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第20話 本文印刷、クラウドファンディング終了|ほしおさなえ「10年かけて本づくりについて考えてみた」

【140字小説集クラウドファンディング 目標達成!】
2022年の10月27日、「文字・活字文化の日」にスタートした140字小説集のクラウドファンディングは、無事最初の目標の100万円、そしてストレッチゴールの180万円を達成し、1月26日に募集を終了いたしました。
あたたかいご支援をいただき、ありがとうございました。
140字小説集「言葉の窓」の完成を楽しみにお待ちください!
https://motion-gallery.net/projects/kotobanomado

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活版印刷や和紙など古い技術を題材にした小説を手掛ける作家・ほしおさなえが、独自の活動として10年間ツイッターに発表し続けてきた140字小説。これをなんとか和紙と活字で本にできないか? 自主制作本刊行に向けての模索をリアルタイムで綴る記録エッセイ。
illustration/design 酒井草平(九ポ堂)

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1 本文の印刷

 わたしが印刷博物館とクラウドファンディングのリターンのひとつであるワークショップについて相談しているあいだに、つるぎ堂では本文の印刷が進んでいました。

多田さんから届いた試し刷りの画像

 本文は全部で128ページあり、1台につき8ページなので、全部で16台となります。活字を組むのに時間がかかるため、印刷は1日1台のペースでおこなわれました。
 以前にも書きましたが、つるぎ堂には、組んだ版をそのまま保管するための場所がありません。そのため、印刷機上で直接活字を組み、そのまま印刷。印刷が終わったら活字を外す、という方法を取りました。
 そのため、全ページまとめて試し刷りをして、全体の誤字をチェックする、ということはできません。その日組んだ分をそのときにチェックするしかないのです。
 この誤字のチェックは、多田さんとわたしのふたりでおこないました。と言っても、わたしが毎日つるぎ堂まで通うことはできないので、以下のような手順で進めることにしました。

 ① 多田さんがつるぎ堂で活字を組み、試し刷りをする。
 ② 多田さんがチェックをおこない、間違いを修正したものを写真に撮り、ほしおにメールで送る。
 ③ メールを受け取ったほしおが画像上で誤字をチェック。結果を多田さんにメールする。
 ④ 多田さんが再度修正をおこない、本刷りに入る。

 というわけで、12月の後半から1月の前半にかけて、印刷をおこなう前日の夜か、当日の朝に多田さんから試し刷りの画像が送られてくるようになりました。

 この画像をパソコンで拡大して、指摘の内容を確認、わたしの方でもさらに間違いがないかチェックしていきます。
 チェックするポイントは、本文のほか、お話についている番号(ツイッターで発表したときの順番を表すもので、お話番号と呼んでいます)と、ノンブルです。DTPならノンブルは自動で順番に振られますが、活字ではすべて手で組み入れるので、間違いが起こる可能性があります。
 多田さんからの指摘は、大きく分けると以下の3種類になります。

1)わたしの原稿をもとに九ポ堂が作成した組み見本原稿(PDF)と活字の突き合わせ
2)それ以外の活字の間違い
3)活字の転倒

 このうち1については、活字の拾い間違いもありますが、多くはわたしの原稿のミスによるものでした。九ポ堂に原稿を渡したあと、大栄活字社に活字を注文する際、さらにいくつか細かい修正を加えていて、その修正のうちのいくつかを九ポ堂に伝え忘れていたのです。

 1月6日に送られてきた8台目には、多田さんから驚きの指摘がありました。

刷本8台目の拡大画像

 お話番号「448」の瓢簞ひょうたんの「簞」が違う字だというのです。一見「簞」に見えるのですが、「篳」という違う字だとのこと。
 活字を反転した写真でチェックしたときには、形が似ているのでてっきり「簞」だと思い込んでしまったのです。
 こういう間違いもあるんだ、と驚くとともに、自分のチェックの甘さを痛感しました。
 ワープロで原稿を作成する場合、「指示」が「支持」になる変換ミスはあっても、「瓢箪」の「箪」だけが別の字になるというミスが発生することはまずありません。DTPではデータをそのまま流し込むので、そこで別の字に変わってしまうこともありません。それで見落としてしまった、ということもあります。
 活字は1字ずつ人が拾うので、このような間違いが起こる。だからこそ活字の写真でチェックしたのに、完全ではありませんでした。

