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第5話 連載のはじまりと作品選び 前編|ほしおさなえ「10年かけて本づくりについて考えてみた」

活版印刷や和紙など古い技術を題材にした小説を手掛ける作家・ほしおさなえが、独自の活動として10年間ツイッターに発表し続けてきた140字小説。これをなんとか和紙と活字で本にできないか? 自主制作本刊行に向けての模索をリアルタイムで綴る記録エッセイ。
illustration/design 酒井草平(九ポ堂)

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1 タイトルどうする?

 今回は番外編で、この連載についてのお話です。

 初回の打ち合わせを終え、制作メンバーの皆さんに見積もりをお願いしているあいだに、わたしの方でもすることがありました。ひとつはこの連載の開始準備、もうひとつは本に載せる作品選びです。そして、編集のKさんから「連載のタイトルをどうしますか」という質問が……。
 
Kさん 通常は、連載全体のタイトルと、各話タイトルがあるんですが……。
ほしお なるほど、たしかにほかの方の記事を見るとそうなってますね。
Kさん 今回の企画の趣旨である「140字小説」というワードは入れたいですね。「記憶をつむぐ旅──140字小説が本になるまで」とか「Twitterからはじまる物語──140字小説の本ができるまで」とか……。
ほしお おお! かっこいいです! しかし、140字小説のほかに、和紙と活版印刷の要素も入れたいのですが……。
Kさん たしかにそれがはいっていた方が伝わりやすいですね。
 
 140字小説の本を作るということのほかに、和紙と活版印刷の要素も入れる。重要な要素が三つあって、どれも外せない。どうやってタイトルらしい形にすればいいのか。なかなかまとまらず、少し考えさせてもらうことになりました。

 ・140字小説を和紙と活版印刷で本にする
 ・Twitterから活版印刷+和紙の手製本ができるまで

 いろいろ考えてみましたが、必要な要素を全部盛り込むとこんな感じで、どうもタイトルらしくなりません。いろいろ考えてみて、三つ全部をタイトルに入れるのは無理、Kさんの案のように、タイトルとサブタイトルに分けよう。メインのタイトルに重要な要素をひとつ、サブタイトルにふたつという形にすればバランスが良くなるに違いない、と考えました。
 次に、この三つの要素の中で一番重要なのはどれなのかを検討することにしました。やはり本の内容である140字小説だろうか。メインに140字小説を入れて、和紙と活版印刷をサブタイトルに入れる。メインはたとえば「140字小説の本を作る」? その通りだけど、なんかちょっとちがう。本を作ることも大事だけれど、どういう本を作るか考えに考えたことがこの本の中心なのではないか。ここまでくるのに10年かかったわけで……。
 と、ここでまた「10年」という言葉が浮上してきました。和紙と活版印刷で本を作る。この企画はすべてここまでの10年があったからできるようになったんじゃないか。この10年が大事なんじゃないか……。などと考え、思いついたのが下記のタイトルでした。
 
 メインタイトル 10年かけて、本作りとはなにかじっくり考えてみた
 サブタイトル 140字小説を和紙と活版印刷で本にする

 
 長いし、Kさんが考えてくれたものに比べてかなりもっさりしています。でも、こういうことを書きたいんだよなあ、と思い、Kさんにそのまま伝えてみました。
 
Kさん うーん、内容に比べてずいぶん説明的ですね……。
ほしお そうですね、そのまんまですよね。
Kさん でも、そのギャップがかえっていいかもしれません。編集部でも検討してみます。
 
 その後、元のままだとタイトルにするには少し長いのと、語呂が悪いということで、メインのタイトルを「10年かけて、本作りについて考えてみた」に、サブタイトルを「140字小説を和紙と活版印刷で本にするまで」と手直しして、編集部で見てもらうことになりました。

 

2 トップ画像どうする?

 数日後、KさんからこのタイトルでOKが出た、という連絡がありました。
 
Kさん 連載のトップ画像はどうしましょうか?
ほしお トップ画像……。
Kさん どの連載にも表紙のようなトップ画像がついているんですよ。イラストだったり写真だったり……。わたしは九ポ堂さんにお願いするのがいいように思うんですが……。
 
 どうやら、実はKさん自身も活版TOKYOや紙博に行ったことがあるほど、活版グッズが好きだったそうなのです。それでは九ポ堂にお願いすることにしましょう、と決まりました。
 そして数日後、九ポ堂から電話が……。
 
九ポ堂 連載のトップ画像っていうんですかね、そういうものを頼まれたんですが……。
ほしお そうなんです、ここはやっぱり九ポ堂さんがいいよね、という話になりまして。
九ポ堂 どんなのがいいんでしょうかねえ。イラストですか? でも活版の話だから、活版関係の写真の方がいいですかね?
 
