橋本治『人工島戦記』#22 テツオは目覚めかけた
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橋本治『人工島戦記』#22 テツオは目覚めかけた

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「年越し『人工島戦記』祭り」こと橋本治『人工島戦記──あるいは、ふしぎとぼくらはなにをしたらよいかのこども百科』の試し読み連載は正月も休まず実施。このあと1月5日まで続きます!(連載TOPへ


イベント情報

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第いち部 低迷篇

第二十二章 テツオは目覚めかけた

「オレもさァ、調べて来たんだけどさァ」と、はっきり言ってプンプン怒ってしまっているテツオは言った。
「比良野市が出してる〝事業費の試算表〞ってのがあってさ、オレのカーちゃん、自然保護やってるから、それ持ってたんだ」
「あ、そうなの?」と、思わずマヌケな声を出してしまったのが、キーポンことキイチだった。キイチは、テツオの母親が自然保護運動をやっているなんてことを、全然知らずにいたのだった。言われてみれば「ああ、そうか、道理でなァ」的なテツオのカーちゃんなのだが、しかし、「オレサァー」の強気を見せるさすがのテッちゃんも、お母さんが自然保護運動をやっているということだけは、恥ずかしくて言い出せなかったのである。
 そのタブーを口に出してしまったのだから、テツオのテッちゃんがどっかでキレてしまっていたのは、明らかだった。

 キレてしまったテツオは、〝オレのカーちゃん〞から借りて来た、〝事業費の試算表〞の載っている、比良野市の出した『人工島基本計画書』なるもののコピーを、バッグの中からドサッと出した。
 キイチはそれを見て、「テツオは急に借金取りにでもなったか?」と、一瞬だけ思った。
「いいか?」と言ってテツオが出したのが、第十九章にある〝市の説明〞である。
「国は、人工島計画の一部を直轄事業として認定して、五百億円を出す。市は、国から市に与えられている補助金と、人工島計画の事業費として、合計五百億円を出して、市の事業を起こすための資金として債券を発行して、千八百億円をかき集める予定でいる。市は、民間の資金を利用するために、民間の会社と金を出し合って、〝志附子港開発株式会社〞という第三セクターを作って、ここに千八百億円を用意させるとだけ言っている。この『千州エコノミクス』のレポートによればさ、市の出す〝事業費〞っていうのは、税金のことだよ。税金二百八十億円と国が自治体に出す補助金二百二十億円を合わせて五百億円になるのをさ、市は試算表の中で、〝補助金+事業費〞って書き方をしてるんだぜ。〝事業費〞って言われたら、普通の人間は税金のことだなんて思わないじゃないか。ま、税金のことはいいとしてさ──」
 と、テツオは自分が税金を払わない学生の身分だからあっさりとかわして、先を続けた。
「〝第三セクター(民活事業)千八百億円〞って書いたらさ、それだけ見たら、普通のやつは、〝ふーん〞としか言わないじゃん。〝第三セクターで民活なんだから、千八百億円分の予算の心配はしなくてもいいんだな〞とかさ。でも、この千八百億円分ていうのは、市が人工島を作って、そこに港を作るっていう商売をして、人工島に出来た宅地を売る不動産屋になって、それで儲けるってことだぜ。市は、それだけ儲かるもんだって勝手に思ってるけどさ、ホントにそんなに儲かるかどうかなんて分かんないじゃないかよなァ?」
 テツオの口調が、なんとなくテツオを責め上げる母親の口調に似てしまっていることなど、キイチは知らない。きっとテツオも知らないだろうが、テツオに「なァ?」と押っつけられたキイチは、別に〝母親に攻められるテツオ〞ではなかったので、あっさりと答えた。
「そうだよなァ、志附子港には、そんなに船って入って来ないって、こいつにも書いてあったもんなァ」
『千州エコノミクス』を読んでいたキイチは、今更志附子湾に新しい〝海の駐車場〞を作ったとしても、そこにやって来る船というのがあんまりないことを知っていたのだった。
 おまけに『千州エコノミクス』は、「志附子湾に人工島を作って港を増やすなんてことを考えてないで、今の港が志附子湾にやって来る船の数に対応出来なかったら、その余った分は野圃の方に回してやれ。おんなじ平野県だし、船の荷物が野圃港から国道872号線を通って比良野に入って来たっ
ていいじゃないか」という、とんでもない〝提言〞までしているのだった。

