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第10話 活字と組版 前編|ほしおさなえ「10年かけて本づくりについて考えてみた」

活版印刷や和紙など古い技術を題材にした小説を手掛ける作家・ほしおさなえが、独自の活動として10年間ツイッターに発表し続けてきた140字小説。これをなんとか和紙と活字で本にできないか? 自主制作本刊行に向けての模索をリアルタイムで綴る記録エッセイ。
illustration/design 酒井草平(九ポ堂)

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1 本ができるまで(著者目線)

  唐突ですが、ここで本ができるまでの著者の仕事について簡単に説明しておきます。わたしは小説家なので、小説の場合の話です。
 本ができるまでの工程は、だいたいこんな感じです。

 ①企画の打ち合わせ
 職業作家の場合、まず出版社の編集者(本作りをコントロールしていく人)との打ち合わせから企画がはじまることが多いです。その編集者が求めている作品のイメージを聞きながら、自分のなかの引き出しから、それに合った話をひねり出していく感じです。
 作家の方が話の大まかなイメージを持っている場合もあります。その場合は仕事を依頼してきた編集者にその概要を伝えて、おもしろそうと判断されれば、そこから話が発展していくこともあります。わたしの場合は、自分のなかに構想がふくらんだとき、あの編集者ならこれをおもしろいと思ってくれるはず、と見込んで、構想をお話しすることが多いです。
 しかし、最初からすべての設定を固めて提示することはあまりありません。話の核になる何点かを伝え、登場人物や細かい設定は編集者とのやりとりのなかで、相手の意向を聞きながら固めていくことが多いです。
 どちらにしても、自分の引き出しにないものは書けないので、編集者の意向と自分の書きたい(書ける)題材をすり合わせて、練りあげていきます。

 ②構想〜プロット作成
 企画がだいたい固まったら、構想を詰めていきます。ここがいちばん頭を使うところです。
 一回の打ち合わせで、すぐに企画が固まることはほとんどありません。その場で決まらず、持ち帰りになることも多いです。わたしはシリーズものを書くことが多いので、その題材からいかに多様な話を紡ぎ出せるかが大事なポイントです。
 自分の書きたいことが具体的な物事に結びつかず、題材を求めて何ヶ月も考え続けることもあります。題材が見つかってからも、それをどのような世界観(舞台となる場所など)で、どのような登場人物で書くのが良いのか、どんなストーリーにするのか、そこがしっかり固まるまで、さらに数ヶ月を要することが多いです。
 シリーズものだと登場人物も多くなるため、人物のバランスや関係もしっかり練る必要があります。短編一本だけなら、主人公がひとりでどこかに立っているところからはじめ、しだいに世界を広げていくというような書き方もできるかもしれませんが、シリーズものの場合は、最初に世界全体を上から見て把握しておくことが大事ですし、なにもかも自分で決めないと、なにも物語が生まれてこないのです。
 世界観と登場人物が決まったら、プロットをまとめ、ストーリーラインを決めていきます。そこで再度編集者と相談し、足りない要素がないか検討していきます。

 ③執筆
 執筆。つまり、小説を書きます。体力勝負です。
 執筆のときは、たいてい一日中、朝から晩までPCに向き合って、ただひたすら書き続けます。
 一日5,000字から10,000字くらい書くことが多いですが、締め切りが迫ってくると15,000字くらいになることもあります(とても辛いです)。
 一日の終わりには、頭がスカスカでボロボロのスポンジのようになり、こんなことをしてもどうにもならない、とか、自分はなんのために生きているのか、などと悲観的な気持ちになりますが、一晩寝るとなぜか復活して、またPCに向かいます。

 ④調整
 出来上がったものを編集者に見せ、意見を出してもらい、内容を調整します。調整が終わったら入稿となります。

 ⑤校正・校閲
 ゲラ(=原稿をページレイアウトして紙にプリントしたもの)で、校閲者、編集者、著者の三者でまちがいやわかりにくい表現がないかチェックする作業です。
 著者は、校閲者、編集者の入れた指摘をひとつずつ検討し、修正します。自分自身でもまちがいや文の流れなどを再検討します。
 校閲者は、誤字脱字、文字や記号、慣用句の誤りなどのほか、内容についてもチェックを入れてくれます。その場面にいないはずの人が登場していないか、この場面からこの場面までの時間経過や日数におかしなところはないか、など、作品内で矛盾している点を洗い出していきます。
 さらに、そこに描かれていることが実際の事物に照らして正しいかどうかも調べます。歴史的な事実や地理、ものや人の名前、一般常識に照らしておかしなところがないか。小説は広く一般の人が読むものですので、差別や偏見と捉えられるような表現がないかもチェックされます。
 小説は著者の表現なので、疑問が出たからといってすべてを直さなければならないわけではありません。あくまでも、著者が見落とした点を見つけるための手がかりとして、注意を促すためのものです。

 


2 校閲は大事だ!

