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岡田育×千早茜『しつこく わるい食べもの』刊行記念対談 第1回「食への情熱と解像度」(全5回)

千早茜さんの食エッセイ第2弾『しつこく わるい食べもの』刊行を記念して、ニューヨークと日本で活躍する文筆家・岡田育さんとの初対談が実現しました。全5回にわたってお届けします。
構成=編集部/撮影=山口真由子

ツイッターと餃子でつながった仲

──おふたりの出会いは?

千早 この本の「金針菜、こわい」に書いたんですが、代々木上原の按田餃子(あんだぎょうざ)で金針菜を食べたんですよ。それが美味しかったとツイートしたら、初めて岡田さんが反応してくれて。相互フォローはしていたものの、それまで話しかけられずにいたんですが、そこからは積極的に話しかけるようになりました。

岡田 ラゲーライスですよね。私あの辺に住んでいたことがあって、トレンドに疎いものですから「おらが村のおいしい餃子屋さんだぜ」と嬉しくて反応していたら、すごく有名なお店で周りに笑われるという……。ツイッターと餃子でつながった仲でございます。

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岡田育(おかだ・いく)
文筆家。1980年東京都生まれ。出版社で雑誌や書籍の編集に携わり、2012年よりエッセイの執筆を始める。著書に『ハジの多い人生』『嫁へ行くつもりじゃなかった』『天国飯と地獄耳』『40歳までにコレをやめる』『女の節目は両A面』。2015年より米国ニューヨーク在住。

おいしいものへの情熱と解像度

千早 その前に、1冊目の「わるたべ」(編集部注:『わるい食べもの』の略。以下同様)の書評を、岡田さんが「フィガロ・ジャポン」で書いてくれたんですよね。「わるたべ」は初のエッセイ本で、正直、私のエッセイを読みたい人なんているのかという気持ちがすごくあったんです。だから、書評に「興味を持っていたので」と書かれていて、うれしかったというか、びっくりして。

岡田 いやぁ、待望のという感じでしたよ。その書評に、〈料亭で供される逸品のような小説を味わいながらも、「一度、この人をナマで齧ってみたい」と機会を窺っていた〉と書きました。これは本当に本物の本心です。初めてのエッセイがあの濃度って恐ろしい。私も『天国飯と地獄耳』という、飲食店で人間観察した本を出したことはありますが、千早さんはやはり、おいしいものへの情熱と、解像度が高い。

千早 解像度?

岡田 そうです。ふだんから食べものに対しての関心と情熱がすごく高い人が書くと、ご飯の話はこんなにゆたかで面白いんだなと。この2冊目も、炊飯器の湯気の話だけでこんなに私のおなかが鳴るとは……! と、楽しく拝読しました。

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千早茜(ちはや・あかね)
1979年北海道生まれ。小学生時代の大半をアフリカで過ごす。立命館大学文学部卒業。2008年『魚神』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。同作で泉鏡花文学賞受賞。13年『あとかた』で島清恋愛文学賞受賞、直木賞候補。14年『男ともだち』が直木賞と吉川英治文学新人賞候補となる。著書に『わるい食べもの』『西洋菓子店プティ・フール』『犬も食わない』(共著・尾崎世界観)『透明な夜の香り』などがある。

初エッセイって、肩肘張るよね

千早 岡田さんはエッセイの先輩だと思っているので、今日はエッセイについていろいろお聞きしようと思って来たんです。1作目の『ハジの多い人生』から、精度が高過ぎて……分析的で、いろんなネタもオチも入っていて、文体も毎回変えているし、これだけの技術とサービスを詰め込まなければいけないんだと、すごく反省しました。

岡田 いや、過剰でしたね。すごく肩肘張っていたんですよ。初めての連載だし、ケイクスというプラットフォームの立ち上げ新連載だったし。与えられたテーマは書けるんですけど、なにか足りない、これでは爪あとが残せない気がする……と、うろうろやった結果です。

千早 私も「わるたべ」最初の頃は、本当に肩肘張っていました。ただ私の肩肘の張り方は、防衛本能がむきだしになるみたいで。担当T嬢に「武装解除してください」とよくエンピツ(編集部注:指摘)を入れられていました。「わるたべ」は私の原稿の中でいちばんエンピツが入るんですよ。すごい量。

岡田 それもすごいですね。でも読者にはとてもそんなふうには見えていませんよ。

解像度の高い「チハヤ・アイ」

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岡田 小説だとどうですか。例えば物語の中に食に対してこだわりがすごく強いキャラクターが登場するとき、その人物のこだわりは、必ずしも千早さんの嗜好とイコールではないですよね?

千早 全く違います。「わるたべ」を出してから、小説の感想に「この人のエッセイ読んだことあるけど、すごい食いしん坊なんだよ」「だから食の描写が多いんだね」とかよく書かれているんですけど、本当に全然イコールではないんですよ。

岡田 そういう、自分ではない人物を書くときのほうが、自然に書けるんですか。

千早 自然ですね。

岡田 それはなぜ?

千早 私は小説の登場人物の設定をかなり細かくつくっているので、この人のお給料はこのくらいで、このお給料でこういう暮らしをしていたら食への関心度はこのくらいだろうとか、そうやって選択していって書きます。小説は意味のないシーンはないので、食の描写も人物を表す要素のひとつなんです。

岡田 私がさっき言った解像度の高さは、ここにもつながってくるのでは。

千早 どういうことですか?

岡田 たとえば『透明な夜の香り』冒頭に、スーパーの安い菓子パンをペットボトルの緑茶で流し込む描写がありますね。正直あんまりおいしそうではない。でも、これを書いた作者は、おいしいもののおいしさは知った上で、その境遇に置かれた人物が何をどんなふうに買って飲み食いするかを描いているのだ、とわかる。「食に関する解像度が高いな」と思うのは、そんな文章です。「チハヤ・アイ」でキュキュキュッと観察している。

千早 なるほど、そういう意味なんですね。

第2回「コロナで生じた言葉の変化」

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千早茜『しつこく わるい食べもの』刊行記念
対談 岡田育×千早茜(全5回)

※千早茜『しつこく わるい食べもの』の詳しい内容はこちらに。


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