「だろう?」
 テツオは言った。
「船が来なくてさァ、今時不動産屋やってさァ、それで金儲け出来るなんて考えるやつがいるかよォ!」
「そうだよなァ」
 キイチはなんとなく、テツオの勢いに押されている。
「第三セクターで民活でって言ったら、なんとなくそんなもんかと思っちゃうけど、今時こんなマヌケな計算するやつァ、いねーよー!」
「この試算表って、いつのだよ? バブルの時代に作った古いやつじゃねーの?」
 キイチに問われて、テツオは言った。
「去年の九月。オレは、古い資料じゃやだと思って、昨日わざわざ確かめたの! ほらァ!」
 テツオの見せる『人工島基本計画書』の表紙には、「平成四年九月 比良野市港湾局」の文字が、堂々と居すわっていた。
「去年の九月は、もう、とっくにバブルなんてはじけてるよなァ!」
 テツオに問われて、「そうだよなァ」とキイチは言った。
「バブルがはじけてる時代に、どうして不動産屋やろうなんてことを、辰巻は考えつけるんだよ?」
「知らねーよ」
 さすがのキイチも、事態はそのテードにぞんざいな口のきき方の出来るいい加減なものだということだけは、はっきり明確に認識出来ていた。
「千八百億円なんていう、ヤバイ額の債券発行して借金して、それで不動産屋やろうなんていう発想を、よくするよなァ!」
「ああ、それとさ、人工島って、工場用地も作るんだろう? そう書いてあったよな?」
「ああ」
 今度ぞんざいな口をきいたのは、テツオだった。
「バイパス通ってバリバリのとこにさ、その上に工場があって、コンクリートの海の上だろう? そんな環境の悪いとこに宅地なんか作って、買うやつがいるのかよ?」
 キイチに問われてテツオが答える。
「だからァ、デベロッパーに売るんだよ。書いてあっただろ?」
 なんでもかんでも書いてあるオヤジ雑誌『千州エコノミクス』は、今や若者に人気の超情報雑誌になってしまった。

「だからァー──」
 キイチが言った。
「デベロッパーに売るにしてもよー、こんな環境の悪いところに、高い金出して家建てるやつなんかいないってことはよー、デベロッパー屋が一番分かってるじゃねェーかよー。それ分かってて、デベロッパー屋が買うわけねェって言ってんだよー」
「だからァ──」
 今度はテツオだった。
「オレはァ、そういうことしっかり分かって書いてる『千州エコノ』がよォ、どうしてそれで反対しないで、自然保護なんかで反対してるんだって言ってるの!」
 キイチは一瞬、分からなかった。
 テツオは言った。
「人工島がチョーいい加減でメチャクチャで、ヘタすりゃ大赤字出して一巻の終わりってこと分かってんのにさ、どうして『エコノ』は、そういうことを反対の理由にしないのよ?」
「だって、反対してるだろ?」
「だからァ、反対はしてるけど、そういう反対の後に自然保護くっつけて、〝市の出した環境アセスはいい加減だ〞って言い方をして、それでしめてるだろう?『センエコ』は経済誌じゃねェかよォ。経済誌は経済で反対してりゃいいじゃねェかァ。自然保護なんて誰でも知ってるよォ。〝経済のことじゃ分かんないだろうから、自然保護のことを言うから反対してくださいね〞って言い方する経済誌って、ヘンじゃねーか?」
「そう言われりゃそうだな」
「『センエコ』は経済で、ジンコーが経済じゃアッパラパーなんてのは誰も知らねーからよォ、自然保護なんて説得力のねー理由で、反対派のやつは反対してんだろ?」
 テツオの言うことはメチャクチャだが、しかしテツオの言うことは間違いなんかではない。ついでに言うが、〝ジンコー〞は〝人工島〞の略、〝センエコ〞は、〝千州エコノ〞〝エコノ〞と進化を遂げた結果どうやら落ち着いたらしい、オヤジ雑誌『千州エコノミクス』の略語である。
 日本にたった二人しかいない『センエコ』なる雑誌の読者の一人、キイチは答えた。
「そりゃー、『センエコ』なんて誰も読まねーもんなー」
「まァ、そうだけどよォ。でもどうして、『センエコ』は、経済バン! と出して、〝こういう理由があるんだから、みんな反対しろ!〞って言わねーのかなー。自分に関係のねー野鳥よか、経済的にパーなんだって言った方が、説得力ってあると思うぜ」
「オレ達にはあるけどなー、他のやつらはどうだかなー」
 と言っているところへ、その〝他のやつら〞がやって来た。
 さっきから談話室の片隅で、「だからァ!」「だからァー」を繰り返している、日本でたった二人の貴重な『センエコ』の読者の様子が、談話室にやって来たクラスメイトの目に入って、耳に止まったのだった。
「燃えとるじゃん」
「なにやってんだよ?」
 三人のクラスメイトがやって来て、一人はなんにも言わないでニコニコしてるだけだったので、三人に対してセリフは二つだったが、遂にここに、人工島反対戦争を闘うための新たな同志になるかもしれない人間達が登場したのだった(ひょっとしたら、〝まったく役に立たない同志〞かもしれないが──)。

第二十二章 了

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【橋本治『人工島戦記』試し読み】

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