見出し画像

第10回 自己嫌悪 賽助「続々 ところにより、ぼっち。」

大人気連載、3期目に突入!
ゲーム実況グループ・三人称の「鉄塔」こと作家の賽助が、ぼっちな日々を綴ります。
※全24回予定。第2回以降、最新話のみ1週間無料配信。

[毎月第4火曜日更新]
illustration 山本さほ


 自分に対してガッカリするということは、年を取るにつれてなくなっていくものだと思っていました。自分の性格、こうがだんだんはっきりとしてきているわけですし、自分の限界もおおよそ把握しているのですから、何をしても「だいたいこんなもんだろう」となるものだと思っていました。
 
 しかし、どうやら40代も半ばに突入しても自己嫌悪に陥ることはあるようです。
 
 昨年、2024年末のこと。
 このエッセイでも書きましたが、僕は『パーソナルトレーニング』に通い始めました。
 大きくなってきたおなかを眺めながら「これではイカン!」といちねんほっし、ダイエットのために通い始め、初めてのトレーニングで眩暈めまいを起こしてフラフラになったと書いたと思います。
 
 その際、このエッセイのイラストを描いて下さっている漫画家の山本さほさん(ご出産おめでとうございます!)もパーソナルトレーニングに通われていたものの、3回ほどで断念したそうですと担当編集者から伝えられ、「いやいや、僕はそうはなりませんよ」なんて思っていたのですが……。

 1回目が終わってからというもの、どうにも腰が重く、通う気になれません。
 あれだけあふれていたやる気はどこへやら、予約の連絡をするのもちゅうちょしてしまうのです。

 それでも何とか気を奮い立たせて、次に予約を入れたのは3週間も過ぎたころになりました。

 優しいトレーナーなので、期間が空いてしまったことに対しても、全く気にしなくてよいと言っていただき、再びトレーニングが始まります。
 とはいえ期間が空いてしまったので、内容はもちろん前回のおさらいですし、体力もまるで増えていないからか、再び僕は眩暈のようなものを感じてしまい、またもフラフラになりながらトレーニングを終えました。

 それから次のトレーニングまでまた数週間と空いて……と、僕は同じことを繰り返してしまいます。せたい思いとは裏腹に、己を奮い立たせるエンジンが空転しているような感覚。

 あれだけやる気があったはずなのに、どうしてこんな状態になってしまったのか……。
 冷静に自分に問いかけてみます。

 まず、「お金を払ったことでなんか一段階越えて何かを達成した気になる感覚」があることはいなめません。
 この状態を何と呼ぶのか、適切な日本語が見つかりませんが、人間はまだ何も手に入れていないにもかかわらず、その手前の段階で「普段はしないような労力」をいた場合、あたかもそれを「手に入れた」と勘違いしてしまうことがあります。

 例えば「働いてお金を稼がなきゃ」と日々思っていたとして、アルバイト情報サイトにアクセスし、「ここなら働けるかな……」なんてあれこれシミュレーションを重ねた結果、特にバイト先候補へ電話をかけてもいないのに「今日は結構な進展があった」なんて思ってしまう。

 最終目標の前段階の苦労だけで、ある程度の達成感を得てしまうことがあるのです。

 また、そもそもこれまでジムのプールに通っていたわけですが、誰に何を言われるでもなく、自分の泳ぎたいタイミングで泳ぎ、今日はこれくらいでいいやと感じたらそこで終えていました。恐らくこれが一般的な筋トレのやり方なのかもしれませんが、その日の目標なども決めてはおらず、気の向くまま通っていることがとても性に合っていたのです。

 しかし、当たり前の話ですがパーソナルトレーニングはそうではありません。常に調子を見られながら、指示されながらの筋トレが、やってみて初めて「調子を合わせるのが大変だ」と感じました。逆説的ではありますが、自分にとって筋トレというものがとても『プライベート』なことだったのだと感じたのです。

