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第8話 印刷と製本 前編|ほしおさなえ「10年かけて本づくりについて考えてみた」

活版印刷や和紙など古い技術を題材にした小説を手掛ける作家・ほしおさなえが、独自の活動として10年間ツイッターに発表し続けてきた140字小説。これをなんとか和紙と活字で本にできないか? 自主制作本刊行に向けての模索をリアルタイムで綴る記録エッセイ。
illustration/design 酒井草平(九ポ堂)

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1 本の綴じ方!

 九ポ堂の酒井草平さんと本文の組み方を相談したあと、本のじ方、本文と表紙に使用する紙について相談するため、印刷を担当する緑青社ろくしょうしゃの多田陽平さん、製本を担当する美篶堂みすずどうの上島明子さんとの打ち合わせをすることになりました。
 九ポ堂との相談の際、裏の文字が透ける問題を解消するため、紙を袋にするという案が出ました。文字のある面を外側にして二つ折りにして束ねる方法です。この方法なら、印刷されるのは表の面だけなので、表と裏の違いは問題にならなくなります。
 しかし、この方法で綴じると、当初特装版で考えていたような糸かがり綴じの上製本にはできなくなります。
 洋装の糸かがり綴じでは、まず折丁おりちょう(印刷した紙をページ順になるよう折りたたんだもの)の背の部分に糸を通す穴を開け、その穴に糸を通します。でも、袋にする場合は、二つ折りにしたばらばらの紙を綴じることになり、背の部分が見開きで繋がっていないため、糸かがり綴じのような糸の通し方はできません。

紙を袋にして綴じる場合の概要図(イラスト:ほしおさなえ)
糸かがり綴じの概要図(イラスト:編集部)

 つまり、特装版の製本方法を改めて考え直さなければならないということです。

  まずは、そもそもなぜ糸かがり綴じの上製本にしたかったのか。
 それは、その方が開きが良いからです。

『冒険者たち ガンバと十五匹の仲間』斎藤惇夫
(牧書店刊 1973年の第5刷、撮影:ほしおさなえ)

 上は子どものころ大好きだった本で、糸かがり綴じの上製本です。机の上に開いたまま置くことができます。でも、文庫本だとこうはいきません。指で押さえていないと、パタンと閉じてしまいます。本の大きさ、紙の重さもありますが、綴じ方の違いによるものです。
 本の綴じ方には、糸かがり綴じのほか、無線綴じ、網代アジロ綴じがあります。

 無線綴じは、冊子の表紙と本文を糊付けして綴じる方法です。本文を表紙でくるむので「くるみ製本」とも言われます。
 数十ページの冊子からページ数の多いものまで対応でき、丈夫なので、文庫や新書、並製本と呼ばれるソフトカバーの書籍はたいていこの方法で綴じられています。同人誌などもこの方法を使ったものが多いです。この綴じ方の本は丈夫ですが、指で押さえていないとパタンと閉じてしまいます。

無線綴じの概要図(イラスト:編集部)

 網代綴じも無線綴じの一種で、束ねた背の部分に切り込みを入れ、そこに糊を浸透させて接着する綴じ方です。切り込みがはいっているためばらばらになりにくいのですが、根本が糊で貼り合わされているため、180度開ききることはできません。

網代綴じの概要図(イラスト:編集部)

 では、袋にした紙の場合はどうやって綴じるのか。和本では袋になった紙を綴じるのが基本なので、和綴じ(四つ目綴じなど)にするという考え方もあります。

和綴じの図(イラスト:編集部)

 ただ、和綴じだと和の雰囲気が強くなりすぎて、目指していた本のイメージとはちがうように感じました。
 紙が袋になっていても、無線綴じや網代綴じならできるかもしれない。それとも、当初考えていたように糸かがり綴じの上製本の形を重視して、紙を袋にするのではなく左ページのみに印刷する案を選ぶべきなのか。
 調べてみると、和本にはほかの綴じ方もあるようなのですが、手のかかり方も違うようで、どの綴じ方なら実現可能なのかわかりません。このあたりは美篶堂に訊いてみるしかなさそうです。

  うーむ、そもそも製本とは……。
 10年前に140字小説を形にしようと思ったとき、最初はカードではなく、本にしようと考えていたのです。しかし活版印刷で本を作るのはとてもお金がかかることで、それだったら人まかせにするのではなく、自分でちゃんと本作りを学んできちんと考えてからにしようと思い、まずは印刷から、ということで、1枚のカードに1編を印刷する方法にしたのです。
 活版カードを作り続けるうちに、活版印刷に携わる人たちの話を聞く機会も増え、活版の仕組みだけでなく、その歴史や現状に関する知識も増えてきました。

