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第3話 制作メンバー、そして本の形 前編|ほしおさなえ「10年かけて本づくりについて考えてみた」

活版印刷や和紙など古い技術を題材にした小説を手掛ける作家・ほしおさなえが、独自の活動として10年間ツイッターに発表し続けてきた140字小説。これをなんとか和紙と活字で本にできないか? 自主制作本刊行に向けての模索をリアルタイムで綴る記録エッセイ。
illustration/design 酒井草平(九ポ堂)

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1 雲をつかむような話

  さて、前回のようないきさつで、和紙と活版印刷で140字小説の本を作る企画をスタートさせることになったわけですが、「本の形にする」ということが決まっただけで、本の形についてのイメージはまだなにもありませんでした。
 商業出版の場合、作者は小説を書くだけで、本の形や仕様については出版社にまかせることになります。単行本にするか文庫にするか、表紙をどうするか、などなど、著者に相談がくることもありますが、基本的には商品として見たときにどのような形が良いか、売り上げと制作費のバランスなどを考え、出版社が決めていきます。しかし今回はすべて自分で決めることになります。
 自費出版でも同人誌であれば印刷所に基本のプランがあり、その制限のなかで考えていくことになりますが、今回は本のサイズ、製本の仕方、1ページに何編載せるか、などなどゼロから考えていくことになります。「基本のプラン」はないのです。それこそがやりたかったことではあるのですが、雲をつかむような話でもありました。
 活版で和紙に印刷する、という条件で、印刷から製本までを請け負ってくれる小出版社もあるかもしれません。ですが今回は、印刷、製本、紙作り、ひとりひとりのクリエイターと相談しながら、方向を模索していきたい、そのためにも、これまでにいっしょに仕事をしたことのある信頼できるメンバーと作りたい、と考えました。


 2 九ポ堂

  まずは、この10年いっしょに140字小説活版カードを作り続けてきた九ポ堂です。わたしが活版印刷でグッズ制作することになった出発点でもありますし、これまでの活版カードの活字はすべて九ポ堂にあり、活版カードは九ポ堂とのコラボレーションであるという意識もありましたから、本作りまでともに歩みたい、と考えました。
 九ポ堂は、酒井草平さん、葵さんのご夫婦で作っているユニットです。少し不思議な物語と、雰囲気のあるイラストが持ち味で、活版印刷を用いて、一風変わった世界を表現しています。

九ポ堂 https://www.kyupodo.com/

 メンバーの草平さんは、お話作りと印刷担当。大学の哲学科を卒業後、フランスに2年間滞在。出版社に勤務したのち、九ポ堂をはじめます。もう一方の葵さんはイラスト担当。美大の工芸工業デザイン学科を卒業後、住宅設計事務所に5年間勤務したのち、九ポ堂に参加します。
 そもそも九ポ堂という名前は、草平さんのお祖父さんの残した活字に由来するもの。草平さんの祖父・酒井勝郎氏は、テレビのブラウン管の研究開発などに携わった化学者だったそうですが、定年退職後、趣味で活版印刷をはじめます。中古の印刷機を購入、それを使って旅行記や自分の回想録を印刷し、本にしていたのです。知人から印刷を請け負うこともあり、9ポイントの活字を使っていたため『酒井九ポ堂』と名乗っていたそうです。
 いまの「九ポ堂」という屋号はその「酒井九ポ堂」からとったもの。草平さんがDTP(デスクトップパブリッシング=パソコンで印刷物のレイアウトデータを作成し印刷すること)の仕事をはじめるにあたり、「酒井九ポ堂」から名前を借りたそうですが、当初はあくまでも名前だけで、活版印刷をする気はなかったそうです。活版印刷に興味があったのは葵さんの方。『銀河鉄道の夜』の活版所のシーンに憧れていた葵さんが、草平さんの家にあった活版印刷の道具を見て、使ってみたい、と考えたそうです。

 印刷機の使い方を学び、実際に活字を組み、印刷をおこなううちに、ふたりは活版印刷のおもしろさに目覚めていきます。マンガや絵本好きだったこともあり、活版印刷で物語性のある世界を作ることを思いつき、「架空商店街」シリーズが誕生。「星を作るパン屋さん」や「月の兎がついたお餅を食べられる甘味処」など、架空のお店をイラストと短い言葉で紹介するシリーズでした。その後も「流れ星コレクター協会」「雲の上郵便局」「空想標本室」など、幻想的な世界を生み出していきます。

九ポ堂の活版作品(九ポ堂提供)

