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第23話 本作りの旅の終わり、そして新たな旅へ 前編|ほしおさなえ「10年かけて本づくりについて考えてみた」

【140字小説集クラウドファンディング 目標達成!】
2022年の10月27日、「文字・活字文化の日」にスタートした140字小説集のクラウドファンディングは、無事最初の目標の100万円、そしてストレッチゴールの180万円を達成し、1月26日に募集を終了いたしました。
あたたかいご支援をいただき、ありがとうございました。

本連載で制作過程を追ってきた140字小説集「言葉の窓」通常版・特装版が完成しました!
以下サイトからもご購入いただけます。ぜひご覧ください。
https://hoshiosanae.stores.jp/?category_id=6420c4e4cd92fe06e7fb6c65

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1 リターンの発送準備

 本の完成に向け、わたしの方でもリターンの発送の準備を進めていました。
 リターンの送付には、出来上がった本のほかに必要なものがいくつかありました。

①サンクスカード
 西島和紙工房の手漉てすき和紙に、knotenで140字小説を活版印刷したカードです。こちらは2月ごろから、西島和紙工房での紙漉き、九ポ堂によるデザイン、大栄活字社での活字購入、出来上がった紙にknotenで印刷、という流れで作業を進めてきました。

②トークイベントのチケット
 印刷博物館と制作スタッフの予定をすり合わせ、「『言葉の窓』完成記念トークイベント」の日程は5月14日(日)午後2時からと決定しました。クラウドファンディングでトークイベント付きのリターンを申し込まれた方に日程を連絡するとともに、当日用の紙のチケットを作成することにしました。
 紙のチケットにしたのにはふたつ理由があります。
 ひとつは印刷博物館の受付の問題です。
 印刷博物館は有料の施設ですが、入館料をわたしが負担し、見学を希望する支援者の方はイベント開始より早くから入場できるようにしたいと考えていました。
 しかし、イベントの準備もあり、わたしが朝からずっと受付の横に立つことはできません。またセキュリティの観点から、博物館の受付で参加者名簿を預かるにはハードルが高いそうで、イベント参加者を受付で見分ける方法が必要でした。
 さらに、クラウドファンディングの開始時点ではトークイベントの日程が未定の状態だったため、「来場」のほか「オンライン視聴」も可能とし、「来場」か「オンライン視聴」の連絡は不要という設定にしていました。そのため、会場に何人の方がいらっしゃるかは当日になってみないとわからない状態でした。

 入館料は来場した人数によって決まります。名簿なしでイベント参加者を見分け、人数を把握するためには、イベント参加者に紙のチケットをお渡ししておき、ちぎった半券を受付で保管しておくのが、参加者にとっても受付の方にとってもいちばんわかりやすい方法だと考えました。 
 そしてもうひとつ、紙のチケットの方がイベントの記念になると考えました。イベントの日付や登壇者の名前が記され、写真のはいったチケットにすれば記念のお土産になると思いました。細長い形にすれば、栞代わりにもなります。
 そこで、活字の写真を用い、イベントの日時や場所、登壇者の名前などを記したチケットを自分でデザインし、印刷会社に発注しました。こちらはオフセット印刷です。チケットらしく、ちゃんとミシン目を入れて半券を切り取れる仕様にしました。

③梱包資材
発送はいろいろ迷った末、配達の追跡機能があり、封筒と切手が合体していて梱包の手間が少ないレターパックを使うことにしました。
 支援者は190名。このうち、本のつかない「ひとくち支援」を選んだ方は4人だけ。複数のリターンを選んだ支援者が数名いらして、その方たちはまとめての発送となりますが、書き損じの危険や今後使うことも考え、少し余裕をもってレターパックライトを200枚購入しました。
 ひとくち支援の方はスマートレター、5冊セットの方はゆうパックを利用することにして、それぞれの封筒と箱も合わせて購入しました。水濡れなどに備え、本を入れるOPP袋も必要数準備しました。

④宛名シールと送り状
 レターパックの封筒には、プリントした宛名シールを貼ります。こちらも本が届くまでのあいだに、クラウドファンディングの名簿を利用して作成しておきました。
 また送り状は、リターンの種類によって文面を分け、それぞれの支援者の分をプリントしておきました。



2 サンクスカード到着

 4月1日、knotenの岡城さんから刷り上がったサンクスカードが送られてきました。グレーのようなブルーのような色合いの厚みのある手漉き和紙に、本にも活版カードにも印刷されていない「140字小説その763」を印刷しています。