 日本では江戸期には木版印刷が主流で、活版印刷が本格的に始まったのは明治になってから。以後、昭和期までは、印刷の多くは活版印刷でした。新聞も週刊誌も書籍もすべて活字を組んで作っていたのです。
 明治から昭和にかけて隆盛を極めた活版印刷ですが、写植やDTPの発達もあり、書籍では1980年代、雑誌では1990年代あたりから急速に需要が減り、2000年代になると大手印刷会社も活版部門を閉じていきます。阪神淡路大震災や東日本大震災などの大きな地震によって多くの印刷所で活字の棚が倒れたことも、活版印刷が表舞台を去る大きな原因となったようです。
 いまでは大手の印刷所では活版を用いることはなくなりましたが、活字を手で並べて作った紙面には独特の魅力がありますし、活版印刷が明治以降の雑誌や書籍、広告などの印刷文化を支えてきたということをいまの若い世代にも伝えたい、という思いから「活版印刷三日月堂」シリーズを書くことになりました。
 活版印刷とはなんぞや? からはじまり、その魅力や歴史を語るためシリーズは6巻まで続きました。そして、関心は紙に広がり、和紙について調べながら「紙屋ふじさき記念館」シリーズを書くことに。そうこうしているあいだにいつのまにか10年がすぎていました。
 それでも、印刷、紙についてはまだまだわからないことばかり。製本にいたってはほとんどわかっていない状態です。

 数年前に美篶堂の『美篶堂とつくる美しい手製本 本づくりの教科書12のレッスン』を購入して以来、ページをめくって素敵だなあ、やってみたいなあ、と憧れだけは募らせたものの、自分で製本するような時間はなかなか取れませんでした。
 この本を作るあいだに美篶堂のワークショップに参加して、製本についてもちゃんと学ばねばなるまい……と決意はしましたが、まずはこの本の製本の方法をどうするか決めなければなりません。
 と考えていたとき、美篶堂で製本された『うさぎがきいたおと』(文 かみじまあきこ・絵 沙羅/美篶堂)という絵本のことを思い出しました。「文 かみじまあきこ」。そう、今回美篶堂の窓口になってくれている上島さんご自身の作品です!

うさぎがきいたおと(撮影:ほしおさなえ)

 あの絵本は1ページが2枚の紙でできていたような……? あいまいな記憶ではありましたが、本を開いてみると、紙が袋になっていて、片面印刷の紙を折って綴じてあるように見えました。

紙が袋状になっている様子(撮影:ほしおさなえ)

 これはもしかして袋なのでは……?
 そして、外見は洋装の上製本のように見えます。そして、めちゃめちゃ開く……!
 こちらも美篶堂で製本されたものなので、同じ綴じ方もできるのかもしれない、と思いました(またしても費用の問題はあるわけですが)。
 ということで、打ち合わせの際には、この本をひとつの候補として持っていくことにしました。



2 本文と表紙の用紙!

 次に用紙についてです。
 本文用紙については候補は三つに絞られていましたが、このうちの一つに決めなければなりません。
 さらに、問題なのは、表紙の用紙です。これまでの話し合いで決まっていたのは以下の通り。

①  今回は特装版と通常版の2種類を作る。
②  特装版は糸かがりで上製本にする。
③  通常版は糊づけで並製本にする。
④  表紙には手漉き和紙を使う。

 ①はいいとして、紙を袋にするなら②の糸かがり製本は無理そう。特装版も通常版も綴じ方は同じになるかもしれません。でも、表紙は特装版と通常版で変えたいところ。
 しかし、その表紙については、まだ「手漉き和紙」を使うとしか決まっていません。
 手漉き和紙といっても、いったいどんな紙を使うのか……。これについては、西島和紙工房に行ってみないとわからないところもあるのですが、わたしの方にもひとつ、こんな表紙にできたら、という夢がありました。
 落水紙らくすいしを使用した表紙です。

 数年前、「紙屋ふじさき記念館」シリーズの取材のため、わたしは岐阜県美濃市に行きました。美濃市は、埼玉県の細川紙、島根県の石州半紙せきしゅうばんしとともに、2014年にユネスコの無形文化遺産に登録された本美濃紙の産地です。
 かつて紙で栄えた美濃の街並みを歩き、博物館や紙の店をめぐるとともに「美濃和紙の里会館」という施設で紙漉きの一日体験の講座を受けました(いまは1日コースは開催されていないようです)。
美濃和紙の里会館HP:http://www.city.mino.gifu.jp/minogami/