  活版印刷の商品だけでなく、文具メーカーのライフ株式会社とのコラボレーションや、包装紙などの紙小物も制作し、2021年の年末に出版された『ガラスペンでなぞるツキアカリ商店街――そこは夜にだけ開く商店街』(つちや書店)もヒット作になりました。

『ガラスペンでなぞるツキアカリ商店街――そこは夜にだけ開く商店街』(つちや書店)
http://tsuchiyashoten.co.jp/books/hobby/hobby-art/hobby_art_001675.html

  九ポ堂の魅力は、その独特な世界観はもちろんですが、お祖父さまの世界を引き継いでいること、活版印刷のなかにある歴史やロマンを大切にしながら、自分たちの世界を表現する手段として活版印刷を活用していることにあります。
 活版カードの活動も、ここまで長く続けることができたのは、わたしの物語を自分たちの物語と同じように大切なものとして受けとめてくれた九ポ堂のおかげだと思っています。九ポ堂はいつでも増刷できるように、すべてのカードの活字を結束(活字を組んだ形で紐で縛っておくこと)して保存してくれています。
 今回は、その活字を本の形に組み替えて使っていくことになります。と同時に、本の形にする際のデザインについても、九ポ堂の意見を仰ぎたいと思いました。


 3 緑青社

  次に、大判の紙に印刷できる大型印刷機を持つ緑青社ろくしょうしゃ。活版印刷の工房のなかでもこのサイズの機械を持っているところはそうそうなく、三日月堂グッズの番外編小冊子や「星座早見盤」の印刷もここでおこないました。九ポ堂とも親交が厚く、もの作りに同じ熱量で臨んでいただけると感じていました。
 緑青社は、つるぎ堂の屋号を持つ多田陽平さんと、knotenクノーテンの屋号を持つ岡城直子さんのユニットです。ふたりはそれぞれ活版作家として活動しながら、緑青社という屋号で活版印刷専門の受注事業を立ち上げました。

つるぎ堂 http://tsurugido.net
knoten https://knotenletterpress.tumblr.com

 多田さんは荒川区町屋で80年続く活版印刷所の家に生まれました。家業が印刷所なので、子どものころから活版印刷を見慣れていましたが、日常的な風景としてとくに関心を持つこともなく育ったのだそうです。あるとき活版印刷にまつわる展示を目にして、これは自分のところの機械でもできる、と感じ、書店勤めをしながら、活版印刷による制作に取り組むこととなります。
 つるぎ堂の大型印刷機は軽自動車ほどの大きさがあります。この印刷機は昭和中期の国産機で、「活版印刷三日月堂」シリーズに登場する大型印刷機のモデルとなったものです。古い木造の印刷所の真ん中に設置され、動かないように土台が床に固定されているので、ほとんど「生えている」ような状態。個人の工房でここまで大きな機械を使っているところはあまりありません。
 大型の活版印刷機は現在は製造されていないので、いま活版の仕事をしている人たちはみな古い機械を譲り受けて使っています。大型機は、その機械に精通している職人がいなければ動かせません。現在の活版の仕事は名刺や葉書などの小物が中心で、手キンと呼ばれる手動式の機械や、小型の自動機を譲り受ける人は多いですが、移動や設置、維持にかかる費用や手間を考えると、大型の機械を個人で譲り受ける人はいません。古くからの印刷所に残っていても、廃棄されることがほとんどのようです。
 そんななか、多田さんは祖父の代から使用してた昭和中期の大型印刷機を使いこなすことができる稀有な存在です。活版イベント「活版TOKYO」のポスターもつるぎ堂の機械で印刷されています。

 一方の岡城さんは、文具好きが高じて活版印刷を体験できる工房に通いはじめ、中古の小型活版印刷機を購入し、制作をはじめた、という経歴の持ち主です。画材店の紙売り場で働きながら紙について学び、印刷会社で大型印刷機を動かす仕事も経験したのち、友人とともにknotenという屋号で活版作家としての活動をはじめます。
 屋号のknotenは、ドイツ語で「むすびめ」という意味。使う人たちの縁を結ぶような製品を、という願いをこめられているそうで、星や植物など自然のものをモチーフにし、個性的でありながら使う人の気持ちに添うような、しずかでおだやかな世界観が人気です。

knotenの活版作品(knoten提供)

