ナカムラクニオ×望月昭秀(縄文ZINE)“こじらせ”から考えるアートと縄文の世界(後編)
巨匠たちの恋愛に注目して作品を読み解く美術本『こじらせ恋愛美術館』。発売を記念したトークイベント採録記事の後編です。お相手は、ナカムラさんが全幅の信頼を置くデザイナーでありながら、縄文好きをこじらせて、専門家たちとの共著『土偶を読むを読む』まで出してしまった望月昭秀さん。おとなの“こじらせ”の行き着く果てに何があるのか? 後半はお客さんたちも巻き込んで、ゆるくて熱いトークが続きます。【はじめから読む】
2023年7月20日 本屋B&Bにて収録/構成=編集部
僕はこうして「縄文系こじらせおじさん」になった
ナカムラ そもそもなんですけど、望月さんっていつから縄文を追っかけているんですか?
望月 15年前くらいからですかね。僕、デザイナーなので、最初は土器のデザインに興味があったんです。それで一度ちゃんと見てこようと思って、長野県茅野市にある尖石縄文考古館というところに行ってみたら、これはすごいぞと。それから好きになったんですけど、好きになりたての頃は、いろんな人に、土器すごい、土偶すごい、縄文すごいという話をしていまして。当時は、縄文のことを面白いと思わないおまえはどうかしている!という、原理主義者みたいでしたね。
ナカムラ 最初から、だいぶこじらせてますね。
望月 はい、縄文系こじらせおじさんでした。そんな感じだったので、だんだん話を聞いてくれる友達もいなくなって、これはちょっとよくないなと。それで、ちゃんと昇華できるようなものをつくろうと思って、『縄文ZINE』というフリーペーパーを作ったんです。これが、さらに深くこじらせるきっかけになるんですけどね(笑)。
ナカムラ 『縄文ZINE』は、最初はどういう狙いで作ったんですか。
望月 デザインの会社をやっているので、会社の宣伝にもなるかなというのは多少あったんですけど……全然ならなかったですね。というのも、縄文土器のデザインかっこいいなと思っていても、やっぱり現代のデザインには合わないというか、いきなり雑誌のデザインに縄文を持っていっても困るだろうみたいなのがあって。あんまり仕事に活かせなかった。
ナカムラ 僕は最近、縄文ZINEの『土から土器ができるまで』という本を参考に土器を作っていますよ。だから、文化としての裾野を広げるという役割は大きいんじゃないですかね。
望月 そう言ってもらえるとうれしいです。『縄文ZINE』は今、14号まで出しているんですけど、こんなに内容ぎっしりで作ってもフリーペーパーだからお金にはならないし、でも印刷代や送料はどんどん値上がりするし、正直やばいんですよね。
ナカムラ 続けていくのって、大変ですよね。僕なんか、芸術家のこじらせたエピソードを調べるのが癖になっちゃって、もう日課みたいになっています。
望月 僕は昔からやめるのが苦手で、なかなかやめられない。
ナカムラ 望月さんのそういうところ、僕は好きですよ。突っ走っている感じというか。それに直接仕事につながらなくても、縄文界隈の人が「ナカムラさん、縄文好きですよね」と声をかけてくれてることもあるじゃないですか。そうやって水面下で意気投合するキーワードになることもあるから、僕はいいと思っていますけどね。
望月 そうですね。縄文好きな仲間はけっこうできたし、『縄文ZINE』やっててよかったです。
殺伐とした反論本、検証本にはしたくなかった
ナカムラ それにしても『土偶を読むを読む』は、けっこう大変な本じゃないですか。
望月 まず簡単に経緯を説明すると、まず『土偶を読む』という、「土偶の正体を解明した、土偶の新説を確立した」と豪語した本が2年前に出たんです。これまでと違う視点から土偶を読み解く、というそれ自体はとっても面白いことなので、僕も期待していました。でも、いざ手に入れてみたら、表紙に北海道の中空土偶と栗が並べてイコールで結びつけられていて、その時点でこれはまずいぞと。実際読んでみたら、間違いがあまりにも多過ぎるというのが最初の印象でした。でも、発売日にNHKで特集が放送されたりして、ものすごく大々的に売る、売れる気配があって。それで、大変おこがましいんですけど、若干くぎを刺すつもりでnoteに「『土偶を読む』を読んだけど」という文章をアップしました。
