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第7話 九ポ堂訪問と本のデザイン|ほしおさなえ「10年かけて本づくりについて考えてみた」

活版印刷や和紙など古い技術を題材にした小説を手掛ける作家・ほしおさなえが、独自の活動として10年間ツイッターに発表し続けてきた140字小説。これをなんとか和紙と活字で本にできないか? 自主制作本刊行に向けての模索をリアルタイムで綴る記録エッセイ。
illustration/design 酒井草平(九ポ堂)

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1 九ポ堂訪問

 収録する作品もほぼ決まり、いよいよ制作の準備に。この日は、これまでいっしょに140字小説活版カードを作ってきた九ポ堂を訪問しました。目的はふたつあります。
 ひとつ目の目的は、活版カードの印刷と、カード80枚分の活字が保管されている様子を記録におさめること。これまで活版カードを作るのに使ってきた活字の大部分は、このあと本の印刷のため九ポ堂からつるぎ堂に移動します。今回は移動前最後の印刷をお願いしているのです。
 もうひとつは、「140字小説本」のデザインを相談すること。
 九ポ堂は、JR中央線の西国分寺駅と国立駅の中間くらいの、坂の多い住宅街にあります。どちらの駅からも少し遠いので、担当Kさんと西国分寺駅で待ち合わせ、九ポ堂の酒井草平さんに車で迎えにきてもらうことになりました。

 当日西国分寺駅の改札を出ると、目の前に野菜の直販コーナーが! すごく立派なブロッコリーに目を奪われます。しかし、九ポ堂にブロッコリーをぶらさげて行くわけにもいかないので、こちらは帰りに……。売り切れていないことを祈りつつ、Kさんと合流して草平さんの車に乗りこみました。
 活版カードの相談や、三日月堂の扉ページの写真撮影のため、かつては何度も足を運んだ九ポ堂ですが、コロナの影響もあり、なかなかうかがうことができず、今回は久しぶりの訪問です。

 九ポ堂の建物は昭和期の木造住宅で、中にはいると、そこにはなつかしい九ポ堂の世界が! 玄関脇には黒電話(なんと現役で使用されています)や味わいのある小物たちがならび、ほっと心が落ち着きます。
 九ポ堂イラスト担当の葵さんともあいさつし、さっそく印刷室へ。

印刷室にて

 手前にあるのがデルマックスと呼ばれる電動の自動印刷機で、廃業する印刷屋さんから2013年に酒井さんが譲り受けたもの。九ポ堂の活版小物もこちらの機械で刷ることが多いそう。ちなみに活版カードもいまはこの機械で印刷しています。
 実はこの印刷室は、かつて屋外だった場所を改築して建物のなかに入れた場所。そのため、室内に井戸があります。こちらの井戸もまだ現役で、汲み上げた水は風呂水や清掃などに使っているそうです(さすが九ポ堂ワールド……!)。

現役の汲み上げ式の井戸

 奥にある円盤がついているのが、手フート(手キン)。「活版印刷三日月堂」シリーズにもよく登場する手動の印刷機です。こちらは手キンにしてはかなり大型で、この場所から動かすのはかなりむずかしいそう。

大型の手フート(手キン)

 活版カードも最初はこの機械で刷っていて、わたしも最初にこの機械で数十枚の印刷を体験しました。外見もゴツい機械ですが、レバーは想像以上に重く、職人さんたちは片手で上げ下げするようですが、両手を使って下げた記憶があります。
 手キンの前で右に曲がると、中二階の小さなスペースに活字棚や版の保管場所が。

中二階の活字棚

 わたしの活版カードの版もこちらに保管されています。活版カードは14字×10行で組まれていて、その形のまま紐で結束されています。

活版カードが保管されたゲラ箱

 むかしの印刷所なら専用の保管棚があったのかもしれませんが、九ポ堂ではゲラ箱(試し刷り用の組版を入れて運ぶための浅い箱)に入れて重ねられています。手に入るものを活用している形です。箱いっぱいに入れると重くなって持てなくなってしまうため、3分の1くらいしかはいっていません。それでもかなり重く、持ち上げるのがやっとでした。

