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第24話 本作りの旅の終わり、そして新たな旅へ 後編(最終回)|ほしおさなえ「10年かけて本づくりについて考えてみた」

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本連載は今回で最終回となります。
ご愛読いただきましてありがとうございました。

【140字小説集クラウドファンディング 目標達成!】
2022年の10月27日、「文字・活字文化の日」にスタートした140字小説集のクラウドファンディングは、無事最初の目標の100万円、そしてストレッチゴールの180万円を達成し、1月26日に募集を終了いたしました。
あたたかいご支援をいただき、ありがとうございました。

本連載で制作過程を追ってきた140字小説集「言葉の窓」通常版・特装版が完成しました!
以下サイトからもご購入いただけます。ぜひご覧ください。
https://hoshiosanae.stores.jp/?category_id=6420c4e4cd92fe06e7fb6c65

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5 トークイベント当日

 イベント当日、Peatixでのガイドツアーの受付を締め切って名簿をプリントしたあと、いざ会場に出発!
 準備もあるので、12時前に会場に着くよう早めに家を出ました。
 展示物やミュージアムショップへの納品もあるため、かなり大荷物になりました。しかし、帰りはほかのメンバーのところから来た展示物の一部をそのまま持って帰ることになっており、宅配便利用が確定だったので、キャスター付きトランクではなく手持ちの大きな袋に入れて肩に担いでいくことに。
 ところが、あろうことか、駅まで来て財布がないことに気づいたのです!
 わたしの家は最寄駅から10分程度。しかしその大部分が坂道です。駅に向かうときはくだり坂ですが、家に戻るときはのぼりです。この荷物を持ってまた坂をあがるのか、とぐったりしつつ、財布を持たずに行くわけにもいかず、えっちらおっちらいったん家に戻りました。
 というわけで、結局会場の印刷博物館に到着したのは12時半。すでに木谷さんとKさんが準備をはじめていました(ほんとうにすみません……)。
 イベント会場でスライドのチェックや展示コーナーの準備、録画録音の準備などをしているうちに、登壇者である九ポ堂の酒井さん、緑青社ろくしょうしゃの多田さん、岡城さんも到着。それぞれから展示物を受け取って、展示コーナーに追加していきます。

展示コーナーの様子

 ガイドツアーの受付時間となり、博物館受付の方に出ると、すでに参加者の方が集まりつつありました。こちらで事前に用意した名簿とお名前の照合、簡単な挨拶をおこなったあとは、参加者の皆さんは博物館の学芸員さんといっしょにガイドツアーに出発。こちらはまた会場準備に戻ります。

ガイドツアーの様子

 13時半になり、イベント会場への入場がはじまります。事前の相談で、活版体験がイベント後に集中すると人数的に捌ききれなくなる恐れがあるため、早めに来場された方には先に体験をしていただくことになっていました。
 印刷博物館の方たちの誘導で、スムーズに体験がおこなわれ、終えた方から順番に着席していきます。準備の方もなんとか終了して、登壇者の酒井さん、多田さん、岡城さん、後から到着した美篶堂みすずどうの上島さん、西島和紙工房の笠井さんも会場前方に設置された登壇者席につきました。

 14時ちょうど、Kさんの司会でイベントスタート。印刷博物館の木谷さんのごあいさつのあと、スライドを上映しながら、プロジェクトの説明と本の制作過程のふりかえりをおこないました。

トークイベントの様子
スライドを見せながらトークを行う様子

 登壇者のお話では、皆さんがいまの仕事をはじめたきっかけや、ふだんのお仕事の様子、このプロジェクトを進める上で苦労した点などが語られました。
 会場の皆さんからもさまざまな質問をいただきました。
「このプロジェクトを通してそれぞれのスキルアップにつながるような点がありましたか」という質問に対しては、上島さんや酒井さんから「これまで個人で作業していた者同士が共同で作業をおこない、いまあるものでどうしたら本を作ることができるか方法を模索したこと自体がスキルアップだった」という旨をお話しいただきました。

美篶堂の上島明子さん
九ポ堂の酒井草平さん

 今回はじめてわたしのプロジェクトに参加して下さった笠井さんからは「本を作るというのは自分にとっては未知の領域で、その制作過程を知ることができたのが有意義だった。自分だけでなく、作業のバトンが人から人へ渡されていくことでひとつのものを完成させる体験自体はじめてのことで、完成したものを見たときはちょっと感動しました」というお言葉をいただきました。

