじけたから、誰も買わないだろう。ああいうのは、市の計画だろう?」
「手捏のマリンゾーンて、あれ、あそこで海洋博やったから、それで埋め立てて作ったんだろう?」
「海洋博やるんで、マリンタワー作って、そんで、その後になってマンンョンとかって建てさしたらしいんだ」
「ふーん」
「そんでなァ、今だからなァ、バブルがはじけたって言って、マンションが売れないけどもな、でもあれを作り始めた時ってな、ホントに売れると思っとったんかなァ?」
「だって、バブルだったんだろう?」
「でもなァ、バブルいうのは、東京の金のことじゃろう?東京の金が余ってて、それで比良野にマンション作ったっていいけども、そのマンション買うのは比良野のやつなんじゃから、東京の金とは関係ねーんじゃねーの?」
 テツオはちょっとびっくりした。
「バブル、バブル」で一まとめにしていたけれども、「そういう発想もあったのか?」という、そんな驚きだった。
「あ、そうか──」
「と、オレは思うんだけどな──」
 慎重なキイチは、一々発言のかなめに、「と、オレは思うんだけどな」を付け加える。
「オレは思うんだけどな、でも、ああいうのを手捏に作っちゃったから、そういうのとは関係ないのか、とかも思うんじゃけどな」
 慎重なキイチは、慎重になるとなりすぎて腰砕けになってしまうという欠点があった。つまり、臆病ということである。
「いや、そういうことないと思うよ」
 慎重になったところをイケイケにするのが、そういうのが性に合ったテツオだった。

「バブルは東京の金で、比良野のマンション買うのは比良野の金だから、それはそれでいいんだよ。それだから、手捏のマンションは売れないんだもん。バブルは東京の金で、比良野は比良野の金だよ。オレは、そんなこと考えてもみなかったなァ……」
「じゃ、いいんだよな?」
 ポカンとしているテツオを見て、キイチはその先を続けた。
「手捏のマンションは売れないだろ? 作ったって売れないのは、別にバブルのせいじゃなくて、初めから売れないようなもんだったかもしれないだろ?」
「お前って頭いいなァ」
 キイチは、ちょっとばかり照れた。
「作っても売れないものを作ったのはバブルのせいかもしれないけど、初めっから売れないものは、バブルとは関係なくて売れないのかもしれないじゃないか」
「お前って、天才かもしれないな」
 キイチは、テツオの発言がうるさいみたいに、ちょっとだけ顔をしかめた。
「つまりィ、手捏のマンションが売れないのはァ、バブルがはじけたからじゃなくてェ、初めっから売れないものだったからかもしれないっつうことだ」
「すげェ! 天才!」
 キイチは得意になった。
「つーことはつまり、市長は〝宅地が足りないから人工島を作って増やす〞って言ってるけど、ひょっとしたら宅地って、全然足りなくなんかないのかもしんないってことだよな」

 得意になったキイチにテツオがぶっつけて来た結論は、かなり飛躍の激しいものだった。
 あんまり飛躍が激しいので、キイチはちょっとばかし目を剝きかけた。自分から話をさっさと飛躍させてしまうのは得意なのだが、他人の飛躍にはちょっとばかり目を剝いてしまう若者達なのではあったが、よく考えてみると、キイチの言ったことを発展させてしまえば、テツオの言った結論にはなるのである。
「手捏のウォーターフロントに作ったマンションが売れ残っているのは、バブルがはじけたからではなくて、もともと比良野の人間には縁のないものだったからかもしれない」というのがキイチの指摘で、テツオの結論は、「別に比良野ではそんなに住宅不足になってないから、それで誰も手捏のマンションなんか買わないんだ」である。