5枚セットの表紙に入るカードの版。こちらは、樹脂凸版という薄いプラスチック製の版になっているので、もっと手軽にファイルに保管されています。



2 活版カードの印刷風景

 結束された版をどうやって印刷するのか。その手順を動画でご紹介します。
 結束された状態では、活字が14×10に並んでいるだけです。通常の印刷物では、行と行のあいだには少し隙間があいています。ワープロソフトやDTPで「行間」と呼ばれているものです。
 コンピュータではこの数値を変えれば行間が広くなったり狭くなったりしますが、活版印刷では、行と行の隙間に「インテル」と呼ばれる細長い金属板を使って、物理的に隙間を空けます。
 この作業をおこなうため、九ポ堂では「ステッキ」という小型の道具を用います。ステッキは本来、棚から拾ってきた活字を手のひらの上で組み並べるための道具です。

組み上がった状態
組版をデルマックスに取り付けた状態

 ステッキの上で組み上げた活字をデルマックス(小型自動印刷機)用の枠(チェース)に組みつけて印刷機にセットし、印刷スタート。

 紙を一枚ずつ空気で吸いつけて、印刷する場所まで運びます。紙を吸いつけて運んでいく様子がかわいくて見飽きないのですが、吸いつけるという方法だからいちばん上の一枚だけを運べるのですね。見るたびに、この仕組みを考えた人はすごいなあ、と思います。
 そして、この自動機で活版カードの印刷ができるのは「くわえ」が小さいから、と酒井さんは言います。紙を機械に通す際、印刷機の内部で「ツメ」と呼ばれるものが紙の端をくわえて引っ張ります。このときツメがくわえる部分を「くわえ」と呼ぶのですが、この部分には印刷ができません。この自動機はくわえが3ミリと小さいので、上下左右の隙間が5ミリほどしかない活版カードでも印刷が可能なのだそうです。



3 本の形へ

 活版カードは5枚ずつ作り足していき、9年間で80種類になりました。これまで作ってきた活版カードの版がならんでいるところを見ると感慨深いのですが、今日はもうひとつ、大事な目的があります。この活版カードを本にする際の組み方の相談です。

 前回の打ち合わせで、本は文庫判、作品は1ページ1編というところまでは決まっていました。でも、名刺サイズから文庫判に変更するにあたり、1ページのなかで作品をどのように配置するかを考えなければなりません。
 活版カードと同じ14字×10行も考えましたが、活版カードはカード1枚の構成で、下にTwitterのアドレスなどが印刷された形なので、本のなかで14字×10行の正方形に近い形が続くのは奇異な感じもします。また、本の形になったとき、1行が短いのは読みにくいようにも思いました。
 それで、もう少し縦長の形を考えてみることにしました。

 実はわたしの活版カードは、すべて140字ぴったりということのほかに自分でもうひとつルールを設けています。
 通常、文字を組むとき、行頭に「、」や「。」が来ることはありません。ワープロソフトやDTPなどでは禁則処理によって、行頭に「、」「。」が来る場合は、字間を詰めたり広げたりして調整します。
 しかし、活版印刷の場合、活字は物体ですから、そのボディを削ることはできません。つまり詰めることはできません。ですので、そうした調整をおこなう場合は、活字と活字のあいだに、活字と同じ幅の薄い「込めもの」と呼ばれるものを均等に挟むことによって字を次の行に送ります。
 ぶら下がりといって「、」や「。」のみ、本来の1行の下にはみ出す形もあります。しかし、私はそのどちらも避けたいと考えていました。どちらの方法を使っても、厳密に140字ではなくなってしまうからです。

 それで、文字が縦横のマス目にきれいにそろった状態で「、」や「。」が行頭に来ないよう、文の方を調整することにしました。Twitterに発表するときは、1行14字であることは意識せずに書いていますので、カードにする際、言葉を少し変えて調整し直しているのです。
 ただ、それは1行が14字だった場合に合わせてのことです。140字目を行末にぴったりそろえるには、14×10のほか、20×7、28×5、35×4の3通りの形があります。このなかで、1行20字や35字の形にしようとすれば、1行ごとの行末の位置が変わり、調整をし直さなければならなくなります。
 1行14字で調整した文章をそのまま使うことができるのは、14字の倍数である28字の場合のみ。それで、28字×5行にすることを考えました。この場合の見た目を確認するため、九ポ堂でInDesignを使って組んでもらいました。

