第16話 試し刷りスタート、そして表紙デザイン確定 前編|ほしおさなえ「10年かけて本づくりについて考えてみた」
【140字小説集クラウドファンディング 目標達成!】
2022年の10月27日、「文字・活字文化の日」にスタートした140字小説集のクラウドファンディングは、無事最初の目標の100万円、そしてストレッチゴールの180万円を達成し、1月26日に募集を終了いたしました。
あたたかいご支援をいただき、ありがとうございました。
140字小説集「言葉の窓」の完成を楽しみにお待ちください!
https://motion-gallery.net/projects/kotobanomado
***
活版印刷や和紙など古い技術を題材にした小説を手掛ける作家・ほしおさなえが、独自の活動として10年間ツイッターに発表し続けてきた140字小説。これをなんとか和紙と活字で本にできないか? 自主制作本刊行に向けての模索をリアルタイムで綴る記録エッセイ。
illustration/design 酒井草平(九ポ堂)
***
1 表紙のデザイン
ホーム社での打ち合わせのあと数日して、九ポ堂の酒井草平さんから連絡がありました。通常版の表紙の用紙が、検討の結果ハンマートーンGAのホワイトに決定したようです。
そして、通常版の表紙のデザイン案も2種類送られてきました。
前回のミーティングでの西島和紙工房や岡城さんとの相談で、特装版では窓の桟はなし、文字と窓の位置をきっちり合わせるようなデザインはNGと決まっていました。それで、今回は、通常版、特装版ともに窓とタイトル文字の位置が若干ズレても気にならないデザインにして、特装版の窓はトンネル型の穴をあけるだけとなりました。
通常版の方は、窓の表現方法が2案ありました。ひとつは水色のインキで窓の形だけを印刷するもの(タイトル文字22ポイントのデザイン案参照)。もう一方は薄いグレーで、窓に枠がついています(タイトル文字16ポイントのデザイン案参照)。こちらは窓の形を型抜きするわけではなく、すべて印刷で表現することになっていましたから、枠があっても大丈夫です。
しかし、本文も白と黒だけの世界ですし、特装版の方は白い紙にスミ一色の予定でしたから、ちがいを出すためにも水色の窓の方がいいように感じました。また、枠もない方が良いと思いました。枠があると現実の窓っぽくなり、枠がない方が窓という概念だけがぽっかり浮いているようでおもしろい気がしたのです。
また、窓のデザインだけではなく、タイトル文字の大きさも2種類の案がありました。タイトル文字が2号(22ポイント)のものと、3号(16ポイント)のものです。デザイン画で見ると、3号のものが落ち着いていていいように感じられましたが、こういうことは紙にプリントして、実寸で切ってみないとわからないと思い、家のプリンターで出力して比べてみました。
たしかに3号は落ち着いていますが、ちょっぴり押しが弱い気がしました。娘にも意見を訊いてみると、ぱっと見て目立つのは文字が大きい方だと思う、とのこと。店頭に置くことがあるかはわかりませんが、やはりここは少しでも前に出ていくような感じがあった方がいい、と思い、2号の方を選びました。
早速酒井さんに連絡して、「水色の窓で、タイトルの大きさは22ポイント」に決めたことを伝えました。
ほしお それで、表紙自体はこちらのデザインで良いと思うんですが、通常版、特装版とも、雁垂れをつけることになりましたよね。
酒井さん 天地は裁ち落としで、雁垂れの折り込んだ端は耳をつける形でしたよね。
ほしお そうですね。西島和紙工房の笠井さんは、紙の全体のサイズと窓の位置が必要とおっしゃっていたので、その設計図が必要になってきます。
酒井さん なるほど。紙全体の形……。
ほしお そのためにはまず背幅が必要になります。前回のミーティングの際、通常版の表紙と見返しの用紙が決まったら、美篶堂がそれで表紙のついた束見本を作ることになってましたよね。
酒井さん そうでした。紙の種類を美篶堂に伝えます。この前の束見本で本文の厚さは出てるけど、表紙の紙の厚みもあると思いますし、正確な図面を引くのは束見本ができてからですね。
ということで、まずは酒井さんから上島さんに表紙と見返しの用紙を連絡し、束見本ができるのを待つことになりました。
2 活字の確認
数日後、つるぎ堂の多田陽平さんから活字を撮影した写真が送られてきました。
前回もお話しした通り、9ポイントの活字がそろった九ポ堂では、大栄活字社で拾った活字にまちがいがあったとき、自分のところの活字と差し替えてくれていました。でも、つるぎ堂は5号(10.5ポイント)の活字はそろっていますが、9ポイントの活字はそろっていないため、実際に活字を組みはじめてから拾いまちがいが見つかると新たに活字を手配する必要があり、作業がストップしてしまいます。それで事前に文字の拾いまちがいだけチェックしておこうということになったのです。
うまくいくか試すために、まずは1枚、写真が送られてきました。下がその写真です。
文字の面も鮮明に写っているので、なんとか判別はつきそうです。以前多田さんと相談したように、これを左右反転します。
読める! 読めるぞ!
