第17話 試し刷りスタート、そして表紙デザイン確定 後編|ほしおさなえ「10年かけて本づくりについて考えてみた」
【140字小説集クラウドファンディング 目標達成!】
2022年の10月27日、「文字・活字文化の日」にスタートした140字小説集のクラウドファンディングは、無事最初の目標の100万円、そしてストレッチゴールの180万円を達成し、1月26日に募集を終了いたしました。
あたたかいご支援をいただき、ありがとうございました。
140字小説集「言葉の窓」の完成を楽しみにお待ちください!
https://motion-gallery.net/projects/kotobanomado
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活版印刷や和紙など古い技術を題材にした小説を手掛ける作家・ほしおさなえが、独自の活動として10年間ツイッターに発表し続けてきた140字小説。これをなんとか和紙と活字で本にできないか? 自主制作本刊行に向けての模索をリアルタイムで綴る記録エッセイ。
illustration/design 酒井草平(九ポ堂)
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5 試し刷り前日
数日後、九ポ堂の酒井草平さんからつるぎ堂への活字の運搬が終わったという連絡が来ました。運搬の際につるぎ堂の多田陽平さんと相談した結果、やはり行間は込めもので埋める方向に決まったようです。
美篶堂の上島さんが、試し刷りに向けて、機械抄きの和紙の製造元である丸重製紙企業組合から和紙を取り寄せ、印刷用のサイズに切ったものをつるぎ堂に送ってくれました。
活字と用紙がそろい、ついに試し刷りに向けて動き出します。
確かめなければならないのは、まずわたしが選んだ50g/㎡という厚さの紙で、トラブルなく印刷ができるかどうかです。
前回試し刷りした際は、小さな紙に手キンで印刷したので問題ありませんでした。手キンは面で版を押す形式で、所定の場所に紙を置き、そこに版を押しつけるだけ。それに対し、大型印刷機の方は円圧式です。紙をローラーで所定の位置に送る必要があります。
多田さんによると、思ったより薄い紙とのこと。給紙は手でおこなうため、紙を吸い付ける工程はないのですが、印刷で紙を通す際によれたりしないかは試してみないとわかりません。
さらに組版の方も、行間を込めもので埋める方法でうまくいくのか、作業の手間がどれくらいのものか、それも試す必要がありました。
組版は、大型印刷機に直接組み付ける形でおこないます。
試し刷りの前日、つるぎ堂から、組み付けの途中経過の写真が送られてきました。
おはなし一編ごとに両側を木インテルではさむほかは、すべて小型の金属の込めものでまかなうとのこと。大変ではあるけれど、木インテルを多用してズレが生じるよりはいい、という結論になったようです。
上の画像は、活字を印刷するときの字詰め、5行に整えた上で、行間に込めものを入れた状態です。下にはいっている小さな数字はページ数です。両側を木インテルではさんで結束されています。行間に4倍(4字分)のクワタが敷き詰められていますが、これを並べるのはかなり大変そうです。
次に、九ポ堂が作った図面の数字をもとに、活字を配置した状態です。両側を挟む木インテルはそのまま、空白部分は大きめのクワタで埋めていきます。
上下の位置を整え、さらに空白を込めもので埋めていきます。
これらの過程は、組み付けが完了すると見られなくなってしまうため、前日のうちに送ってくださったそうです。作業の過程がよくわかり、なるほど、と思いました。
6 つるぎ堂へ
翌日は、試し刷りの様子を見るため、Kさんといっしょにつるぎ堂にうかがうことになっていました。
つるぎ堂の最寄り駅である町屋駅で降り、地下鉄のホームから地上にあがります。町屋駅は、京成線と千代田線のほか都電荒川線も通っていて、都電の線路沿いには少し古い建物が並んでいたりして、のどかな雰囲気です。
前回つるぎ堂にうかがったのは、コロナ禍以前のこと。数年ぶりの訪問となります。ここに来るまでは、道を覚えているか不安だったのですが、駅を出てみると見覚えのある風景が広がっていて、以前うかがったときの記憶もよみがえってきました。
つるぎ堂は昭和期創業の印刷所です。小さな町工場といった風情で、面積もそこまで広くありません。入口を開けると向かいに活字棚があり、今回の印刷に使う大型印刷機(平台)のほか、もう少し小型の平台、デルマックス、手キン、とその狭いスペースにたくさんの機械が置かれています。
真ん中の通路以外は印刷に使う紙や道具でいっぱいで、よその人はとても入れません。真ん中の通路も、人がひとり通るのがやっとで、すれ違うこともできません。
しかし、その昭和期の町工場的な雰囲気がたまらなく良いのです! 壁に並んだ活字に黒々とした機械、昭和感あふれる貼り紙、店のいちばん奥の壁の上の方の神棚、ゆらゆら揺れる裸電球……。と、このように風情のある空間なのですが、撮影においては難点も。これまで何度も大型印刷機を写真におさめようとしたのですが、場所があまりに狭く、引きでレンズにおさめることができないのです。
そんなつるぎ堂の雰囲気を思い出しながら、記憶をたどって、お店の建ち並ぶ道を歩いていきます。途中には豆腐屋さんやお惣菜屋さんなど、味わいのあるお店がいろいろ。しかし待ち合わせの時間もありますので、前進あるのみ。つるぎ堂の前に着くと、すでにKさんの姿がありました。
剣堂多田印刷という表札のかかった小さな入口の扉を開けると、懐かしい活字棚が現れました。
近づくとこんな感じです。
そして、通路の向こうの大型印刷機と、そのそばに立つ多田さんが見えました。近づこうとすると、通路が以前よりさらに狭くなっているような気がしました。
ほしお 多田さん、なんか、ものがさらに増えてませんか?