 具体的にどういう画像がいいかまでは考えていませんでしたが、そのとき九ポ堂のサイトのトップ画像が頭に浮かびました。活字や凸版と活版印刷の道具が並べられた写真の上に、手キンの白い線画が描かれたものです。
 
ほしお 九ポ堂さんのサイトのトップ画像みたいな、写真と線画を組み合わせたものがいいんじゃないでしょうか。
九ポ堂 あー、なるほど。写真に白い線画がのってるやつですね。うん、いいかもしれませんね。タイトルを活字にして、道具や印刷機は線画でのせるような感じで……。
 
 Kさんからも賛同いただき、まずは九ポ堂にタイトルの活字を手配してもらうことになりました。しかし活字といってもいろいろな大きさがあります。九ポ堂が提案したのは、メインタイトルに初号活字、または2号活字という大きな活字を使う案でした。
 
 号というのは、活版印刷の時代に使われていた活字の大きさの単位です。日本独自の単位で、大きい方から、初号、1号、2号、3号、4号、5号、6号、7号、8号まであります。初号を4分割した大きさが2号、さらに4分割したものが5号、その4分割が7号と倍数の関係で作られています。1号を4分割したものが4号、3号を4分割したものが6号、さらに4分割したものが8号になります。

活字の号数(旧号数)比較表 ※実際のサイズとは異なります
(朗文堂 サラマ・プレス倶楽部 活版印刷用語集より)

 ちなみに最大の号数である初号活字は、角寸法14.76ミリ。現在Wordなどで一般的に使われているポイント制で言うと、42ptにあたります。2号は21ptです。ちなみにMicrosoft Wordの標準ポイント数が10.5ptなのは、かつて公文書の作成に用いられていた活字のサイズ5号とほぼ同じサイズにあたるため、JIS・日本工業規格の「フォントの暫定的な基準」として10.5ptが採用された、ということのようです。
 
 それはさておき……。九ポ堂の案は次の三つでした。

1.メインタイトル初号活字+サブタイトル2号活字できっちり組む
→活版らしいけど、予算も高く、印象もお堅め。
2.メインタイトル初号活字、サブタイトルは印刷文字をスキャン
→初号活字は存在感があるので、今後何か展示が行われる場合にも使いやすい。
3.メインタイトル2号活字、サブタイトルは印刷文字をスキャン
→予算が安く済む。2号活字は初号より小さいものの、それなりに存在感がある。

 メールで送ってもらった画像を見ながら検討しましたが、すべて活字にするのはやはり少々堅すぎる印象です。活字とともに、活字で印刷した文字もあった方が良いだろうということで、活字と印刷された文字を組み合わせて使う形式を採用し、タイトルの活字は迫力のある初号活字が良いのではないか、ということで2案、撮影は角度をつけた形と決定しました。
 しかしどうやら、大栄活字さんには、縦書き用の「、」の初号活字はあるものの、横書き用はないようでした。もともと考えていたメインタイトルは「10年かけて、本づくりについて考えてみた」で、途中に「、」が入っています。
 そこで、九ポ堂からは以下のような提案がありました。

1.「、」をなくす。メインタイトルを「10年かけて本づくりについて考えてみた」にする。あるいは活字の写真だけしれっと「、」をなくす。
→一番簡単。
2.縦書きにする。縦書きで区切るとすると「10年かけて、/本づくり/について/考えてみた」になる。
→トップ画像は横長配置なので、どうしても活字が小さくなる。
3.横書き用の「、」をほかの活字屋さんで頑張って探す。
4.フォトショップでなんとかする。

→可能かもしれないが、意図から外れる。

 2と4は違う気がしますし、3はトライしても見つからないかもしれません。九ポ堂からの提案通り、1が一番簡単です。わたしとしても、タイトルを出すときに「、」を入れましたが、そこまで深い意味はなかった気も……。Kさんに相談したところ、「企画書は『、』を入れた形で通してしまったのですが、社内でもう一度検討してみます」とのお返事が来ました。
 

3 トップ画像完成

 編集部からタイトルの「、」を外すことへの賛同をいただき、大栄活字さんにすぐさま発注。届いた初号活字がこちら。

活字を作業台に並べて撮影

 重厚でかっこいいです!
 サブタイトルは九ポ堂の9ポイントの活字を用いて印刷したものをスキャンして使用することになりました。この時点での九ポ堂のラフはこのような感じでした。

上記の写真を左右反転して使用
試し刷りいろいろ

 和紙の要素を入れるため、活字の下にサンプルとしていただいていた丸重製紙企業組合の紙を敷くことになり、印刷機のイラストはつるぎ堂の大型印刷機をモデルにすることになりました。

イラストのモデルになったつるぎ堂の印刷機
イラスト最終版

 このような過程を経て、トップ画像が完成したのでした。

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連載【10年かけて本づくりについて考えてみた】
毎月第2・4木曜日更新

ほしおさなえ
作家。1964年東京都生まれ。1995年「影をめくるとき」が群像新人文学賞小説部門優秀作に。
小説「活版印刷三日月堂」シリーズ(ポプラ文庫)、「菓子屋横丁月光荘」シリーズ(ハルキ文庫)、「紙屋ふじさき記念館」シリーズ(角川文庫)、『言葉の園のお菓子番』シリーズ(だいわ文庫)、『金継ぎの家 あたたかなしずくたち』(幻冬舎文庫)、『三ノ池植物園標本室(上・下)』(ちくま文庫)、『東京のぼる坂くだる坂』(筑摩書房)、児童書「ものだま探偵団」シリーズ(徳間書店)など。
Twitter:@hoshio_s

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