763
星が空にまたたき、町が寝しずまったら、言葉の舟を空に浮かべる。人に聞かれたら壊れてしまいそうな言葉をのせる。だれも責めない、子どものころの夢のような、脆い砂糖菓子のような言葉をのせる。力のない、役に立たない、でも、僕にとっていつわりがないと思える言葉を。そのためだけに、生きている。

140字小説 その763

 書くことに対する思いを綴ったもので、自分ではわりと気に入っている作品なのですが、少し感傷的すぎる気がして気恥ずかしく、活版カードにも今回の本にも収めていません。でも、サンクスカードとして、本を手にとってくれた方々へのメッセージとして送るにはふさわしい作品のように思えました。
 サンクスカードのデザインもいろいろ案はあったのですが、九ポ堂のアイディアで、今回の本の本文とまったく同じレイアウトにすることにしました。紙のサイズも同じです(ただし、通常版では天地、特装版では地のみカットしてあるため仕上がりサイズは異なります)。本ではノンブルがはいっているところに「thank you」の文字を入れました。
 出来上がったカードを見ると、活版カードとも今回の本の本文ともちがう味わいがあり、しばし見とれてしまいました。
 思えば、今回の本では西島和紙工房の手漉き和紙を使用したのは特装版の表紙だけで、本文の方は薄い機械きの和紙を使用しています。西島和紙工房の手漉き和紙に140字小説が印刷されているのを見るのはこれがはじめてでした。
 こういうカードもいつか作ってみたいなあ、と思いつつ、サンクスカードは直筆のサイン入りにすることにしていたので、一枚ずつサインしていきます。ふだん使っている万年筆だとかなり滲んでしまうことがわかっていたので、滲みのないボールペンを使いました。

サイン入りのサンクスカード

 トークイベントチケットも無事刷り上がってきました。ほぼイメージ通りの仕上がりでほっとしました。ミシン目もはいっていて、ちゃんと切り離すことができます。

トークイベントのチケット

 梱包作業の手間を軽減し、間違いをなくすため、あらかじめリターンごとに「リターン別の送り状+本以外のリターン」をまとめた同梱セットを作成し、それぞれOPP袋に詰めていきました。これであとは本と同梱セットを封筒に入れるだけになりました。



3 紙って重いよね!!

 4月5日、自宅に本が届きました。段ボール箱いっぱいにはいった特装版と通常版です。美篶堂みすずどうのていねいな梱包で、10冊ずつボール紙にはさまれています。特装版の表紙の窓は1冊ごとに違った趣があり、素晴らしい出来栄えに、感動しました。
 これですべてのリターンの品が揃ったので、いよいよ梱包です。

 しかし、実はレターパックの封筒を購入したときから嫌な予感はしていたのです。
 これ、ちょっと多くないか、と。
 前述のレターパックライト200枚、もともとはひとりで郵便局に行って買ってくるつもりだったのです。しかしちょうど家族で車で出かける用事があり(ほしおは運転免許を持っていません)、ついでに買ってしまおうと途中で郵便局に寄ってもらいました。家族には車で待っていてもらい、ひとりで郵便局の窓口に行きました。
 これまでも通販でよくスマートレターを使っていて、スマートレターを50枚とかレターパックプラスやライトを20枚くらい買うことはしょっちゅうあったのです。それで、今回も全然大丈夫なつもりでいました。
 でも……。窓口の人が両手で抱えて持ってきたレターパックライト200枚の厚みを見て、あれ? と思いました。思ったより重量感があるぞ、と。
 見た目の重量感だけでなく、渡されたそれは実際に大変重く、袋に入れたそれを持ってよろよろと駐車場まで戻りながら、「紙って重いよね!!」と泣きそうになりました。空気の層がある段ボールと違って、ボール紙のみっちりした束は見た目より重く、さらにここに本がはいることを考えて、少し不安になりました。
 袋を見た家族も「それに全部本を入れて送るの?」と不審げな顔です。そのときは、「いや、全然大丈夫。50冊くらいなら台車を使ってひとりでポストまで運んだことあるし」と答え、その50冊は『言葉の窓』の2倍あるA5判の本でしたから、まあ実質あれの2倍くらいだしな、ポストまで何回か往復すれば大丈夫、などと考えていたわけです。

