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想田和弘『猫様』冒頭試し読み

社会がその隅々にいたるまで管理・コントールされ、消毒され、安全でキレイに整頓されればされるほど、制御不能でイレギュラーな存在である野良猫様は生きていく余地がなくなる――本文より

10月18日(金)発売の『猫様』冒頭部分をここに公開します。

はじめに

 猫様が好きだ。
 道を歩いていて猫様に出くわすと、何か得した気分になる。
 人間がわが物顔をしているこの世知辛い世の中で、自由にしたたかに生きている野良猫様は、特に尊敬に値する。
 僕らフリーランスのお手本である。
 そういう気持ちが高じて、自分の映画にはほとんど必ず、猫様に登場していただいている。ヒッチコックのカメオ出演は有名だが、僕は自分の代わりに、畏れ多くも猫様に出ていただく。新作ドキュメンタリー映画『五香宮の猫』(二〇二四年、観察映画第十弾)では、カメオ出演ではなく主役になっていただいた。
 調子に乗って、雑誌「週刊金曜日」では「猫様」と題してフォトエッセイの連載まで始めてしまった。日常生活をすごすなか、たまたま出くわした瞬間にシャッターを切る。いきおい、そのほとんどは常にポケットに入れて持ち歩いているiPhoneで撮影することになった。
 ありがたいことに、僕は街を歩いているだけで、大御所俳優のごとき濃いいキャラの猫様によく出くわす。映画でも写真でも、その姿をそっと撮らせていただく。
 僕には猫神様がついているのかもしれない。
 本書には、同誌に掲載された写真や文章から厳選したものを、適宜加筆・修正しながら掲載している。また、追加で書き下ろしたエッセイも収録している。ときおり、妻の柏木規与子が撮った写真も使わせてもらっている(15頁、21頁、23頁、43頁、45頁、51頁、55頁、74頁、75頁)。
 外で暮らす猫様たちと付き合っていると、人間が支配するこの社会から彼らの居場所がどんどん縮小され続けていることにも気づかされる。
 社会がその隅々にいたるまで管理・コントロールされ、消毒され、安全でキレイに整頓されればされるほど、制御不能でイレギュラーな存在である野良猫様は生きていく余地がなくなる。
 僕が子どもの頃は、近所にはまだ野良犬様がウロウロしていた。人々はそれを当然のことだと思っていた。この社会は、今もよりもずっと野蛮だったのだ。同時に、制御不能な存在をなんとなく包容する力と大らかさを備えていた。
 だが、社会が高度に管理され整頓されていくなか、野良犬様たちは次第に人間の健康と安全を脅かす存在だとみなされるようになった。
 そして街から一掃された。
 今、同じようなことが、猫様にも起きているような気がしている。

はじめにより
(続きは本書でお楽しみください)

著者プロフィール

想田和弘(そうだ・かずひろ)
1970 年栃木県生まれ。映画作家。東京大学文学部卒。スクール・オブ・ ビジュアルアーツ映画学科卒。台本やナレーションを用いない「観察映画」の手法とスタイルでドキュメンタリー映画を作り続 ける。監督作品に『選挙』『精神』『Peace』『港町』などがあり、国際映画祭等で受賞多数。最新作は 牛窓で撮影した「五香宮の猫」(2024年ベルリン国際映画祭招待作品)。著書に『カメラを持て、町へ出よう』(集英社インターナショナル)、『なぜ僕は瞑想するのか』(ホーム社)などがある。

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