 つるぎ堂、knotenとも、独特の世界観で製品を作ってきた活版作家ですが、この仕事を生業とするため、数年前、印刷受注専門の緑青社というユニットを作ります。わたしが三日月堂の番外編小冊子や星座早見盤の印刷をお願いしたのは、この緑青社が発足したばかりのころでした。
 緑青社が素晴らしいのは、こんなことできるかな、と思うような注文でも引き受けて、実現する方法をいっしょに模索してくれるところです。より良い印刷物を作りたい、という高い目的意識を持っているのだと感じます。
 今回は和紙への印刷というチャレンジもあります。あたらしいことをおもしろいと感じ、取り組む意欲のある緑青社にお願いしたいと思いました。

 

4 美篶堂

 そして、番外編小冊子の製本を請け負ってくださった美篶堂みすずどう。「本づくり協会」という組織の一員でもあり、本作りに関する知識と技術があります。今回は、和紙を使うという特殊な要素もあり、手製本にくわしい美篶堂さんにご協力をあおぎたいと思いました。
 美篶堂は、長野県伊那市美篶に製本所、東京に事務所を構える製本会社です。手製本を得意とし、上製本だけでなく、特装本や和装本も作成。ペーパーサンプルや学位記ケース、証書ケース、製本技術を生かした文具(ノートなど)の自主ブランドも作っています。

美篶堂 http://misuzudo-b.com/about/

  その一方で製本の技術を伝えるワークショップや製本を学ぶための「本づくり学校」も運営し、本づくりの技術と紙文化の継承のため、他社と協力して「本づくり協会」の活動もおこなっています。

本づくり協会  https://www.honzukuri.org

  多和田葉子さんの詩集『まだ未来』(箱入り、ゆめある舎)や、ブックデザインのコンペティション「世界で最も美しい本コンクール2018」で銀賞を受賞した井上奈奈さんの絵本『くままでのおさらい』(手製本特装版、ビーナイス)などの製本を担当し、本作りに関する『美篶堂とつくる美しい手製本――本づくりの教科書12のレッスン』『美篶堂とつくるはじめての手製本――製本屋さんが教える本のつくりかた』(河出書房新社)などの著書もあります。

美篶堂が製本した書籍(美篶堂提供)

 以前より美篶堂の作る本やノートのうつくしさ、むかしの本に通じるような味わいに惹かれ、三日月堂グッズの番外編小冊子の製本をお願いしました。わたしは製本に関してはまったくの素人でしたし、印刷を担当する緑青社も印刷の専門家で、手がけているのも小物の印刷が多く、製本を要する仕事の経験はまだあまりない状態でした。
 相談に応じてくれた美篶堂の上島明子さんは本作りの知識が豊富で、紙の種類から綴じ方までさまざまな提案をしてくださり、製本も素晴らしい仕上がりでした。
 和紙と活版印刷で本を作る。この雲をつかむような話に道筋をつけるためには、上島さんの知識が不可欠、製本はぜひ美篶堂で、と考えたのです。

 

5 依頼

  九ポ堂、緑青社、美篶堂に共通しているのは、古い技術を使うことだけでなく、それを使ってあたらしいものを作る、あたらしい使い方をする、その技術を知らない人に伝える、など、「これから」を重視していること。古い技術を「これから」の世界で使っていく、という意識があるということです。
 方向を模索しながらの仕事ですので、チームワークも大切です。その点、九ポ堂、緑青社、美篶堂はわたしとの仕事のほかにもこれまでに何度もいっしょに仕事をしてきた実績がありました。
 お願いするならこの方たちしかいない、と思いました。しかし、ページ数の多い本をまとまった部数刷るということになれば、時間も労力もかかります。それぞれの仕事で多忙ななか、時間を取ってもらうことができるのか、また、和紙を使うということを受け入れてもらえるのか。
 そのあたりを不安に感じながら、企画の意図や、ほかのメンバー、細かいことはこれから手探りで模索していくことなどを率直に書き、依頼メールを送りました。

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連載【10年かけて本づくりについて考えてみた】
毎月第2・4木曜日更新

ほしおさなえ
作家。1964年東京都生まれ。1995年「影をめくるとき」が群像新人文学賞小説部門優秀作に。
小説「活版印刷三日月堂」シリーズ(ポプラ文庫)、「菓子屋横丁月光荘」シリーズ(ハルキ文庫)、「紙屋ふじさき記念館」シリーズ(角川文庫)、『言葉の園のお菓子番』シリーズ(だいわ文庫)、『金継ぎの家 あたたかなしずくたち』(幻冬舎文庫)、『三ノ池植物園標本室(上・下)』(ちくま文庫)、『東京のぼる坂くだる坂』(筑摩書房)、児童書「ものだま探偵団」シリーズ(徳間書店)など。
Twitter:@hoshio_s

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