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第13話 表紙、そして本のタイトル 後編|ほしおさなえ「10年かけて本づくりについて考えてみた」

活版印刷や和紙など古い技術を題材にした小説を手掛ける作家・ほしおさなえが、独自の活動として10年間ツイッターに発表し続けてきた140字小説。これをなんとか和紙と活字で本にできないか? 自主制作本刊行に向けての模索をリアルタイムで綴る記録エッセイ。
illustration/design 酒井草平(九ポ堂)

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7 西島和紙工房へ

 再び笠井さんの車に乗り、西島和紙工房へ。西嶋和紙を作っているのは笠井さんの西島和紙工房だけではなく、この周辺にいくつも工場や工房が点在しているとのこと。手漉てすきあり、機械きありで、それぞれに特色のある紙を作っているとのことでした。
 細い道を抜け、西島和紙工房に到着。初めてお目にかかる雅樹さんにご挨拶しました。

工房前の雅樹さんと英さん(編集部撮影)

 工房は一見するとふつうの家です。機械抄きの工場とは異なり、西島和紙工房は手漉き専門ですので、工房の建物はこぢんまりとしています。しかし、中に入ると道具の山! 紙というより、まずはその道具の多さにびっくりしてしまいました。
 現在、西島和紙工房ではさまざまな形状の紙小物を製作していて、あの穴のあいたカードから、花器や照明器具のような立体物もあります。それらの製作には型や数々の道具が必要なのだそうですが、型や道具も、特殊な形のものはどうやら雅樹さんが自作しているらしいのです。
 雅樹さんの説明によると、型もはじめはすべて手作りしていたそうですが、最近では設計したものを外注し、樹脂で型を作ってもらっているそうです。

手作りの肉球型(編集部撮影)
表面が青いものは手作り、黒いものは外注したもの(編集部撮影)
富士山型や月型など、さまざまな型がある(編集部撮影)

 実際に漉いているところは見られなかったのですが、この型を簀桁すけたに入れた状態で紙を漉き、紙が濡れているあいだにピンセットなどで細かく穴の周囲を整えていくようです。
 道具を見せていただいたあとは、打ち合わせのため母屋へ。こちらも見た目は木造の日本家屋なのですが、玄関にはいると漂ってくるカントリー感。これは英さんのセンスなのでしょうか、続く居間も、さまざまなアンティークっぽい調度品に彩られ、なんともおしゃれな空間!

笠井さん宅、母屋の居間の風景(著者撮影)

 みんなで「素敵ですねえ」とため息を漏らし、しばし「素敵なお宅拝見!」気分に……。いただいた緑茶のグラスもうつくしく、尋ねるとこれは英さんの作品だそう。

英さん作のグラス(編集部撮影)

 しかし、今回の訪問は決して「素敵なお宅訪問!」ではありません。気持ちを切り替えて、表紙に使用する紙の相談にはいりました。



8 表紙の紙、そしてタイトル

相談風景(編集部撮影)

 まずは雅樹さん、英さんにこれまでの経緯を簡単に説明しました。本文用紙は袋綴じ(もしくは小口を貼り合わせる形)にすること、作品の数は120編で、本文にはそのほかに、扉や奥付などがはいるため、全部で128ページ(紙を効率的に取ることを考え32の倍数)を想定していること。
 特装版の表紙について、あの穴のあいたハガキに惹かれていることを説明すると、穴のあいたカードのサンプルをいくつか出してきてくれました。
 先ほど型も見せていただきましたが、穴の形は丸だけでなく、かなりいろいろなものがあるようです。雅樹さんにうかがったところ、穴のなかにはいっている繊維はこうぞとのこと。繊維がはいっていない、穴だけのものもありました。

穴のあいたカード含むサンプルの数々(編集部撮影)

 穴だけのものも素敵ですが、やはり繊維がはいっているものに惹かれます。それは、和紙がこうした繊維をからめて作られているということがはっきり伝わる形だからかもしれません。
 また、穴から文字が透けて見える効果も素敵だと感じていました。英さんから、穴だけのもの、繊維のはいっているものなどサンプルを何枚か出していただきました。穴だけのもののなかには家の形をしたカードもありました。穴の部分が窓になっているのです。
 酒井さんが作ってくれた組見本の上に重ねてみると、窓の向こうに文字があるようで、かなりときめきます。

