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スコーンを焼く午後のひととき|もとしたいづみ『レモンパイはメレンゲの彼方へ』~ホーム社の本棚から~2

ホーム社の好評既刊から、季節にあった作品をセレクトしておすすめする当コーナー。第2回も、絵本・童話作家のもとしたいづみさんの、おやつと子どもの本をテーマにしたエッセイ集『レモンパイはメレンゲの彼方へ』から抜粋してご紹介します。
 熱い紅茶がおいしい季節ですが、独自の紅茶文化で有名なのがイギリス。イギリス児童文学に登場する「お茶の時間」や、日本では見たことがない食べ物に、憧れた人も多いのでは? そんな「海外児童文学好きあるある」から、話題は広がって……。今回はスコーンのお話です。

『レモンパイはメレンゲの彼方へ』

もとしたいづみ

スコーンを焼く午後のひととき

 絵本や童話などを書いている私だが、子どもの頃、児童書を熱心に読んだかというと、そうでもない。たまに学校の図書館で借りたり、よっぽど暇なとき、親が買いそろえてくれた少年少女世界名作全集を開く程度で、児童文学を読み始めたのは大学に入ってから。絵本はもっとあとだった。
 だから児童文学を読んで育った人たちと話すと、ちょっとした疎外感を味わうことになる。彼らが特に盛り上がるのは「あの本の○○がおいしそうだった!」とか「どんな食べものかしらと憧れていた」なんて話だ。
 特にアーサー・ランサムの冒物物語『ツバメ号とアマゾン号』の話になると、「ペミカン!」「そう、ペミカン!」と大合唱になる。私も「ああ、ペミカンね」と話を合わせるが、このシリーズを読んだのはわりと最近のことなので、子どもの頃、想像して憧れた気持ちにはどうしたってなれない。
 ペミカンとは「牛肉をかわかして、果実や脂肪をもつきまぜ、パンのように固めたもの。探検隊などがよく利用する」と書いてあるが、「コンビーフ」などと意訳されなかったおかげで、永遠に神秘のべールをかぶったままだ。
「おかゆ」というのも外国の民話によく登場する。これはもちろん、コントでよくいわれる「おとっつぁん、お粥ができたわよ」(古すぎる?)の米の粥ではなく、オートミールなどを牛乳で煮たものだ。これが「おかゆ」ではなく、原語の「ポリッジ(粥)」になっていると、物語全体が魅力的になる気がする。
 しかし、たびたび出てくる言葉が知らないものだと、「ポリッジ? なにそれ。知らない」ガラガラガラガラーと気持ちのシャッターを閉めてしまう読者もいるだろうし、ずーっと気になったまま話に集中できないこともあるから、よく知られた言葉に置き換えた方がいい場合もある。
 古い版の『ひとまねこざる』を見ていたら、スパゲティが「うどん」と訳されていた。「ナルニア国物語」の『ライオンと魔女』に出てくる「プリン」もそうだ。訳された当時、「プリン」は、なかなか食べられない憧れのお菓子だったのだが、「箱を開くとふわふわしたプリンがどっさり」とか「プリンを口にむしゃむしゃ放り込む」というくだりには無理を感じる。
 このプリンの正体は「ターキッシュデライト」。トルコの「ロクム」というむちゃくちゃ甘いお菓子で、近いものに置き換えてみると「甘すぎる求肥(ぎゅうひ)」とか「すんごく甘いゆべし」だろうか。でも魔女がエドマンドを誘惑するのに使うのが、求肥やゆべしなんて興ざめだ。たとえよくわからなくても、エキゾチックで怪しい響きの「ターキッシュデライト」のままが良かったように思う。
 はじめは「ホットケーキ」だったものが、あとから「スコーン」に訳が変わったのは、『トムは真夜中の庭で』。弟のピーターが、はしかにかかったので、トムはおじさんとおばさんの住む、古くて大きな邸宅を改装したアパートに預けられる。「お料理がじょうずなのよ」と自ら言う叔母さんが、お茶の時間になると「ゆで卵、手づくりのイチゴジャムやあわだてクリームののっている手づくりのスコーン」を出してくれる。
 英国のアフタヌーンティーに欠かせないスコーン。これがある程度ポピュラーになったのはいつ頃だろう。焼き菓子のスコーンは「白いパン」を意味する中世オランダ語から来ている。もともとスコットランド料理で、パンとして食べられていたから、ジャムやクロテッドクリームをつけて食べるのだ。
 英国のティータイムといえば、テーブルにスコーンやケーキがずらりと並んでいて、メイドがきびきび働き、ホスト役のマダムが取り仕切って「ミセス○○、お茶のお代わりはいかが?」なんて。一体いつの時代の、どんなお家柄なんだ? というイメージがあるけれど、アパートの一室で少年に供されるクリームティー(紅茶とスコーン)とは、なかなか素敵な光景だ。
 今や日本にはスコーン専門店もできて、さまざまなタイプが味わえるが、私が好きなスコーンは、小麦粉の力強さとほのかな甘みを感じられる素朴なタイプだ。外側はごつごつしていて、ふたつにほろっと割ると、中は少ししっとりしている。生クリームもいいけど、やっぱりクロテッドクリームと、固めのジャムをつけて食べたい。
 スコーンは、案外簡単なので、作ってみることをおすすめする。焼きたては、温め直しと違って断然おいしい。それに安上がりだ。
 テーブルクロスを敷いて、カップをちゃんと温め、できればいい茶葉で、きちんと紅茶を淹れる。ひとりでお茶の時間に集中してみると、別に贅沢はしていないのに、優雅な気分になれる。

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イラスト/ねもときょうこ

フルーツサンド、あんみつ、アップルパイ…春夏秋冬のおやつと本のおいしいお話『レモンパイはメレンゲの彼方へ』発売中

もとしたいづみ
作家。商品企画、雑誌や児童書の編集・ライターなどを経て、子ども向けの作品を書き始める。2005年『どうぶつゆうびん』(あべ弘士・絵)で産経児童出版文化賞ニッポン放送賞、2007年『ふってきました』(石井聖岳・絵)で日本絵本賞、2008年同作品で講談社出版文化賞絵本賞を受賞。講談社出版文化賞絵本賞選考委員。絵本「すっぽんぽんのすけ」シリーズ、「おばけのバケロン」シリーズのほか、『おむかえまだかな』『キャンディーがとけるまで』など著書多数。
Twitter:@motoshita123

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