 出版や広報など、刊行物に関わる仕事をしていない人にとっては、校閲というのは馴染みのない仕事かもしれません。ワープロソフトにもスペルチェックの機能はあるので、それでいいじゃないか、と感じる方もいるかもしれません。
 しかし、そうではないのです!
 スペルチェックはあくまでも文法上の誤りやタイプミスを見つけるためのものです。なので、たとえば著者が、小説の登場人物のAとBを取り違えて場面を書いてしまったとき、「Aさんがやってきた」としても「Bさんがやってきた」としても、どちらも文法的にはまちがっていないので、チェックされません。しかし、校閲者はそれをチェックしてくれます。

 著者が登場人物を取り違えることなんてさすがにないだろう、と思われるかもしれませんが、実はわりとよくあります。わたしは何度もまちがえてます。なんなら、すでに死んでいる人を登場させてしまったこともあります。
 祖父と伯父をまちがえたり、閉店と開店をまちがえたり(このふたつは校閲者や編集者の目もすり抜けて、まちがえたまま世に出てしまい、重版の際に修正されました)。あと、わたしは左右もよく(日常生活でも)まちがえますし、年数を数えるのも苦手で「あれから何年」という記述などもよくまちがっていて、校閲者に指摘されます。
 また、わたしの場合はシリーズものが多いため、過去の巻の出来事との照合も必要になってきます。過去に一度だけ登場した人物があとで現れたとき、その人の年齢や職業や家族構成がどんなものだったか、矛盾がないように書かなければなりません。
 毎回、人物表や設定をまとめたものは作るのですが、漏れてしまっているものも多々あります。登場シーンが少ないから、だれそれの父、とか、だれそれの先生、という形で名前が決められていない人物もいますし、名前はつけていなかったつもりなのに、セリフのなかではそのとき仮につけた名前で呼ばれていたりすることもあります。
 そうした細かい点を毎回ひとつずつチェックしていくのです。

  ①から⑤までの工程のうち、いちばんむずかしく、頭を使うのは②の構想です。閃きの勝負ですから、もちろんがんばらないとできないのですが、がんばったからといって浮かんでくるわけでもなく、構想を練りはじめるときはいつも、ほんとうに書けるのか不安になります。暗闇のなか、道なき道を進んでいるのか、進んでいないのかもわからない状態です。
 いちばん体力が必要で、疲れるのは③の執筆です。しかし、ここは意外と楽しかったりもします。辛いけれども中毒性もあり、一度作業をはじめると疲れてなにも考えられなくなるまで書き続けてしまいます。

 一方、いちばん気が進まないのが⑤の校正なのです。校閲者からの指摘をもとに、著者も修正を入れていきます。指摘された点だけでなく、自分でも語句のまちがいを正し、文の流れがよくないところ、わかりにくい箇所を直します。
 料理で言うと、煮物を作ろうと決めて材料を集めるところを構想、実際に材料を切ったり煮たりする作業を執筆として、校正はできあがった煮物にはいっている具材が同じ大きさのきれいな形になっているかひとつずつ確かめるような作業です。味わってはいけません。ひたすら形を確かめるだけ。
 忍耐がいる作業ですが、これをするかしないかで作品の出来は大きく変わります。まちがいを探すとともに、執筆するときは勢いで書いてしまった文章も、一読して意味が取れるように、なめらかにリズミカルに読めるように、調子を整えていきます。
 正直、校正は辛いです! 編集者から分厚いゲラが送られてくると、逃げ出したくなります。
 しかし、それでも声を大にして言いたいのです。
 校正は大事だ、と!
 校正なしには本を出すことはできない、と!
 そして、原稿を見てくれている校閲の方に、深く感謝しています(ありがとうございます)。

 

 

3 活版印刷の校正について

  と、長々と本を書く工程を語ってしまいましたが、それはこの140字小説本の作り方、とくに校正について説明するためです。
 通常の本ですと、完成原稿を編集者に渡してから、実際に本ができるまでには三ヶ月くらいかかります。この間に2〜3回の校正をおこない、校正が終われば仕事は著者の手から離れます。あとは印刷所が本を印刷し、製本し、出版社が配本。全国の本屋さんやネットショップから読者の手元へ、という流れとなるわけです。
 いまは著者もワープロソフトやエディタを使って原稿を作成し、それをDTPソフトに流し込んで、という流れが一般的です。