西島和紙工房の笠井雅樹さん

 また「この本を作るのに10年かかったとのことですが、これからの10年で目指すものはありますか」という質問に対しては、岡城さんからは「この夏あたらしく自分の工房兼ショップをオープンすることになり、体験とお店をセットにした活動を続けていきたい」、笠井さんからは「一日一日身体の動く限り細々と紙を漉いていけたら」、酒井さんからは「自分たちの世界観で続けている「架空商店街」などのシリーズを作り続けたい。活版はがき以外の形にもチャレンジしたい」というお話をいただきました。

knotenの岡城直子さん

 上島さんは「製本関係の工場はどんどん減少している状態。その中で仕事を続けられるように努力を続けていきたい。クラウドファンディングという道も考えています」、多田さんは「課題は縮小していく業界で生き残っていくこと。いまは自分の創作のほか、色々な人から注文を受けて印刷する仕事もしているが、そちらも広げていければと思っています」とおっしゃっていて、業界の状況が変わるなか、それぞれが新たな道を模索していることが伝わってきました。

つるぎ堂の多田陽平さん

 わたしは以下のようなことを語りました。

 活版で本を作りたい、というところから始まって、10年かけて本を作るとはどういうことかを考えてきました。仕事では原稿を渡したあとの本作りについては人任せになってしまいますが、それでいいのか、とも常々考えていました。
 いまはDTPソフトを使い、印刷所に発注すれば本は作れる時代ですが、物質的な本について、本質的なところから考えてみたいと思い、原稿執筆で余裕のない状況ではありますが、無理をしてでも自分でゼロから本を作ってみたい、と考えてこのプロジェクトにチャレンジしました。
 クラウドファンディングを利用したのも、書いて終わりではなく、読者の元に届けて、読んでもらうまでが本を作るということだと捉え、本を作る資金を集めるところから自分でやりたいと考えたから。
 プロジェクトを通して考えたことは多数あり、まだすべてを消化し切れてはいないですが、やらなければならないことがほんとうにたくさんあることは実感しました。本来は書店に本を置いてもらうよう営業をするところまでが本作りなので、今後はそちらについても考えていきたいと思っています。

 また、今後140字小説については、自分の作品というより、新しい書き手の作品を世に送り出すという活動に乗り出せたらと考えています。
 140字小説はTwitterで発信されるものなので、その場で読んでおしまいという形になりがちですが、星々のコンテストを通して、長く手元に残したいと感じる作品がたくさんあることを実感しました。そうしたものを形にして世に送り出す仕事ができたら、と思っています。
 本が大量に売れた時代は安価に作ることができましたが、紙の本がどんどん縮小されていく状況で紙代も上がってきて、これまでのような量産型の本作りではゆくゆくは電子書籍に負けてしまいます。この140字小説集を作ったのは、手元に置いておきたいと思える本を作るにはどうしたらいいか考えるという目的もありました。今後10年でさらに本を取り巻く状況は変わっていくでしょう。そのなかでどのような形があり得るのか、模索していきたいと考えています。

 トーク終了後は、皆さんが体験で刷ったカードにサインしながら、ひとりずつと少しですがお話しもしました。皆さんの声をうかがいながら、本を作ってよかったな、としみじみ感じました。トークイベントを終え、クラウドファンディングのリターンの提供はすべて完了することができました。

刷り上がったカードにサインをしていく
サインを入れたカードをお渡ししながら来場者とお話しをした



6 文学フリマと今後

 トークイベントの1週間後の5月21日(日)は、東京流通センターで開催された「文学フリマ東京36」に出店しました。活版カードを作ってはじめて販売したのも文学フリマでした。
 コロナ禍にはいったとき一度だけイベントが中止となり、その後は対策をしながら開催を続けてきましたが、しばらくは出店者も来場者も少なく、活気のない状態が続きました。それが前回2022年秋の開催時には出店数も客足もだいぶ回復し、今回は1,601ブース(1,435出店)とさらに増加。SNSなどの事前告知も盛り上がりを見せていました。
 実はその日は、以前日経新聞から受けた取材の記事が朝刊に掲載されることになっていました。朝起きてすぐに配達された新聞(うちは日経新聞を購読しているのです)を広げると、たしかに記事が掲載されていました。
「NIKKEI The STYLE」という日曜朝刊に折り込まれる媒体で「本をつくる 一冊に思いを込めて」という特集が組まれ、特別な本作りの事例のひとつとして『言葉の窓』を取り上げていただいたのです。