多田さん 最近はじめた仕事で毎月定期的に大量の紙が届くので、棚をひとつ増設したんです。
小さめの平台の手前に背の高いスチール棚がにょきっとそびえたち、小さめの平台にはもう近づけない感じです。多田さんによれば、そちらの機械もまだ使っているようなのですが、どうやって機械を操作しているのか……。
不思議に思いながら、さらに奥地に踏み入ります。
7 問題点、いくつか
写真で送ってもらっていた活字が、平台のなかにすでに組み付けられていました。そして、すでに何度かヤレ(印刷に失敗した紙)の裏を使って試し刷りがおこなわれた模様です。
多田さん 刷ってみたら、さらに間違いが見つかりました。
ほしお ほんとですか?
多田さん ここですね。ちょっと見ただけではわからないんですが、小さい「っ」がひとつだけ横組みのものになっていたんです。
第10話でもお話ししましたが、小さい「っ」「ゃ」「ゅ」「ょ」などの促音、拗音は、活字では縦組み用と横組み用で別の活字を使います。縦組みか横組みかで文字の位置が違うのです。横組みでは左下にあり、縦組みでは右上にあります。「、」や「。」も同様です。
パソコンで編集していると、パソコンが勝手に縦書きか横書きかで、適切な促音や拗音、句読点を選んでくれるのですが、活字組版ではそれも人が拾います。わたしも反転した活字でチェックはしたのですが、そのことをすっかり忘れていて、見落としてしまっていました。
今回は予備に買っていた活字のなかに縦書き用の「っ」があったため、多田さんがそれと交換して版を組み直してくれていました。
多田さん それから、なんとなく余白の間隔がちょっとおかしいような気がして……。酒井さんの設計図通りに組んで刷ってみたんですが、余白が左右で違うんですよね。文字が中央に来ないんです。
ほしお 余白が左右で違う……?
多田さんが赤ペンを持って、どういうことなのか説明してくれました。
今回の本は、袋綴じで作ります。だから最終的には2編を並べた形にして、真ん中を山折りした紙を束ねて製本することになります。まずはつるぎ堂で1枚の紙に140字小説8編を組み付け、印刷。それを美篶堂に送り、美篶堂で4分の1に断裁し、2編1組の大きさにする計画でした。
最後に仕上げ裁ちをするため、4分の1に断裁する際には仕上がりサイズよりひとまわり大きなサイズにします。そのため、小説の周りの余白のほか、周囲と縦横十字にさらに隙間が入るよう設計図が組まれていました。
多田さん その隙間の分も考慮して、最終的な2編1組になったときの寸法を考えると、真ん中の山折りにする方の余白より、ノド(綴じられる側)の余白の方が少しだけ狭いんですよ。これでいいんでしょうか?
ほしお いえ、本が仕上がったときは、作品がページの真ん中に配置されるデザインだったはずです。綴じ代を考えて、ノド(綴じる側)の方が広いならわかるんですが……。
試し刷りの紙を見ながら、ふたりでしばし考えました。
ほしお もしかしたら九ポ堂さんの勘違いかもしれません。今回は袋綴じにするので、DTPソフトで本を組むときとはページの組み方がちがいますから。
多田さん なるほど……。それで余白のサイズを取り違えてしまっているということかもしれないですね。
DTPソフトは、本を開いたときと同じ形になるように表示されます。本を開いたときの見開き2枚が1組の向き合う形になるのです。しかし、今回は袋とじにするため、その2枚は真ん中で山折りされて、見開きではなく、ページの表と裏(背中合わせ)になります。
簡単なことなのですが、これがDTPでのデザインに慣れている人にとってはややこしく、つい忘れてしまうところなのです。わたしも自分でサンプルを作ろうとしたときにこんがらがって苦労した覚えがありました。
急いで酒井さんに電話して確認します。
ほしお すみません、いまつるぎ堂で140字小説本の試し刷りをしているんですが、小口側とノド側の余白のバランスがちょっとおかしいんです。ノド側にくらべて、小口側の余白の方が広いみたいなんですよ。
酒井さん え、小口側の方が広い?(しばしパソコンを操作する音)おかしいですね、そんなはずは……。あっ、もしかして、袋綴じ……?
