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コンロのT-1000|千早茜「こりずに わるい食べもの」第2話

この世には2種類のコンロがある。ガスか、I Hか、だ――。
台所から思いもよらぬ世界へと誘われる、千早茜ワールドをご堪能ください。
※シーズン2『しつこく わるい食べもの』好評発売中

 センサーが嫌いだ。
 といいつつ、センサーがなにかわかっておらず、調べてもよくわからない。「検知器」という訳にピンときた。検知されるのが嫌なのだ。

 いままでセンサーを感じる機会は商業施設などの自動ドアやトイレくらいしかなかった。トイレのセンサーはせっかちすぎる。個室に入るなり「どうぞ、はい、どうぞ」とでも言わんばかりに蓋を開ける。ちょっと腰を浮かしただけで流してしまう。人にはブツを見たいときもある。そして、自動ドアのセンサーは、なぜか私にだけ反応しないことが多々ある。開かない透明なドアの向こうで、先に入った友人たちがむっつりと立ち尽くす私を笑う。「存在してないんちゃう」と何気なく放たれた一言にカチンとくる。私の存在の有無をなぜ機械なんかに決められなくてはいけない。
 人といると腹をたてられるのだが、一人のときは開かないドアに不安になる。ドアが「人である」と検知する条件を私は満たしていないのではないか。それは一体なんなのだ。いや、もしかしたら私はもう死んで霊体になっているのかもしれない。それは困る、と無様に飛んだり跳ねたり体を揺らしたりしてなんとか検知してもらう。機械に「してもらう」、うーん、不愉快。

 自動ドアは避ければいいが、コロナ禍になって、あらゆる店の入り口に消毒液が置かれるようになった。その容器に時折センサーがついているものがある。手を差しだせば、豆粒ほどの光がチッと点き、ブシュッと消毒液が吐きだされる。その量、勢い、加減もなにもあったものではない。ただ目の前にやってきたものをびしょびしょにしてやろうという魂胆しか感じられない噴出。消毒を拒否するわけではないが、もう少しタイミングとか、塩梅とかないのだろうか。液体石鹸のセンサーなどは、噴出口が固まりかけた液体で塞がりかけていて、あらぬ方向へと飛んでくるものがある。袖口や腕にビュビュッとかけられ、言いようのない屈辱感にどんよりする。我が家でも一時期、センサーつきの食器洗剤容器が導入されたが、このセンサーがえらい過敏だった。野菜を洗おうとしても、茹でた麺をざるにあげようとしても、ビュビュッと洗剤を吹く。シンクにかかる影にすら反応しかねない勢いだ。落ち着けよセンサー、と念じてもビュビュッの勢いはとどまるところを知らない。もういいセンサー、私は私の加減でやらせてもらう、と撤去した。

 目に見えないものを基本的に私は疑っていて、故に機械の「検知」にも懐疑的だ。「アレクサ、クラシックかけて」とか言えるような人間には永遠になれない気がする。機械がだす目に見えない信号がなんか信じられない。同じように目に見えない電子や電磁で調理する機器もなんとなく苦手だ。その最たるものがIHだった。

   四十年ずっとIHコンロを避けてきた。火のない台所なんて台所ではないと思っていた。見えない熱で調理するなんて、きっと茶だって美味しく淹れられないし、肉だってきれいに焼けないはずと、嫌厭していた。
 しかし、東京で内見した物件のほとんどはIHコンロだった。他の条件は満たしているのにIHだけが相容れない。最後の最後まで「IHが……」と嫌がり、「賃貸で百パーセントの満足はあり得ませんから」と説得されて折れた。

 とはいえ、私はIHの仕組みをよくわかっていなかった。契約してから調べて、土鍋の類が使えないと知ったときの衝撃は凄かった。新参者IHのくせに古株の土鍋を拒否するの!? とますますIHが苦手になった。つるんとつめたい顔をしたIHのために、無骨で愛嬌のある土鍋たちを手放すのが心苦しくて、結局、カセットコンロを持って引っ越しした。土鍋で炊いた粥を食べられない生活なんて耐えがたい。

 引っ越してしばらくはIHを使わなかった。電源を入れないと、ただのガラスの板にしか見えず、上に書類や調味料を置いてもしんとしたままだ。あまりに静かでクリーン、とても台所のメイン会場とは思えない。飲食店で働いていた頃、火を操るコンロ前は厨房の花形だった。これは期待できないな、と思った。
 ある日、雪平で味噌汁を作ってみた。IH用に買った、木のつまみがついた可愛い新品の鍋だった。水を張り、電源を入れ、ちょっとコンロ前を離れていたら、ガタガタと蓋が鳴った。もう沸いている!

 仰天した。炎が見えないから火力がまったくわからないが、強いということだけはわかる。あんなに静かなのに。いやいや、でもIH用の雪平だしな、と今度は台所の鈍器、ストウブを引っ張りだした。玉葱を炒めてみた。火がないんだから焦げはできまいと思っていたが、やはりあっという間に飴色玉葱ができた。アスパラもちゃんとグリルでき、肉もこうばしく焼ける。依然、IHは涼しい顔をしたままだ。明らかに今までのガスコンロより火力が強い。なんというか、「ターミネーター」でいうとシュワちゃん型のT-800と液体金属型のT-1000くらいの実力差を感じる。スマートすぎる。サムズアップなんかしてくれそうもない。ぜんぜん、仲良くできる気がしない。

 しかし、そこで気がついた。私は機械に主導権を握られるのが嫌なのかもしれない。センサーに検知されるのがどうこうではなく、自分がコントロールできないものが身近にあるのが怖いのだ。IHも然り。でも、食材ひとつとっても完全にコントロールはできない。貯蔵されていた玉葱と新玉は違うし、茶だって毎日同じように淹れられるわけではない。付き合っていく気があるかないかだ。
 ならば、と腹をくくった。やっていこうよ、IH、と心の中で声をかける。相変わらずつるんと無表情だが、ちょっと癖みたいなものが見つかれば、少しは好きになれるような気がしている。

こりずにわるい食べもの01

illustration 北澤平祐

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連載【こりずに わるい食べもの】
毎月第2・4水曜日更新

千早茜(ちはや・あかね)
1979年北海道生まれ。小学生時代の大半をアフリカで過ごす。立命館大学文学部卒業。2008年『魚神いおがみ』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。同作で泉鏡花文学賞を受賞。13年『あとかた』で島清恋愛文学賞、21年『透明な夜の香り』で渡辺淳一文学賞を受賞。著書に『おとぎのかけら 新釈西洋童話集』『男ともだち』『西洋菓子店プティ・フール』『犬も食わない』(共著・尾崎世界観)『さんかく』『ひきなみ』などがある。
Twitter:@chihacenti

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