組見本の上に家の形のカードを重ねたもの
組見本の上に繊維入りのカードを重ねたもの

 ……いい……!!
 これしかない。そう直感しました。
 英さんはさらに色や模様入りの紙のサンプルも紹介してくれたのですが、穴に繊維のはいった紙しかない! と感じました。柄や模様のはいった紙もどれも欲しくなるほど素敵なのですが、本の内容とは別の個性が生じてしまう気がしました。
 穴は、影のように、形しかありません。柄や模様のような個性はなく、シンプルなのですが、「穴があいている」というだけでとても強い印象を残します。それがこの「文字を主役にした本」ととても相性が良いように思えました。
 
 英さん でも、特装版は上製本というお話でしたよね? 穴はどうするんでしょう?
 ほしお いえ、前回、上島さんとも相談して、上製本ではなく、この紙一枚でくるみ込むような形にしたいと考えてます。
 英さん つまり、特装版もソフトカバーということですか?
 上島さん ソフトカバーですが、背を表紙に貼り付けず、少し浮かす方法もありますので、そこはまだこれから相談なのですが……。
 ほしお 少し浮かす?
 上島さん 外側の紙は一枚だけれども、上製本のように見返しの紙で表紙と本文をつなぐやり方もあるので……。
 ほしお 背を貼り付けないのはとてもいいと思いますが、見返しを表紙の裏に貼るとなると、穴は塞がれてしまいますよね。穴があいている状態にしたいのですが。
 上島さん それなら、見返しの表紙に貼る部分を全面ではなく、ノドから数センチだけにする方法もありますよ。
 
 見返しが途中までしかない。表紙と馴染む色の紙を使うなら、それもおかしくないのかもしれない、と思いつつ、ここは製本の問題なので、相談を先に送ることに。
 それよりいまは、表紙の形です。
 
 上島さん 表紙には雁だれをつけるんでしたよね。本のサイズがいまのところ文庫より少し縦が短い142ミリ×105ミリのサイズで……。
 ほしお そこは酒井さんと相談中で、縦が142ミリしか取れないなら、文庫に近い縦横比にするために、幅も狭くするのはどうか、という話になってます。何ミリにするかは酒井さんが本文をレイアウトしてみないとわからないのですが。
 上島さん とすると、100ミリ前後という感じですね。
 英さん それで本文用紙を表から裏までぐるっと巻いて、背の厚みもそれなりにありますよね。128ページだけど、紙を二つ折りにするわけですから。
 上島さん そうですね、そこは束見本つかみほんを作ってみることになっています。
 
 束見本とは、実際に本にするときと同じ紙を使って、印刷のない状態で作る本の形の見本のようなものです。
 子どものころ、ときどき父が版元から不要になった束見本をもらってきてくれることがありました。印刷のない表紙、なかは白い紙なので、ハードカバーの立派なノートのように使えます。もらうとかなりテンションが上がり、なにに使おう、と夢が広がりますが、結局なにも書けず、白いまま眺めるだけだったり……。
 
 英さん それで、横幅に雁だれが追加されるわけですよね。
 上島さん そうですね、本の幅の半分以上を折り込む感じで。
 ほしお そうすると、つか(本の厚み)が10ミリくらいとして、表紙、背、裏表紙、それから前後の雁垂れ分をプラスして、幅は350ミリくらいという感じでしょうか。高さは142ミリで、表紙のどこかに穴を入れる。こういう紙を作ることはできるでしょうか。
 雅樹さん できますよ。
 上島さん あと、全体に耳(手漉き和紙の端にある薄くほやほやした部分)を付けるという話でしたよね。
 雅樹さん そうなると大きさがピッタリ何ミリということはできなくなってしまいますが。
 上島さん 耳の部分が本文用紙からはみ出るような形で、ひとまわり大きいものを想定してます。耳の幅は一様にはならないと思いますが、本文用紙より小さい部分が出なければOKです。
 岡城さん 表紙の印刷はどうなりますか? 文字だけでしょうか?
 ほしお そうですね、酒井さんと、特装版は穴がはいることもあるし、文字だけの方がいいんじゃないか、という話をしてます。タイトルはまだ決まってないんですが、メインのタイトルと、「140字小説集」というサブタイトル、それに著者名の三つです。
 
 この前多田さんと話したとき、表紙は岡城さんが手キンで刷る、と聞きました。岡城さんはすでにknotenで西島和紙工房の和紙に印刷したカード類を作っているので、和紙への印刷の経験もあります。
 
 岡城さん 文字の配置は酒井さんが考えてくれる、ということでいいですよね?
 ほしお はい、いま考えてもらってます。ただ、メインのタイトルがまだ決まっていなくて、それが決まらないとデザインも決められない、と……。
 岡城さん それはそうですよねえ。
 
