橋本治『人工島戦記』#12 そんなことは誰も知らない
見出し画像

橋本治『人工島戦記』#12 そんなことは誰も知らない

HB ホーム社文芸図書WEBサイト

2021年の話題作の一つである、橋本治『人工島戦記──あるいは、ふしぎとぼくらはなにをしたらよいかのこども百科』。その試し読み連載を再開します。12月20日から大晦日をまたいで1月5日まで、毎日一章ずつ公開していきます。題して「年越し『人工島戦記』祭り」!(第一章から読む


イベント情報

2022年1月5日(水)、編集者・文筆家の仲俣暁生さんと、物語評論家・ライターのさやわかさんが『人工島戦記』をめぐる対談イベントを開催します。詳しいお知らせは、主催ゲンロンカフェのウェブサイトでご確認ください。


第いち部 低迷篇

第十二章 そんなことは誰も知らない

 人工島計画には、四つの柱がある。港と、住宅と、道路と、研究学園都市である。人工島計画に関心のある人は、みんなこのことを知っている。そして、そういう知り方をする〝人工島計画に関心のある人〞の九割は、人工島計画に反対する人達だった。他の人達は、半分が「そんなのいらねーよなー」の〝いきなり派〞で、残りの半分が、「なんか知らないけどなにかが出来るらしくて、でもなにが出来るかは出来るまで分かんないから、出来てから考えよう」の〝出来てから派〞だった。
〝出来てから〞だと、もう野鳥は来なくなっているし、〝出来てから〞だと、もう人工島は壊せなくなっているのだけれど、ともかく市民の大部分は、「出来てからじゃないと分かんないもん」という、抽象思考を放棄したお殿様だったので、反対運動などは、盛り上がりようもなかったのである。