思わず口から某ムスカ大佐のセリフが……。
活字の文字はハンコと同じで、押したときに通常の形になるよう左右が反転しています。つまり鏡文字です。がんばれば鏡文字くらい読めるのでは、とつい思ってしまいますが、紙に印刷された文字とちがって金属の凹凸という状態であることもあり、実際にはすごく大変です。2、3文字なら読めても、何行もある文章を読むのは至難の業です。
しかし、鏡文字を反転させれば通常の文字になります。こうなれば金属の凸凹であっても読めてしまう。不思議なものです。
読んでみると、字詰め、行数は違いますが、こちらがお願いした原稿そのままの順番に活字が並んでいます。こちらの画像に、下のように赤字を入れていきます。
赤で丸印がついているのは、組んである活字がすべて正しく、このまま印刷して問題のないもの。
結束用の紐がかかっていたり、光の加減で文字が判別しにくいところには「見えない」と入れ、そこにあるべき文字を書き入れました。この注意書きをもとに、その文字になっているか多田さんの方で確認していただきます。
また、文字がひっくり返ったり、転倒したりしているところには、転倒を表す校正記号を入れました。これはまだ大栄活字社から送られてきたままの状態で、印刷するときの文字組みではありません。印刷する際に組み直すにしても、いまの段階で倒れているところは指摘しておいた方が作業が楽になると考えたからです。
3 込めもの、どうする?
写真に赤字を入れたものを送り返し、多田さんに見てもらったところ、これでだいたいわかりそうです、とのこと。今後写真を送るときは、より解読しやすくするために、文字に結束用の紐がかからないようにして、角度を変えて光を当てたものを数枚送ってもらうことになりました。
多田さん 今回はこの新しく購入した活字のほかに、これまで140字小説活版カードを刷る際に使用してきた九ポ堂にある活字も使うんでしたよね?
ほしお そうですね。作品は番号順に掲載する予定なので、九ポ堂にある活字と新規の活字を組み合わせて並べることになります。
多田さん 並び順を記したものはいただいているんですが、そうなるとそろそろ九ポ堂から活字を運搬しないといけないということですね。
ほしお この前のミーティングのあと、宅配便にするか、酒井さんが持ってくるか、どっちにしようか、というお話になっていたような……。
九ポ堂に保管している活字の運搬の方法や日程は、多田さんと酒井さんで相談してもらうことになり、一旦電話を切りました。そして、その数日後、酒井さんから連絡がありました。
酒井さん 結局、やっぱり僕が車で活字を運ぶことになりました。宅配便で送るとなると、自分で運ぶより梱包が大変ですし……。
ほしお すみません、ありがとうございます。
酒井さん それに、いろいろ相談したいことがあるんですよ。この前、多田さんと組み方について電話で話したんですが、行間の込めもののことが問題になって。今回は、インテルじゃなくて、行間も込めもので埋めようか、ってことになったんです。
ほしお え、行間を込めもので? それってめちゃくちゃ大変じゃないですか?
