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第22話 表紙、そしてワークショップ|ほしおさなえ「10年かけて本づくりについて考えてみた」

【140字小説集クラウドファンディング 目標達成!】
2022年の10月27日、「文字・活字文化の日」にスタートした140字小説集のクラウドファンディングは、無事最初の目標の100万円、そしてストレッチゴールの180万円を達成し、1月26日に募集を終了いたしました。
あたたかいご支援をいただき、ありがとうございました。

本連載で制作過程を追ってきた140字小説集「言葉の窓」通常版・特装版が完成しました!
以下サイトからもご購入いただけます。ぜひご覧ください。
https://hoshiosanae.stores.jp/?category_id=6420c4e4cd92fe06e7fb6c65

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1 本という形

 わたしたちが美篶堂みすずどうに製本の様子を見に行ったあと、身延みのぶの岡城直子さんの元では通常版の表紙の試し刷りがおこなわれました。
 通常版と特装版の表紙のデザインはほぼ同じ。活字は同じものを用い、配置もまったく同じです。ただ、表紙の左側にある窓のあしらいが異なります。特装版では紙をく段階でこうぞの繊維入りの穴を作り、通常版は穴を作る代わりに別の色のインキで窓の形を印刷するのです。
 岡城さんはknotenの作品作りなどで日ごろから西島和紙工房の手漉き和紙を使っているため、特装版の印刷を岡城さんにお願いすることになっていました。また、通常版も表紙は洋紙ですが活字や窓の配置が同じということもあり、こちらの印刷も岡城さんにお願いすることになりました。
 岡城さんから、試し刷りの写真が送られて来ました。

岡城さんから届いた試し刷りの写真

 窓の色は空をイメージさせる薄い水色。岡城さんと表紙のデザインを担当した九ポ堂の酒井草平さんとの間で色味に関する細かい調整がおこなわれ、印刷は無事終了しました。その後、刷り上がった表紙が美篶堂のもとへ送られていきます。
 その後、美篶堂から、開きを良くするために背と背表紙のあいだに入れる「クーター」の色についての問い合わせがありました。
 クーターとは表紙の背固めに用いる筒状の背紙のことなのですが、基本的には本文と同じ白い紙を使用することが多いです。今回は美篶堂のアイディアで見返し用の浅葱色あさぎいろの紙と同じものを使って試作してくださったとのこと。写真を見比べると、浅葱色のものの方が見返しとつながっているようで、白い方よりもなじんで見えます。

クーター:白
クーター:浅葱色

 そういった理由でクーターは浅葱色に決定し、通常版の製本がはじまりました。
 見本5冊が出来上がったところで、ついにわたしのところに本の形になったものが届きました。

『言葉の窓』通常版 表紙
『言葉の窓』通常版 最初のおはなしのページ
『言葉の窓』通常版 見開きページ

 届いた見本はどれも素晴らしい仕上がりでした。
 紙も印刷も計画した通りの仕様です。美篶堂で本の形に揃えられた本文も見ていましたし、このような形になるということは、計画の段階ですべて決めていたことでした。
 にもかかわらず、実際に本の形になってみると、頭の中で想像していたときよりずっと素晴らしい出来で、そのうつくしさに驚きました。
 これが本の力なんだ。
 そう感じました。

 最初に活版カードを作ったとき、Twitterの画面にあった140字小説が活字組版で紙に印刷されることで、作品が身体を持ったような不思議な気持ちになりました。物質となって目の前に現れたことで、その作品と新たに出会ったような気持ちになったのです。
 でもそれは一枚ずつばらばらのものでした。こうして本として束ねられたものが出来上がると、またまったく違うもののように感じられました。
 ページを開く。2編のお話が蝶のはねのように左右に広がる。扉を開けるように、次のページをめくる。本を読むというのは、その連続です。扉を開き、次の文字に出会う。知らなかった世界を目にして、どきどきしながら次へ次へと進んでいく。
 子どものころそうやって本を読んでいたときの気持ちを思い出しました。
 中に綴られているのは自分が書いたものです。ここに来るまでのあいだに、作品を選ぶため、誤字を探すため、何度も読み返しました。だから目新しいことはなにもありません。それでもやはり、ページをめくるたびに新しい文字に出会うようで、新鮮な気持ちになりました。



2 2種類の特装版

 同じころ、西島和紙工房では特装版の表紙の紙漉きがおこなわれました。楮の繊維入りの窓付きの和紙です。完成した紙が岡城さんのところに届けられ、こちらも印刷がおこなわれたあと、美篶堂に送られました。
 そして、数日後、美篶堂から特装版の試作品が送られて来ました。
 なんと、大きさの違うものが2種類。
 特装版は表紙が手漉き和紙なので、保護のためにケースをつけています。

