見出し画像

本と猫を愛する会社員のリアルな書店開業記|井上理津子/協力 安村正也 『夢の猫本屋ができるまで Cat’s Meow Books』(1)

ホーム社の既刊から、いま読んでいただきたい本をセレクトして紹介する「ホーム社の本棚から」。7月からは井上理津子/協力  安村正也『夢の猫本屋ができるまで Cat’s Meow Books』(2018年)を全5回でお送りします。

この夏開店4周年を迎える、三軒茶屋の「Cat’s Meow Booksキャッツミャウブックス」は、会社員でもある安村正也さんが開いた猫本専門書店。本好きといっても関連業界の経験はなかった安村さんが、50歳を前になぜ書店を始めることになったのか。本書は、書店に精通しているノンフィクションライターの井上理津子さんが、開店の動機から具体的な営業準備のプロセス、経営収支にいたるまで、関係者に広く取材し、詳細に迫った書店開業物語です。

まずはお店の様子を、本書のプロローグからお届けします。


井上理津子/協力  安村正也
『夢の猫本屋ができるまで  Cat’s Meow Books』

(「はじめに──キャッツミャウブックスへようこそ」より)

はじめに──キャッツミャウブックスへようこそ

 すっくとそびえる二七階建てのタワービルの周りに、しゃれた店もレトロな店も混在する商業エリア・三軒茶屋さんげんぢゃや(世田谷区)の地上駅から、二両編成の東急世田谷線に乗る。とたんに高い建物が視界から消え、空が広くなる。車窓に現れる小ぶりな住宅や低層のマンションが広がる光景がなんともいい。わずか一分で西太子堂にしたいしどう駅に着く。
 喫茶店の一軒もパン屋さんの一軒もない駅前から、車一台が通れるかどうかの小道をゆっくりと二分ばかり歩いたところに、一〇坪ほどの白い家が建っている。「キャッツミャウブックス」。二〇一七年の夏にオープンした、猫の本の専門店だ。
 軒先に店名のロゴが描かれた小さな看板や、入り口に営業時間などが書かれた、やはり小さなボードが目につき、出窓に絵本がディスプレーされているものの、まったく本屋さん然としていない。裏道に回れば、窓ガラス越しに、猫たちが床に寝ころがっているのが見えたりする。
 あまりにも住宅街に溶け込んでいるから、最初に訪れた日、正直「大丈夫かな」と思った。出版不況だの、町の本屋さんが激減しているだのという話題に事欠かない中での、「初めて本屋します」「出版関係で働いたことありません」という店主による新規オープン店である。
 実は、わたしは夕刊紙の連載で、この五年間、首都圏の新刊店・古書店合わせて約二五〇軒の本屋さんを取材してきた。それらをまとめた『名物「本屋さん」をゆく』『すごい古書店 変な図書館』も上梓した。猫の本といえば、神保町(千代田区)の「にゃんこ堂」が有名で、取材にも行ったが、あちらの立地は本の街の真ん中だし、一般書を長く商ってきた本屋さんが店内に猫の本を集めた“書店内ショップ”だ。キャッツミャウブックスのような先例は、聞いたことがない。
 ところが、である。
 わたしは犬派なので、初めのうち意外だったが、世には「猫好き」な人がことのほか多い。「町の本屋さん好き」な人もずいぶんいる。通うほどに、かなり「大丈夫」なのだと分かってきた。店主の安村正也まさやさんは四九歳からこの店を始めた。「ぼく、ビールと本が大好きで。ここは、自分が心地よい空間なんです」と言う。そんな安村さんの思いにシンパシィを感じている人たちが、ぽつりぽつりとやって来る。ときにはどっと集まる。カフェも併設しているので、コーヒーやビールを飲みながら、ゆるりと本を選ぶこともできる猫本屋さんは、デメリットをメリットに変える力を持っているようだ。
 店内に入ると、猫の写真集やイラスト集、絵本がまず目に飛び込んでくる。大人気の動物写真家・岩合光昭いわごうみつあきさんの作品もある。しかし、表紙が見えるように面陳列めんちんれつされたほとんどが、わたしには初めて出会うものだ。肉球で耳を掻くドット柄の猫が写った『世界の美しい野生ネコ』、イケメンとふさふさ毛の猫がくつろぐ『MEN WITH CATS』、黒色の背景に若干の濃淡が輪郭を示す『魅惑の黒猫』、白い猫が一本足で踊るように立つ『猫楽園』 ……。
 平台ひらだい(本や雑誌を平積みにする台)に目を落とすと、でもね、尖っているわけではないのです、といわんばかりに、「猫ぐらし」「猫のまちがいさがし」といったタイトルの雑誌やムック。『ねこのおてて』『へん猫』『必死すぎるネコ』など、そういえば大型書店でも見かけた気がするビジュアル本やエッセイがてんこ盛りだ。その間に、嵐山光三郎の『猫のほそ道』の文庫本なんかが大きな顔をして、はさまっているのも面白い。壁際の棚には、猫が出てくる古今東西の小説、紀行から博物誌まで、単行本がずらりと並ぶ。
 そこまでが新刊書エリアで、ビールサーバーを横目にレジのカウンターに沿って店の奥へと進み、格子戸を開けると、真ん中に大きなテーブルと椅子を配した八畳ほどの部屋がある。古本が中心で、右の棚を見ても左の棚を見ても、猫・猫・猫の本。八割ほどが、タイトルにずばり「猫」が入った本、残る二割ほどが、記されていないが「猫が出てくる」 本のようだ。よく見ると、一並びが「食」だったり、「恋」だったり、「身体」だったり、「不思議」だったりのテーマで、隣の棚に自然とつながっていく、たぶん凝りに凝った独特の “文脈棚”、である。ヘミングウェイも村上春樹も内田百閒ひゃっけんも潜んでいる。
 目が合った『世界のいぬ★ねこインテリア』と『猫の歴史と奇話』を棚から取り出し、 テーブルで広げていると、突然、私の足元に猫が一匹やってきて体をすりつけた。繰り返すが、わたしは犬派だ。けれども、そうか、この子はわたしのことが好きなのね、とまんざらでもない。よしよしと撫でると、気持ちよさそうな顔をするではないか。この部屋の本棚には、ところどころに丸い穴が開いているのだが、そこをするりとくぐり抜けてお散歩している猫がいるかと思えば、窓辺には、誰が来ようが我関せず、と決め込んだかのように、ひねもすのたりとしている猫もいる。実を言えば、猫たちがそんなふうに「ふつう」に店内で過ごしていることが、ここキャッツミャウブックスの真骨頂なのである。
「五匹いますが、ねこカフェではありませんからね、念のため」と安村さん。五匹とも保護猫で、「三郎」というキジトラくんが「店長」、あとの四匹は「店員」なのだと真顔で言い、「猫が本屋を助け、本屋が猫を助ける、という店です」ともおっしゃる。
 むむむ、よく分からない──というあなた。この本を最後まで読んでください。

