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第15話 タイトル決定、本作りに向けて 後編|ほしおさなえ「10年かけて本づくりについて考えてみた」

活版印刷や和紙など古い技術を題材にした小説を手掛ける作家・ほしおさなえが、独自の活動として10年間ツイッターに発表し続けてきた140字小説。これをなんとか和紙と活字で本にできないか? 自主制作本刊行に向けての模索をリアルタイムで綴る記録エッセイ。
illustration/design 酒井草平(九ポ堂)

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5 ふたたび全体ミーティング

 デザインの案を笠井さんと岡城さんに送り、上島さんから2種類の束見本が届いたタイミングで、再度ミーティングをおこなうことになりました。
会場は今回もホーム社の会議室。遠方の西島和紙工房と岡城さん、上島さんはオンラインでの参加です。

 会議室に到着すると、あらかじめ上島さんから送っていただいていた2冊の束見本が届いていました。
 おおお、束見本……!
 しかも表紙なし!

2冊の束見本。左が80g/㎡の紙で作ったもので、右が50g/㎡のもの

 精緻せいちに綴じられた束見本の姿にテンションがあがります。背に貼った寒冷紗かんれいしゃが見えるところもたまらない……。なにも印刷されていないただの紙の束なのに、なぜこんなに胸が高鳴るのか。不思議です。
 いつまでも愛でていたくなりますが、目の前には酒井さん、多田さん、ホーム社のKさん、そして会議室の大きなディスプレイの向こうには、上島さん、岡城さん、西島和紙工房のおふたりがすでにそろっている状態。さっそく話し合いにはいることに。

 まずは、80g/㎡と50g/㎡の比較から。背側から撮ると、厚みがかなりちがうことがわかります。また、50g/㎡の方が紙が薄いため、ずっとしなやかにめくれます。

背側から撮影

 開きはどちらもよく、開いた状態で机に置いても閉じてしまうことはありません。ただ、これはまだ表紙がついておらず背がない状態だから、ということもあります。表紙をつけてどうなるかはこれから試してみないとわかりません。

本を開いたところ

 繊維入りの和紙にしたため紙の質感も独特で、なんともいえない風合いがあります。

紙のアップ・光をあてると繊維がはいっているのがわかる

 平滑へいかつで真っ白な紙も考えましたが、実物を見てやっぱり繊維のはいった紙にしてよかった、と思いました。ここに活版の文字が載ると考えると、ドキドキが止まりません。しかし、いまはミーティング中。検討事項もたくさんありますので、落ち着いて話し合いを進めなければ、と気を取り直しました。

 

 6 紙の厚さ、本の厚さ

 ほしお めくりやすさを考えると、やはり50g/㎡の方がいいような気がしました。見た目としても、80g/㎡の方は本の大きさに対して厚すぎる気が……。
 多田さん でも、価格が高めになると考えると、80kgの方が重厚な感じがして、納得感があるような気はしますよ。
 上島さん 今回、本文用紙は特装版、通常版とも和紙で、印刷も活版印刷となると、通常版といっても普通の通常版とはいえないですからね……(笑)。
 ほしお それも一理ありますねえ。たしかに80g/㎡の方が重厚感はありますし、「なんか立派なもんを買った」という満足感はあるかも……。でも、本を持ってめくっていくときの感触は、50g/㎡の方がしなやかで、ときめきを感じます。

  そんなことを話しながら、本を読むという行為について少し考えていました。
 紙の本を読むという行為には、単に文字の形を見るだけでない、ほかの要素がたくさん含まれているように思うのです。
 活版印刷の本にはほんの少しですが文字の揺らぎがあります。見開きの2ページを読み終わって、次のページを開くときの紙の感触、紙をめくるかすかな音。そうしたものすべてが、本を読む体験として身体に刻まれている気がします。
 もちろん内容も大事なのですが、本を読んでいるときの「もっとめくりたくなるような感触」も大事にしたい、と感じました。
 また、50g/㎡でもふつうの文庫本程度のじゅうぶんな厚みがありますし、この本の場合は重厚感より軽やかさを重視した方がいいような気もしました。

  ほしお わたしとしては50g/㎡が第1希望ですが、でも、印刷の問題もありますよね。50g/㎡だと印刷がむずかしいということであれば、80g/㎡にしましょう。
 多田さん 厚さ的には刷れると思います。洋紙ならこれくらいの厚みのものもよく扱ってますから。
 上島さん 和紙だと給紙がむずかしい、という話を聞きますが。
 多田さん 給紙機は使わないので、そこは関係ないんです。全部手差しですから。

