橋本治『人工島戦記』#24 現地人は無関心だ(ザ・ネイテイブズ・アー・ムカンシング)
昨年末から実施している「年越し『人工島戦記』祭り」こと橋本治『人工島戦記──あるいは、ふしぎとぼくらはなにをしたらよいかのこども百科』の試し読み連載です。このあと1月5日まで続きます!(連載TOPへ)
イベント情報
2022年1月5日(水)、編集者・文筆家の仲俣暁生さんと、物語評論家・ライターのさやわかさんが『人工島戦記』をめぐる対談イベントを開催します。詳しいお知らせは、主催ゲンロンカフェのウェブサイトでご確認ください。
第いち部 低迷篇
第二十四章 現地人は無関心だ
「あれでしょ? 野鳥が来なくなるとか──」とカンノが言ったのは、テツオに対してではない。カンノは、「今作ってるのかこれから作るのかよく分からない」と言うタナカの混乱に対して、「あれでしょ?」と助け舟を出したのである。
つまりカンノは、それをテツオではなく、一緒にやって来たグループの一員であるタナカに向けて言ったのである。
つまりカンノは、「外に対する代表権のない人間」だという風に、自分のことを決めているということである。
カンノがなんと言おうと、それはグループ内部に限られただけの発言で、外に対してはただの沈黙と同然である──そう思うからこそ、「外に対して自分が代表権を持っている」という風に思ってる風のタナカは、おんなじようなことを、テツオに繰り返して言ったのである。
「カンノは何も言わなかった。タナカははっきりと言った」──二人の発言は、このように違ったのである。
そして、〝外に向けられた声〞ということをその前提に置いて考えると、カンノとタナカの言ったことの内容は、またしても「全然違う」ということになるのである。
代表権のないカンノのモノローグは、「野鳥が来なくなるとか、それで反対されてるやつでしょ?」の、かなりの曖昧を含んだ受動態である。
一方、外に対しての代表権を明らかに持っている風のタナカの発言は、「野鳥が来なくなるって反対してるやつだろ」の、
明確なる能動態である。
カンノの言うところは、「〝野鳥が来なくなる〞ということの他にもなんだか問題があるようだから、それで〝カンばしくないもの〞と噂されているのが人工島である」ということだ。
しかしタナカの言うことは、「〝野鳥が来なくなる〞という理由で、自分とは違う種類の他人達が反対しているのが人工島である」である。
人工島に関するカンノの主題は「人工島」、タナカの主題は「反対運動をしている他人」である。
カンノは、「自分は〝賛成〞とか〝反対〞とかはよく分かんなくてなんとも言えないのだけれど、考えてみなくちゃいけないのが人工島なのかもしれないな」と内心では思っていて、しかしタナカは、明らかに「関係ないじゃん」の人間だということである。
〝ほとんどおんなじ〞でしかないカンノとタナカの発言は、それくらいに違うのだった。
そして、そこんところにもう一人の現地人、シランの態度を持って来てみよう。
「あれだろ? 人工島って、野鳥が来なくなるって反対してるやつだろ?」とタナカが言って、「そうだよ」とテツオが言って、それに対してタナカが、「それがどうしたんだよ?」
と言った時、タナカの横のカンノの横に立っていたシランは、「ああ、アレか」と、ワンテンポ以上ずれたことをひとりごとのように言ったのである。
シランは「ああ、アレか」と言って、それっきりなんとも言わなかった。
自分の知らないことが話題として進められていて、それがなんだか分からないでいることが少し不安になったシランは、その〝なんだか分からないもの〞の正体が〝アレ〞だということを知って、やっと納得したのだということである。
それでは、シランを納得させた〝アレ〞とは、一体なんなのであろうか?
シランの頭の中では、「アレ=人工島=アレ」という公式が出来上がっていた。
「よう、お前らさァ、人工島どう思う?」と問われて、「人工島ってなんな?」と尋ね返したシランは、話題の中心として据えられた〝人工島〞なるものがなんだか分からなくて、「人工島というのはなんだ?」と、ずーっと考え続けていたのである。
「人工島というのはなんだ?」と考え続けていたシランの脳髄は、周囲の議論の声に刺激されることによって、やっと「ああ、知っている、聞いたことがある」という答を出したのである。だからこそシランは、「ああ、アレか」と言ったのである。
「聞いたことはある。聞いたことがあるから知っている。知っている以上は、もう〝ジンコージマとは何か?〞という設問に悩まされる必要はない、ああよかった」というのが、「アレ=人工島=アレ」という公式によって満たされることになった、銭落町の質屋のお坊っちゃんシランの頭の中だった。
こいつの苗字が「志覧」というのは、ほとんど絶妙の配置だが、しかし志覧家は、明治以来ずーっと代々が「平気で〝知らん〞の志覧」という汚名を蒙っていたところだから、すべては今更の太平楽の中にあるのだった。
というわけで、千州大学教養学部の学生談話室の中で燃えていたテツオとキイチの前に現れた三人の現地人は、「知らん」と「開係ない」と「なんにも言わない」だったのである。
こういう現地勢力の無関心に対して、テツオとキイチの異邦人勢力は、どのような戦いを見せて行くのであろうか?
「それがどうしたんだよ?」と言う、あんまりカワイクなくて目鼻立ちも整ってないタナカ・ナダヒロと、なんにも言わずにただニコヤカにしているカワイイけど目鼻立ちの整ってないカンノ・ヨシオと、あらぬ方を見て、「ああ、アレか」とつぶやきながら、もうほとんど戦線離脱をはかりかかっている目鼻立ちの整ったシラン・ゴロウの姿を見て、現実主義者のキイチはともかく、テツオの方は、一向に、なんにも感じなかった。
自分の目の前に立ち塞がっているのが、〝三人の大学生〞の形をした地方都市の現状だということをまったく知らぬまま、主人公コマドメ・テツオは、保留にされたままになっている自分自身の問いを、もう一度改めて操り返したのだった。
テツオは言った。
「だからァ、お前達、人工島ってどう思う?」
第二十四章 了
【橋本治『人工島戦記』試し読み】