 以前も書いたように、つるぎ堂には9ポイントの活字が揃っているわけではありません。
 ひらがなは予備の活字があるため、そちらで差し替えることもできます。漢字でも、ほかのページに同じ活字を使っていれば、それと差し替えることができます。でも、それがない場合は、買い足すしかありません。大栄活字社まで買いに行くか、注文して送ってもらうことになります。
 こういうことが続くと、進行が遅れてしまいます。本の作成の日程もありますが、つるぎ堂にはこの本の作業のあとすぐに、ほかの仕事の予定がはいっていて、これ以上予定を先に延ばすことはできません。そこで、わたしの方でも残りの印刷に向けて前回の反転活字の写真を再度見直すことにしました。



2 扉、附記、奥付

 このように、あれやこれや問題はありましたが、印刷は1台ずつ確実に進んでいきました。
 本文については最初にすべての活字を注文しましたが、まだ注文が済んでいないページがありました。扉と附記、奥付です。

 扉については、最初にタイトル+著者名をいれたもの(本扉)、次にタイトルだけのもの(中扉)の計2枚を入れると決めていました。文字の大きさも本文と同じ9ポイントで、左右中央に置くというところまでは決まっていましたので、あとは行頭の位置だけです。酒井さんとの相談で、本文の行頭より1字落とした形と決めました。
 また、本文の最後のページの次には、附記を入れることになっていました。この本の概要を説明するための文章です。以前からどのような体裁にするか考えていたのですが、必要項目を文章にしてみると作品と同じ140字にできそうだったので、それなら本文と同じ形にしよう、と思いました。
 活字を組む上でも、それがいちばん楽だからです。本文と同じ9ポイント、本文と同じ字数と行数であれば、本文用に作った形にそのままおさめればいいことになります。
 本文は28字×5行。前にお話番号の行がはいるので、全体としては6行になります。附記が全体で4行という形なら、前後に1行ずつ込めものを入れればいい。でも、5行だと込めものの入れ方を考えなければなりません。附記の文章を作品と同じ28字×5行とし、お話番号の位置に「附記」と入れれば、まったく同じ組みになります。
 それで、以下のような形にしました。

酒井さんが作った組見本(実際の活字とは異なります)

 続く奥付には、印刷所、製本所の名前が並びます。九ポ堂の酒井さんによると、大栄活字社には、製本所の篶堂すずどうの「篶」の9ポイントの活字がないとのこと。8ポイントならあるらしい、ということで、奥付のみすべて8ポイントで刷ると決め、大栄活字社に最後の活字を注文しました。

 1月22日、ついに最後の台の試し刷りの画像が送られてきました。
 つるぎ堂には大量の紙を保管するスペースがないため、本文印刷に使用する紙は、製本所である美篶堂で管理されています。美篶堂で印刷に適した大きさに断裁したものを小分けにしてつるぎ堂に送り、印刷が終わったもの(刷本すりほん)をつるぎ堂から美篶堂に送る、という形です。
 間違いをチェックして最後の台を印刷したあと、1月24日、美篶堂に発送。作業は製本の工程に移ることになりました。



3 クラウドファンディング終了に向けて

  クラウドファンディングの終了日は、1月26日。刷本の最後の便は、その前日、1月25日に美篶堂に到着したようです。美篶堂ではすでに、これまでに届いた刷本の断裁、検品、折りの作業がスタートしていました。
 つるぎ堂で印刷された1台の刷本には、8ページ分が印刷されています。まずは、袋綴じにするため、この1台を断裁機で4枚に断裁します。
 その後、印刷の状態をチェックします。にじみやかすれのあるものを弾いていく作業です。本来は印刷所でおこなわれる作業ですが、多田さんひとりのつるぎ堂でおこなうのは時間的に無理だと考え、美篶堂の上島さんと相談の上、今回は美篶堂で作業していただくことになりました。