InDesignで組んでもらった紙面見本

 活版カードのときの2行を1行におさめる形です。ただし、活版カードより少し行間を開けています。文庫判の中央にぴったりおさまって、バランスもいいように見えました。
 
 140字小説にはタイトルはありませんが、お話番号というものがあります。Twitterに発表したときの番号で、制作された順番になっています。活版カードには「その**」という形で番号を入れています。
 本にもこの番号は入れたい、と考えていました。ですので、140字のほかに、お話番号とノンブル(ページ番号)がはいることになります。
 ノンブルは作品より上か下に入れます。お話番号をノンブルの近くに置いた方がいいのか、それとも本文の前に本文と同じ大きさの活字で組んだ方がいいのか。そのあたりのことについては、次までに酒井さんに考えておいてもらうことになりました。

話し合いの様子。左が酒井さん、右が著者

 そしてもうひとつ、気になっていたことがありました。本文用紙のことです。
 本文用紙は丸重製紙企業組合のものを使うと決め、紙の見本を何種類か送っていただいていました。

丸重製紙の紙の見本

 いろいろな紙がありましたが、文字を印刷することを考え、地紋などはなく、出来るだけ表面が平滑なものを選ぼうと思いました。そうして選んだのが、No.020とNo.095という紙でした。
 厚さもいろいろありましたが、文字が裏に透けることを考え、比較的厚めの80g/㎡を選びました。No.095には真っ白と生成り色があったため、No.020(白)とNo.095の白と生成りの3種類の紙につるぎ堂で試し刷りをしてもらっていました。

No.020とNo.095の生成りの見本

 上がその試し刷りです(文字は適当です)。左がNo.020、右がNo.095。どちらも通常の書籍用紙(洋紙)ほどの厚さがあるのですが、書籍用紙よりも裏の文字が透けます。
 和紙は洋紙にくらべて長い繊維で作られます。洋紙は短い繊維を敷き詰める感じ、対して和紙は長い繊維を絡める感じです。ですので、どうしても紙のなかに薄いところと厚いところができます。こちらも機械きですが和紙なので、洋紙のように均一な厚さではないようです。
 包装紙などのように片面だけ印刷するならそれでも良いのですが、本としては読みにくいかもしれない、と思いました。すべてのページが真ん中の同じ位置に印刷されるので、裏の文字だけでなく、その次のページの文字も重なって見えるのです。
 表の文字が濃くはっきり出ているので、読めないということはないのですが、これが120編分続くのは少し見にくいかもしれない、と感じました。
 丸重製紙企業組合からは、料金は割増になるが特注で90g/㎡の紙も作れる、という提案もいただいていましたが、かなり高くなるのと、90g/㎡にしたらほんとうに透けないのか、というところも作ってみるまでわかりません。
 それで、片面印刷にしたらどうだろう、という話になりました。本の奇数ページ(左ページ)だけに印刷し、偶数ページ(右ページ)は白ページにするのです。次の次のページの文字は透けますが、裏の文字が透けない分、両面に刷るよりはだいぶ読みやすいような気がしました。
 
 九ポ堂 でも、それだと紙は2倍必要ってことですよねえ。
 ほしお (つまり、紙代2倍……!)
そうですねえ、でも紙代が2倍になるだけで、印刷代は同じですから……。
 九ポ堂 いや、ちがいますよ。左ページのみに印刷するってことは、面付けするとき白いページが飛び飛びにできるってことで……。
 ほしお た、たしかに……!!

右開き8ページで片面印刷にした場合の面付の見本

 九ポ堂 つまり、表にも裏にも文字があるページと文字がないページができるので、両面印刷しなくちゃいけないんです。白いページの分も印刷代が発生するようなもので……。
 ほしお (つまり紙代2倍、印刷代2倍……!!!)