――その投稿が、かなりバズりましたよね。
望月 そうですね。でもやっぱり『土偶を読む』はすごく売れて、評価されて、サントリー学芸賞という学術的な賞まで受賞しました。ただ、高く評価している人たちの中に、専門家がいなかったんです。土偶の専門家というのは主に考古学者ですが、専門家のみなさんは、『土偶を読む』については評価できるところがほとんどない、という態度でした。それなのに、『土偶を読む』をもとにした子ども向けの図鑑までできて、それが学校の図書館などにも入り始めた。これはさすがにまずいのでは、と思っていました。
ナカムラ それで、どうして望月さんが本を出すということになったんですか。
望月 noteの記事を読んだ出版社の方から書籍化のお話をいただいて。でも最初は悩みました。反論本みたいになると殺伐とするし、考古学のイメージも悪くなっちゃうんじゃないかなと……。色々考えて、僕が編著者という形で、検証と批判のところは僕が書いて、専門家のみなさんには、土偶の本当の面白さや最新の研究について伝えるような内容をお願いしました。土偶の研究史や、研究者が土偶のどういうところを見ているのか分かるような論考、人類学と考古学の関係性、専門家は社会にどう関わるべきか、というような内容ですね。あくまで一般書なので、いつもよりやわらかく書いてくださいとお願いして。そんなわけで、専門書よりはずっと読みやすいし、自分で言うのもなんですが、めちゃめちゃオススメです!
ナカムラ この本、本当に中身が濃いですよね。取材も大変だったんじゃないかと思うんだけど、望月さんしょっちゅうあちこち取材に行ってますよね。本業があるなかで、どうやりくりしているんですか。
望月 縄文巡りは趣味なので、大変という感じは全然ない……。時期によっては毎週末、展示やなんかを見に行ったりするんですけど、行ったらついでに取材もしちゃおう、みたいな。
ナカムラ 今、特に興味があるのはなんですか?
望月 オホーツク文化や北海道の歴史ですかね。去年、北海道を一週間ぐらい旅行してきて、すごく面白いなと。縄文文化って、とても地域性があるのが面白いんですよ、北海道には北海道なりの、青森には青森なりの、長野には長野なりの縄文がある。そういう地域性を見に行くのが今は楽しいですね。
ナカムラ 僕もこの間、北方民俗博物館に行って思ったんですけど、縄文の文化ってだいぶ北のほうまでずっとつながっていて、面白いですよね。
望月 そう。アイヌ文化との関連だったり、地域的にはアイヌ文化とオホーツク文化、さらにはロシアとのつながりだったり、すごくダイナミックで面白いです。
いつかは竪穴式住居
ナカムラ 実際に、自分で発掘したくなったりはしないんですか?
望月 この間、長野の井戸尻考古館で発掘のお手伝いをさせてもらいました。ずっと土をこうやって削ったりとかしてきましたよ。去年も行ったんですけど。
ナカムラ そうやってどんどん深入りというか、縄文をこじらせていくと最終的にどうなっていくんでしょうね。
望月 人によって、発露の仕方が違いますね。文明を捨てて縄文人みたいな生活を実際にする、という方向の人もいるし、裸一貫で丸木舟を造ろうという人もいますし、竪穴住居を自分で造っちゃおうという人もいるし、もちろん研究の道に行く人もいる。僕はやっぱり現代人なので、パソコンとかiPhoneとか文明は捨てられない……。
ナカムラ 縄文的なライフスタイルは取り込まないんですか。
望月 全然取り込めてないんですよ(笑)。
ナカムラ 僕は土器作っているし、土器片もいっぱい集めているし、最近はベンガラを研究していて家の壁にベンガラを塗ったりしているから、僕のほうがライフスタイルに取り込んでいるかもしれないですね。
望月 僕も、いつかは竪穴式住居というのはありますね。いつかはマイホーム、みたいな感じで言っちゃいましたけど(笑)。
ナカムラ わかります。
望月 実際にやってみると大変ですけどね。縄を1本作るだけでも本当に大変なので。
