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第六話 啓蟄 早川光「目で味わう二十四節気〜歴史的名器と至高の料理 奇跡の出会い〜」

器・料理に精通した早川光が蒐集した樂吉左衛門、尾形乾山、北大路魯山人などの歴史的名器に、茶懐石の最高峰「懐石辻留」が旬の料理を盛り込む。
「料理を盛ってこそ完成する食の器」
二十四節気を色鮮やかに映し出した“至高の一皿”が織りなす唯一無二の世界を、写真とともに早川光の文章で読み解くフォトエッセイ!
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Photo:岡田敬造、高野長英


第六話「啓蟄けいちつ

2024年3月5日〜2024年3月19日

啓蟄けいちつ」。少し難しい言葉ですが、啓には「ひらく」「開放する」、蟄には「虫などが土の中に隠れ閉じこもる」という意味があります。つまり、冬ごもりをしていた虫たちが、暖かさに目覚めて土の中から出てくる頃のこと。
 
 この時期になると、各地で「こもはずし」が行われます。立冬の頃に松の木の幹に巻きつけておいた「菰(わらで作ったむしろ)」をはずすという行事です。
 これは、虫が枯れ葉の下などに隠れて越冬する習性を利用した害虫駆除の方法で、はずした菰の中に集まった害虫は菰ごと焼却されます。これを「菰焼き」と呼び、日本三名園のひとつ「岡山後楽園」では、早春の風物詩となっています。
 
 そんな「啓蟄」の器は、古染付の『草花文向付』。

 古染付とは、中国みん時代末期の天啓てんけい年間(1621~1627)頃に、中国江西こうせい省の景徳鎮けいとくちん民窯で作られた染付磁器の総称。
 明王朝が衰微した時代の磁器なので、釉薬が剝落はくらくしていたり、高台に砂が付着していたりと、やや粗雑な出来ではあるのですが、それを日本の茶人たちが「侘びた風情がある」として好んだことから、皿、鉢、向付など、数多くの器が焼成されました。
 この『草花文向付』もおそらく天啓年間に作られたもの。厚手の素地の上にやや黒みがかった藍色で、草花が自由闊達かったつな筆致で描かれています。
面白いのは見込みの中心近くにいる三匹の虫。まるで春の陽気に誘われて、並んで土の中から出てきたかのような、ユーモラスな姿をしています。
 
 この器に盛る『懐石辻留』の啓蟄の料理は『赤貝 わけぎ から酢味噌和え』。

  冬から春にかけて旬を迎える赤貝と、早春に旨みを増すわけぎ(ねぎと玉ねぎの交雑種)の和えものです。
 和える直前に殻を開いて取り出し、ぬめりを取った赤貝の身は、新鮮でみずみずしく、口に入れると爽やかな潮の香りが鼻腔をくすぐります。
 そして、京都の白味噌を用いた芥子酢味噌と、茹でたわけぎの柔らかい味わいが、赤貝の甘みを引き出しています。
 
 啓蟄はまた、暖かい日差しで「水ぬるむ」頃でもあります。土の中の虫だけでなく、水に棲む生き物たちも動き始めます。
 そこで選んだもうひとつの器は、古伊万里の『色絵かいづくし文蓋付碗』です。

「蓋付碗」とは、料理が冷めないように蓋をつけた陶磁器の茶碗のこと。古伊万里では主に18世紀から19世紀にかけて、さまざまな意匠の器が作られました。
 この『色絵貝尽文蓋付碗』もそのひとつ。貝ばかりでなく、イソギンチャクやクラゲと思しき生き物までイラスト風に描かれており、まるで現代の作品のように見えますが、文化・文政年間(1804〜1830)の頃に造られたもの。つまり約200年前の器です。
 色絵もカラフルで、青、緑、黄などに加え、ピンクやうぐいす色といった、それまでの伊万里焼にはあまり見られない珍しい色も使われています。これは当時日本に入ってきた、中国しん朝の磁器の「粉彩ふんさい」と呼ばれる彩色技法の影響と考えられています。
 文化・文政年間は浮世絵や歌舞伎、川柳など、町人文化が花開いた時期。この蓋付碗も、洒落心のある富裕商人の求めによって作られたものかもしれません。
 
 器に盛る料理は『弥生ご飯』。

 これは『懐石辻留』の春の名物料理。焼いた鯛をほぐした「鯛そぼろ」を混ぜたご飯の上に、芝海老を炒り煮にした「海老そぼろ」、だしで炊いた「椎茸」、香ばしく焼いた「錦糸玉子」をのせ、一度、器ごと蒸した後に、熱いつゆをかけて供します。
 錦糸玉子が菜の花を、海老そぼろが桃の花を思わせる、色どりの美しさもさることながら、別々に調味された鯛、芝海老、椎茸、玉子が口の中で重なり合い、華やかな旨みへと変わるその味わいも見事。春本番の到来を感じる、心浮き立つような一品です。

プロフィール

早川 光(はやかわ・ひかり)
著述家、マンガ原作者。『早川光の最高に旨い寿司』(BS12)の番組ナビゲーターを担当。『鮨水谷の悦楽』『新時代の江戸前鮨がわかる本』など寿司に関する著書多数。現在は『月刊オフィスユー』(集英社クリエイティブ)で『1,000円のしあわせ』を連載中。
 
ブログ:「早川光の旨い鮨」

懐石辻留料理長・藤本竜美
初代・辻留次郎が裏千家の家元から手ほどきを受け、1902年に京都で創業した『懐石辻留』。その後、現在に至るまでその名を輝かせ続け、懐石料理の“名門”と呼ぶに相応しい風格を纏う。北大路魯山人のもとで修業した3代目店主・辻義一氏から赤坂の暖簾を託されたのが、料理長の藤本竜美氏。「食は上薬」を肝に銘じて、名門の味をさらなる高みへと導いていく。
 
HP:http://www.tsujitome.com


注釈/古伊万里

 古伊万里は有田、三河内、波佐見などの肥前国(現在の佐賀県および長崎県)で、江戸時代に生産された歴史的価値の高い磁器の総称。伊万里の名がついているのは、江戸時代にこれらの磁器が伊万里港から出荷されていたためである。
 古伊万里はその制作年代によって焼成や絵付の技術、釉薬などに違いがあるため、研究者によって細かく分類されている。
 肥前国で磁器製造が始まった1610年代から1630年代頃までの器を「初期伊万里」、続く1640年代から1670年代頃の器を「古九谷様式」、1670年代から1680年代頃の器を「柿右衛門(延宝)様式」などと呼ぶ。
 古伊万里が技術的に成熟し、最も充実していたとされるのは、芸術や文芸が花開いた元禄年間(1688〜1704)で、この頃に生まれた「金襴手様式」の器はヨーロッパへの輸出品としても人気を博した。

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