酒井さん ま、そうなんですけど……。インテルはインテルでけっこう厄介なんですよ。
インテルというのは行の間に入れる細長い込めもののことです。大きくいえばこれも込めものの一種なのですが、今回酒井さんが「込めもの」と呼んでいるのは、もっと小さいもののことです。
ここで、込めものについて説明しておきます。
活版印刷の組版では、活字を並べて版を作ります。文字のところには活字、罫線にも線の形の版があり、指定の長さに切って使用します。図の部分には凸版を入れます。
しかし、文章を組む場合、文字もなにも入らない場所があります。たとえば、文章を改行する際、下にできる余白。章の変わり目などで行間を広く開ける場合。
込めものというのは、この空白を作るためのものです。活字の文字のベースの高さに造られたもので、これを入れた部分にはインキがつかず、印刷したときに空白になります。この空白がないと版を作ることができず、印刷されると見えなくなってしまいますが、活字組版においては重要な役割を果たす道具なのです。
実は、組版においては、文字を並べることより、この空白をどのように埋めていくかの方がむずかしいことのようです。
全角(活字1字分)より大きな空白を作るためのものはクワタ(quad)と呼ばれます。全角、二倍、三倍と、整数倍の大きさのものがあります。
全角より小さいものはスペース(space)と呼ばれます。二分、三分、四分などと呼ばれ、二分アキ、四分アキなどという言葉はDTPソフトにも残っていますが、その起源となるものです。かつては実際に活字の二分の一、三分の一、四分の一といった大きさの空白を作るための込めものが存在していたのです。
通常、文章を組むときは読みやすくするため、1行に並ぶ文字同士の間隔(字間)より、行と行の間(行間)の方を広く取ります。そこには細長い板のようなものを挟みます。それがインテルと呼ばれる込めものです。
金属製のものと木製のものがあり、それぞれ金インテル、木インテル、とも呼ばれます。
活字は印刷のたびに紙にあたって摩耗していきますが、込めものは紙に接触しないため、摩耗しません。そのため、どの印刷所でも、印刷後込めものは版から取り外し、棚に戻してくりかえし使用します(込めものにはさまざまな大きさがあるため、同じ大きさに分類し、棚に戻す作業が大変だ、という話を聞いたこともあります)。
くりかえし使用することができるため、大量にストックしていた印刷所が多く、活字に比べると製造される数も少なかったようで、需要が少なくなった現在では、製造している業者はほとんどないようです。
そして、聞くとどうやら、つるぎ堂にも九ポ堂にも、今回の組版で使うのに必要なだけの金属インテルがないようなのです。木インテルならあるそうですが、木インテルは気候によって微妙な反りが生じたりするため、使うたびに微調整が必要になるとか。
ほしお でも、込めもので埋めるっていうことは、込めものをいくつも並べる、ってことですよね? 組み替えるときかなり面倒じゃないですか?
酒井さん 面倒は面倒なんですけどね。でも、木インテルを使った場合、細いズレは紙を挟んだりして調整することになって、それはそれで面倒だし、安定しないんですよ。その点、金属の込めものを使えば絶対ズレませんから。多田さんとも相談して、今回はそっちでいこうか、って話になりまして。
かなりの手間がかかりそうですが、実際に作業される多田さんがそちらの方が安心ということなら、そちらでいくしかないか、と思いました。
ただ、実際に試した酒井さんによれば、込めもので空白をすべて埋めるのはかなり手間とのこと。それで、つるぎ堂に活字を運ぶ際、九ポ堂にある木インテルと込めものもいっしょに持っていってどちらにするか試して検討することになりました。
酒井さん まあ、行間に込めものを使った版を活版にくわしい人が見たら、これはなんかおかしい、って言うかもしれませんけど……。
ほしお いや、それはもう、いいんじゃないですか? 正しさを追求するより、実際にものを作ることの方が大事だと思いますから。
これはここまでのさまざまな模索を通して、わたし自身が強く感じていたことでした。
