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春を待つあなたに、おすすめの本をご紹介! |もとしたいづみ『レモンパイはメレンゲの彼方へ』(1)

ホーム社がこれまでに刊行した本の中から、季節にあった作品をセレクトしておすすめする新コーナー「ホーム社の本棚から」が始まります。
1、2月のセレクトは、もとしたいづみさんのエッセイ集『レモンパイはメレンゲの彼方へ』(2016年)。児童書を数多く手がける作家のもとしたさんが、春夏秋冬の季節ごとに絵本や童話に登場するおやつの魅力と、それらにまつわるエピソードを綴っています。この季節にぴったりの心温まるお話をお楽しみください。
まずは、お正月には欠かせない「お餅」が登場する「餅と、かじかんだ手」をどうぞ。

『レモンパイはメレンゲの彼方へ』

もとしたいづみ

餅と、かじかんだ手

 歌人として有名な与謝野晶子が、童話も書いていたのをご存知だろうか。その中 に『三匹の犬の日記』という作品があって、何年か前に絵本となって出版された。 この絵本を知らない人は、ぜひぜひ手に取ってほしい。私は特別、犬好きではないけれど、この犬たちがかわいくてかわいくて、もーたまらん!
  お正月の朝、三匹の仔犬が、飼い主である子どもにこう言い渡される。
「お雑煮(ぞうに)を食べたら、おまえたちすきなことをして遊びなさい、そして晩には家(うち)へ帰ってきて日記をおつけなさい」
 といっても、この絵本に描かれた犬は、擬人化されているわけではない。口開けて舌を出したりして無邪気にはしゃいでいる仔犬だ。なのに三匹の犬に用意されたお雑煮は、朱塗りのお椀に入っていて、名前を書いたお箸まで添えられている。どうやって食うんだよ、とくふくふ笑いが込み上げてくる。
 さて、犬はそれぞれに過ごし、夕方、日記を提出して「ごほうび」としてバターをつけたおかちんをもらう。「おかちん」とは室町時代の女房詞(にょうぼうことば)で、お餅のこと。 かわいらしい紙に包まれたおかちんは、いかにもお正月のご褒美だ。
 バターをつけたお餅なんてハイカラなものが、明治大正の頃、流行ったのだろうか。そんなことを考えながら、私はさっそくお餅を焼き、バターをのせ、試しに醤油(しょうゆ)を少し垂らして、レモンをきゅっと搾ってみた。おいしい! ついもうひとつ焼いて、今度はごま油をかけ、塩をぱらぱらっと振ってみたが、これもなかなかイケる。調子に乗って食べ過ぎると夕飯が入らなくなるが、お餅はいろいろな食べ方ができて、工夫し甲斐がある。
 やはりオーソドックスな食べ方は、醤油に海苔を巻いた磯部巻きか、砂糖醤油、 あるいはきなこをまぶした安倍川餅ではないだろうか。と書いて、ちょっと自信がなくなった。実家ではそうだったし、結婚してからも、この三種からの選択だが、 よその家はどうなのだろう。
「きなこでなんか食べたことない」と言う人がいた。「どうすんの?」と聞くから、
「きなこと砂糖、隠し味に塩を少し入れたものを準備しておいて、お餅を茹(ゆ)で、軟らかくなったら、そこに入れてからめる......って、本当に食べたことないの?」
「うん、ない。うちは醤油つけて海苔巻くのだけ」
「あ、そうそう。きなこは袋入りを買うより、大豆をフライパンで煎(い)って、フードプロセッサーでガーッと粉にする方が断然香ばしくて砂糖の量も少なくてすむよ」
「ふうん。でもそれ、いつ食べるの?」
 いつ、って……。食べたいときにだよ! と思うが、どうもぴんとこないらしい。
  餅つき大会などあれば、からみ餅とか納豆餅、あんこ餅などいろいろなバリエーションを知ることができるが、家庭内餅は、あんまり来客に出したり、よそでご馳走になったりしないので、ほとんど交流がなく、閉鎖的だ。
 でも私は一度だけ、よその家でお餅を食べたことがあった。幼稚園児の頃、安藤君のおうちで。安藤君はいつも洟(はな)を垂らしてニコニコしている、今思うと実にのびのびとした素直な子だった。
 木枯らしが吹く午後、私たちは五、六人で外を走り回って遊んでいた。そろそろ誰かの暖かい家で、おやつを食べる時間だった。どこで遊んでいようと、大抵おやつは私のうちに来ることになっていた。私は鹿児島に越してきたばかりで、標準語を話す珍しい存在だった。母が出すおやつは、みんなが食べたことのないビスケットやチョコレートなどで、おそらく私はそれがちょっと得意だったと思う。
 その日はいつから交っていたのか、あまり外で一緒に遊ぶことのない安藤君が、 家にみんなを引き連れて帰った。はじめて見る安藤君の家は、古くてとても狭かっ た。ドアを開けると、こたつで内職をしていたお婆さんが振り返った、と思ったが、 それは安藤君のお母さんだった。
 お母さんは「寒かったろう」と、安藤君のしもやけの手を包み込んで温めていたが、やがてみんなに小さなお餅を焼いてくれた。お母さんはうれしそうに「仲良くしてくれてありがとうね」と「子どもは風の子」という、幼稚園児が返答しにくいことを繰り返し言った。子どもながらに、安藤君がお母さんからとてもかわいがられているのがわかった。
 お餅は丸でも四角でもない不思議な形で、醤油をちょっとつけたのが、順番に手渡された。「子どもは風の子。外で遊びなさい」お母さんに言われて、私たちはまた外に出たが、安藤君は里心がついたのか、もう遊びに出なかった。
「子どもは風の子」と聞くと、いつも私はふっと安藤君の笑った顔と、小さくていびつな形のお餅を思い出す。

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イラスト/ねもときょうこ

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もとしたいづみ
作家。商品企画、雑誌や児童書の編集・ライターなどを経て、子ども向けの作品を書き始める。2005年『どうぶつゆうびん』(あべ弘士・絵)で産経児童出版文化賞ニッポン放送賞、2007年『ふってきました』(石井聖岳・絵)で日本絵本賞、2008年同作品で講談社出版文化賞絵本賞を受賞。講談社出版文化賞絵本賞選考委員。絵本「すっぽんぽんのすけ」シリーズ、「おばけのバケロン」シリーズのほか、『おむかえまだかな』『キャンディーがとけるまで』など著書多数。
Twitter:@motoshita123

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