 もちろんテツオは〝自然保護派の母親の息子〞だから、人工島がどういうものかは知っている。知ってはいても、テツオのお母さんは重点的に野鳥のことしか問題にしないから、テツオは〝その他のこと〞を忘れていた。しかし、人工島計画には〝四つの柱〞があるのである。人工島計画が別に「野鳥を殺すための計画」ではなくて、結局は〝四つの柱〞で出来上がっているのだということをキイチに話して、そのことを改めて考え直したテツオは、ちょっとばかり首をひねった。
「どうしてみんな〝野鳥〞と〝干潟〞のことばっかり言って、四つの柱こういうことに意味があるのかどうかってことを考えないんだろう?」
 一人で首をひねって胸の中でつぶやいたテツオは、結局なんにも言わないで黙っているのとおんなじだった。
 テツオから、「人工島っていうのはさ、港の規模を拡大して、それから宅地を作って、道路も作るんだろう。それから、そこを研究学園都市にして緑をいっぱい増やして、人工島らしくないもんにするんだっていうんだけどさ」という、人工島計画の全体像を聞かされたキーポンことキイチは、ただ「ふーん」だった。「そんなことは知っている」とも「知らなかった」とも言わず、そのかわりキイチは、黙って首をひねっているテツオに向かって、あっさりと言った。
「うるさかねーか?」
「なにが?」
 ぼんやりと尋ね返すテツオに対して、キイチは言った。
「だって、港から綜緒へおまで一直線になるんだろ? だったら、暴走族がバリバリに走り回って、人工島の中なんか、うるさいだけだぞ」
 テツオは一瞬目を剝いた。
「そうだよなァ──」
「そんなとこに、住むかァ?」
 キイチは追い討ちをかけた。
「そうだよなァ……」
 テツオはおんなじことを繰り返した。
「港にすんだろう? デッカイ船が来んだろう? タンカーだって来んだろう? 港は暴走族のたまり場だぞォ。そんで、ド真ん中にバイパスつけちゃうんだろう? 島中バリバリなんじゃねェの?」
「そうだよなァ」
 テツオは、ほとんど思考放棄に陥ったように、おんなじことを繰り返した。
「そんで、学園都市にすんのかァ? 誰が勉強すんだよォ?うるせェだけだぞォ」
「そうだよなァ……」
「なァ、テツ、知ってっかァ? 筑波の学園都市って、やたら自殺するやつ多いんだってよォ」
「ああ、知ってる知ってる」
「そんでェ、やたら金かけて作って、ほとんど目ぼしい成果とかってのがなくて、それで外国じゃ七不思議になってんだってェ」
「誰に聞いたの?」
「理工のやつが言ってた。助教授ジヨキヨーかなんかに聞いたんだって。〝学閥っていうのがあるから、それでヨソのことはよく言わねーのかもしんねーけど〞とか言ってたけど」
「キーポン、さっきさァ、〝比良野に大学の誘致しても、どこもノッて来ねェ〞とか言ってたじゃん。アレ、どこで聞いたの?」
「新聞に載ってたぞ」
「ふーん、新聞て、ケッコー載ってんだ」
「つーか、でも、バラバラだぜ。人工島って、フツー〝野鳥〞のことだとばっか思ってるから、市長が学園都市作りたいなんてこと、知らねーやつが多いんじゃねーの」
「学園都市って、どこの大学が人工島に行くの?」
「知らねーよ。それで、市長は、どっかの大学を探してんだろ」
「オレ達の大学が行くんじゃなかったの?」
 テツオは存外ノンキだった。
「バカだなァ、千大の移転は、別んとこだよ」
「どこだよ」
「まだ、場所って決まってねーんじゃねーの。移転つっても先だから、オレ達とは関係ねーんだと思うよ」
 テツオとキイチの行っている千州大学には、移転の計画があって、教養学部はそのままにしておいて、手狭になった専門課程のある本部キャンパスだけをどっか・・・に移転してしまうことが決まっていた。
 テツオは、「移転だから移転だな」とだけ思っていて、それがどこだかは考えていなかった。まさか人工島に移転するとは思っていなかったけれども、「人工島が学園都市になるんなら、ひょっとして千大はそこに行くのかな?」とか、ぼんやりと思ってもいた。
 ぼんやり思っていて、「でもそうなったら、きっと大学だって文句言うだろうから、別に大学で〝人工島反対〞とかを言っているわけでもないから、そういうのとオレ達は関係ないんだろうな」と、更にぼんやり思っていた。
 そういうぼんやりしているテツオに、キイチが言った。
「なに? お前、千大が人工島に移転すると思ってたの?」
「いや、別にそういうわけじゃないけど」
「千大は、別んところに移転して、そいで、辰巻は、人工島に別の大学を作るか呼ぶかをするんだってよ」
「どこ?」
「〝どこ〞って知らねーよ。どっかよそから別の大学連れて来て、そんで、研究学園都市にしたいんだろ」
「大学なら、比良野にいっぱいあるじゃん」
「知らねーよ。辰巻は、よそから呼びてーんだよ」
「よそって、じゃー、辰巻は、人工島に大山大学を呼ぶのか?」
「呼ばねーだろ。呼べねーよ」
 大山大学というのはキイチの実家のある大山県の国立大学だから、まさかそれを平野県に持って来るわけにはいかない。
「だからこないだ、オレは言ったろう。辰巻が比良野に大学の誘致を考えてて、それで失敗してるって。そう言ったらお前だってゲラゲラ笑ってたじゃねーの」
 キイチに言われて、テツオはちょっとだけ頭を搔いた。
「だからさァ、市長がヘマしておもしれーなーと思って、それでウケたんだよ」
「違うってーの。オレは、〝市長は人工島を学園都市にするって言ってるけど、どっからも大学なんか来ないのに、どうしてそれで学園都市になるんだ〞って、そういうことを言ってたの」
 テツオは、ポカンとした。
「そうなの?」
「そうだよ。お前はなに考えてたの?」
「いや、バラバラに──」
「なにを?」
「いや、だから、バラバラに──」