 しばし頭が真っ白に……。
 気を取り直して、試し刷りの紙を重ねてみると、やっぱり次の次のページの印刷は透けそうで、これで本当に良いのだろうか、多少透けるのはそういうものだと思ってあきらめるしかないのか……。
 しかし、そもそもむかしの和紙の本はどうしてたんだろう……。と思ったとき、そうか、むかしの和綴じの本は紙が袋になってたんだ、と気づきました。
 もともと和紙は裏表の質感がまったくちがい、墨と筆を使うときは表にしか文字を書きません。それを真ん中でふたつに折って綴じる。印刷のない面が2面、折った内側にはさまれることになります。
 
 ほしお じゃあ、紙を袋にすれば……!
 九ポ堂 あ、そうですね、袋にすれば裏の印刷もないし、次の印刷面は背中合わせになるから、片側だけ印刷するよりさらに透けなくなりますね。
 ほしお (伝統万歳!)
 九ポ堂 それに袋にするなら印刷は片面になりますよね。
 ほしお えええっ?
 
 一瞬???となりましたが、考えてみるとたしかにそうなのです。表だけに刷ったものを二つ折りにして束ねていく形ですから、すべて表に面付けすればいいわけです。
 
 ほしお (ということは、紙代は2倍だけど、印刷代はそのまま……?)
 九ポ堂 片面印刷だと、片面刷って乾燥させてからもう片面、っていう手間も減りますし、ヤレ(試し刷りや印刷に失敗して使えなくなった紙)も少なくてすむんじゃないでしょうか。
 ほしお おおお……!
 
 しかし、そうなると今度は製本の方法が変わってくることになります。左ページのみ印刷であれば製本の方法は変わらないですが、袋となるとまったく話は変わります。ここは製本担当の美篶堂に相談しないとわからないところです。
 ということで、透けの対策としては袋にするのがベストという結論になりつつ、次の美篶堂みすずどう緑青社ろくしょうしゃとの打ち合わせで、この形で作れるかどうか相談することになりました。

 そしてもうひとつ、九ポ堂に相談しなければならないことがありました。
 表紙のデザインです。今回は特装版と通常版の2種類を作ります。そのそれぞれの表紙をどういうものにするか、考えなければならないのです。
 活版カード5枚セットには、九ポ堂デザインの表紙カードがついています。それぞれにワンポイントのイラストがはいっていて、お客さまからも、かわいい、と好評でした。

 ほしお  活版カードの5枚セットの表紙みたいな、ワンポイントのイラストがはいっていてもいいと思うんですが……。
 九ポ堂  うーん、でも、この本は文字が主役の本だと思うんですよねえ。
 ほしお  文字が主役?
 九ポ堂  活字自体が主役だから、イラストのようなものは入れない方がいいんじゃないかと思うんですよ。
 ほしお  なるほど……。
 九ポ堂  まあ、これは実際にラフを作ってみてから考えた方がいいかもしれませんね。ところで、デザインの前に、この本ってタイトルどうなるんですか?
 ほしお  (タイトル……!)すみません、まだ決まってません……。

 「140字小説集」みたいなわかりやすいサブタイトルを入れた方がいいというところまでは考えていたのですが、肝心のタイトルはまだ決まっていませんでした。

 九ポ堂  タイトルがないとデザインも出来ないので……。まずはタイトルを決めましょうか。
 ほしお  わかりました……。

 そういうわけで、まずはわたしがタイトルを決めるということで、打ち合わせが終了しました。

*そして、帰りはちゃんとブロッコリーも買えました! おいしかったです!

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連載【10年かけて本づくりについて考えてみた】
毎月第2・4木曜日更新

ほしおさなえ
作家。1964年東京都生まれ。1995年「影をめくるとき」が群像新人文学賞小説部門優秀作に。
小説「活版印刷三日月堂」シリーズ(ポプラ文庫)、「菓子屋横丁月光荘」シリーズ(ハルキ文庫)、「紙屋ふじさき記念館」シリーズ(角川文庫)、『言葉の園のお菓子番』シリーズ(だいわ文庫)、『金継ぎの家 あたたかなしずくたち』(幻冬舎文庫)、『三ノ池植物園標本室(上・下)』(ちくま文庫)、『東京のぼる坂くだる坂』(筑摩書房)、児童書「ものだま探偵団」シリーズ(徳間書店)など。
Twitter:@hoshio_s

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