平山夢明「Yellow Trash」第9回 あんたは醜いけれどあたしには綺麗(9)
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平山夢明「Yellow Trash」第9回 あんたは醜いけれどあたしには綺麗(9)

平山夢明『Yellow Trash』シリーズ、完全リニューアルして再始動‼
毎週金曜日掲載!
illustration Rockin'Jelly Bean

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「此奴(こいつ)の所へ行く」
 おわんと並んだカキタレが然う云った。
「おまえも一緒だ」
「説明しろよ」
 するとおわんがおずおずと口を開いた。
「私は今、仲間達と一緒に暮らしています。此の山の裏にある牧場です。其処で家畜を飼って生計を立てているんです。母も一緒でした」
「おれ達も行くのだ」
「達(・)?おまえはいつもそうやって勝手に決めるねえ。親爺さんはどうするんだ」
「親爺?母の顔を傷つけたのみならず、妹と共に下女だと偽ってオレに与え、残酷な忍従を強いた人間を父だと云うのか」
「其の点に就いちゃ大いに同情するが、互いに云い分は有りそうな気もするね。何しろ旦那に無断で他所(よそ)の野郎に腹を貸しちまったんだろ」
 おれの言葉におわんが俯いた。が、カキタレは一歩前に出た。
「人に罰を与えるには絶対に堅持すべきものがある」
「後学の為に拝聴しよう」
 カキタレは母親のペンダントをもう一度見、握り締めてから呟いた。
「慈悲の心だ。断罪する者は罪に対する罰の軽重を誤ってはならぬ。父のした事は母の罪に対して余りにも酷く、惨(むご)い。故にオレは家には戻らん。暫くは此の地に留まり母の菩提を弔いつつ、時機を見ておまえと夫婦と成り、更なる楽園を目指す」
「おい。変な芝居の見過ぎじゃないのか」
「然うして戴ければ母も浮かばれます!」
 おわんが〈うんうん〉と頷く。
 おれはカキタレの目を見た。其処には絶対に変えられない決意がある。
 頭の中のポンコツ算盤(そろばん)がパチパチ音を立てた。牧場に行き、頃合いを見計らって脱出する。おれは此のややこしい状況から解放され、カキタレは実の妹と共におふくろさんの墓守を続けられる――一石二鳥じゃないか。
「良いだろう。だが条件がある。牧場じゃ、おれは好きにさせて貰う。仕事はしない。飯と酒はそっち持ち……此でどうだ?」
 妹がカキタレに頷いた。
「よかろう」
 おれは立ち上がり、外に出た。云い忘れてたが、豚小屋のような臭いがしていたんだ。