 下の写真は1月23日に美篶堂さんから送られてきたものです。

滲みやかすれがあるものに印が付いている

 活版印刷では、インキの具合によって、にじんでつぶれてしまう場所、逆にかすれてしまう場所、文字以外の場所の汚れ、といったものがどうしても出てきます。それを一枚ずつ目で確認して、状態の良くないものを弾いていきます。
 その後、袋綴じができるよう、印刷面を外側にしてふたつ折りにしていきます。紙を折る機械もあるのですが、今回の紙は薄い機械抄き和紙ですので、機械は使えません。

美篶堂での作業の様子

 140字小説本は128ページ。2ページ分を半分に折るので、1冊あたりの折る枚数としては半分の64枚。特装版200冊、通常版300冊の合計500冊ですので、全部で32,000枚となります。それをすべて目で確認し、手で折っていくのです。
 送っていただいた写真を見ながら、本というのは、本来こうやって作るものなんだなあ、と感じました。

 1月24日、わたしはクラウドファンディングサイトにはじめてアップデート記事を書きました。このエッセイの連載もあり、開始してからこのときまで記事を別に書くための時間をとることができなかったのです。しかし、終了間際ということもあり、クラウドファンディングのサイトしか見ていない人向けに、これまでの作業のまとめとして、写真付きの文章を投稿したのです。
 その際、美篶堂から送られてきた写真も掲載したいと思ったのですが、人のはいった写真ですので、美篶堂の了解を得なければなりません。そこでその日の記事はこれまでのまとめにとどめ、美篶堂に写真を使って良いか確認するメールを送りました。翌日掲載OKのお返事をいただき、もう一度アップデート記事を書くことにしました。
 実は、クラウドファンディングの終了日である1月26日には大学の卒業論文指導の最後の山、口頭試問を控えていました。わたしのゼミは小説創作ゼミで、小説が卒論となります。ゼミ生は8人。4年間の集大成ということもあり、毎年熱のこもった作品が提出されます。例年、提出者のうち2、3人は本1冊分程度の作品を書き上げ、5万字を超える人がほとんどです。
 執筆過程で何度も読んでいますし、12月半ばに提出されたあとすべてに目を通していますが、口頭試問前に精読しなければなりません。
 今年の4年生はコロナ世代で、大学2年のときはほぼすべてオンライン、大学の方針で比較的早く対面授業が復活しましたが、結局一度も大学に来られずにここまできた学生もいます。それでもみな熱のこもった作品を仕上げてきました。こちらも手を抜くことはできません。
 学生たちの小説を読む合間に、急ぎ足ではありますが、2回目のアップデート記事を書きあげました。
 そしてその記事の中に、このように記しました。

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今回、昔ながらの活字組版で本を作る、と決めてこのプロジェクトを始めました。

ですが、現在、完全に昔ながらの方法で本を作ることはできません。

今回印刷をお願いしたつるぎ堂は、名刺やハガキを刷っていた町の印刷所です。かつて本を印刷していたのはもっと大きな印刷所がほとんどで、そうした印刷所はすでに活版部門を閉じ、活字も機械も処分してしまっています。本を作るにはそれに適した設備が必要で、つるぎ堂にそのすべてが揃っているわけではありませんでした。

その状況で「本」を作るために、さまざまな工夫をしました。

本来は活字を拾って組むのは印刷所の仕事ですが、今回は活字屋の大栄活字社に文選をお願いしました。組み方も、必要な込めものがない場合は他で代用し、校正は、その日印刷する分について、わたしも毎日つるぎ堂の多田さんといっしょにチェックをおこないました。

つるぎ堂は多田さんひとりの運営ですので、紙の断裁や検品はこうして製本所の美篶堂にお願いし、片面刷りの袋綴じにすることで印刷の負担を軽減しています。

昔ながらの活字組版で本を作るために、昔ながらの方法とは違うことをしている部分が多々あります。絶対に昔通りの方法でなければならない、と縛られるより、それに代わる方法を探して、本を作ることが大事だと考えたからです。