 テツオは、ちょっとだけ恥ずかしくなった。
 自分の母親が「自然保護」ばっかりを言って、それに反発を感じただけの自分は、人工島のあらまし・・・・だけはちゃんと知っているつもりで、しかし実はなんにも知らずにいたのだということを、ここで初めて知ったからだ。
 なんにも知らないで、焦点をポワーンと合わせないまんま一挙に「人工島なんていらねーよなー」という結論にまで飛んでしまうと、すべてのディテールはバラバラのまんまでなんにも分からないまんまでいるのだということを、テツオは初めて知った。
 すべての物事はうかつに・・・・は言えない。うかつに・・・・は言えないことの真ん中には、どうやら〝まさか〞というものがあって、その〝まさか〞のために、すべてがうかつには言えない・・・・・・・・・状態になっているのかもしれないと、その時にテツオは、直感で・・・知ったみたいだった。

「あのさァ、キーポンさァ、まさかさァ、ひょっとしてさァ、市長っていうのは、人工島を学園都市にするアテとかっていうのが全然なくて、それで平気で、〝学園都市にする〞って言ってんの?」
 テツオの問いに、キイチは意外ときっぱり言った。
「そうらしい」
 それから、とぼけた顔でつけ加えた──。
「オレは、そう思うけど」

 なんということだ、市長は、人工島計画の四本柱の一つとして、「研究学園都市の建設」を挙げているけれども、そこにどの大学が来るかというアテはまったくなくて、それでも平気でそんなことは全然考えなくて・・・・・・・・・・・・・、相変わらず「研究学園都市としての人工島」ということを言っているのだった。しかもあきれたことに、そういうことを平気で言う市長の姿勢を公然と問題にする人間は、一人もいないのだ。
「その計画がいい加減だ」ということに目をつぶっているのは、市長ばかりでなく、反対派も同じだったということになる──。
「少なくとも、ウチのお母さんの口から、そういうことは全然聞かなかった」と、テツオは思った。「市は、学園都市とか港とかいう様々な機能を備えた人工島建設を計画して、市のその計画は計画として・・・・・・・・・・、それを作ると干潟が死滅するから」というのが、ウチのお母さんの主張だったのではないかと、テツオは思った。

「そういうんじゃないの?」と、ひとりでぼんやりと思って、テツオはキイチの顔をポカーンと見ていた。
 テツオは言った。
「みんなさァ、人工島は人工島として・・・・・・・・・・、それがどういうのかは知らなくて──おいといて、それで、野鳥がどうとかって言ってるの?」
 言われてキイチは、ちょっとたじろいだ。
「オレは、そう思うんだけど」
 今度はテツオが、積極的に出た。
「メチャクチャじゃん!」
 テツオに身を乗り出されて、キイチはちょっと頭を搔いた。
「オレは、そう思うんだけど──」
 キイチの言うところは、「オレはそう思うんだけど、でもみんなはそういう風に問題にしてないみたいだから、ひょっとしたら、オレの考えてることはマチガイなのかなァと思ってた」ということである。
「くだらないことばっかりだから世界史が好きだ」と言うキイチは、またミステリーも好きで、しかもうっかり他人(重点的に女)からは、「イワイくんてユニーク」と言われてしまうような人間で、ということは即ち、イワイ・キイチとは、「とんでもなくヘンな視点から物事を考えるのが趣味」というような人間だったということなのである。そして、そういう人間がしばしばそうである例に洩れず、イワイ・キイチもまた、ちょっとばかし臆病な人間・・・・・・・・・・・・ではあったのである。

第十二章 了

< 前の章へ  第一章から読む  次の章へ >

【橋本治『人工島戦記』試し読み】

更新のお知らせや最新情報はTwitterで発信しています。ぜひフォローしてください!

ありがとうございます!
HB ホーム社文芸図書WEBサイト
HB[エイチ・ビー]は、集英社グループの出版社・ホーム社の文芸サイトです。2017年11月にウェブサイトを立ち上げ、2020年にnoteへ引っ越しました。小説やエッセイを中心に、毎日をより楽しく過ごすための、さまざまなコンテンツをお届けします。