 牧場は細い丸太で囲まれていた。入口には『約束牧場』とペンキで書いた看板が掛けてあった。
「やくそく……妙チキリンな名だな」
「プロミストファームと読みます。創世記に登場する約束の地(カナン)に因(ちな)んで付けられました。同じ志を持った人達の希望の場となるようにとの願いが込められています」
「同じ文句で女子供をぶち殺して回った洗脳集団(カルト)がいたけどな」
 カキタレが肘でおれの脇を突(つつ)いた。
 門を過ぎ、暫く平らな牧草地を進むと同じような木囲いの中に建つ白い小屋がぽつりぽつりと見えてきた。
「一番端が私の小屋(コッテージ)です」
 カキタレの運転するSUVが小屋の脇に停められた。と、直ぐさま戸が開き、男のシルエットが現れた。白いネルシャツ、茶系のズボンに段袋吊り(サスペンダー)をしていた。
『おわん!』男は叫ぶとSUVに駆け寄ってきた。
 其奴は運転席から現れたカキタレを見て息を呑み、おれを見て『げぇ』と言葉を呑んだ。が、正直な話、奴の面もおれを多少修整した程度の代物だった。 
「話したでしょ……姉よ」おわんはそう云ってから振り返った。「夫のシナチ君です」
「正式には二人目の旦那だがね。今は此奴の娘と三人で暮らしている」
 カキタレは名乗り、おれも適当に思いついた名を口にした。
 おれ達は男とおわんに付いて小屋の中に入った。先程の豚小屋とは打って変わって小体(こてい)だが清潔で温かな空間が広がっていた。隅に小さなベッドが在り、子供が眠っている。
「ワラビよ。姉さんの姪ね。三つになる」
「わらび……」
 ベッドに屈み込むようにして姪を眺めたカキタレが呟く。と、おれの肩をシナチ君が叩いた。「ちょっと……」そう云うと奴はおれを伴って外に出た。
「あんた、セラノの家の人?」
「否。縁も縁(ゆかり)もない」
「じゃあ何故、此処に居るんだ」
「あんたの義理の姉さんは実に気の毒な頭の病に罹ってる。おれはそのとばっちりで今、とても気の毒な事になっているのさ」
 シナチ君は腕を組むと清潔とは云えない親指の爪を噛んだ。
「それで、あんた達はどうするつもりだ?」
「カキタレは暫く逗留(とうりゅう)するつもりのようだ」
 するとシナチ君は親指を囓り始めた。
「どのくらい?」
「わからん。なんでも此処に居て母親の菩提を心ゆくまで弔いたいそうだ」
 またシナチ君は親指を口に入れる。
「旨いのか?」
「え?」
「指だ。さっきから囓っている」
「否、此は単なる考え事をする時の癖だ、気にしないでくれ。となるとリーダーの許可が要るな。……困ったな」
「何がだ」
「今、此の牧場は問題を抱えているんだ。メンバーの脱落が此処の所、続いていてね」
「何処かと混み合ってるのか?」
「ああ、そうなんだ。実は此の施設は一般的には面相の不確かな奴らばかりで構成されてるんだ。人間の価値を顔の良さや外見だけで推し量り、チヤホヤする浮薄な風潮に抵抗(レジスト)する為の運動体なんだ,此処は。だから其の意味じゃ、あんたは大歓迎さ。正に牧場の理想型と云っても良い」
「有り難うとは云い辛いがな。するとなんだ、其の伝で行きゃあカキタレは真逆って訳か、問題ってのは其処だな」
「ああ。普段ならな。だが今は違う、別の問題で頭が痛いんだ」
「如何云う事だ」
「人間の外面より内面の美を尊ぼうという牧場の教義(ドグマ)が危機に瀕しているんだ」
「ちっ。キナ臭くなりやがった。やっぱり此処は洗脳集団なんだな。其れでサツと揉めてるんだろう?」
「違う。俺達が戦っているのは野医者だ」
「のいしゃ?オツムのか?」
「違う!脳医者じゃない。人を襲って勝手に手術で美男美女にする誘拐山賊医者の事だ」
 おれはシナチ君の顔をまじまじと見た。
 奴は〈本当だ〉と云うように何度も頷いた。
「成る程……然う云う事だったのか……やっとわかったぜ」
「何がだ?」
「其の指……シャブかLSD(ディー)が塗ってあるんだなっ!」
「……な?莫迦な!塗ってたまるか!本当の事だ。奴らは次から次へとメンバーを拉致しては数日後に此処へ戻す。すると顔が綺麗に成った途端、其れ迄、軌を一にしていた筈の奴らが出て行ってしまう。おかげで初めは五十名を超えていたメンバーも半分以下に減り、今ではリーダー自らがメンバーをスカウトに出る有様になってしまったんだ」
「ふん。あんたらの云う〈美は内に在り〉が嘘っぱちの幻だっちゅう絶好の宣伝材料になりそうだ」
「恥ずかしながら其の通りだ。俺達は必死になって彼らに拉致と許諾なしの矯正手術を暴行傷害で訴えるよう説得するのだが、出て行く奴らは誰も協力しようとしやしない。今では自分たちの活動自体が無駄だったんじゃないかと臍(ほぞ)を噛む思いだ」
「爪は噛んでるがな」
 シナチ君はキッとおれを睨むと苦笑した。「あんた、思ったよりも腑抜(ふぬ)けだな。面相の悪さに押し潰されて魂まで合わせたクチだ」
「何とでも云えよ。何と云われても気にしない訓練はできてる」
「万万万が一でも、あんたがおれの義理の兄になるような事態だけは止してくれよな」
「安心しろ。億億億が一でも、そんな幸運はおれに訪れやしないよ」
「明日、リーダーに紹介する。其れ迄は部屋の隅にでも転がっていてくれ」
「大変ご親切な申し出は有り難いが、おれは時折閉所恐怖症ってやつでね。今夜は、あの弁当箱で助六(すけろく)になるよりは野天のほうが正気を失わずに済みそうだ」
「勝手にしろ」
 シナチ君は首を振ると小屋に戻って行った。
 満天の星がおれを見下ろしていた。おれは柔らかそうな地べたを探し、歩き出した。

(つづく)

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平山夢明(ひらやま・ゆめあき)
小説家。映画監督。1961年神奈川県出身。94年『異常快楽殺人』刊行。2006年に短編「独白するユニバーサル横メルカトル」で日本推理作家協会賞短編賞受賞。翌年同短編集「このミステリーがすごい!」第1位。2010年『DINER』で第28回日本冒険小説協会大賞、11年に第13回大藪春彦賞受賞。


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