橋本治『人工島戦記』#19 さァ金勘定をしよう
2021年の話題作の一つである、橋本治『人工島戦記──あるいは、ふしぎとぼくらはなにをしたらよいかのこども百科』。その試し読み連載です。12月20日から大晦日をまたいで1月5日まで、毎日一章ずつ公開。題して「年越し『人工島戦記』祭り」!(連載TOPへ)
イベント情報
2022年1月5日(水)、編集者・文筆家の仲俣暁生さんと、物語評論家・ライターのさやわかさんが『人工島戦記』をめぐる対談イベントを開催します。詳しいお知らせは、主催ゲンロンカフェのウェブサイトでご確認ください。
第いち部 低迷篇
第十九章 さァ金勘定をしよう
国の事業費 500億円
市の事業費 500億円
(内訳:国からの補助金 220億円)
( 市民からの税金 280億円)
債券発行による市の借金 1800億円
人工島の港の使用料収入(予定)600億円
人工島に出来た土地の売却代金(予定)
1200億円
合計 4600億円
この数字を、比良野市が市民に対してどのように説明しているかを、参考までに掲げておこう。
国(直轄事業として) 500億円
市(補助金+事業費) 500億円
市(起債事業) 1800億円
第三セクター(民活事業) 1800億円
合計 4600億円
後の方の市の説明は、とっても分かりやすくて、しかしなんにも分からない。
「起債事業」とは、市がムリヤリ借金をしてしまうことである。「民活事業」の「第三セクター」とは、民間の会社と組んで市が商売をすることである。
「事業費」という「名目の金」は、それを出して後がどうなるのかは知らないが、ともかく「出す」と言ったら出て来るものである。それが、議会で予算案を審議し、「予算」として可決成立させる、国や市などの自治体の〝お約束〞である。だから「事業費」と書いてあれば、その分だけの金は、きっ
と出て来る。がしかし、「第三セクター(民活事業)」とある分の「千八百億円」は、「人工島に作る港の使用料」と「人工島に出来た土地の売却代金」の、「六百億円」と「千二百億円」を合わせたもので、これは将来の「予定」なのである。市の説明の中には、「予定」という文字がどこにもない。
市という官僚世界は、「〝第三セクター(民活事業)千八百億円〞と書いてあったら、それが〝予定の数字〞だということは当然のことじゃないですか」ということを、それが問題になって騒ぎになった後になってから言い出すところで、「それなら初めから〝予定〞の二文字を入れとけ!」という発想なんかを絶対にしないところなのである。
そして、そういう地方の官僚組織は、住民という愚かなものが血迷って「それなら初めから〝予定〞の二文字を入れとけ!」なんていうつまらない騒ぎを起こしたりしないように、一番最初にオゴソカな手を打っておくものなのである。それがつまり、市の説明の一番最初にある「国(直轄事業とし
て)」なのである。
「これは、お国が直々に手を下す直轄事業なのですから、なんの心配もいらないことなのです」ということを言わんがために、「直轄事業」の四文字は一番最初に来るのである。
市が市民のために出している人工島建設計画のパンフレットに載っている「事業費の試算表」は、たったの五行で、とってもシンプルなものだ。「これなら、あんまりムツカシイことを考えられない市民の頭のテードでも理解出来るでしょう」という発想で作られた、いたってシンプルな五行は、シ
ンプルなだけでなんにも分からない。なんにも分からないところにただ「千八百億円」という、実際に入るのか入らないのか分からない数字を一番最後に持って来て、そこから「予定」の二文字を抜かしてしまっているのだから、これはほとんどサギ同然のウソ千八百億なのであった。
さて、人工島建設計画のような大規模な事業(つまり〝社会的な仕事〞)は、「ある部分を国の事業としてお金を出してあげよう」という形を取ることになる。すなわち「直轄事業」の四文字である。つまり、「お父さんが少しお金を出してあげると言えば、お前はやるかい?」という内ない諾だくを、比良野市は国から受けていたということである。
人工島計画が持ち出される二年前のバブルの真っ盛りの頃、国は比良野市の志附子港にたいして、「特定重要港湾指定」というものを出したのである。これは、〝二流国際貿易港〞に対して、「お前には、さっさと一流港になってもいいよという権利をあげよう」と国が言ったということである。
「さっさと一流になってもいいよ権」を与えられた比良野市は、「ホント、お父さん?」と言って、「さっさと一流になりたいから、計画を立てよう!」と言ったのである。時はバブルの真っ盛りの頃で、どこでも「金がバンバン余っている」と思っていられた頃だった。
そんな権利を与えた以上、国というお父さんは、「お前がいいプランを持って来たら、お金を少しぐらいは出してあげよう」と言ったも同然なのである。
「〝少し〞って、いくらぐらい?」とこどもが言って、お父さんは、「五百億ぐらいはOKだろうな」と言ったのである。時はバブルの真っ盛りの、どこでも「金ならバンバン余っている」というノーガキをたれていられた頃の話である。
というわけで、ここで話を江戸時代にしてしまおう。
第十九章 了
【橋本治『人工島戦記』試し読み】