橋本治『人工島戦記』#21「平成五年の変」はまだ──
新年おめでとうございます
本年もよろしくお願いいたします
「年越し『人工島戦記』祭り」こと橋本治『人工島戦記──あるいは、ふしぎとぼくらはなにをしたらよいかのこども百科』の再開試し読み連載は正月も休まず実施。このあと1月5日まで続きます!(連載TOPへ)
イベント情報
2022年1月5日(水)、編集者・文筆家の仲俣暁生さんと、物語評論家・ライターのさやわかさんが『人工島戦記』をめぐる対談イベントを開催します。詳しいお知らせは、主催ゲンロンカフェのウェブサイトでご確認ください。
第いち部 低迷篇
第二十一章 「平成五年の変」はまだ──
比良野市が市民達に説明している予算の根拠は、至ってシンプルで、しかしなんにも説明していない。
国は、志附子港を「特定重要港湾」に指定して、比良野市はそれを根拠にして、「オレ達が人工島建設という大イケイケ計画をデッチ上げたら、国は絶対にそれの一部を直轄事業ということにして五百億円出すぞ──〝それでいいですか?〞と言ったら、国は〝ああ〞という内諾を出したぞ」と言って
いるのである。
しかし、正確には、国はまだ人工島計画に「OK」のサインを出してはいないのだ。「OK」のサインが出せないのは、比良野市がまだ「やってもいいですか?」の申し込み願いを出していないからだ。出ていないものにサインは出来ない。比良野市は、やっと、比良野市がその一部に属するような平野県に、「人工島という形で志附子湾の一部を埋め立てたいのですが──」という申請を出したばかりなのだ。
五月のある日──つまりこの小説では〝昨日〞のことになるその日、テレビを見ているテツオとキイチの前に流された「比良野市は、遂に県の環境整備局に対して、埋め立て免許の出願をした」というニュースの、その〝遂に〞は、この〝やっと〞のことだったのだ。
志附子港は比良野市のものだが、しかしこれのある志附子湾が誰のものかというと、平野県のものだ。そしてしかし、これが誰のものかというと、志附子湾を平野県に管轄させている国のものだ。つまり結局、誰のものでもなくて、「港の埋め立ては、港を管轄する運輸大臣の許可が必要だ」という事実だけが残る。
「いいですか? いいですか?」のプロセスだけがあって、その間にはいくつも、「な?(ふふふ)」が入るようになっている。
「な?(ふふふ)」だけがあって、比良野市はまだ国の運輸大臣に申請書を出していない。だから、運輸大臣だってまだ「OK」のサインは出せない。いくら〝内諾〞という「な?(ふふふ)」があったって、まだ正式にどうなるかは分かっちゃいないのだ。
本当に国は、比良野市に五百億円をくれるんだろうか?
国は、比良野市の志附子港を「特定重要港湾」に指定しているけれども、その国は、比良野市の近くにある、国道872号線をズーッと行ったところにある鉄と重工業の野圃市の野圃港にも、「特定重要港湾指定」というものを与えているのだ。しかも順序は、野圃港が先、志附子港が後。
野圃港は、肝心の野圃市の産業が円高のおかげで衰退してはいるけれども、港としては水深もあって、しっかりしている。野圃市としても、「工業はダメだから、これからは流通にも力を入れましょう」ぐらいのことを言っていて、国の「特定重要港湾指定」は、そこら辺のことを「OK」と言っているのだ。
「野圃市の港の整備をする方が、どっちかといえば先だな」と思って、国は志附子湾の「特定重要港湾指定」を二番目にしている。だから、どこでも「金がバンバン余っている」と思っていられたバブルの頃にはとても考えられなかったことだけれども、もしも国に金の余裕がなくなって、「そんなに
出せない」ということになったら、「人工島を作りたい」と言う比良野市に対して、国は、「えー?! やるのォ? だって、あんたのとこは二番目だよォ。そんなにキンキンしてやる気になられても困るよォ」と言えばいい。
ある時は「ある!」と言えても、ない時にはどうも「ない」とは言いづらいものが、金というものらしい。
だから国は、金を出したくなくなったら、ただ「二番目はまだです」と言えばいい。
更に、「どうして人工島なんか作ろうとすんの? 私は、あんたとこに〝港を立派にしてもいい〞と言っただけで、そんなもの作れなんてことは、言ってませんよ。港を立派にするんだったら、今やってる〝港の底を掘る〞ってのをちゃんとやればいいでしょう。そのためのお金ぐらいだったら、出してあげてもいいけどね」と言うことだって出来るのだ。
つまり国は、知らん顔も出来るし、値切ることも出来る。
比良野市は、「国が直轄事業として五百億円を出す」ということにしているけれども、国はホントに出すんだろうか?
御老中様は、「な?(ふふふ)」と言ったけれども、それ以上は、なんにも言ってないのだ。御老中様は、本当に、信用出来るんだろうか?
「心配するな、比良野屋。ワシに任せておけと申しておる」と、悪い老中が言ったとして、しかし果して、この御老中様は、いつまでも無事に、その老中の席にいられるものなのだろうか? それは、その先の日本の国に何が起こるのか、誰もまだ分からないでいた、平成五年の五月のことだった。
うっかり話が江戸時代に戻ってしまったので、しょうがないから、章を変えて現代にしよう。
第二十一章 了
【橋本治『人工島戦記』試し読み】