特装版のケース

 どういうことか、と思ってケースから出してみて驚きました。
 ひとつは計画通り、通常版と同じ寸法に天地を断裁したもの。
 そしてもうひとつは、表紙の天地の耳を残したものでした。
 断裁するはずだった耳を残しているため、その分縦長の形になっています。耳があり、少しだけ縦に長い。思いもよらない形状でしたが、そのうつくしさに胸が高鳴りました。

左から、天地断裁なしの特装版、断裁ありの特装版、通常版

 でも、どうして?
 本文用紙の紙の取り都合で、上下を断裁する場合、正規のA7サイズの縦・145ミリを出すことはできない、142ミリが限界だということで、通常の文庫より小さめの142×100というサイズに決めたはず。でも耳付きの本の方は、縦が150ミリほどあるのです。
 なぜ???
 わけがわからず、同時に送られてきた美篶堂からのメールを読むと、「クーターが白で通常版同様に天地を仕上げ裁ちした品と、通常版と同様のクーターを付け、表紙の耳を活かす形で本文の地だけを裁ち落とした品の2種類があり、それぞれにスリーブを付けました」とあります。
 本文の地だけを裁ち落とす……。天の方を見てみると、少しだけ凸凹でこぼこがあるのがわかりました。つまり、天は化粧裁ちをせず、手で揃えただけ。岩波文庫などでおこなわれている天アンカットと似たような仕上がりです。
 もともと、この本は袋綴じですから、小口は断裁しません。手で揃えただけ。さらに天も手でていねいに揃え、化粧裁ちをしない形で製本されていました。それで、上下とも断裁するつもりで出した寸法より少し伸ばすことができたのです。

 上島明子さんとお話ししたところ、岡城さんから送られて来た表紙の和紙を見たとき、耳のあまりのかわいさに、これを裁ち落としたくない! という気持ちになって、この形にすることを思いついたとのこと。
 たしかに、上下の耳を残したこの形は、心ときめくほど可愛らしいのです。通常版より縦長の形になることで、いっそう特別感があります。
 それで、デザイン担当の酒井さんに相談し、当初の計画とは異なりますが、この上下耳付きの形を採用することになりました。
 楮の繊維入りの窓に、上下に残された和紙の耳。見返しの紺色の紙も、西島和紙工房の手漉き和紙を使っています。手漉き和紙に印刷された文字は、通常版と同じインキのはずなのに、黒がさらに際立ちます。くっきりと黒く、紙に根を張っているようでした。
 デザインが同じでも、紙によって見え方がかなり違います。設計図で見ていた時よりも大きく違いを感じられて、そのことにも驚きました。

 この本は、いわゆる豪華本ではありません。表紙が革貼りとか布貼りというわけでもないですし、箔押しを使っているわけでもない。でも、わたしとしては、これ以上はない理想の形になったと思っています。
 通常版には通常版のすっきりしたかわいさがあり、特装版には手漉き和紙の風合いを活かした繊細さがある。どちらもとても良い形になりました。

『言葉の窓』特装版 表紙
『言葉の窓』特装版 扉ページ
『言葉の窓』特装版 表紙の窓部分
『言葉の窓』特装版 全体

 本ができた。
 一年以上かけて、本ができるまでの道をたくさんの方といっしょに歩んで来ました。それは、自分にとって「本」とはなにか、あらためて問い直す旅でもありました。自分ひとりではできない、印刷や製本を請け負ってくれた方たちがいたからこそできたことです。
 いろいろたいへんだったなあ、と思いながら、改めてその幸せを噛み締めました。



3 ワークショップへ

 特装版の見本を受け取ってまもなく、クラウドファンディングのリターンである活版印刷ワークショップの日(3月18日、19日)がやってきました。
 19話に書いたように、印刷博物館の木谷さんと相談しながら、少ないページ数ながらも、ワークショップでは文選、組版、印刷、製本と、本を作る作業を一通り体験し、出来上がった冊子を当日持ち帰ることができるよう計画していました。
 木谷さんと相談して、具体的には以下のような形で進めることになりました。