 タイトルの問題が再び浮上してきたとき、テーブルの上に並んだ穴つきのカードが目にはいりました。組見本の上に重ねたカードの穴から、組見本の文字が透けて見えます。穴が窓になっている家の形のカードに目が止まります。
 窓、という言葉が頭に浮かび、ちょっといいかも、と思いました。
 140字小説は小さな物語です。広く複雑な世界のあちこちを移動し、いろいろな人と出会い、時間の経過を描いていくような長い小説とはちがって、ある瞬間を切り取って書くのに向いています。ちょうど小さな窓から世界をのぞくように。
 140字小説も、はみ出しなくきっちり長方形におさまるようにしてあり、それ自体が文字でできた長方形の窓のようです。
 活版カードのときは、カードに対して小説の文字部分が大きく、上半分を占めていました。しかし今回の本では、文字は真ん中にまとまり、まわりに大きな余白があります。それで余計に窓らしい形に見えるのかもしれない、と思いました。
 
 ほしお まだちゃんと決まったわけではないんですが、この紙を見ていて、タイトルのなかに「窓」という言葉を入れたい気がしました。
 岡城さん 窓、いいですね。
 
 窓という文字は、それ自体がレースのようにうつくしく、内と外をつなぐ存在でもあります。
140字小説という窓がいくつもいくつも並ぶ、家というより列車のようでもあり、内容ととても合っているように思えます。そして、表紙に穴のあいた紙を使う意味もはっきりしてきます。
 
 ほしお 「小さな窓」とか「旅する窓」とか……。まだはっきりとは決められないのですが、「窓」という字は入れて、そこまで長くないタイトルがいいかな、と……。
 上島さん 窓、いいんじゃないでしょうか。それと、通常版の方のデザインなんですが、こちらも酒井さんが担当されるんですよね。
 ほしお はい。通常版はコストを下げるために洋紙で、と考えているので、表紙は色のついた紙を使うかもしれません。ワンポイントなどのイラストを入れることも考えているのですが、こちらもなかなかイメージが固まらなくて……。
 上島さん 特装版と通常版で別のデザインにするということでしょうか。
 ほしお そうですね、なんとなくそう考えてました。紙の風合いも全然違いますし。
 上島さん ええ、でも、まったくちがう紙だからこそ、同じデザインにして、連続性を持たせた方がいいんじゃないでしょうか。たとえば、特装版は穴のあいた和紙を使うわけですから、通常版の方は、同じ位置に穴の形を印刷で入れるとか。
 ほしお なるほど!!
 
 穴を窓に見立てる方針が決まったこともあり、通常版の表紙も、イラストではなく窓の形を印刷で入れるというのはとてもいいように思えました。
 
 ほしお そうしたら、特装版も通常版も同一デザインで、特装版は窓が穴としてあいていて、通常版はその部分が印刷で表現されている、という形で、酒井さんにお願いしてみます。
 英さん 穴の形と位置はデザイン次第、ということですね。
 ほしお そうですね、まず形を提案してもらって、それでできるかどうか検討していただく、ということでお願いします。
 カードの穴は、先ほど型も見せていただきましたが、丸や正方形などの単純な図形から、富士山や星などの形もあり、さまざまな可能性がありそうです。
 
 雅樹さん 紙の色はどうしますか? 真っ白もできますし、生成きなりにすることもできます。
 ほしお 本文用紙は真っ白ではなく、生成りに近い色にしました。せっかく穴から向こうが見える作りなので、少し違う色の方がいいと思いますし、表紙は真っ白がいいと思います。
 雅樹さん 真っ白ですね。わかりました。サイズやデザインはあとで詳細をいただくということで。
 
 デザインはまだですが、表紙の紙の方向はあらかた決まり、打ち合わせ終了。帰りの高速バスの時間にも間に合いそうです。和紙の里のおみやげ処「紙屋なかとみ」も少し見たかったので、雅樹さんにあいさつし、ふたたび英さんの車に乗りました。



9 おみやげを持って

 和紙の里で各々体験で作ったものを受け取り、併設されている「紙屋なかとみ」を見学しました。
 西嶋の和紙は画仙紙がせんしで名高く、店の一画に、西嶋の書道用紙に関するブースがありました。

紙屋なかとみ全景(著者撮影)
紙屋なかとみ内、書道用紙コーナー(著者撮影)