活版印刷が盛んだったころといまでは状況が大きく異なります。古くから活版印刷を営んでいたつるぎ堂も、町の印刷所であり、大量の本を作る大きな印刷所とは違います。そうした条件のなかで、活字組版で本を作る。むかしの正当な方法と違うところがあるのは仕方のないことです。それに、正当な方法にこだわっていたら、なにも作れなくなってしまいます。
いま自分たちにできる方法で、活字組版の本を実現すること。
それがいちばん大事なことだと考えました。
4 表紙デザイン確定
美篶堂と九ポ堂による背幅や本の形に関するやりとりを経て、通常版、特装版とも、表紙の形が確定しました。
本は製本の方法によって、上製本、並製本に分けられます。
上製本というのは一般的に、芯になる厚紙のはいったハードカバーと呼ばれる表紙がついた本のことです。表紙が中身より大きく、三方にチリがあって、見返しを貼ったものになります。中身を糸かがりや接着剤で綴じ、仕上げ裁ちをしたあと、表紙貼りした表紙にくるんで仕上げます。
対して、並製本とは、綴じた中身を厚めの表紙でくるんだあと仕上げ裁ちした本のこと。本文の綴じ方は、無線綴じ、針金綴じ、糸綴じなどさまざまですが、雑誌の多くはこの方法で製本されています。
今回の本は、通常版、特装版とも、表紙に芯となる厚紙は入れません。特装版は手漉き和紙で、通常版はハンマートーンという洋紙で本文をくるみます。ですが、背表紙を糊付けしてしまうと開きが悪くなり、本を開くときに背が曲がり、割れてしまいます。それを防ぐため、通常版、特装版とも見返しをつけ、背表紙を浮かした形で製本することになりました。
見返しというのは、本文と表紙をつなぐために表紙の内側に貼る紙のことです。ハードカバーの本の表紙をめくると、本文と違う色の紙がはいっています。それが見返しです。本文用紙2枚分の大きさの紙を二つ折りして、片方を表紙・裏表紙の内側に貼りつけ、もう片方を本文の最初のページののど側に貼りつけます。中身を保護し、本の耐久性を上げる役割を持っています。
丈夫に仕上げるため、背にはクーターを入れることになりました。クーターというのは、表紙の背固めに用いる筒状の背紙のことです。本の背幅に合わせて筒状のクーターを入れることで、背表紙が折れにくくなります。
また、前小口(小口とは本の綴じられた側以外の三方の切り口のこと。本の綴じ目と反対側の切り口を前小口と言い、一般に小口といった場合はこの前小口を指すことが多い)にはチリをつけることになりました。
チリというのは、表紙の、本文より出っ張っている部分のことを言います。並製本は、本文と表紙が同じ大きさのことが多いですが、上製本には必ずこのチリがついています。中身を保護する役割があり、天・地・小口の三方にチリがあります。
今回の本の表紙は通常版も特装版も表紙に芯になる厚紙は入りませんから、本棚に立てたとき、天地にもチリがついていると下のチリが折れてしまいます。ですので、天地は本文と同じ大きさに裁ち落とし、小口にだけチリをつけることにしました。
さらに、特装版、通常版とも、チリをつけた小口は裁ち落とすのではなく、なかに折り込みます。これがいわゆる雁垂れと呼ばれる形です。特装版では、雁垂れの端は、手漉き和紙の特徴である耳を残す形にします。
耳を残すということは、表紙用の和紙ははじめからその大きさで漉いてもらうということです。さらに、漉く段階で型を使って窓の穴を作るので、本の大きさに窓の穴をあけるための特別な漉きコテを作っていただく必要があります。このコテの作成のために、正確な寸法の図面が必要になります。この図面というのが、冒頭の酒井さんとの打ち合わせで触れた設計図です。
また、印刷も活字を使っておこなうため、活字や穴の位置を正確に図面に書き入れます。
本の厚み、チリ、雁垂れ、窓の位置などのすべてのサイズ、活字のサイズやレイアウトを反映し、九ポ堂に作っていただいたのが以下の図面です。
このような段階を経て、いよいよ本の形がくっきりしてきました。
連載【10年かけて本づくりについて考えてみた】
毎月第2・4木曜日更新