 しかし、活版印刷の時代は違います。
 まず、著者の原稿は手書きです。担当編集者しか文字が判読できない作家もいたようです。わたしの父の原稿も生涯手書きでした。比較的読みやすい文字で、わかりやすい原稿だったと思いますが、それでも削除するために黒く塗りつぶされた部分があったり、挿入部分がマス目の外にはみ出していたりで、文字数を正確に把握することはむずかしいものでした。
 印刷所では、その原稿を見ながら、文選工が活字棚から1文字ずつ活字を拾い、植字工が活字を順番に並べて組んでいきます。そうやって組んだものを校正機で数枚だけ刷り(ゲラ)、校閲者や編集者のチェックを経て、著者が赤字を入れます。赤字のはいったゲラが印刷所に戻ってくると、修正部分の活字を組み替えるのです。
 このとき、「あ」一字を「い」に置き換えるなら、その活字を入れ替えればいいだけです。しかし、もしも「あ」を「いう」に変える場合は、その行の文字が一字増えてしまいます。つまり、行末の文字を一字、次の行に送り、さらに次の行末の一字もその次の行に送り、と段落の切れ目までその作業を続けることになります。
 修正部分がもっと長くて、行が増えることもあったでしょう。いまのDTPなら、行が自然に次のページに送られていくだけですが、活版印刷では、すべて手作業でおこなわなければなりません。数ページにわたって影響が出ることもあったでしょうし、たいへんな作業です。

 著者の校正は、初校、再校と2回おこなうのが一般的で、再校で赤字が多い場合は部分的に三校を取ることもあります。このあとさらに編集者が念校でチェックをおこない、大丈夫となったら校了で印刷にはいります。
 現在、ワープロを用いるわたしたちは、画面上やプリントアウトで印刷されているのと似たような、整った状態で自分の原稿をチェックすることができます。執筆段階での修正も容易です。
 しかし活版印刷時代は手書きの原稿からのスタートです。活字を組んでゲラにした状態で、手書きの原稿で読んだときよりずっとわかりやすく、文章の良さが引き立つようになる、という話を聞いたことがあります。手書きの原稿でどうやって全体を把握していたのだろう、と思いますし、ゲラになったあとたった数回の校正で内容を整えていたというのも驚きです。
 そして、おそらく膨大にはいっていたであろう赤字に対応し、活字を組み直していた文選工や植字工もすごいと思うのです。
 活版印刷のことをお話しすると、すべての活字を拾って文字を組んでいたことに驚かれることが多いのですが、一度組んだら終わりではなく、さらに著者が入れた修正に対応して、ときに数ページにまたがる組み直しをおこなっていた。そして、かつては小説だけでなく、新聞も週刊誌もすべて活版印刷で刷られていたわけで、その作業量は想像を絶するものだと感じます。

 

 

4 140字小説本での組版について

  しかし、現在、それと同じことはできません。当時文選、植字をおこなっていた人たちはもうすでに70歳を超え、ほとんどの方が現役を退いています。また、大手印刷所は活版印刷部門を閉じてしまいましたし、その人たちが作業していた環境はもうありません。活字があって技術者がいればすべて再現できる、というものでもないのです。
 これまで140字小説活版カードの印刷を担当してくれていた九ポ堂も、今回本文の印刷をお願いする緑青社ろくしょうしゃも、印刷には熟練していて、とてもきれいな印刷物を作ってくれます。しかし、本の組版の経験があるわけではありません。

 そこで、活版カードでも、以前緑青社で作った三日月堂シリーズの番外編小冊子でも、組版作業の負担を軽くするため、かつての活版印刷の本作りの工程とは少し違う形で作業をおこなってきました。
 校正をゲラでおこなうのではなく、活字を組む前にすませてしまう、という方法です。
 番外編小冊子のときは、まず原稿を活版で印刷するのと同じ形にIndesignで組み、校正はすべてそのデータ上でおこないました。そうして、完全な原稿にしてから活字を発注したのです。こうすれば、活字を組んだあとは、純粋な誤植を直す(拾った活字がまちがっていたり、文字が倒れたりひっくり返ったりしていたときに直す)のみとなります。誤植があっても一字単位のもので、行をまたぐことはないはずです。
 また、「、」「。」の調整を不要にするため、番外編小冊子のときも活版カードと同様、活字を組んだ状態で行末に「、」や「。」がはみ出さないようにあらかじめ調整していました。
 今回の140字小説本も、これまでにカードにしてきたものは1行14字で行末にはみ出しがないように作成してあります。こちらを1行28字に組み替えるだけです。

