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平山夢明「Yellow Trash」第7回 あんたは醜いけれどあたしには綺麗(7)

平山夢明『Yellow Trash』シリーズ、完全リニューアルして再始動‼
毎週金曜日掲載!
illustration Rockin'Jelly Bean

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 おれを乗せたカキタレは埃っぽい道を突っ走った。
 カキタレの云う〈墓〉とは、おふくろさんが眠っている墓のことだった。
 奴の話では今迄、聞いていた墓は偽物なのだという。
「確かなのか」
「五年前に辞めた下々女(ゲゲジョ)が手紙を寄越したのだ。母上の墓は別にあると」
「げげ?げじょだろ?」
「下女はいる。下女の下働きだ。故にゲゲジョ」
「其奴の脳が確かな事を祈りたいね。で、手がかりは其れだけか?」
「其れだけだ。が、充分だ。母はオレが物心つく前に流行病(はやりやまい)で死んだのだ」
 おれは何とも云えず溜息を漏らした。
「なんだ惑(わく)ついたのか?」
「げんなりしてるんだよ。あんた、何か云い回しが独特だな」
「其処まで褒(ほ)めなくて良い」
 カキタレの運転は驚くほど乱暴で雑だった。道が此ほど空いていなければとっくの昔に他の車にカマ掘りしてSUVはツンポコになってただろう。全開の窓から前輪が蹴立てた砂埃が否応なく入ってくる。
「おい。窓を閉めてクーラーを付けろ。動くんだろ、此」
「風が嫌いなのか?わくわくしないのか?」
「まるで黄粉(きなこ)に顔を突っ込んでるみたいだ。限度ってものがあるだろう」
「ならば一気に抜けるまで」
「おいおい!」
 アクセルをベタ踏みしたのだろう。SUVの後輪が跳ねるように浮くと尻をかまされた前輪が喚き、車体が前のめりにカッ飛んだ。横滑りするタイヤにハンドルでカウンターを当てながらカキタレのSUVは猛スピードで蛇行した。風圧で目も開けられない中、カキタレの声が聞こえた――奴は歯を見せながら唄っていた――〈上を向いて歩こう(スキヤキ)〉だ。