 しかし、段ボール箱に詰まった本と封筒を見比べ、これはなんかちがうかも、と思いはじめました。まず、この量だとポストにすべてはいり切らない気がしました。これまで数が多いときは数十冊を投函し、いっぱいになったらほかのポストへ、ということで乗り切ってきたのですが、これはその作戦でもどうにもならないのではないか、と。
 考えてみれば、A5判の冊子を送っていたときはスマートレターを使っていました。レターパックはスマートレターの2倍の大きさがあります。中身が小さくても、封筒としては2倍の大きさと重さがあるということです。
 荷物を見た娘には「これひとりで梱包して運ぶの、正気じゃないよ」と言われ、夫にも「集荷してもらうしかないんじゃないか」と言われました。
 集荷……! そうだ、集荷だ、と思って郵便局のサイトを見ると、レターパックプラスの集荷はあるが、レターパックライトの集荷はありません、と書かれていました。
 数がたくさんあっても? 念のため郵便局に電話をかけてみましたが、やはりレターパックライトは集荷できないとのこと。
 終わった……。

 いや、しかし、何回かに分けて運べばいいんだ、きっと大丈夫だ、と自分に言い聞かせ、とにかくまずは梱包しないと、と気持ちを切り替えました。
 梱包もさすがにこれをひとりでやろうとしたら数日かかってしまうと思い、ちょうど春休み中の娘にバイト代を支払って手伝ってもらうことに。あらかじめ同梱セットも作ってあるから、半日くらいで終わるだろうと考えて、作業に取り掛かりました。
 昼食を終えてから作業スタート。間違いが起こらないように、リターンごとに分けて作業を進めていきます。
 最初にリターンごとに必要な冊数の本をOPP袋に入れ、同梱セットとともにテーブルに並べます。その後、「本と同梱セットを封筒に入れる」係と「封筒を閉じて送り状番号シールをリストに貼る」係で分担し、流れ作業で進めていきました。
 最初は談笑しながら作業をしていましたが、しだいに娘もわたしも無言になり、作業効率がどんどん上がって熟練工状態に突入。
 そして不気味にふくれあがる封筒の山。出来上がった封筒はこのときのために保存していた段ボール箱に詰めていったのですが、箱はすぐにいっぱいになり、どんどん増殖していきます。

レターパックを詰めた段ボール箱が増殖されていく様子

 夜になっても作業は終わらず、部屋を覆い尽くしていく大量の段ボール箱を見ながら、ふたりともだんだんハイになってきました。なんとか深夜まではかからずに作業は終わりましたが、どう考えても人力で運ぶのは無理な量の段ボール箱の群れができ、結局夫に車を出してもらうよう頼みこむことに。
 うちの車はいわゆるSUVという種類のもので、トランクがけっこう広いのです。それでもこれだけの数の段ボール箱を全部積めるのか不安でしたが、後部座席の半分を倒してトランクとつなぎ、娘の膝に一箱のせることでなんとかすべての箱を車に積み込み終え、郵便局へ。
 駐車場と局内を何往復もして箱を運び、窓口まで少しずつ荷物を移動させ、なんとか発送完了。
 その後、家族で昼食へ。やっぱりひとりだと無理だったじゃないか、とあきれられました(もちろん昼食代はわたしが支払いました! あたりまえですが)。



4 通販開始とトークイベント準備

 というわけで、なんとか発送作業を終え、翌日からレターパックの追跡機能を使って到着確認をおこないました。結局、住所記載違いで一通だけ戻ってきてしまったのですが、本人に連絡して修正した住所に送り、今度は無事到着したようで、リターンの発送作業は完了しました。
 残るは通販のスタートとトークイベントです。
 通販は、さまざまな条件を考え合わせ、STORESのサービスを使うことに決めていました。出来上がった本の表紙や本文ページを撮影し、サイトのデザインを決め、説明の文章を掲載しました。

 本の概要をわかりやすく伝えるために短い宣伝動画も作成しました。制作の過程で撮った写真や動画を用い、BGMはフリー素材から探して、自分で編集しています(最後、映像と音楽のタイミングを合わせるところだけ、デジタルネイティブの娘に手伝ってもらいました)。使いたい写真はいろいろありましたが、あまり長いと見てもらえないと考え、90秒に収めました。
 動画のキモはなんといっても大栄活字社の文選の場面です。ここだけは動いている様子を見せたくて動画を使用しました。
 出来上がった動画は通販サイトに掲載するとともに、Twitterにも掲載し事前告知をおこないました。

 リターンの発送が終わったところで、販売スタート。クラファンの発送で苦労したので、小さい封筒で送れて、スマートレターとほぼ同額で追跡機能もついているクリックポストを使うことにしました。

