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Cat Books/猫本

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猫の本、猫が出てくる作品、猫にまつわる話、をまとめています。
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#猫がいなけりゃ息もできない

本と猫を愛する会社員のリアルな書店開業記|井上理津子/協力 安村正也 『夢の猫本屋ができるまで Cat’s Meow Books』(1)

ホーム社の既刊から、いま読んでいただきたい本をセレクトして紹介する「ホーム社の本棚から」。7月からは井上理津子/協力  安村正也『夢の猫本屋ができるまで Cat’s Meow Books』(2018年)を全5回でお送りします。 この夏開店4周年を迎える、三軒茶屋の「Cat’s Meow Books」は、会社員でもある安村正也さんが開いた猫本専門書店。本好きといっても関連業界の経験はなかった安村さんが、50歳を前になぜ書店を始めることになったのか。本書は、書店に精通しているノ

村山由佳×姜尚中「猫がいなけりゃ……」──村山由佳『晴れときどき猫背 そして、もみじへ』刊行記念対談

最愛の三毛猫〈もみじ〉との日々と看取りを綴った『猫がいなけりゃ息もできない』『もみじの言いぶん』(ホーム社)が大きな反響を巻き起こした村山由佳さん。房総・鴨川での田舎暮らしと猫との「事はじめ」を綴ったエッセイの増補新装版『晴れときどき猫背 そして、もみじへ』(ホーム社)刊行を記念し、集英社の読書情報誌「青春と読書」誌上で姜尚中さんとの対談が実現しました。 実は姜尚中さんもまた、近刊『母の教え 10年後の「悩む力」』(集英社新書)のなかで、転居した軽井沢での高原暮らし、初めての

愛猫とのさいごの1年が綴られた心ふるえるエッセイ。村山由佳『猫がいなけりゃ息もできない』発売中

この本の内容 「思えば人生の節目にはいつも猫がいた」 小説家と愛猫の最後の一年をつづった、心ふるえるエッセイ。 房総・鴨川での田舎暮らしを飛び出して約15年。度重なる転機と転居、波乱万丈な暮らしを経て、軽井沢に終の住まいを見つけた村山由佳さん。当初2匹だった猫も、気づけば5匹に。中でも特別なのが、人生の荒波をともに渡ってきた盟友〈もみじ〉。連載のさなか、そのもみじが、ある病に侵されていることが発覚して──。 著者と猫たちが出演したNHK「ネコメンタリー 猫も、杓子も。」も大

村山由佳 猫がいなけりゃ息もできない 第10話「今この瞬間こそが、人生でいちばん若い」

 ともあれ、猫の話だ。  作家生活10年目にかなりの無理をして手に入れ、自力で開拓して緑の楽園にした広大な農地と、全身全霊を傾けて造りあげた家、そして農場に不可欠の動物たちを、旦那さん1号のもとに残して房総鴨川を後にする時──私は、前にも書いたとおり、小柄な三毛猫を1匹連れていた。  それが、今も我が家にいる最長老17歳の〈もみじ〉さんである。  なんとなく敬称付きで呼んでしまうことが多いのは、人間に換算したら85歳くらいの大先輩だからなのだが、連れて出た当時はまさか、ここ

村山由佳 猫がいなけりゃ息もできない 第9話「催眠誘導」

 子どもの頃から私は、自分の態度や言葉によって誰かの気分を害してしまうことがこの世の何より苦手だった。原因がたとえ自分でなくても、相手が怒っているという状況、それだけでいたたまれなかった。  だから、目の前に不機嫌な人がいると、悪いことなんか何もしていなくても謝ってしまう。何とかして機嫌を直して欲しいと思うあまり、慌てて先回りしては下手に出てしまうのだ。  夫婦の間でもそうだった。  別々の人間がひとつ屋根の下で暮らしていれば、こまごまとした対立が起こらないほうがおかしいのに

村山由佳 猫がいなけりゃ息もできない 第8話「たとえば一緒に暮らすひとが、筋金入りのミミズ好きだったら」

 誰にだって苦手なものはある。私にだってある。  ミミズだ。蛇だったら素手でつかめるし、ゴキブリだろうがクモだろうがへっちゃらだけれど、ミミズだけは5センチを超えるともう駄目である。こうして文字にするだけでも鳥肌が立つし、庭いじりをしていていきなり遭遇すると、ぐえっと変な声をあげると同時に数メートルは飛びすさってしまうくらい無理である。  たとえばの話、一緒に暮らすひとが筋金入りのミミズ好きだったとして(いやだあー)、ミミズの魅力や手触りの素敵さをどんなに滔々と語られたとして