 カキタレのおふくろの墓は街を見下ろす丘の上に在った。青々とした芝生の上に墓石やいろいろ書き込んだ石板が並んでいる。丘の端に管理人の家かと見間違えるほどのデカい墓が在った。
 カキタレが鍵を使って鉄扉を開けた。
「此がセラノ家の墓所だ」
「生きてたって住めねえ奴がいるような墓だね」
「ふん。父は何事も大袈裟(おおげさ)なのだ」
 他所(よそ)が蒲鉾板を地べたに貼り付けたようなのに対し、鉄扉に囲まれた四阿(あずまや)にグランドピアノ大の墓石、其の上に像が鎮座している。ベールを被った女が膝に娘らしいのを抱えていた。
「此が判るか?」
「聖母子像(ピエタ)なんだろうが、其れなら尼さんが抱えているのはキリストのはずだ。此はどう見たって女だぜ」
「父は私に見立てたと云っている。母は此の下に。居るのは母だけだ。父上は自分を初代とする気で此を造った。此を退(ど)かして母を見る」
「見る?見るって何だよ」
「知らないのか?」
「知ってるが、わかんねえんだよ」
「貴様は屡々(しばしば)、穿(うが)ちなのか無知なのか判らんところが有るな。兎に角、手伝え」
 カキタレは然う云うと車に戻り、作業用縄(ロープ)を持ち出した。
「此の下って……こんなデカい物、どうやって退(ど)かすんだよ」
「方法はある。此を掛けろ」
 おれは奴が突き出した縄を受け取った。
「像に確(しっか)りと括(くく)り付けるんだ」
 其の時、銃声がした。見ると白髪白髭に白い夜着(パジャマ)を着た爺さんが猟銃を構えて暗がりから姿を現す所だった。
「動くな!動けば此のえまにえるがお前らを死ぬより早く地獄に叩き込む!」
 素直にカキタレが両手を上げたので、おれも倣(なら)った。すると爺さんは目を眇(すが)め、〈あっ〉と声を漏らした。「お嬢様」
「久しぶりだな。マスカッキ」
「マスカットです。精管を三十年前に切りま(かっとしま)したから」
 爺さんは然う云っておれを見た。
「此の下手物(げてもの)は?人ですか?ロウですか?」
「ロウではない」
「お今晩は」おれは挨拶した。
 爺さんは懐中電灯でおれの顔を照らし「おお、神よ」と呟いた。
「前世で一体、何を遣(や)ったらこんな顔に成るんだ……」
「さあね、何処(どこ)ぞの国の独裁者でもしてたんだろう。全く憶えはないが」
 爺さんは首を振り、我に返った様に「処で、こんな夜更けに……」
「母を見に来たのだ」
「ああ、左様で御座いますか。御参りなら是非、明るい内に……」
「墓参ではない。見に来た(・・・・)のだ」
 カキタレの唇がはっきり〈ミニキタ〉と動いたので爺さんの前頭葉で言葉の分析が行われたのが判った。が、理解が常に答えとは限らない。
「お、お前!一体なんだっ!」
 爺さんはおれに銃口を向けた。
「教えて差し上げたいが生憎(あいにく)、おれもちんぷんかんぷんでね」
「丁度良い、おまえも手伝え」
「え」
「母を見る手伝いをしろ。其の縄で像を括れ。蓋を引っ剥(ぺ)がす」
「ひ、ひっぺがす?」
「早くしろ!」
「へ!へえ!」
 爺さんは悲鳴を上げるとおれの手から縄を奪い取り、バターに成りに行く虎の様に像の周りを駆け巡り、ピエタを雁字搦(がんじがら)めにした。
「警笛(クラクション)が鳴ったら思いっきり押せ」
 もう一方の縄の端を持ったカキタレは然う云い残すと車へ向かった。
 おれと爺さんは像に取り付き、合図を待った。
「おい。見るって一体何(なん)なんだ。死体はもうすっかり腐り切っちまってるんだぞ!」
「おいおい!火葬じゃねえのかよ?」
「莫迦な。罪人じゃあるめえし、如何(どう)してそんな非道(ひで)ぇ事しなくちゃなんねえんだよ。奥さんは街一番の美人だったんだぞ」
「屹度(きっと)、今は左程(さほど)でもなくなってるぞ」
「だから見るってなんなんだ?なんとかしろ!」
「あんた、耳だけじゃなく頭(おつむ)も遠いのか?知らねえと云っただろ。そんなに心配なら如何(どう)して其(そ)の儘(まま)、遣(や)らしとくんだよ!」
「莫迦!あんな綺麗な人に文句云って如何する」
「何だか此処らは、みんな噸知己(とんちき)な野郎ばっかりだな。如何して云えねえんだよ!」
「美人が間違った事を為る筈がねえからだろ!」
「はあ?」
 其の瞬間、警笛が轟き、機関(エンジン)の噴き上がる音がした。
「どっせぇ!」爺さんが尼さんの膝小僧辺りを握り締め、全力で踏ん張る。おれも釣られて台座の縁に力を込めた。
 更に回転数の上がる気配がすると限界まで張った縄がギリギリと耳元で鳴り、焦げた臭いが始まった。台座は根が生えた様にびくともしない。腕も足も固まった様に力を其れ以上、籠める事が出来なくなった。
「きぃぃひゅゅ」
 腐った蕃茄(トマト)色になった爺さんの唇から息が漏れ、と同時に布を裂く様な音がした。
 噛み締めた奥歯が歯茎に沈む、顔から脳天に集まった血が逃げ場を求めて耳元で喚き、舌の根が攣(つ)りだした。と、ゴッと音がした途端、抵抗が外れてズッポ抜け、おれは肘を台座に強(したた)かに打ち付けた。
 石の尼さんが仰向けに引っ繰り返っていくのが高速度撮影(スロー・モーション)に見えた。地響きするまで、おれは自分が尻餅をついたのに気づかずにいた。
 駆け寄ったカキタレが中を覗き込む――飴色のツヤツヤした高そうなお棺が詰まっていた。
 カキタレは鉄梃(バール)を隙間に突っ込み、いきなり全身の体重を掛けた。板が派手な音を立てて弾(はじ)け、蓋が裂けた。埃と黴の臭いが噴き上がる。
 おれは吸い込まない様にしながら、仏さんをなるべく横目で覗き込んだが、カキタレは大きな瞳をマジマジと〈中身〉に向けていた。
 白いドレスを着たナニが横たわっていた。『ホッとしたわ』とでも云いたげに両腕が胸元で組まれ、顔はベールで覆われていた。袖やら胸元から覗く肌はどこもかしこも緑がかった黄色をしていた。
 カキタレがベールに手を伸ばしたのでおれは顔を背けた。
 奴は母親の顔を覗き込んだ。
「もう行こうぜ」おれは傍らで倒れた儘、白目を剥いている爺さんを見て、云った。「此処に在るのは本物で、あんたはゲゲジョにかまされたんだ」
 と、カキタレが棺のなかに手を突っ込み、其の儘、死骸の腕を引き千切った。
「おい!」
 カキタレがおれの鼻先に千切った腕を差し出した。
「狂ったのか!もう狂ってるけれども!」
「黙って見ろ。そして嗅げ」
 鼻先にあるのは黄ばんだ皮膚から突き出る木切れだった。皮膚は木片を中心にまとわりついていた。
「!?」
「此処も!此処もだ!」
 カキタレは母親の躯の彼方此方を掴み、殴り、遂に首っ玉に齧り付くと嫌な音と共に捩(ね)じ切ってしまった。
「おいおい!」おれは爺さんにぶつかり。又尻餅をついた。
 その鼻先に女の首が突き出された。瞼がテレンコになって酔っ払いのあっかんべーに見える。
「よせ!」
「騒ぐな!みて見ろ!」
「むぅ」
 カキタレが掴んでいたのは人形の首だった。
「こ、此は?」
 カキタレは頷き、首を投げ捨てた。
「矢張り、此処は真の母の墓ではない。行くぞ」
 カキタレは車に向かった。
「おい、此の滅茶苦茶どうすんだよ」
「放っておけ、片付けるのも彼奴の仕事だ」
「気の毒に。ノビてるぜ……なんか臭せぇ。爺さん、気張りすぎて漏らしたな。おい、爺さん、しっかりしろよ」
「寝ている年寄りを起こすな。祟られるぞ」

(つづく)

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連載【Yellow Trash】
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平山夢明(ひらやま・ゆめあき)
小説家。映画監督。1961年神奈川県出身。94年『異常快楽殺人』刊行。2006年に短編「独白するユニバーサル横メルカトル」で日本推理作家協会賞短編賞受賞。翌年同短編集「このミステリーがすごい!」第1位。2010年『DINER』で第28回日本冒険小説協会大賞、11年に第13回大藪春彦賞受賞。

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