少しの「雑さ」が、血の通ったデザインを生む ナカムラクニオ
ゼロから1冊の本が生まれるまでのプロセスを、著者のナカムラさんが実験的に日記で公開していきます。#7
[毎月第2・4金曜日更新 はじめから読む]
「おお! すごく良い」
ついに表紙のデザインが決まった。アクリル絵の具をチューブからしぼり出したような、濃いピンク色だ。ピンクは、恋愛や生命感を表現する色として知られている。芸術家のこじらせた恋愛を語る本には、ぴったりだ。
さっそく、ニルソンデザインの望月さんと林さんから届いたデータをプリントアウトする。切って、本に巻いてみる。さらに良い感じだ。前作の『こじらせ美術館』と並べると、白とピンクで仲の良い姉妹のように見える。あるいは、めでたい紅白餅のようにも見える。紅白の組み合わせは、情熱と純粋さを感じさせてくれるし、風水的にも悪くない気がする。そういえば『ノルウェイの森』も、あの赤と緑が並ぶ装丁は、書店で独特の存在感を放っていた。こじらせ美術館シリーズも、そんな感じで置いてもらえるとうれしい。
説明するのも野暮な話だが、表紙のイラストは、エコール・ド・パリの人気モデルだったキキを「モナ・リザ」に見立てている。そして、キキを描くことで成功をおさめた日本人画家、レオナール・フジタ(藤田嗣治)の顔を手に持たせた。こうやって並べて描くことで、影響を与えあったふたりの芸術家を紹介したいと考えたからだ。
しかし表紙のイラストは、すごく難しい。丁寧に描き込みすぎると冷たい印象になってしまうし、面白みがなくなってしまう。完璧を目指すデザインや建築がどこか冷たい印象を与えるように、完璧に美しいイラスト、デザインを目指すと、なぜか冷たくなってしまう。そして、結局は、わかりにくくなってしまう。
そういうクールな表現より、生きているデザイン、機能しているデザインにしたい。だから、タッチを荒くし、少しだけ「雑さ」を残すようにしている。下書きやアウトラインだけデジタルで描くこともあるけど、今回は最終的に、結局アナログなアクリル絵の具と色鉛筆、さらに日本画の顔彩を使って、仕上げた。生っぽい、血の通ったイラストになったと思う。
こうして実際に描いてみると、わかることがある。フジタの絵画は、肌の色を再現するのが難しいなとか、構図が浮世絵っぽいんだなとか、常に発見だらけだった。こじらせ美術館シリーズは、歴史的評価という観点からではなく、ひとりひとりの画家そのものに寄り添って、絵を模写しながら、気持ちを理解するように書いたつもりだ。文章を書くという行為は、他人から得た情報に何かしら自分の新しい考えやアイデアを付け加えたりしながら、「自分のもの化」して保存することだと思う。そして、絵を模写することから画家を深く理解するというアプローチも、なかなか面白いと思っている。
図書館の資料を読んだだけでは、わからない世界があるのだ。
そうしてついに、「色校正」が届いた。本番の印刷前に、データの間違いや色の発色などを確認するためのものだ。ここまでくると、いよいよ新刊の発売が迫ってきた感じがする。一番緊張する瞬間だ。おお、カバーの濃いピンク色が、とても良い感じ。
そして、大切な紙をチェックする。手触りが、とてもいい。デジタルの本にはない、紙をめくる喜びのために、程よい厚みも大切だ。紙は何も書かれていなくても、それ自体が歴史や物語を孕んでいるオブジェだと思う。文字が印刷されていなくても、すでに壮大なファンタジーが溢れているように感じる。
紙の匂いもとてもいい。古本屋さんや図書館に漂うノスタルジックな匂いも好きだが、新刊の匂いもまた素晴らしい。そういえば、ドイツの出版社・シュタイデル社を経営し、「世界一美しい本を作る男」と称されるシュタイデルさんも、本は匂いが大切だと言って、インクの香りまでこだわっていたのを思い出した。本とは、ある種の香水なのかもしれない。もうすぐ届く製本されたばかりピカピカの本に顔をうずめて、深呼吸するのが楽しみだ。
▲最初にニルソンデザインさんから届いた、カバーと帯のデザイン案いろいろ。それぞれに見せ方や意図が違っていて面白い。シリーズ感を強く出したいか、1冊でのインパクトを重視するか、などなど。
【「こじらせ恋愛美術館」の本づくり日記】
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