 トークイベントのほうは、印刷博物館の木谷さんとの相談で、トークのほか、会場で簡単な活版体験をおこなうこと、会場後方に小さな関連展示スペースを設けること、トークの前後に博物館学芸員による博物館のガイドツアーを開催することが決まっていました。
 活版体験については、サンクスカードと同じ、西島和紙工房の手漉き和紙に140字小説を印刷することを考えました。
 と言っても、イベントにいらっしゃる方は皆サンクスカードを持っていますので、それとは別のお話にしなければなりません。イベントの記念ですから、暗いお話は避けたいところです。いろいろ考えた結果、「140字小説その451」を使うことにしました。

451
春の夜には獏に乗って、霞んだ空を飛んでゆく。そこには夢の欠片が漂っている。だれのものかもわからない小さな欠片。金平糖のようなそれを食べ、獏はほろりと涙を流す。涙が広がって虹を作る。それが獏の仕事なのだ。僕はそっと獏の背中を抱き締める。獏は寂しくあたたかい。淡い月の光を浴びている。

140字小説 その451

 ここでいう「夢」は「言葉」のこととも読めます。創作は個人の頭のなかでおこなわれるというより、空を漂うだれのものかもわからない言葉を身体に入れ、あらたな形にして身体から出すようなものだと感じます。
 これもまた、サンクスカードに使った763と同じように「書くこと」にまつわる作品です。ちょっと感傷的ではありますが、『言葉の窓』の制作に力を貸してくださった方たちに、「書くこと」に対するわたしの思いを届けたい、という気持ちがありました。
 また、カードの用紙は、お話の内容に合わせ、淡いピンクや黄色のような色ということでお願いしました。本ではノンブルを入れ、サンクスカードで「thank you」を入れた位置には、今度はトークイベントの日付を入れます。
 大栄活字社で購入した活字を印刷博物館に送り、当日の活版体験で使えるよう、組版をしていただきました。

活版体験用の140字小説カード

 関連展示スペースには、組版のいくつかと、断裁する前の大きな紙に印刷した状態のままの刷本全ページ分、表紙や本文のデザインやレイアウトの指定用紙、束見本など、本の制作の過程にまつわるものを置くことにしました。ほかの制作メンバーの手元にあるものについては、事前にすべて印刷博物館に送っていただくよう手配しました。
 ガイドツアーについては、イベントの前と後の2回開催し、それぞれ30分程度の予定でした。トークイベントに参加するお客様は無料で申し込めることになっていましたが、各回20名の上限があります。そこで、こちらはPeatixで無料イベントとして受付することにしました。
 Peatixで販売ページを作成した後、クラファンのサイトのメッセージ機能を用いて参加者にガイドツアーについて告知し、受付を始めました。

 トークイベントの内容は、最初にわたしがプロジェクトをふりかえる発表をして、その後、制作メンバー各人にご自分のふだんの仕事についてと、このプロジェクトで感じたことを語っていただく、という形式にしました。
 ふりかえりのため、写真を使ったスライドを準備することになりましたが、例によってちょうど原稿の締め切りと重なって切羽詰まっていて、トピックスごとに写真を選んでパワーポイント上に並べるので精一杯。
 なんとかタイトルだけつけて、チェックのためにKさんに送ったところ、なんとKさんが超絶かわいいスライドに編集し直してくれたのです! 登壇者のプロフィールなどもきれいにまとめてくれていて、素晴らしい出来栄えに感謝しかありませんでした……(合掌)。

スライド:表紙
スライド:登壇者紹介
スライド:資料展示の案内

 前日もギリギリまで原稿に追われ、夜になってからハレパネで印刷博物館の受付前とイベントをおこなう部屋の前に置く看板を作りはじめました。大きなサイズの紙にプリントするため近くのコンビニに行き、いざハレパネに紙を貼ろうとしたところ一枚は失敗し(予備はない)、失敗した部分を切断してサイズを小さくしたりしつつ、よれよれになりながら展示物の準備を終えました。気になることはいろいろありましたが、前日ということもありあきらめて寝ました。

ハレパネで作成した看板

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連載【10年かけて本づくりについて考えてみた】
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ほしおさなえ
作家。1964年東京都生まれ。1995年「影をめくるとき」が群像新人文学賞小説部門優秀作に。
小説「活版印刷三日月堂」シリーズ(ポプラ文庫)、「菓子屋横丁月光荘」シリーズ(ハルキ文庫)、「紙屋ふじさき記念館」シリーズ(角川文庫)、『言葉の園のお菓子番』シリーズ(だいわ文庫)、『金継ぎの家 あたたかなしずくたち』(幻冬舎文庫)、『三ノ池植物園標本室(上・下)』(ちくま文庫)、『東京のぼる坂くだる坂』(筑摩書房)、児童書「ものだま探偵団」シリーズ(徳間書店)など。
Twitter:@hoshio_s


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