  給紙がむずかしいというのは、大きな印刷機でもデルマックスと同じように紙を吸い上げて給紙するのですが、和紙は腰が弱いため吸い上げるときにへにゃっとして折れたりよれたりしてしまう、ということのようです。つまり薄くなればなるほどミスが出やすくなります。
 ただ、今回は紙をすべて手差しで給紙するため、その問題は起こらないようです。

  ほしお それでも、紙が薄ければ扱いはどうしてもむずかしくなりますから、一度50g/㎡で試してみるのはどうでしょうか。紙を大量に購入して印刷用に断裁してから、やっぱりむずかしくてヤレ(ミスで使えない紙)が増えてしまうことになると良くないので。
 上島さん そうですね。束見本作成の際に購入した紙は断裁してしまっていて、大きなものは残っていないんです。だからあらたに全紙で数枚注文して、つるぎ堂さんに送るようにします。

  そんなわけで、紙については、刷ってみてうまくいけば50g/㎡のもの、うまくいかない場合は80g/㎡の方で、ということに決まりました。

  笠井さん 使う紙が80g/㎡か50g/㎡かによって、背幅も変わってくるわけですよね。そうなると、表紙の紙の正確なサイズは、50g/㎡か80g/㎡のどちらの紙を使うかが決まってから、ということでしょうか。
 上島さん 束見本はあるので、50g/㎡を使った場合と80g/㎡を使った場合、それぞれの厚さはもう出ています。実際に使う紙が決まってから、表紙全体の大きさや、穴の位置を決めてもらう、ということになりますね。

  今回は表紙、背表紙、裏表紙を1枚の紙でつなげた形で製本します。その全体の形と、穴をあける位置を指定しなければなりません。そこは酒井さんがレイアウトをまとめて図にすることになりました。でもその前に、穴の形と文字の位置の件を決めなければなりません。



7 穴の位置と文字の位置

 ほしお 前回、酒井さんが作ってくれた装丁案をふたつお送りしたのですが、見ていただいてますでしょうか?

九ポ堂から届いた表紙のデザイン案

 岡城さん、笠井さん (画面の向こうでうなずく)
 酒井さん それで、いくつか気になっていることがありまして、ひとつは穴の形なんですが、そこに描いてあるさんのようなものを入れることはできますでしょうか?
 笠井さん 桟は無理ですね。あと穴が大きいとどうしても紙の強度が落ちてしまうので、あまり大きなものはおすすめできないです。
 酒井さん やはり無理ですか……。わかりました。じゃあ、特装版の方は桟はなしにします。それで形については、この案の左側のような上が丸い形でも大丈夫ですか?
 ほしお トンネルみたいな形のやつですね。
 酒井さん そうそう、トンネル形の。
 笠井さん 桟がなければ問題ないです。あとは穴の形と大きさを決めていただければ。何センチ×何センチか、っていう、正確な大きさを知りたいです。それでまず型を作らないといけないので。
 酒井さん 何センチ×何センチ……? どれくらいがいいんだろう? (紙に図を書き始める)

 試行錯誤の末、窓の大きさは、幅19ミリ、高さ25ミリと決まりました。

  酒井さん それと、文字を入れる位置のことなんですが……。耳付きの和紙なので、端の形にばらつきがありますよね。だから位置合わせがむずかしいんじゃないかと。
 岡城さん そうですねえ。ぴたっと中央に合わせる、みたいなデザインは、やっぱりちょっとむずかしいと思います。
 酒井さん となると、文字が少しずれてもあまり気にならない、右側みたいな形の方がいいってことですよね?
 多田さん そもそも、これって活字ですか? それとも凸版?