 あらたなカードについても、自分で内容をチェックし、1行28字ではみ出しがない形に調整(まだ本文レイアウトが決まっていないので、仮の形です)しました。知人の編集者に目を通してもらったうえで内容を確定し、活字を発注しました。
 もちろん今回も最後に誤植がないかチェックしなければならないのですが、活字を組み上げる段階で大きな修正はありません。それでも1ページずつ活字を並べて印刷していくわけですから、手間がかかる作業であることには変わりがありません。

 そして、もうひとつ大事な要素があります。
 活版カードのときも、三日月堂の番外編小冊子のときも、活字は九ポ堂から紹介してもらった大栄活字社という活字屋さんから買っていました。
 活字屋さんでは、ひとつの活字につき数本単位で販売されていることが多いのですが、大栄活字社ではどの活字も一本から買えます。印刷する文章を送ると、そこに使われている文字を拾って、活版カードなら、お話1話ごとにまとめた形で送ってくれます。
 つまり文選までおこなってくれる、ということです。
 九ポ堂の酒井さんも、緑青社の多田さんも若い作り手ですが、大栄活字社の大塚さんは活版印刷全盛時代からのベテランです。組版と印刷は、若い世代の作り手に担っていただくことができましたが、文選だけはこの世代の方を頼るほかない。この140字小説本企画も、大栄活字社なしでは実現できないものでした。

 


 

5 原稿を整える!

  というわけで、緑青社、美篶堂みすずどうと表紙まわりのことを相談するのと並行して、わたしはあたらしく注文する活字を決めるため、今回追加する140字小説の調整をおこないました。
 Twitterで発表する時点で何度もチェックしているつもりですが、あらためて誤字がないかも確認しました。一般の本では、用字統一といって、使用する漢字を本全体で統一するのが一般的です。同じ語は、漢字にするかひらがなにするか、どちらかに統一します。
 しかし、今回の140字小説本では、文字数の関係もありますし、最初に書いたときの気持ちを優先して、一編のなかで統一されていれば良いことにしました。一編のなかで漢字になっていたりひらがなになっていたりした場合は統一、全体としてはどちらもあって良い、という方針です。
 また、第7話の「九ポ堂訪問と本のデザイン」でも書いたように、これまでの活版カードは14字×10行。Twitterで発表したときの形にさらに手を加え、1行が「、」や「。」を含めて14字ぴったりになるように調整しています。今回の本は28字×5行ですが、同じように「、」や「。」を含めて28字ぴったりになるよう、作品に微調整を加えました。

  大栄活字社さんとのやりとりは、電話とFAXのみ。原稿もデータではなく、プリントアウトしたものをFAXで送ります。
 これまではこの発注は九ポ堂におまかせしていましたが、今回は活字の量が多いこともあり、プリントアウトした紙を持って、わたしもいっしょに大栄活字社を訪問することにしました。
 九ポ堂の酒井草平さんに言われた通り、原稿は縦組みで、実際の文字組みと同じ28字×5行にしてプリントアウトします。活字では「、」や「。」、小さい「っ」「ゃ」などの促音や拗音は、縦組みと横組みで違う(1マスのなかでの位置が変わる)のです。印刷が縦組みなら、原稿も縦組みにしておいた方がわかりやすく、まちがいも起こりにくくなります。 

縦組みと横組みの活字の解説(作成=印刷博物館)
左が縦組み用、右が横組み用の活字(撮影・所蔵=印刷博物館)

  それから、原稿の隅に書体と文字の大きさを書き入れます。9ポイントの明朝体。いつも活版カードで使っているのと同じものです。
 そして、見やすいように原稿の文字は大きめに!
 プリントアウトしたものを読み返してチェックし、原稿を整えました。

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連載【10年かけて本づくりについて考えてみた】
毎月第2・4木曜日更新

ほしおさなえ
作家。1964年東京都生まれ。1995年「影をめくるとき」が群像新人文学賞小説部門優秀作に。
小説「活版印刷三日月堂」シリーズ(ポプラ文庫)、「菓子屋横丁月光荘」シリーズ(ハルキ文庫)、「紙屋ふじさき記念館」シリーズ(角川文庫)、『言葉の園のお菓子番』シリーズ(だいわ文庫)、『金継ぎの家 あたたかなしずくたち』(幻冬舎文庫)、『三ノ池植物園標本室(上・下)』(ちくま文庫)、『東京のぼる坂くだる坂』(筑摩書房)、児童書「ものだま探偵団」シリーズ(徳間書店)など。
Twitter:@hoshio_s

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