「NIKKEI The STYLE」の特集誌面

 この特集には、出版不況が叫ばれ、紙の本が減っていく現状のなか、あえて物質としての本にこだわった事例がいくつか紹介されていました。紙の本ならではの良さがある。わたしもそう感じます。ただ、今後の出版や流通の状況の変化は、本作りのあり方も変えていくだろう、と思うのです。
 今回の文学フリマには、いつもの活版カードとともに『言葉の窓』の特装版・通常版も持っていくことにしました。イベントの性格を考えると『言葉の窓』は高額過ぎて売れないかな、とも思ったのですが、文学フリマはこのプロジェクトの始まりの場所ですし、やはり持っていくしかない、と思いました。
 文学フリマでは、わたしの関連の団体と隣接して展開しています。10年間ずっといっしょに文学フリマに参加してきた大学の教え子たちのサークル「ほしのたね」、カルチャーセンターなどで出会った人たちが作った「爆弾低気圧」と「lotto140」というサークルは、コロナ禍をきっかけに「ほしのたね」とも共同で「星々」という団体に合併しました。今回はさらに星々のワークショップなどに参加した人たちの自主制作本を扱うブース「星団マルシェ」も加わったので、4団体(8ブース)が並んだ状態です。

設営を終えたわたしのブース
『言葉の窓』と活版カード

 スタートしたころに比べて活版カードの数も増えましたが、同時に関連ブースも増え、各ブースの商品も増えました。ここに関わる人たちは、みな「紙の本」を作りたい、という気持ちを持っています。
 わたしたちだけではありません。文学フリマに出店した1,400以上の団体の多くが実際に紙の本を作っているのです。今回の文学フリマの来場者は10,780人(うち出店者:2,327人・一般来場者::8,453人)とコロナ前を超え、過去最高の数となりました。
 活版カードもよく売れ、『言葉の窓』を買ってくださるお客さまも何人もいらっしゃいました。わたしのブースだけでなく、会場全体がとてもにぎわっていて、「本」を作りたい人だけでなく、「本」を求めている人もこんなにたくさんいるんだ、と不思議な気持ちになりました。出版不況と言われ続け、各所で書店がなくなっていくいまでも、本を作りたい人、本が欲しいと思う人はいる。文学フリマも全国各地に広がって、どこの土地でも参加者数を伸ばしているようです。
 本が売れていた時代の規模に比べたら微々たるものなのでしょうが、わたしも何十万部も売れる本や雑誌を作りたいわけではありません。どれくらいの規模が適切なのかはわかりませんが、本作りを続けていくことができる可能性はあるんだな、と感じました。
 本作りとはなにか考え続けてきた10年でしたが、その10年で世の中の方も大きく変わり、本のあり方も変わってきました。むかしの感覚では本を届けることはできません。それでも求める人がいなくなったわけではない。届ける方法がなくなったわけでもない。ただ、こちらも現在に合わせて方法を変えなければならない、ということなんだと思います。

 本を作るプロジェクトをはじめて、文学フリマに出展するまで1年半以上かかりました。活版カードを作り始めてからは10年。活字組版にこだわっていたのは、わたしにとっては、本というものの物質として重みが大切だったということなのかもしれません。いまでも、活字で印刷された文字を見ると、胸がじーんとします。
 本作りやクラウドファンディングは予想以上に時間もかかり、休む間もない忙しい1年半になりました。ほんとうは作れるはずのないものを無理を言って作ってもらっている。意味があることなのか、と落ち込んだりすることもありました。
 でも、いまは作ってよかった、と感じています。わたし自身が、本の手触りや重み、そこに宿る歴史をあらためて感じることができ、しあわせな月日でした。
 とはいえ、制作メンバーの協力と、皆さんのご支援によって本を完成させることができたのですから、ここで満足せず、次につなげたい、という気持ちもあります。トークイベントで語ったように、本という形の可能性を今後も考え続けたいですし、自分以外の人の作品を本という形で世に送り出すことについても考えていきたいと思っています。

 このエッセイもかなりの長さになりました。
 分量的にこのすべてを本にするのはむずかしそうですので、140字小説や本作りに対する思いに関する部分と、実際のメイキング部分を分けてまとめることを考えています。
 いまはまだこの体験を完全に消化できていない気がしますが、本にまとめ直すことで考えをさらに深めることができるのではないか、とも思っています。
 試行錯誤だらけでしたが、この記録もかけがえのない思い出です。長らくお付き合いいただき、ありがとうございました! 深く感謝しつつ、筆をおきます。

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連載【10年かけて本づくりについて考えてみた】
ご愛読ありがとうございました。

ほしおさなえ
作家。1964年東京都生まれ。1995年「影をめくるとき」が群像新人文学賞小説部門優秀作に。
小説「活版印刷三日月堂」シリーズ(ポプラ文庫)、「菓子屋横丁月光荘」シリーズ(ハルキ文庫)、「紙屋ふじさき記念館」シリーズ(角川文庫)、『言葉の園のお菓子番』シリーズ(だいわ文庫)、『金継ぎの家 あたたかなしずくたち』(幻冬舎文庫)、『三ノ池植物園標本室(上・下)』(ちくま文庫)、『東京のぼる坂くだる坂』(筑摩書房)、児童書「ものだま探偵団」シリーズ(徳間書店)など。
Twitter:@hoshio_s

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