村山由佳 猫がいなけりゃ息もできない 第7話「世の中には、猫がいると息もできない人間だっている」

 けれども旦那さん1号は、私が外でどこかの猫を触ることも嫌がるのだった。  どこかの店の駐車場だったと思う。人なつこい子猫が足もとにすり寄ってきたので、嬉しさ全開で背中を撫でていたら、 「咬まれたらどうするんだよ!」  目をつり上げて彼は言った。 「どこで何してきたかわからない猫なんか、体じゅうバイ菌だらけだぞ」  大丈夫だよう、と私は笑ってみせた。  よっぽど猫の嫌がるようなことをしない限り、いきなり咬まれたり引っかかれたりというのは考えにくい。そもそも私など、小さい頃から

村山由佳 猫がいなけりゃ息もできない 第6話「禁断症状」

 ともあれ、そんなふうにして常に猫と一緒に育ってきた私だから、旦那さん1号(こう呼ぶのも失礼とは思うのだけれど、後に2号も登場することになるのでスミマセン)から、猫との生活を、「俺といる限り、あきらめな」と言われた時は耳を疑ったし、どうして自分がそんな理不尽な仕打ちに耐えなくてはならないのか、まったくもって納得できなかった。  住んでいるところがたまたまペット不可の物件であるとか、そういう理由ならまだわかる。がむしゃらにお金を貯めて、生きものを飼えるところに引っ越せばいいだけ

村山由佳 猫がいなけりゃ息もできない 第5話「生まれて初めて見送る命」

 何しろ、ものごころつく頃には、家に猫がいた。  私にとって最初の1匹は、チーコという名前の茶色のトラ猫だ。  毛色まで覚えているのは写真が残っているからで、当時住んでいた家の大家の息子さんが大学の課題か何かで撮って現像し、パネルに引き伸ばしてくれたのだった。3歳の私と、まだ幼さの残るチーコの写真。今でも私の部屋に飾ってある。  猫は、死期をさとると自分から姿を消すという。それでかどうかはわからないけれど、チーコも、ある日を境にいなくなってしまった。  そのあと、私が5歳の時

村山由佳 猫がいなけりゃ息もできない 第4話「猫のいない人生なんて、窓の1つもない家みたいなもの」

 なんでも、子どもの頃に飼っていた鳩を野良猫に獲られたことがあるという。それがトラウマとなって、猫という生きもの全般を心の底から憎んでいた。  気持ちはわからなくもないけれど、いくら何でも偏見が過ぎるのではないか。茫然とすると同時に、そういうことなら早く言ってよ、と思った。  つき合っている間、我が家に来るたび、膝に乗っかる猫たちを撫でながら、うちの親たちに向かって 〈わあ、かわいいですねー〉  とか言っていた、あれはいったい何だったのだ。だがそうやって後から思い返してみれば

村山由佳 猫がいなけりゃ息もできない 第3話「マイホームより子どもより、優先されること」

 ここで、私自身と猫の関わりの話をさせて頂くと──。  生まれてこのかた、猫がそばにいなかった期間が一度だけある。  1989年の秋から1999年の春まで。つまり、25歳で最初の結婚をしてからの10年間だ。 (ちなみに結婚は二度して、二度とも解消しております。)  ともあれ、その最初の旦那さんとの2人暮らしを始めてすぐに、私は弾んだ気持ちで言った。 「猫を飼おうね。今すぐじゃなくても、いつかきっと」  私にとってそれは、マイホームを買うよりも、子どもを持つよりも優先される

村山由佳 猫がいなけりゃ息もできない 第2話「新しい生活の始まりはいつだって」

 我が家は、信州の軽井沢にある。2009年に東京から移住した時点ですでに築17年だった建物は、もともと家具など大物のカタログなどを撮影するための写真スタジオ兼スタッフの宿舎で、こんなことを書くと嫌みに聞こえてしまうかもしれないが、正直、広い。ばかみたいに広い。初めて内覧に訪れたとき、ホールの天井の蛍光灯にバドミントンのシャトルが引っかかっていたのを覚えている。12LDK+体育館のような吹き抜けのホール、バスルームが2つとトイレが5つあった。廊下に面してずらりと並んだ部屋にはパ

村山由佳 猫がいなけりゃ息もできない 第1話「まさかの5匹目」

 4匹で、いっぱいいっぱいのはずだった。まさかここへきて猫がもう1匹増えるとは思わなかった。  今年の4月、ちょうど桜の頃に、南房総で独り暮らしをしていた92歳の父が亡くなった。私たちがたまたまサプライズのつもりでお寿司を買って訪ねていくと、廊下にうつぶせに倒れていて、もう間に合わなかったのだ。  後からの調べでわかったことだけれど、亡くなったのは私たちが見つけるほんの2時間ほど前とのことだった。何日もそのままという可能性だってあったかもしれないのに、たまたま私に東京での仕事