  活版印刷というのは、厳密には1文字ずつ活字を組んだものを指しますが、図などの部分は別に金属や樹脂で凸版を作ります。最近は文章についても、活字を組むのではなく、まずDTPで文字まで組んで、それを凸版にして刷ることが多くなっているようです。
 文字の数にもよりますが、活字をたくさん買うよりは凸版を作った方が安く済むことも多いですし、活字を並べる工賃もかかりません。また、DTPで組むので、文字の大きさ、配置も自由がききます。
 活版カードも、おはなしのカードはすべて活字を組んで作っていますが、表紙カードは九ポ堂のワンポイントイラストと組ませていることもあって、DTPで作ったものを凸版にしています。

 ほしお 表紙や奥付は凸版でもいいかな、と思ってたんですけど……。
 多田さん いや、でも、せっかくここまで活字にこだわったんだから、そこだけ凸版っていうのは、なんか中途半端じゃないですか。
 酒井さん たしかにちょっと負けた感がありますよねえ。じゃあ、活字にしましょうか。そしたら、この左側の感じで、文字の位置と大きさを決めればいいわけですね。
 多田さん タイトルはどれくらいの大きさですか? ある程度大きい方がいいですよね。
 酒井さん うーん、2号くらいでしょうか……。とりあえずDTPで組んで、大きさの感じを見てから決めましょう。ちなみに、文字は明朝でいいですよね? ゴシックっていうのも変な気がしますし。
 ほしお そうですね、全部明朝でいいと思います。

  こちらは酒井さんの組んだレイアウトを見てから決定することに。

 酒井さん それで、紙の厚さが決まって背幅が決まってから、サイズを確定させればいいんですよね。特装版の表紙は耳付き和紙を使うというお話でしたが、天地は裁ち落としでいいんでしたっけ。耳が付いてると本棚にも入れにくいですよね。
 上島さん 特装版は箱に入れるという話もありましたが、どちらにしても天地は耳が付いていると耳の部分が折れやすくなりますから、天地は耳を裁ち落とした方がいいと思います。
 小口は雁垂がんだれをつけるってことになってましたね。ですから、耳の部分は折り込まれる形になります。そうすると表紙の幅は、雁垂れ+表紙+背表紙+裏表紙+雁垂れということで……(画面の向こうで計算がはじまる)。
 酒井さん 雁垂れって何センチくらいですか?
 上島さん 本の幅が10センチですから、6センチくらいですね。
 笠井さん そうすると、表紙の紙の幅はその合計で、高さは142センチ+天地の裁ち落とし分ということですね。

  背表紙は2パターンある状態ですが、上島さんが計算して表紙のサイズが確定しました。窓や文字の位置を含め、これを酒井さんが図面にすることになりました。

 上島さん 通常版の方は雁垂れはどうしますか? 雁垂れなしなら、紙の厚さが200kgくらいあった方がいいですが。

 いまさらの説明になりますが、紙の厚さには単位がいくつかあります。今回本文用紙に使う予定の丸重製紙企業組合の紙の厚さの単位は「坪量」。1㎡当たりの用紙1枚の重量のことで、「g/㎡」で表記します。
 対して、竹尾の紙は連量。原紙を1,000枚重ね合わせた時の重さのことで、単位は「kg」で表記。製紙メーカーや紙商、印刷会社などの取引では、紙を大量に取り扱うことが多いので、連量が用いられます。

  多田さん 200kgってなると、あんまり紙の種類がないですよねえ。NTラシャとか? 色もたくさんありますし。どんな紙がいいんでしょうか?
 上島さん やっぱり、本にする場合はあまりハリがある紙だとめくりにくいですよね、ある程度しなやかな紙の方がいいと思います。あと、たしかにNTラシャは色がたくさんあるんですけど、200kgみたいな厚い紙だと、色数は少なくなってくると思います。
 ほしお 裁ち落としだとちょっとさびしい感じもしますよね。通常版も雁垂れありにしましょう。
 上島さん そうすると、紙の厚さは170kgくらいですね。170kgなら、紙の種類もわりとたくさんあると思います。色はどんな感じを考えてるんですか?
 酒井さん 色……。どうしましょうか。
 Kさん 当初は水色っていう案も出てましたよね。
 酒井さん まあ、赤みたいな強い色じゃない気はしますけど……。水色っていうのも、ありがちかなあ。

  紙の質感、色なども含め、現物がない状態で考えるのには限界があります。西島和紙工房や岡城さん、上島さんと相談することはだいたい終わったので、酒井さん、多田さんとともに、神保町にある竹尾の「見本帖本店」に紙のサンプルを見に行くことになりました。