Cat's Meow Books 店員猫紹介 by店主

(年齢は2018年7月現在)

猫店員1

三郎(♂ 16歳 キジトラ)
店長。この子がいなかったら「猫と本屋が助け合う」コンセプトは生まれなかった。15年間ニンゲン夫婦を独り占めしてきた年寄りのせいか、平成ギャル店員たちと話が合わない。たまに2階から 1階店舗に向けて叱咤激励(?)の声を発し、店主(ニンゲン)に抱かれて巡回に降りてくることもある。

猫店員2

Dr.ごましお(♂ 享年2歳 ハチワレ)
永遠の初代番頭。オープン前、「本と猫が共に遊んでいる」空間のアイデアを伝えるとき、店主の想像の中でいつもこの子が本棚の間を行き来していた。レジ横に掲げられたフレームの中から、 今日もお客様にごあいさつしている。

猫店員3

チョボろく(♀ 3歳 キジシロ)
店員猫におけるお姉さん格。普段はツンデレで冷静にニンゲンの言葉を聞いているが、夕食タイムが近づくと店内を反時計回りで何周もし始める。本棚の間のキャットウォークや2階の自宅へ繋がる穴などを店に着いてすぐに見つけたり、読太に格子戸の開け方も教えたりする頭脳の持ち主。

猫店員4

さつき(♀ 3歳 クロ)
他の子が寝ている場所でも気にせず上からかぶさって寝るような天然ちゃん。甘えん坊でお客様にもすぐにお腹を見せる。腰をポンポンされるのが大好き。黒猫なのに首筋に生えている白い毛が月を追うごとに増えている。毛繕いをあまりしないのが難点。

猫店員5

読太よんた(♀ 2歳 キジトラ)
クラウドファンディングのリターンとして、エア飼い主さまにご提供した命名権により男の子の名前になったが、そのヤンチャぶりで名は体を表している。ニンゲンが何かをやっていると必ず参加してくる「かまってちゃん」で、イベントの写真には必ず邪魔をする姿が残されている。

猫店員6

すず(♀ 2歳 キジトラ)
カメラを向けるとジッとしているので、メディアへの登場機会が最も多い当店のフォトジェニック。読太と似ているが姉妹ではなく、性格も正反対のお姫様。お客様の膝へ自ら乗って接客することもあり、特に男性のファンを拡大している。

(撮影/安村正也)

(「はじめに──キャッツミャウブックスへようこそ」より)


【もっと知りたい  キャッツミャウブックスってどんなお店?】

Cat's Meow Books
住所:東京都世田谷区若林1-6-15
定休日:火曜日
営業時間:14:00-22:00
※緊急事態宣言発出にともない、時間を短縮して営業中。公式Twitterで最新の情報をご確認ください。
公式Twitter:@CatsMeowBooks

猫本屋写真1

住宅街に佇む店舗と、店内でくつろぐ猫店員。

猫本屋写真2

築33年の住宅が、リノベーションでおしゃれな店舗兼住宅に生まれ変わった。内装の一部はDIYで、イベント化し参加者を募集して行った。猫も参加し、店内のアクセントになる足跡つけに成功。

猫本屋写真3

開店は2017年8月8日(世界猫の日)。当初は店舗左側の看板がついていなかった。猫店員がいるのは、店内奥の古本エリア。 

猫グッズ写真

看板やブックカバー、オリジナルグッズに使われているイラストロゴは、「6次元」主宰、アートディレクターのナカムラクニオさんの作。

(撮影/新藤祐一)

コネも経験もゼロ、普通の中年会社員が、どうやって本屋を開く夢を叶えたのか? 新たな生き方、働き方のヒント。

前の話へ / 連載TOPへ / 次の話へ

【ホーム社の本棚から】
次回の更新は7月21日(水)です。

井上理津子(いのうえ・りつこ)
1955年奈良市生まれ。タウン誌記者を経てフリーに。主に人物ルポや葬送文化、本屋をテーマに執筆。著書に『大阪 下町酒場列伝』『さいごの色街 飛田』『葬送の仕事師たち』『すごい古書店 変な図書館』『親を送る その日は必ずやってくる』『遊郭の産院から』『絶滅危惧個人商店』などがある。
公式HP:https://inoueritsuko.com/
Twitter:@yasaio

安村正也(やすむら・まさや)
1968年大阪府生まれ岡山県育ち。Cat’s Meow Books店主。本を紹介する「ビブリオバトル」の世界ではレジェンド的存在。

更新のお知らせや最新情報はXで発信しています。ぜひフォローしてください!