  • 140字小説2話を1冊の冊子にまとめる。

  • 140字小説を分解し、1ページに1行ずつ印刷する。

  • 花松あゆみさんの挿絵を入れ、絵本のような形にする。

  • 片面印刷で、製本は和綴じ。

  • 使用活字は16pt(タイトル名)、12pt(本文)、8pt(奥付)。

  • 表紙は、中庄株式会社から提供された紙を使用する。

 作業としては以下のような流れです。

  • 1回につき参加者は8名。4名ずつで2班に分け、1班で1話を印刷する。

  • 1名につき植字台とアダナプレス(小型の手動式印刷機)を1台ずつ割り当てる。

  • 1名につき2ページ(2行)分の活字を文選する。ひらがなは各植字台に活字ケースを1台ずつ準備して、植字台で文選。漢字は一般体験用の活字棚と工房の奥にある馬棚うまだなから文選をおこなう。

  • 印刷は各自アダナプレスでおこなう。印刷が終わった紙には、こすれを防ぐため大きめの付箋を貼る。

  • 刷り上がったものをページ順にひとつの机にまとめる。

  • 机からページ順に1枚ずつ紙をとり、各自ページ順にまとめる。(丁合ちょうあい

  • 表紙と糸を選び、四つ目綴じで製本する。

 活版印刷の説明から始まり、文選、組版、印刷、製本までを3時間で終わらせなければなりません。印刷博物館のスタッフの皆さんは、参加者の作業が滞らないよう綿密な計画を練り、何度かリハーサルをおこなって、計画を万全なものにしてくださっていました。
 8名の参加者に対して、スタッフが6名。そのフォローの手厚さと、ご作成いただいたタイムスケジュールや配置図の細やかさに驚きました。



4 ワークショップ当日

 当日は皆さん時間通りに会場にお越しいただきました。博物館の受付前に全員集まったところで、博物館内の印刷工房に移動します。
 わたしがあいさつしたあと、木谷さんから、活字の向きに関する注意や文選箱、印刷機の使い方などの活版印刷に関する簡単な説明と、今日の作業の流れに関するお話がありました。

文選箱について説明する木谷さん
アダナプレスの使い方を説明する木谷さん

 参加された皆さんに簡単な自己紹介をしていただくとともに、活版印刷経験の有無をお伺いすると、3月18日、19日両日とも、活版印刷の経験がある方はほんのわずか。体験したことがある方も、手キンのレバーを下ろしたことがある程度で、文選や組版の経験がある方はほとんどいらっしゃいませんでした。
 活字は印刷工房の奥にある馬棚から拾いますが、棚の前に立てる人数は限られています。そこで、ひらがなの活字についてはあらかじめ1ケースずつ植字台に置き、文選は各自の植字台でおこなうことになっていました。
 8人を2グループに分け、1グループは最初に馬棚で活字の文選をおこない、もう1グループは植字台でひらがなの文選をおこなう、それぞれ終わったら交代、という形です。

 最初に漢字を拾うグループは馬棚の前に移動し、そこで活字の並び方の説明を受けます。活字は基本的に部首ごとかつ、画数の少ない順に並んでいます。漢和辞典の掲載順と同じです。ただし、使用頻度によって収蔵されているケースが分かれています。
 よく使う活字は「おお出張しゅっちょう」、次に使う活字は「出張しゅっちょう」と呼ばれるケースにおさめられ、これらとは別に住所や年号などでよく使う活字が収められた「袖」というケースがあります。この分類は活版印刷がさかんだったころ、印刷所での利便性から生まれたものです。
 完全に漢和辞典通りなら時間をかければ自力で見つけられるはずですが、ケースに分かれているため、はじめての人が自力で目当ての漢字を見つけるのはなかなか大変です。そこで、今回は早く活字を拾えるよう、印刷博物館の方があんちょこを作ってくれていました。

印刷博物館のスタッフの方が作成したあんちょこ

 上に書かれているのが拾う文字で、下の表があんちょこです。その活字がどのケースに収められているかが記されています。これを見れば、どのケースから活字を探せばいいのか一目瞭然です。
 皆さんあんちょこを片手に活字を探し、拾っていきます。

活字棚の前で文選のレクチャーを受ける様子
実際に文選をおこなう参加者の皆さん

 一方、最初にひらがなを拾うグループは、植字台に置かれた「かな」のケースから、ひらがなを拾っていきます。ここで気をつけなければならないのは、促音そくおん拗音ようおんのような小さな字。この連載でも何度か書きましたが、小さな字は縦書き用と横書き用で文字の配置されている位置が異なるのです。
 ケースのなかには縦書き用、横書き用とテープが貼られていて、ここは間違えないように拾わなければなりません。
 ひらがなを拾う人たちは、文選箱ではなく、次に活字を組むときに使う「ステッキ」という道具に活字を入れていきます。