活版印刷を残したい、という声をよく聞きます。若い方からもそうした声を聞くことがあります。
ですが、活版印刷を残すためには、活字や機械を保存するだけではダメなのです。活字も機械も扱うには経験が必要で、使える人がいなくなれば、単なる「もの」になってしまいます。

残すためには、使うことが必要なのです。

さまざまな方の協力と工夫によって、今回の140字小説本は、なんとか本の形になろうとしています。そのことに深く感謝するとともに、多くの方に出来上がった本を見ていただきたい、と思います。

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 手で作っているから素晴らしい、とか、むかしの技術の方が良かった、と言いたいわけではないのです。人の手で作れば人件費がかかります。多くの人に手頃な価格で本を送り届けることはできません。この本も、こうした作り方を選んだためにたいへん高価なものとなりました。
 わたしが言いたいのは、いて言うなら、工業規格品の服もあれば手編みのセーターもある、それと同じようにこうした形の本があってもいいのではないか、そうした選択肢を残してもいいのではないか、ということかな、と思います。
 いまはまだ活字も活版の印刷機も存在していて、それを使うことのできる人もいる。でも、もしいまここで使うのをやめてすべてを破棄してしまったら、再度作ることは不可能です。
 この企画に携わってくれている九ポ堂やつるぎ堂、knotenをはじめ、残された活字や機械を使って魅力的なグッズを作っている人たちはたくさんいらっしゃいます。
 でも、グッズだけじゃない。
 いま残っているものだけで本も作ることができる。
 わたしはただ、そう言いたかったのだと思います。



4 カウントダウン!

 翌26日、朝から大学に行き、4年生ひとりひとりと面接したあと、今年度最後のゼミをおこないました。創作が好きで、ゼミがとても楽しかった、と言ってくれる学生もいて、ほっと一息。
 学生たちの素晴らしい卒論を読むたびに、教えるのは苦手だし、これでいいのか迷いながらだけれど、続けていて良かったな、と思います。

 大学を出て電車に乗ったあとは頭を切り替え、クラウドファンディング終了に向けてまだなにかできることはないか、と考えました。
 アップデート記事のおかげか、この数日であらたにたくさんの方からの支援をいただいていました。ですが、今日が締め切りであることを忘れてしまっている人もいるかもしれません。そこで帰宅次第、カウントダウンツイートをおこなおう、と決めました。家に帰ったのは18時半。告知用の画像を急いで作成し、19時から1時間ごとに投稿しました。

終了5時間前に投稿した画像
終了2時間前に投稿した画像
終了1時間前に投稿した画像。
この画像にはサンクスカードに印刷する140字小説の活字を使用した

 最後に駆け込みで支援してくださった方もたくさんいて、最終的には190人の方によっておよそ255万円のご支援をいただくことができました。
 活字組版の本を見たいと思っている人がこれだけいる。そのことがとにかくうれしく、感激でした。

 いよいよ次は本作り最後の工程、製本です。
 その過程を見届けるため、2月のはじめ、長野県伊那市にある美篶堂の製本所を訪ねることになりました。

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連載【10年かけて本づくりについて考えてみた】
毎月第4木曜日更新

ほしおさなえ
作家。1964年東京都生まれ。1995年「影をめくるとき」が群像新人文学賞小説部門優秀作に。
小説「活版印刷三日月堂」シリーズ(ポプラ文庫)、「菓子屋横丁月光荘」シリーズ(ハルキ文庫)、「紙屋ふじさき記念館」シリーズ(角川文庫)、『言葉の園のお菓子番』シリーズ(だいわ文庫)、『金継ぎの家 あたたかなしずくたち』(幻冬舎文庫)、『三ノ池植物園標本室(上・下)』(ちくま文庫)、『東京のぼる坂くだる坂』(筑摩書房)、児童書「ものだま探偵団」シリーズ(徳間書店)など。
Twitter:@hoshio_s

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