ほしお そうなんですよ、今回はDTPで表示される見開きは、見開きじゃなくて背中合わせになるんです。
酒井さん そうかそうか、袋か……。すいません、なぜかどうしても袋にすることを忘れてしまう。すぐ修正します。
相談の結果、今回の本を袋綴じで作ることに決まっていました。酒井さんにもそのことは伝えていたのですが、忘れてしまっていたようです。そのまま電話で、どちらに何ミリずつずらす、という相談になりました。
相談の末、方針は決まったようですが、ずらすためにはあいだに入れる込めものを調整しなければなりません。時間がかかる作業のため、それは後日に送り、今日はこの状態のまま、白い紙を何枚か通し、印刷がうまくいくかだけ試すことになりました。
多田さん まあ、でも、いまのうちに気づいてよかったですよね。
ほしお そうですよねえ。本刷りして断裁してから気づいたら、全部刷り直しですから。
そう思うとちょっと青ざめました。実際に本の形になったとき文字の位置がノド側にズレていたら、かなり違和感があるでしょう。ズレはほんの数ミリのことなのですが、小さな本ですし、どのページも同じ形なので目立つはずです。
とにかく、今回は印刷前に多田さんが気づいてくれて、ほっと一安心。しかし、これからもまだこのようなことはありそうで、やはり手作業でものを作るというのは大変なことだ、と感じました。
今回の本は日本語の文字だけで、図版などはなし。内容もページごとに完結して次のページまで文章がまたぐこともない。句読点のぶら下がりなどもありません。それでも確認しなければならないことはたくさんあります。
むかしは活版印刷で、表や数式、図版が組み合わさった学術書、デザイン性の高い雑誌なども印刷していたのかと思うと、気が遠くなりました。
8 試し刷りへ!
さて、版の上に紙を送るための木の台が置かれ、いよいよ試し刷りスタート。
モーターのスイッチを入れると、機械が音を立ててまわり出します。多田さんが手でローラーの近くに紙を差し入れ、紙を載せた台を上げると紙が巻き取られ、ローラーによって下にある版と押しつけられ、インキがつきます。ローラーについてまわってきた紙を手で取りあげます。
印刷された文字を見て、そのうつくしさに感動しました。透けるような薄めの和紙に、文字がしっかり刻まれています。不均一なところやインキが溜まっているところがあったりで、まだ調整は必要になりそうですが、インキの染み具合が絶妙で、見ていて心地よいのです。
ああ、やっぱりいいなあ。
いろいろ大変なことはあるけれど(まだまだこれからもあるだろうけど)、活字組版にして、この紙にしてよかった、と心から思いました。
なぜ活版印刷にこだわるんですか、と訊かれることもよくあります。時代と逆行していることはわかっていますし、印刷物が多くの人に安価に言葉を届けるためのものだと考えれば、いま活版印刷で本を作るというのは、自然な流れに反しているとも思います。それでも、この方法でしか生み出せないうつくしさがあると感じるのです。
試し刷りのあと、作業の進め方について多田さんと少し相談しました。
今回の本は、特装版と通常版を合わせて500部印刷の予定です。はじめは1000部という話もありましたが、価格も高いものですし、現実的に考えて500部と決めました。美篶堂との相談で、印刷や製本のヤレ分を考え、各台800枚ずつ刷ることになっていました。
800枚刷るのにかかる時間も、版を次の活字に組み替える時間も、いまはまだはっきりわかりません。薄くやわらかい和紙のため扱いがむずかしく、通常の手差しの印刷より少し時間がかかるかもしれません。
組み替えが終わったあと、試し刷りの写真を送ってもらい、わたしも確認する段取りになっていましたが、とりあえず1日1台と考え、刷り終わったあと次の日の分の版に組み替えて、試し刷りの写真を送ってもらうのはどうか、と提案しました。そうすれば、こちらは朝までのあいだに確認して返信すれば良いので、お待たせすることがありません。
ペースがつかめてきて、もっと早く刷れそうであればまたそのとき考える、ということで、当面はその形で進めていくことになりました。
連載【10年かけて本づくりについて考えてみた】
毎月第2・4木曜日更新