植字台でひらがなを拾う様子
拾った活字をステッキに組みつけていく

 漢字、ひらがなとも全員拾い終わったところで交代します。

 文選が終わったら、次は組版です。活字を順番にステッキに入れていきます。向きを間違えないよう、ネッキと呼ばれる溝が下になるように並べます。
 文字が全部入ったら、おはなしが天地の中央に配置されるよう、活字の上下に込めものを入れていきます。上下の空き具合を見ながら、上下均等に大きめの込めものから入れ、あきが少なくなったら小さな込めものに変え、隙間が完全になくなるように詰めていきます。

拾った活字に込めものを入れ隙間を埋めていく

 ねじをしっかり締め一つの塊ができたら、崩さないように持ち上げて印刷機に取り付け、印刷開始です。組んだ活字を印刷機に取り付ける作業は初心者には難しいため、スタッフがおこないます。
 印刷工房で使っているアダナプレスという小型の卓上印刷機はイギリス製。欧米ではかつて家庭にもこうした小型の印刷機を置き、招待状などの印刷をおこなっていたのだそうです。
 文字の種類の多い日本では無理ですが、アルファベットは26文字しかありませんから、1文字につき数個の活字を持っていれば簡単な招待状や挨拶状を作ることができるのです。

 全員が1枚(2ページ)ずつ刷って、それを組み合わせて1冊の冊子にします。ひとり2冊ずつ作る予定で、予備なども含め20枚を印刷していきます。

組版に間違いがないか試し刷りをして確認をおこなう

 刷ったあとのインキは丸一日はおかないと乾きません。完全に乾くまではこすると汚れてしまうので、印刷した部分に大きな付箋を貼って印刷部分をカバーします。
 全部刷り上がったら、スタンドに立てたままひとつの机に集めます。

印刷した紙を並べたスタンドがページ順に置かれている

 実際に印刷してみると印刷にムラが出てしまう、というケースが何件かありました。これは印刷する人の力加減の問題ということではなく、多くは印刷機の調整や、活字の高さの問題でした。活字には少しずつですが個体差があり、消耗品ですので、長く使っているとすり減ってしまうこともあります。高さの足りない活字を使うと、その文字だけ薄くなってしまったりするのです。
 その場合は、活字を交換するしかありません。そういった理由もあり、予定の時間より若干のびてしまいましたが、休憩時間で調整できる程度におさまりました。

 印刷が終わった人から休憩へ。そのあいだに、表紙の紙を下見してもらいます。
 表紙には20種類以上の紙を用意しました。ひとり2冊作るため、ここから全員2種類ずつ選んでもらうことになります。あとでくじで決めた順番に紙をとっていきますが、たくさんの種類がありすぐには決められないだろうということで、手が空いた順に紙を見てもらい、候補をいくつか選んでおいてもらうことにしました。

中庄株式会社からご提供いただいた表紙の用紙。
世界各国でつくられたという紙が並ぶ

 休憩のあとはいよいよ1から8までの数字が書かれたくじを引いて表紙選びです。それぞれ1枚ずつしかありませんので、全員が希望通りに選べるとは限りません。それでもできるだけ公平に紙を選んでもらえればと思い、1周目は1番の人から順番に好きな紙を選んでもらい、2周目は8番の人から選んでもらう形にしました。どれも個性的で素敵な紙ばかりなので、皆さんかなり悩んで選んでいました。

 表紙を選んだ人から、テーブル上に並んだページを1枚ずつとり、浅い箱のなかに重ねていきます。付箋が貼ってあるため、文字は見えませんので、飛ばしたり、だぶったりしないよう気をつけて紙をとっていきます。

紙をとっていく様子

 花松あゆみさんのイラストのページはベタ面が多いため、文字のページよりインキが乾くまでの時間が長くかかります。そのため、今回はあらかじめ印刷博物館の方が印刷したものを準備してくださいました。
 このページは文字のページとともに並んでいます。

文字と花松さんのイラストが並んでいる

 1枚ずつとったら、自分の植字台へ。
 その後へらを使って紙を折り、揃えていきます。この作業まで終わったらページの順番に誤りがないか、紙の向きが間違っていないかなどの確認をおこないます。


へらで紙に折り目をつけていく様子

 この確認まで終わったら、次は綴じるステップへ。まずは冊子のノド側に目打ちで穴をあけていきます。今回の綴じ方は、和綴じでもっとも一般的な四つ目綴じ。穴を4箇所あけて、糸を通していきます。穴をあける場所を示すガイドの厚紙を当てながら、目打ちとかしわ棒とよばれる道具を用いて穴をあけます。
 穴は小さすぎると糸が通らず、反対に大きすぎると糸を通したときにすかすかになって抜けてしまいます。程よい大きさにするのがなかなかむずかしいのです。