ナカムラ わかります。土器を作るのに、火をおこすじゃないですか。僕、長野の諏訪に借りている家で、消防法に引っかからないようにバーベキューのコンロの中で土器を焼いているんですけど。一度ちゃんと素朴に火をつけてみようと思って、木の枝を手に挟んでこすって頑張ったけど全然つかなくて。縄文人、どうやってあんなボーボーボーボーやっていたのかなと思ったんですよ。
望月 もみぎり式ですかね。縄文人もたぶん、毎回火おこしをするのは面倒くさいから、基本は絶やさないようにしておいたんだと思います。集落の中で1つ火がついているところを保っておいて、すぐ火種を持っていける。そういうふうにしていたんじゃないかと。
ナカムラ なるほどね。土器の土づくりとか、土偶のなかを中空にするやり方とかもそうだけど、土器とか土偶って、興味ある人は1回作ってみるといいですよね。絵もそうですけど、考えるだけじゃなくて1回実際に描いてみる、やってみると、そこから得ることがすごく大きいから。
こじらせ人生相談「縄文が本業を圧迫します」
望月 僕、今日はナカムラさんに相談したいことがあって。縄文をやり過ぎると、本業の経営が圧迫されるんです。縄文の仕事も少しずつ増えてきてはいるんですけど、でもそれだけ食べていけるような感じでもないし、どうしたらいいんでしょう。僕が縄文をこじらせた果てには、何が待っているのか。
ナカムラ まず、死後、評価されますよね。
望月 死後(笑)。
ナカムラ 後々、とても評価されると思うんですよ。
望月 死後かぁ。
ナカムラ あとは、いろいろと崩壊した果てに成功するパターンも多いですよね。例えばフェルメールやゴッホは、もともとやり手の画商です。でも、画商を辞めて絵を描いて、だんだんちょっとおかしくなってきたぐらいでいい作品をつくり始めているじゃないですか。ゴーギャンなんかも証券マンとしてバリバリ働いていたけど、それを辞めてからのほうが人生面白い。本業が圧迫されて苦しんで、その果てに成果が出てくる人が多いですよ。だから、望月さんもこのまま縄文のこじらせを突き詰めていったらいいと僕は思います。例えば、ニルソンデザイン事務所を竪穴式住居にしちゃったりとか。
望月 会社のホームページは、竪穴式住居の写真にしていますけどね。やっぱり、いつかは竪穴式住居なのか……。
ナカムラ ぜひやってください。
――お客さんからも「こじらせ」について質問が来ています。オンライン参加で、岩手県の藤沢の方からみたいですね。「土器作りから、紋様や造形の謎に挑んでいます」とのこと。挑んじゃっている方へのアドバイス、いかがでしょうか。
望月 紋様や造形の謎、深いですよね。本当に縄文土器って、すごく思わせぶりなんですよ。これなんだろうと想像をかき立てる、匂わせがたくさんあって。例えばこれってセックスなんじゃないのという図形が描かれていたり、これって紋様のふりをしているけど人の顔だよねという図形だったり。だからこの方は、たいへん正当なこじらせ方だと思いますね。
ナカムラ 正しい縄文の楽しみ方だと思います。
望月 岩手の藤沢では「野焼き祭り」という素晴らしい祭りがあって、僕も今度行きます。すごいんですよ、小学校の校庭が火の海になるんです。藤沢の町の人たちが作った土器を、そこで焼くんですよ。
――町の人が作った土器を、校庭の火の海で焼く。確かにすごいイベントですね。
望月 僕はそこで、高校生が作った土器の作品の審査員になっていまして。「熱陶甲子園」という試みなんですが、今からとっても楽しみです。
こじらせている人に憧れがある
──会場からも質問があるようです、どうぞ。
──(参加者Aさん) 自分は若い頃、村上龍以外小説じゃないぐらいのことを思っていた時期があって、こじらせていたなぁと思うんですが、あるとき、いや、こんなに売れているし他の本も普通に面白いよなと気づいてしまったんです。こじらせていても、そうやってふと我に返ることってあると思うんですが、お二人の話を聞いていると、ずーっとこじらせていられるような気もして……こじらせを続けるのに、何かコツとかあるんですか。
望月 そうですね、僕は本当にこじらせる対象がよかったというか、縄文が深すぎてどこまでも潜っていけるので、立ち止まったりふと我に返ったりする隙がないです。
