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橋本治『人工島戦記』#23 現地人は語る(ザ・ネイテイブズ・アー・スピーキング)

「年越し『人工島戦記』祭り」こと橋本治『人工島戦記──あるいは、ふしぎとぼくらはなにをしたらよいかのこども百科』の試し読み連載は正月も休まず実施。このあと1月5日まで続きます!(連載TOPへ


イベント情報

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第いち部 低迷篇

第二十三章 現地人は語るザ・ネイテイブズ・アー・スピーキング

「燃えとるじゃん」と言ったのは、志覧吾朗しらんごろうという男だった。
「なにやってんだよ」と言ったのは、田中洋広なだひろという男だった。
 なんにも言わないでニコニコしてるだけだったのは、芋野優男かんのよしおという男だった。
〝男〞といっても、まだ大学生の年頃なんだから、この三人の顔は坊や坊やしている。坊や坊やしていて、そして、テツオとキイチが、埼玉県と大山県という県外からやって来た外人エイリアンであるのに対して、このシランとタナカとカンノの三人は、平野ひらの県の比良野ひらの市出身の、生え抜きの現地人ネイテイブだったのである。
 三人の現ネイテイブ地人クラスメイトに囲まれて、テツオは「おゥ」と言った。
「おゥ」と言ってキイチを見て、テツオはキイチからなんらかの〝了解〞を得た。その〝了解〞とはもちろん、「ちょうどいいじゃん?」というような意味だった。

「よう、お前らさァ、人工島どう思う?」
 テツオは現地人の三人に言った。
 言われた現地人は、「なんじゃ?」と顔を見合わせて、それっきりだった。
「現地人」という言葉に「ネイティブ」というルビを振らないと、なんとなく十五世紀にコロンブスが上陸した南の島のような感じになるが、それは単に作者がメンドくさがっているだけで、千州せんしゆう最大の大都会に生まれ育った三人を愚弄しているわけではなかったが、こう書いてしまうと、「うーん、そういう風にも十分にとれるような気配濃厚だなァ」と思う
作者でもあった。
 というわけで、これから先「現地人」という言葉が登場したら、それは「外人エイリアン」に対する「現地人ネイテイブ」という意味なのだと理解してくれ給えと言うのが、作者なのだった。
 そしてだから、現地人は、「人工島ってなんな?」という口をきくのだった。
 別にこれは、「現地人は科学に弱い」という意味ではないのだが、そういう註釈を一々入れるから、そういう気配・・・・・・が濃厚になってしまうのだということを、作者だって全然知らないわけではないのだった。

「人工島ってなんな?」と言ったのは、五軒町ごけんまちにある貴金属商から嫁に来た母親を持つ、笊座ざるざのはずれにある銭落ぜにおとしという町の質屋の息子であるシランだった。
 江戸時代、五軒町にのきを並べる裕福な商人達は、笊座近辺で盛んに金を使った。「水を笊ですくうように金を使う」というのが五軒町の商人達の誇りだったのだが、別に江戸時代にすべての町人が豊かだったわけではない。五軒町から笊座へ行って、ちょっと行き過ぎるとそこには「銭落」という町が待っているというのが、江戸という時代の粋な皮肉だった。
 シラン・ゴロウは、そこの質屋の息子だったのである。
「人工島ってなんな?」と言ったシランの視線は、一人おいて隣にいるタナカ・ナダヒロの方に向いた。

 タナカは、シラン一家の住む比良野の〝都心部〞からはずっと離れた、東分ひがしわけという新興住宅街にすむサラリーマンの息子である。
 シランが、「比良野は古い町」という部分を代表しているのに対して、タナカは、「比良野はイナカじゃない、トーキョーとおんなじだ」を代表している息子である。
 タナカが生まれた頃には、まだその生まれた病院の三階から海が見えて、それで、お父ちゃんは生まれた息子に「洋広なだひろ」という名前をくっつけたのだが、その後に町は立て込んで、志附子しぶし湾の埋め立ては進んで、町の中の一戸建て住宅に住むナダヒロと海とは無縁になってしまった。
 自分のアイデンティティが知らん間にどっかへ行っちゃったもんだから、ナダヒロのタナカには、「ここはオールラウンドな都会である」という、抽象的なアイデンティフィケイションしか残らなかったのである。
 というわけでタナカは、「比良野はイナカじゃない、比良野は地方じゃない、比良野は、オレの住む世界の中心にある大都会である」という、いたって日本的なコスモポリタン人になったのである。

「あれだろう?」
 シランの問いに対して、タナカは答えた。
「海に作ってるやつだろう? 今作ってるのか? あれか、これから作るのか?」
 それに対して助け舟を出したのは、今まで口をきかなかったカンノだった。
 子供の時から、なにかというと「イモノ、イモノ」と言われていた「芋野」の「カンノ」は、人工島に関する最も一般的な論調を代表する男だった。
「あれでしょ? 野鳥が来なくなるとか、それで反対されてるやつでしょ?」
 カンノが言って、テツオが「そう、そう」とも言わずに、ただうなずいていたのは、テツオが〝環境派の市民になりたくない環境派の市民の息子〞だったからだ。
 カンノの発言に対して、すぐにタナカが口をはさんだ。
「野鳥って、ホントに来なくなるのか?」
「知らないけど」と、カンノは答える。
 シランはボサーッと突ったって、なにがなにやらよく分からない。

 カワイイ順にこの三人の現地人を並べると、「カンノ→シラン→タナカ」の順になる、カンノが一番子供っぽくて、声もカン高い。カン高くて、おっとりとしている。しかしこの三人を、目鼻立ちの整っている順に並べると、これは「シラン→カンノ・タナカ」になる。タナカとカンノは、どっちも「これから先どうなるかは当人次第」といったぼんやりとした表情をしているのだが、シランは明らかに、「色白で目鼻立ちの整ったお坊っちゃん」だからである。
 まァ、それでどうしたのかというと、「勢いだけはあって、しかしすぐにボーッとなっちゃうのがシランだ」という、そんだけの話ではあるが──。

「知らないけど」と言って意味もなくニコニコしているカンノの発言を受けて、タナカは、テツオから発された「人工島に関する問い」を、こうまとめた。
「あれだろ? 人工島って、野鳥が来なくなるって反対してるやつだろ?」
 タナカは言って、テツオは「そうだよ」と言って、それに対してタナカは、「それがどうしたんだよ?」と尋ね返したのである。

 タナカは、「あれだろ? 人工島って、野鳥が来なくなるって反対してる・・・やつだろ?」と言った。しかしそのタナカ以前に、カンノはこう言っている。「あれでしょ? 野鳥が来なくなるとか、それで反対されてる・・・・やつでしょ?」と。
「なんという意味のない繰り返しだ」などと、ここで読者は怒ってはならない。他人の発言と自分の発言がいくら似ていようとも、ともかくそれを自分の口から言わない限りは、その先に進めないという人間もいるのである。
 そして、それがそうなるのも仕方がないというのは、タナカの発言とカンノの発言が、ほとんどそっくりに似ているとは言っても、しかしその内実が全然違うものだからである。
 そこのところを少し分析してみよう。

第二十三章 了

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【橋本治『人工島戦記』試し読み】

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