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コロッケひとつ! すぐ食べます|もとしたいづみ『レモンパイはメレンゲの彼方へ』(3)

ホーム社の好評既刊、絵本・童話作家のもとしたいづみさんの、おやつと子どもの本をテーマにしたエッセイ集『レモンパイはメレンゲの彼方へ』から、季節に合わせたエッセイを選り抜いてお送りする3回目。今回はしょっぱいおやつ、小腹が空いた時にうれしいコロッケの登場です。読み終えたらコロッケを買いに走りたくなる、とっておきの1編をお楽しみください。

『レモンパイはメレンゲの彼方へ』

もとしたいづみ

コロッケひとつ! すぐ食べます

 コロッケといっても、お皿にのせてソースをかけ、キャベツの千切りを添えて食べるコロッケではない。肉屋で売ってる揚げたてを「ひとつください。すぐ食べます」と言って、小さな白い紙袋に入れたのを手渡されるなり、パクリとやるコロッケのことだ。これは好条件が重なってこそ、の食べ方でもある。
    まず「あ、いい匂い!」。見れば肉屋がある、という偶然。肉屋ならではの、新鮮なラードで揚げた食欲を刺激する香りだ。「お、揚げたてコロッケがたくさん並んでいるぞ」というタイミング。ちょっとだけお腹が空(す)いていて、揚げものもオッケーなコンディション。打ち合わせも終わり、荷物が少なめの、心身ともに身軽な状態であること。言うまでもなく、食事に行く前もNGだ。さらに食べ歩きに適した場所であること。
 そしてひとりか、せいぜい子どもと一緒のとき。過去に何度か同行の友人に「揚げたてコロッケだ。食べよう」と言ったことがあるが、「食べない」と即答されるか、半笑いであきれられるかのどちらかだ。人格を疑われる、に近い反応もあるから、気軽に誘うのは避けた方がいい。 
    すべての条件を満たし、肉屋の揚げたてコロッケを食べられるのは、年に二、三回といったところか。もちろんすべてが偶然ではなく「今日はあの辺を通るから、揚げたてコロッケがあればいいな」とアタリをつけることもある。その場合、ある程度の保証はあるが、はじめての店は失敗もあり得る。
 揚げたてが山と積まれていながら、あろうことか冷めたものを手渡されることが、 たまさかあるのだ。「え、まさか……」とは思うが、そういや気が利かなさそうなバイトだったなとか、あのおばさん「あんた馴染みの客じゃないね」って目をしたなとか思い返し、ま、甘く見られたってことだ、と諦めて悲しくかじる。
 揚げたてだとしてもコロッケがNGということもある。理想は衣が薄くて、サクサク。中はじゃがいものほくほく感がありながらなめらかで、炒めた玉ねぎの甘みと肉とのバランスが良く、胡椒(こしょう)が効いていてソースをかけなくても十分おいしい、 そんなコロッケ。
   理想的なコロッケが『コロッケ町のぼく』という話に出てくる。主人公いっちゃんは小学生の男の子。彼が住む下町には惣菜を売る店が多く、コロッケが一番うまいのは「さいたま屋」という肉屋だといっちゃんは絶賛する。まず、よそが三十円なのに二十五円と安いこと。これは、昭和四十年代後半の値段だ。いっちゃんのコロッケ評はこうだ

 パン粉のつぶつぶがあらいのに、手で持っても、ぽろぽろ落ちない。色がいい。カステラの上っ皮(かわ)みたいな、なんともいえないいい茶色だ。それと、もう一つ、いちばんかんじんなことがある。
 塩味がちょうどいい。肉屋のコロッケってのは、おさらへのっけてソースをかけて、さておじぎをして「いただきます」なんてのは、まちがったたべ方なんだ。いちばん正しいたべ方は、買いたてのコロッケを、親指と人さし指でつまんで、そのまま、かりっ、かりっと歯でちぎって、あついからふうふうかたで息をしながらたべるもんだ。歩きながらね。
 そのためには、塩味がちゃーんとうまくついていなけりゃいけない。さいたま屋のコロッケは、この味がちゃんとできてる。

 このあと「それから、肉がいい」と続く。肉屋では、骨についた筋の部分を削り取り、機械にかけて安い挽肉を作る。大概の肉屋のコロッケにはこれを使うが、さいたま屋のコロッケは違う。だから歯の間にはさまることもない、というのだ。
   いっちゃんを中心とする小学生たちと、町の大人の話『コロッケ町のぼく』は、NHKのドラマで放送されたらしいのだが、惜しいことに私は見ていない。主題歌をネットで聴きながら、おいしい食べ歩きコロッケなど調べているうちに、日本コロッケ協会なんてのがあることを知り、ふと、コロッケ検定を受けてみた。
 しばらくすると、「答案を採点させていただきました。日本コロッケ協会ではあなたをコロッケニストとして認定いたします」というメールが来た。なんだこりゃ? と読んでいくと「コロッケ革命家」名義の名刺を作成します(実費五千円)とあり、 なるほどそういうことかと納得した。名刺は普及活動の際にご活用ください、とある。そんな名刺、いつ使うんだ? ハハハと笑ったがふとひらめいた。コロッケを買うときに刑事のように掲げればいいんだ。コロッケの普及活動をしているコロッケニストに、まさか冷めたコロッケを差し出すことはあるまい。

korokke のコピー 2

イラスト/ねもときょうこ

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もとしたいづみ
作家。商品企画、雑誌や児童書の編集・ライターなどを経て、子ども向けの作品を書き始める。2005年『どうぶつゆうびん』(あべ弘士・絵)で産経児童出版文化賞ニッポン放送賞、2007年『ふってきました』(石井聖岳・絵)で日本絵本賞、2008年同作品で講談社出版文化賞絵本賞を受賞。講談社出版文化賞絵本賞選考委員。絵本「すっぽんぽんのすけ」シリーズ、「おばけのバケロン」シリーズのほか、『おむかえまだかな』『キャンディーがとけるまで』など著書多数。
Twitter:@motoshita123

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