  午前中何度も紙漉きの練習をおこない、午後に本番で4枚の紙を漉くというコースで、『紙屋ふじさき記念館 物語ペーパー』の第一話「本美濃紙」は、このときの取材をもとに書かれています。
 午後に漉く本番の紙は、プレーンな紙のほか、シンプルな落水紙、枠や型を使って模様を出す落水紙、木の葉などを挟む紙などのなかから自由に4枚選び、漉くことができました。わたしはプレーンな紙を1枚、落水紙1枚、型を使う落水紙2枚を漉くことにしました。
 落水紙というのは、漉いた紙の上にシャワーのように水をかけることで模様をつけた紙のことです。水をかけた部分は短い繊維が流れ落ち、網目のようになります。水をかける際に紙の上に型を置いておくと、型の下の部分だけはそのまま残るので、模様が浮き上がるのです。
 紙漉きの様子は以下の通り(わたしも同様の体験をおこないましたが、写真に写っているのは同行者です)。

紙の繊維が溶けた水の中に簀桁すけたを入れ、揺らします。
何度か水をはらい、薄い紙の層を作ります(以降すべて、撮影:ほしおさなえ)
水をはらってあげた簀桁から簀だけを外します
紙のついた側を下にして台に置き、その後、簀だけを剥がします
こうして台に移した紙に上からシャワーの水をかけると落水紙になります

 下の写真がこうして出来上がった落水紙です。私が漉いたものなので、あまりきれいとは言えませんがご容赦ください……。

落水紙

さらに、水をかける前に紙の上に網(バーベキュー用の焼き網のようなもの)と樹脂の型を載せたものがこちらです。

網と樹脂の型を載せて漉いた落水紙

 上のような模様のある落水紙の、型を使って残った部分に文字を印刷して表紙に使えないだろうか。それがわたしが考えたプランでした。

 しかし、こうして「流し漉き」(紙を漉くときに簀桁を揺らし、薄くて均一な紙を作る日本古来の方法)で作った紙は障子紙に使われるほど丈夫ではありますが、やはり薄いので本の表紙には向かない気もします。落水紙を使う場合は、別の紙で表紙を作ってカバーとしてかけるしかないのかもしれません。
 もうひとつ考えたのは、以前購入した西島和紙工房の穴のあいた和紙を使うというものです。

西島和紙工房の作品

 こちらも丸くあいた穴の部分に見える繊維がとても素敵で、気に入っている紙でした。
 作り方は西島和紙工房に訊いてみないとわからないですが、こちらは美濃で体験したような流し漉きではなく、「溜め漉き」ではないかと思いました。
 溜め漉きというのは、簀桁をあまり揺らさない漉き方です。紙のもとになる繊維を溶かした液体のなかに簀桁を入れ、あまり揺らさずに引き上げる方法です。流し漉きのように薄い紙ではなく、厚みのある紙ができます。
 また、漉いた紙が乾燥しないうちに別の紙に重ねると、貼り合わさって1枚の紙になります。葉っぱや花びらを挟んだ和紙はこの方法で作ります。最初に漉いた紙の上に葉っぱなどを置き、その上に薄めに漉いた和紙を重ねてから乾かすのです。
 この穴のあいたカードもそれと似た方法で作られたのではないかと思いました。
 真ん中の穴は、おそらくあとであけたのではなく、簀桁にあらかじめ型を置いて漉くことで作ったもの。
 穴の中にある繊維は、別に漉いたもの。
 穴のあいた溜め漉きの紙の上に、長い繊維だけになるように漉いた薄い和紙を重ね、その上にさらにもう一枚、穴のあいた溜め漉きの紙を重ねたものかな、と思いました。

  表紙のどこにどのような形の穴を配置するかは考えなければなりませんが、表紙の一部にこのような穴があいているのも良いな、と思ったのです。
 しかし、まずはこのような紙を使って製本ができるのか、ということです。こちらも美篶堂の上島さんに訊いてみないとわからないので、打ち合わせには美濃で漉いた和紙も持っていくことにしました。

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連載【10年かけて本づくりについて考えてみた】
毎月第2・4木曜日更新

ほしおさなえ
作家。1964年東京都生まれ。1995年「影をめくるとき」が群像新人文学賞小説部門優秀作に。
小説「活版印刷三日月堂」シリーズ(ポプラ文庫)、「菓子屋横丁月光荘」シリーズ(ハルキ文庫)、「紙屋ふじさき記念館」シリーズ(角川文庫)、『言葉の園のお菓子番』シリーズ(だいわ文庫)、『金継ぎの家 あたたかなしずくたち』(幻冬舎文庫)、『三ノ池植物園標本室(上・下)』(ちくま文庫)、『東京のぼる坂くだる坂』(筑摩書房)、児童書「ものだま探偵団」シリーズ(徳間書店)など。
Twitter:@hoshio_s

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