8 紙の見本帖

  ホーム社を出て、神保町の小道を歩き、千代田通り沿いにある「見本帖本店」まで歩いて行くことになりました。

竹尾の見本帖本店エントランス

見本帖本店:https://www.takeo.co.jp/finder/mihoncho/

 見本帖本店は紙の専門商社である竹尾が営む紙の専門店。各種のファインペーパーのサンプルを手に取って見ることができ、気に入ったものは購入することもできる紙好きの聖地です。
 見本帖本店の前まで来たとき、見覚えのある人影が。九ポ堂の酒井葵さんです。

 ほしお あれっ、葵さん、なぜ……?
 葵さん 実は草平さんといっしょに来てたんですよ。でも見本帖本店とか、ほかにいろいろ見たいところがあって、ひとりでふらふらしてたんです(笑)。

  九ポ堂でおもにイラストやデザインを担当している葵さんには、紙選びについてぜひ意見をうかがいたいところ。というわけで、いっしょに店内へ。
 店にはいったとたん、サンプル用の机に竹尾の取り扱っている全銘柄のサンプルが並んでいるのが見えます。色の系統ごとにまとめられたサンプルのうつくしさに頭がくらくらと……。
 サンプルがないとイメージが湧かないよね、ということでここに来てみたのですが、来たら来たでサンプルの数が多すぎて、めまいがするばかり。
 水色の紙ということになっていましたが、水色っぽい色の紙だけでも無数にあるのです。平滑なものから地紋のはいっているものまで、色合いも無数にあります。

  サンプルがあったってなんにも決まらないよ!!
 どうしたらいいかわからなくなっているほしおの横で、草平さん、葵さん、多田さんは紙のサンプルをあれこれ引き出して相談をはじめています。
 どうやら、酒井さんたちは水色ではなく、白やベージュの方に心が傾いているようです。

見本帖本店の店内での相談の様子。左から多田陽平さん、酒井草平さん、酒井葵さん、著者

 葵さん 窓の向こうに見えるのが空だって考えると、紙が水色なのはちょっと違うかもという気がして……。むしろ紙は建物の壁のようなものと考えた方がいいんじゃないでしょうか。
 ほしお なるほど、そうですね。特装版の表紙の色が白なので、白だと似てしまう気もしますが。建物の色の場合、木やレンガの色も考えられますけど、茶色やレンガ色みたいな色はちょっと違う気がしますし、白っぽい方が雰囲気には合いますね。
 葵さん そうなんですねえ。なんとなく、ちょっとぼこぼこっとした感じの紙がいいような……。
 ほしお ぼこぼこっとした紙?

  まずは和紙との馴染みの良さを考え、里紙さとがみという紙を候補にあげました。素朴な風合いのざらっとした紙です。白や生成り、ベージュに近い色合いも豊富です。

里紙の見本帳

それから、同じく表面に微細な凸凹でこぼこのあるサガンという紙。こちらも色が豊富です。

サガンの見本帳

 葵さん推薦の紙は、ハンマートーンというエンボス紙でした。槌で細かく叩いたような凸凹がはいっていて、おもしろい質感です。

ハンマートーンの見本帳

 三つの候補のうちどれにするか、その場ですぐには決められませんでした。そこで、どれにするかは九ポ堂のおふたりで話し合って決めてもらうことにして、その日は解散に。多田さんは自転車で、九ポ堂のおふたりは御茶ノ水の方に歩いていきました。
 本の形は少しずつ決まってきましたが、決まれば決まるほど、考えなければならない細かいことがどんどん増えていく……。でも、刷り始める前にこうしてひとつずつはっきりさせていかないといけないのだな、と思いながら、わたしも神保町の駅に向かいました。

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連載【10年かけて本づくりについて考えてみた】
毎月第2・4木曜日更新

ほしおさなえ
作家。1964年東京都生まれ。1995年「影をめくるとき」が群像新人文学賞小説部門優秀作に。
小説「活版印刷三日月堂」シリーズ(ポプラ文庫)、「菓子屋横丁月光荘」シリーズ(ハルキ文庫)、「紙屋ふじさき記念館」シリーズ(角川文庫)、『言葉の園のお菓子番』シリーズ(だいわ文庫)、『金継ぎの家 あたたかなしずくたち』(幻冬舎文庫)、『三ノ池植物園標本室(上・下)』(ちくま文庫)、『東京のぼる坂くだる坂』(筑摩書房)、児童書「ものだま探偵団」シリーズ(徳間書店)など。
Twitter:@hoshio_s

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