ナカムラ 僕は、もともと途中までしごく真っ当に生きてきてしまって、こじらせてなかったんですよ。普通に就職して、会社員時代も長かったし。だからこそ、こじらせている人への憧れみたいなのがすごく強いんですよね。放っておくと自分はまた普通に会社員とかになっちゃいそうな気がして。でも、愛される芸術家って、太宰治にしてもモーツアルトにしてもゴッホにしても、みんなちょっとこじれているじゃないですか。だからこじらせていることに僕は憧れがあるし、何かで勝負するときは、こじらせるといいと思うんですよ。
望月 我に返る隙がないくらいに。
ナカムラ 僕は最近、美術のことばかりやっていて、アトリエが欲しいから古民家を探していますと言い続けていたら、知り合いが古民家を格安で貸してくれたんです。それが諏訪の家なんですけど。やっぱり何か夢中でやっていると、みんな応援してくれるようになってくるんですよね。
望月 それはありますね。僕はさすがに古民家を貸してはもらえないけど。
ナカムラ いやいや。竪穴式住居造りたいから空き家を探しています、とか言っていたら、空き家の話、やって来ますよ。
望月 うちの庭に造れ、とか言ってくれるかな。
ナカムラ そうだと思います。
望月 いつかは竪穴式住居。本当に考えちゃうな(笑)。
こじらせ続けて10年。断られ続けるのはいい流れ?
──(参加者Bさん) 私は連句の会をやっていて、もう10年ぐらい続けています。連句は、五七五七七、五七五七七と句を作ってつなげていく文芸です。最近、連句入門書を出そうという話になって、結構いいところまで進んだんですけど、最終的に「連句は売れない」という理由で無しになってしまいました。他の出版社にも20社くらい売り込んだんですが、みんな断られてしまい、すごく落ち込んでいます。私みたいにこじらせ切って落ち込んだら、どうやって乗り越えたらいいんでしょうか?
望月 落ち込みますよね。縄文も、ずっと売れないと言われていたんですよ。まぁ今もそんなには売れないんですけど。僕が『縄文ZINE』を創刊したのも、そんなふうに、みんな分かってくれないという思いがベースにはあって。でも、ずーっと続けていたら、何となくみんな面白さを分かってくれるようになってきた。だから、いまダメでも続けていたらこれから理解される可能性は全然あると思うし、時代のバイオリズムにうまく乗るときが来るかもしれないですよ。
ナカムラ そう、時間かかるんですよ。僕が10年ぐらい前、最初に「金接ぎの本を出したい」と言ったときも、断られまくりでしたから。ある出版社で企画を進めていたのに、結局その話がなくなっちゃったり。でも、その出版社の人が申し訳ないからといって、玄光社の人を紹介してくれて、それで出すことが決まったんですよね。そこまでかなりの時間がかかってます。
──(参加者Bさん) くじけそうにならなかったですか。
ナカムラ めちゃめちゃくじけましたよ。でも1冊出るとちょっと状況が変わってくる。20社も断られたっていうのは、むしろいい流れだと思ったほうがいいですよ。ブレークしたときに、面白いから。いっそ、30社ぐらい断られておくといいですよ。
望月 いずれ「マツコの知らない世界」に出たときに、ネタにできますよ。
ナカムラ 「マツコ」ぜひ出てください。
──(参加者Bさん) 30社かぁ……ありがとうございます、がんばります。
──そろそろお時間です。最後に、お二人の今後の活動など教えてください。
望月 これからも各地で縄文展が開催されるので、ぜひ行ってみてください。ちなみに今のオススメは、山梨県立考古博物館の「星降る中部高地の縄文世界」です。すごい土器がたくさん見られますよ。ぜひどこかの考古館で、みなさんに再会できたらなと思います。
ナカムラ 僕はこの夏ついに、ラジオで美術のことだけしゃべっていいレギュラー枠をもらえたんですよ。bayFMで土曜の朝9時からやっている「Sompo Japan presents MORNING CRUISIN'」という番組内のコーナーです。よかったら聞いてください。
望月 いいですね。僕も縄文の話だけができる場が欲しいな。
──ナカムラさん、望月さん、ありがとうございました。
ナカムラ ありがとうございました。
望月 ありがとうございました。またどこかで。
【ナカムラクニオ×望月昭秀(縄文ZINE)
“こじらせ”から考えるアートと縄文の世界(後編)】