 結果として、僕はどこまでいっても『自分のペース』で作業をしたいタイプなのだとあらためて感じました。そして、『ぼっち』という言葉の重みを再認識したのです。

 他にも、パーソナルトレーナーの笑顔があまりにもまぶしすぎて、こんなに人は怒らないでいられるだろうか? いや、きっと裏では僕のことを「ろくでなし」だと思っているに違いない……なんて勝手に考えてしまうネガティブ思考が発生していたなどの理由もあり、僕はちっともトレーニングに向かえなかったのです。

 そして、この状況でさらなる悪循環が発生します。
『パーソナルトレーニング』に通い始めてからというもの、僕は今まで通っていたジムのプールにさえ行かなくなってしまいました。

 元々、パーソナルジムの予約と予約の間に行けたら最高だなと思っていたのですが、パーソナルジムへは行かないくせに普通のジムに行くというのは自己矛盾に感じられてしまい、結果、体を動かすことさえしなくなってしまったのです。

 この段になって、僕は久しぶりに自己嫌悪に陥りました。
 自分はもういい年齢なのに、この程度のこともできやしないのか……と。

 理想と現実のギャップに悩んでいた思春期の頃、思うような力を発揮できず足掻あがいていた大学生時代、何も上手うまくいかず引きこもりがちだった20代後半から30代にかけて、様々な自己嫌悪を体験し、自分の駄目なところもある程度理解はしていたつもりだったのですが、まさか「自ら望んで契約したパーソナルトレーニングに行くのが嫌になる」なんていう新たな自己嫌悪の種を発見するとは思ってもみませんでした。

 自己嫌悪の種は色々なところに植わっているものだとは思いますが、こんな特定条件下で発芽するものもあるとは……。

 新年早々ではありますが、こうして駄目エピソードとしてエッセイにしたためることで、この自己嫌悪の芽に土をかぶせようと思います。
 自分にはこのトレーニング法は向いていなかったのだと言い聞かせつつ、また、あのトレーナーの素敵な笑顔を思い浮かべながら、この自己嫌悪と残された『パーソナルジムへ通う権利』を地中深く埋葬させてください。

 皆様も、年を取ったからといって気を緩めぬよう、お気を付けください。

<前の話へ  連載TOPへ  次の話へ>

【続々 ところにより、ぼっち。】
毎月第4火曜日更新
 


『今日もぼっちです。』公式LINEスタンプ、好評発売中!

賽助(さいすけ)
作家。埼玉県さいたま市育ち。大学にて演劇を専攻。ゲーム実況グループ「三人称」のひとり、「鉄塔」名義でも活動中。毎週木曜深夜1:30からラジオ「三人称・鉄塔 ひとりのよる」(文化放送)が放送中。著書に『はるなつふゆと七福神』(第1回本のサナギ賞優秀賞)『君と夏が、鉄塔の上』『今日もぼっちです。』『今日もぼっちです。2』『手持ちのカードで、(なんとか)生きてます。』がある。
X:@Tettou_
「三人称」YouTubeチャンネル

山本さほ(やまもと・さほ)
漫画家。1985年岩手県生まれ。2014年、幼馴染みとの思い出を綴った漫画『岡崎に捧ぐ』(note掲載)が評判となり、会社を退職し漫画家に。同作は『ビッグコミックスペリオール』で連載後、2018年に全5巻で完結。現在『無慈悲な8bit』(週刊ファミ通)『きょうも厄日です』(文春オンライン)連載中。その他の著書に『山本さんちのねこの話』『てつおとよしえ』等。
X:@sahoobb

ここから先は

0字
※全24回予定。第2回以降、最新話のみ1週間無料配信。

大人気連載、3期目に突入! ゲーム実況グループ・三人称の「鉄塔」こと作家の賽助が、ぼっちな日々を綴ります。

期間限定!Amazon Payで支払うと抽選で
Amazonギフトカード5,000円分が当たる

更新のお知らせや最新情報はXで発信しています。ぜひフォローしてください!