 正確なことを言えば、手捏のマンンョンが売れ残っていたのは、「値段が高いから」である。
 バブルの時期の不動産は、値段が高いものほど売れた。「値段が高いものは作るのに金がかけてあるからきっと値上がりするだろう」と、バブルの時期に不動産を買った人間が考えたからだ。バブルの時期にウォーターフロントに建てられたマンションは、当然そういう風に考えられて作られたから、値段が高かった。値段が高くてオシャレで値上がり必至で、でもそういうマンションが出来上がった時に、もうバブルははじけていた。そうなるとしょうがない、高いマンションはちょっとだけ値を下げる。そうなって値上がり必至の投資を目的としていた人の前に、同じマンションが違う目的を持って現れる。つまり、「あなたは高い金を出してこのオシャレなマンションを買いたいと思うほどオシャレな人ですか?」という問いである。ウォーターフロントのマンションは、比良野の気取った金持ちにそういうことを問いかけるようなものになっていたのである。
 バブルの時期に余っていた〝東京の金〞は、飛来するキングギドラのように、比良野市にまでやって来た。東京の金持ちが、「ここは絶対に値上がりする」と言って、比良野市に高級マンションを作らせて、それを買い始めた。東京の流行に飛びつく比良野の人達は一杯いるから、比良野の金持ちの人達も、東京の金持ちの真似をして、高いマンションを買った。みんな、「ここのマンションは絶対に値上がりするから」と言って、値上がりしそうな高いマンションを買って、それだから高いマンションは更に値上がりしそうになったのだが、しかし、しばらくしたらバブルははじけてしまった。
 バブルがはじけて、値段はちょっとだけ下がって、放っときゃもうちょっとぐらいは安くなりそうだけど、でも、元が高いものは値下がりしても高い。しかも、一度作ったマンションはそう簡単に壊れないから、バブルの時期に建設を開始されて出来上がった手捏のマンションは、「誰かオシャレな人、これ買いませんかね?」という顔をして、オシャレなウォーターフロントに立っていたのである。
 それは初めから、〝投資〞とか〝オシャレ〞とかいう、住宅不足とはあんまり関係のない金持ちのために建てられていた。それは、キイチが言う通り、初めから「(比良野の人間には)売れないようなもん」だったのである。
 それは、今んところ値段が高すぎて売れにくい。でも、将来でもまだ売れ残っているかどうかは分からない。がしかし、そういうことと「比良野の宅地不足」は、もしかしたら全然関係ないのかもしれなかった。
 少なくとも、比良野の市内には、「家がないので道路で暮しています」という家族は存在しないのである。「宅地不足」が潜在的かつ慢性的に存在していても、それは実のところ、多くの人間が「こんなとこじゃいやだ」と、自分の現在住んでる家に文句を言ってるだけのことだったのである。
「それがいやならここに住みますか?」と、突然ウォーターフロントのバカ高いオシャレなマンションを見せられたって、それで「はい買います」と言える人間はそうそういないのである。
 みんなが自分の今住んでいるところに文句を言わなければ、「宅地不足」などというものは存在しない。そういう意味で言えば、テツオの言う通り、「比良野には宅地不足なんかない」のである。
 実際にみんなが自分の住んでいるところに文句を言っていないのかどうかは別として、「宅地不足の解消」を理由にして作られた手捏のマンションと、比良野の住民の「宅地不足」とは、あんまり関係がないのだった。それだけは事実だった。少なくともキイチには、そんな気がした。
 だからキイチは、テツオのちょっと飛躍した結論に「ノー」とは言えなかった。
 がしかし、テツオにとってはそんなこと、どうでもよかった。テツオは遂に、「野鳥」以外の「人工島の弱点」を発見した(と思った)からである。
「つまりさァ──」と、テツオは燃える目をキラキラさせて、テツオの〝結論〞を「ホントか?」と考えているキイチに向かって言った。
「つまりさァ、こういうことなんだよ。市長はさ、人工島を学園都市にするアテなんかなくても、〝学園都市にする予定がある〞とは言えるだろう? だとしたらさ、市長はさ、人工島に宅地を作る必要がなくても、〝人工島を宅地にする予定です〞とは言えるだろう? つまりさァ、人工島っていうのはさァ、それくらいウソ臭くてインチキなもんなんだよ。そうなんだよ、どうして誰もそういうこと言わないんだろう?」
 テツオにはやっぱり、あのお母さんの息子であるような思い込みの激しいところがあった。しかし、そのテツオの前にいたのは、テツオとは違って慎重で、時としてなにを考えているのかよく分からないような、キーポンのイワイ・キイチだったのである。

 テツオに突っ走られて、慎重派のキイチは、とりあえず「うん」と言った。「うん」と言って、その後に「そうなんだけど」と付け加えて、それからなにを考えているか分からないイワイ・キイチは、哀れな燃える青少年コマドメ・テツオに、やおら冷水をぶっかけるようなことを言ったのである。
「うん、そうなんだけど」の後に続くキイチの言葉は、「でもな──」だったのである。
「でもな、正確に言えばな、オレはやっぱり、市長は人工島に、宅地とかを作りたいんだと思うんだ。宅地とか、マンションとかな」
「どうして?」と、燃えて幸福だったテツオが、チラッと顔を不安に青ざめさせながら言った。
 そんなこととは関係ない、ひたすら〝真実〞を求め続ける冷静なイワイ・キイチは、目の焦点を自分の前十八センチぐらいのところに合わせて、考え考え、つぶやくようにしてこう言った──。

「つまりさァ、市長はただ作りたい・・・・んだよ。作りたくて、それが売れても売れなくても、市長には関係ないんだよ──きっと。つまりさァ、売れるもんでも売れないもんでもさ、〝必要だから作ります〞って言う市長はさ、それが売れるか売れないかなんか、関係ないんだよ」
「そうなの?」
 テツオが不安そうに尋ねる。
 キイチはただ、「うん……」とおごそかにつぶやく。
 そんな風にされて、テツオはオズオズと、そのキイチの言った言葉の意味を考え始めた。
「つまり……、こういうこと?  市長は、作るだけで、売れたって売れなくたっていいわけ?」
「うん」
 キイチが言う。
 言われてテツオは、もう一度おんなじことを繰り返す。
「市長は、ただ計画して作るだけで、マンションなんか売れたって売れなくたって関係ないんだ!」
「そうか!」「そうだ!」と、やっと二人は顔を見合わせた。

第十三章 了

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