 ブース内にはさまざまな書道用紙が置かれ、西嶋の書道用紙に関する説明もありました。
 書道用紙は墨で文字を書くためのもの。にじみ具合、墨の発色、筆ざわりなどが重視され、きれいに均一にそろっていることが求められます。
 多くの和紙の産地は、原料に楮を用います。しかし、西島の和紙の原料は三椏みつまたを多く含んだ故紙こし(一度使った紙)と稲わら。三椏紙は繊細で光沢のある平滑な紙で、透かしを入れやすいことからお札の原料にもなっていますが、墨との相性も良いそうです。
 楮の繊維が10ミリ程度あるのに対し、三椏故紙の繊維はおよそ3ミリ。稲わらは1ミリ程度しかありません。こうした材料で作る西嶋の画仙紙は、非常に薄く、墨のなじみもよく、書道用紙としてたいへん優れています。
 しかし、扱いはとてもむずかしいそうです。一般に和紙は水に強いと言われていますが、西嶋の和紙は繊維が短いため、濡れると破れやすいのです。西嶋和紙の職人は、畳一枚ほどの大きさがあるこの非常に薄く破れやすい紙を、濡れたまま扱う技術を持っているのだそうです。
 
 以前「紙屋ふじさき記念館」シリーズのため、細川紙ほそかわしを作っている埼玉県の小川町や、本美濃紙ほんみのしを作る岐阜県の美濃市に取材に行ったことがありました。
 細川紙も本美濃紙もユネスコの無形文化遺産に登録されており、原料は楮のみ(漉く際、繊維を溶かした水を均一に広げるため「ねり(トロロアオイという植物から抽出された粘り)」を入れますが、繊維としては楮のみ)。
 楮の繊維は長いので、細川紙や本美濃紙は薄いですがハリがあります。西嶋の和紙がそれらとは違う特性を持っていることを知り、和紙にはさまざまなものがあるということをあらためて認識しました。
 障子紙に適したもの、書道に適したもの、ものを包むためのものなどなど、ひと口に和紙といっても、原料も漉き方もさまざま。その土地ごとに、用途に適した品質になるように工夫され、発展してきた歴史があります。
 そのひとつひとつが貴重な文化遺産だと思いますが、どれも職人の手の技があってはじめて成立するもので、道具だけあっても継承はできません。職人さんたちの生活がありますから、紙が求められ、商売が成り立つよう工夫を続けていかなければならない。そうしたなかで、西島和紙工房のいまの形があるのだ、と感じました。
 
 バスの時間が近づいてきたとき、岡城さんが最初に抱えていた大きな四角いケースを開け、中から平べったい箱を取り出しました。手みやげのおまんじゅうの箱でした。
 ここのおまんじゅうが笠井さんおすすめだったので、と言って、上島さん、Kさん、わたしに一箱ずつ渡してくれました。あの大きなケースの中身はこれだったのか、と謎が解けると同時に、わざわざ用意してくださっていたことに驚き、感謝の気持ちでいっぱいに。
 体験で作った和紙やいただいた資料、おみやげのおまんじゅうを手に、上島さん、Kさんとともにやってきたバスに乗りこみました。
 バスは高速バスと言いながら、長いこと一般道を走り、周囲には田畑がたくさん見えました。最後、高速道路に入る前に休憩所に寄り、そこのおみやげ物屋で車内でのおやつを物色。Kさんとわたしは信玄餅アイスを買いました。

 バスのなかでアイスを食べてから、窓の外を眺め、タイトルのことを考えました。「窓」を入れることは決まったけれど、どんな窓にしようか。あのとき話した「小さな窓」も気に入っていましたが、タイトルとしては少し地味な気もします。
 窓、窓……。
 考えているうちに結局眠ってしまい、気がつくとバスは新宿駅の近くに。高い建物がたくさん、人もたくさん。先ほどまでの広々とした風景とはまったくちがいます。日帰りでしたが、日ごろ見ている世界とはちがうものを見ることで、気持ちも大きく広がりました。
 おまんじゅうだけでなく、おみやげをたくさんいただいた気分です。
 上島さんとKさんと別れ、ひとりで帰りの電車に。
 窓の外の街をながめながら、窓、窓……とタイトルのことを考えていました。

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連載【10年かけて本づくりについて考えてみた】
毎月第2・4木曜日更新

ほしおさなえ
作家。1964年東京都生まれ。1995年「影をめくるとき」が群像新人文学賞小説部門優秀作に。
小説「活版印刷三日月堂」シリーズ(ポプラ文庫)、「菓子屋横丁月光荘」シリーズ(ハルキ文庫)、「紙屋ふじさき記念館」シリーズ(角川文庫)、『言葉の園のお菓子番』シリーズ(だいわ文庫)、『金継ぎの家 あたたかなしずくたち』(幻冬舎文庫)、『三ノ池植物園標本室(上・下)』(ちくま文庫)、『東京のぼる坂くだる坂』(筑摩書房)、児童書「ものだま探偵団」シリーズ(徳間書店)など。
Twitter:@hoshio_s

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