目打ちとかしわ棒で穴をあけていく

 それから綴じるための糸を選びます。表紙の紙の色との相性を見ながら、糸の色を選びます。糸は細い糸と太い糸が用意されていて、1本取りでも2本取りでもよく、2本の場合は同色の糸を2本使ってもよし、別の色の糸を組み合わせてもよしとさまざまな選択肢がありました。
 細い糸ですが、表紙の上に置いてみると、その色のバランスでだいぶ全体の印象が変わるので、ここも迷うところです。

表紙の上にさまざまな色の糸をのせ、悩みながら選ぶ様子

 目打ちで穴をあけた紙と選んだ糸を持って、製本用の机に移ります。ふたりにつきひとりずつ印刷博物館のスタッフの方がついて、糸の通し方を丁寧に説明してくれます。
 どの穴にどの順番で糸を通すかが示されたマニュアルに沿って進めていくのですが、この通し方がちょっと複雑で、図を見ただけではよくわかりません。慣れれば迷わず通せるようになるのでしょうが、初見ではかなり混乱するため、スタッフの実演を見て真似ながら通していきます。

マニュアルを見ながら糸を通していく

 最後まで糸を通し終わったら玉止めして完成。1冊目の冊子が出来上がります。規模の小さいものですが、本作りのすべての工程を自分の手でおこなった世界でたった一冊の本の完成です。
 文選、組版、印刷、製本、と、使う機械や製本の方法は異なりますが、1年かけておこなってきた本作りの過程と重なるところも多く、はたから見ていても感慨深いものでした。
 1冊目の冊子が出来上がり、皆さんいろいろ反省もあったようです。綴じる際は糸を通すたびにしっかり引っ張っていかないと糸がゆるんでしまい、あとからでは修正ができません。糸がゆるんでしまった、糸が細くて思ったより目立たなかったなど、1冊目の反省も踏まえ、それぞれ2冊目の製本に移っていきます。

四つ目綴じでの製本が完了した

 最後は製本した冊子にタイトル、著者名などを印刷した紙を貼ります。不思議なことに、この紙を貼ると印象がまたぐっと変わり、「本」らしくなります。
 本というのは不思議なものだなあ、と思います。
 綴じてしまうと、すべてのページをいっぺんに見ることはできなくなります。1ページずつ扉を開くようにめくって、その世界の奥へ奥へと入っていく。本には、ばらばらの紙のときにはなかった「時間」が宿り、ひとつの世界が出来上がります。
 だから「本」という形は「魔法」だと思うのです。

ワークショップ用冊子「本の物語」の完成品

 全員の製本が終わったあと、こうして出来上がった冊子を全員分並べてみました。どれもそれぞれとてもかわいくて、素敵な冊子に仕上がっていました。

花松あゆみさんのイラストのページ

 最後に出来上がったばかりの『言葉の窓』の通常版、特装版の見本を皆さんにお見せして、ワークショップは終了しました。

 活版印刷の未経験者が多いなか、18日、19日両日とも、大きなトラブルはなく、予定していた時間内に無事終えることができました。これは間違いなく印刷博物館スタッフの皆さんの綿密な計画と準備のおかげです。

 あとは、美篶堂から完成品が届き次第、皆さんに向けて発送。その後は残りの在庫分の販売のためオンラインショップを開設しなければなりません。印刷博物館の皆さんの見事なイベント運営を見ながら、わたしも不備のないよう、しっかり準備をおこなわなければ、と思いました。

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連載【10年かけて本づくりについて考えてみた】
毎月第4木曜日更新

ほしおさなえ
作家。1964年東京都生まれ。1995年「影をめくるとき」が群像新人文学賞小説部門優秀作に。
小説「活版印刷三日月堂」シリーズ(ポプラ文庫)、「菓子屋横丁月光荘」シリーズ(ハルキ文庫)、「紙屋ふじさき記念館」シリーズ(角川文庫)、『言葉の園のお菓子番』シリーズ(だいわ文庫)、『金継ぎの家 あたたかなしずくたち』(幻冬舎文庫)、『三ノ池植物園標本室(上・下)』(ちくま文庫)、『東京のぼる坂くだる坂』(筑摩書房)、児童書「ものだま探偵団」シリーズ(徳間書店)など。
Twitter:@hoshio_s

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