猫と人の縁が鍵? 自宅兼店舗用の物件探し|井上理津子/協力 安村正也『夢の猫本屋ができるまで Cat’s Meow Books』(4)
東京・三軒茶屋にある猫本専門書店の開業記『夢の猫本屋ができるまで Cat’s Meow Book』からお送りする第4回目。パラレルキャリアで書店を開業することに決めた店主の安村正也さんは具体的な準備に入り、安定した経営のため、当初は考えていなかった「自宅兼店舗」にすることを選択します。
そしていよいよ物件探し。希望にあった物件はスムーズに見つかったのでしょうか。ノンフィクションライター・井上理津子さんの語りで、わくわくする開店準備の様子を追います。
井上理津子/協力 安村正也
『夢の猫本屋ができるまで Cat’s Meow Books』
(第2章「キャッツミャウブックスができるまで[具体的準備編]」より)
物件も「猫がつないだご縁」から
さて、いよいよ「自宅兼店舗」の物件探しである。大きな“買い物”だ。複数の不動産会社に依頼したほうが、よい物件に出合えるのではと思えるが、安村さんはストイックだった。「これからの本屋講座」「いつかはじめたい『自宅兼店舗』入門」と受講したBUKATSUDOへの恩義から、物件購入に始まり、リノベーションまでの総合プロデュースを「株式会社リビタにのみ依頼しよう」という気持ちが揺らがなかったのだ。そのことが、おそらく功を奏することになる。
「“猫つながり”が、できていったんです」
と安村さんが言う。物件探しの担当者も、リノベーションの設計を任せる建築士も、「猫」がつないでくれた縁からだったらしい。
ある日、安村さんはリビタのウェブサイトをじっくりと見た。
リビタという社名に「くらし、生活をリノベーションしたい」という想いが込められた不動産会社だと説明されている。「『古いもの=価値があるもの』の時代へ」とのキャッチにも共感しながら、リノサポ(中古不動産購入とリノベーションの全工程をサポートするサービス)の社員紹介ページに進むと、コンサルタントの社員一四人の顔写真が載っていて、クリックすると各人の一言コメントがある。その中に、ドキンとする一言を見つけた。
〈三度の飯より猫と併用住宅〉
山田笑子さんという人のコメントだった。さらにクリックすると、山田さんのこんなプロフィールが出てきた。
〈一級建築士/二級建築士 生活科学部環境デザイン学科卒 新潟県出身。建築設計事務所を経て、二〇一五年よりリノサポコンサルタントへ。 設計事務所での経験を活かした、“お客様の要望+アルファ”のプラン提案が得意です。ライフワークは「ねこ」。ねこと暮らす家の実績もございます。また、保護ねこ団体さんでのボランティアも行っています〉
「即行、この人に物件探しをお願いしようと思いました」と安村さん。さっそく、BUKATSUDO の平賀さん (リビタ社員)に山田さんを紹介してもらったところ、「この人なら、ぼくの猫への思い、猫本屋開業への希望を過不足なく受け止めてくれるに違いない」という直感が当たった。
山田さんは、なぜ「三度の飯より猫と併用住宅」「ライフワークは『ねこ』」とコメントしたのか? 山田さんに聞いた。
「設計事務所に勤めていた前職のとき、事務所に一匹の猫が迷い込んできて、ベランダで赤ちゃんを四匹産んだんです。母猫は、一か月ほどして、四匹のうちの一匹を連れて姿を消しました。残された三匹の赤ちゃん猫のうち、二匹はご近所さんにもらっていただけましたが、一匹の引き取り手が見つからなかった。それで、事務所で育てることになり、私が一番下っ端だったので、その子の世話係になったんです」
安村さんが、三郎を保護したときの話に似てやしないか。三郎は生後間もなくだったが、その子は生後一か月ほどと、保護した時期の差こそあれ、山田さんも、放置すると命を落とすことは免れない赤ちゃん猫を育てた経験があったのだ。人間用の牛乳ではお腹をこわすので、子猫用のミルクやキャットフードを買ってきて、小まめに与えたという。「それをきっかけに、すっかり猫好きになっちゃって。広く保護猫の状況に関心を持ち、保護猫団体でボランティアもするようになりました」
そんな山田さんが、安村さんの物件探しやリノベーションを総合的にサポートすることになったのだ。
「松陰神社前あたりで」「三〇坪ほどの広さで」という安村さんの要望に沿って、いくつかの物件を共に見て回った。しかし狭い物件にしか空きがなかったため、希望エリアを世田谷線の沿線に広げたことは、先述した。
安村さんが、松陰神社前を希望する理由の一つに、「商業地ではなく、お客さんがわざわざ来てくれる地だから」を挙げたため、山田さんは「入谷(台東区)と、早稲田(新宿区)や雑司が谷も候補に広げませんか」と提案した。
「お客さんがわざわざ来てくれる地がいいというのは、“猫ファースト”だからです。不特定多数の人に店に入って来られたら、猫に負担になる。本をたくさん売りたいのは山々ですが、猫たちに負荷がかかることは避けたかったんですね。上野の東側と、早稲田、雑司が谷もすぐに見に行き、そのエリアを歩きました。いくつかの新しいお店ができてきている住宅街で、なるほど、猫ファーストもでき、これから注目されそうなエリアだなとは思ったんですが、ぼくにはダメでした」
なぜ? の問いに、「う〜ん、ぼくはやっぱり “東京左半分”の空気感が好きだから」
安村さんが一八歳で上京してから住んできた地は、八幡山(杉並区)、都立大学(目黒区)、高円寺、西荻窪、用賀。確かに東京の左半分ばかりである。中でも用賀住まいが一五年を超え、世田谷にマイタウン意識が芽生えていたのだろう。
かくして、物件探しは、若林(世田谷区)、世田谷、上町(同)など世田谷線沿いの駅を行きつ戻りつした末、西太子堂駅から徒歩二分の今の物件と巡り合ったのだ。
築三三年の二階建ての建売住宅で、空き家になって半年ほどになる。土地面積は約三二平米。正面一階の壁面に茶色いタイルが使われている以外は変哲もない木造。一階にキッチンと六畳間、バス、トイレがあり、二階には六畳間二室と三畳一室。4DKの家だ。玄関が北向き。東側の小道沿いには、背丈ほどのブロック塀が続き、小さな庭がある裏側 (南側)も道に面していた。
「最初に山田さんの案内で見に行ったのは、二〇一六年の夏でした。会社の帰りで夜だったので、暗くてあまりよく分からなかったのですが、あたりは上品な住宅街といった感じ。そこに、しっくり馴染んできた普通の家という印象でした」と安村さん。
山田さんは、「この物件は、お店と生活のバランスがいいですよ、と申し上げました。それまでに何軒もの物件をご紹介、二軒を実際にご案内していましたが、安村さんは、お店のことで頭がいっぱいで、住居のことをあまり考えておられなかったようなんです。でも、自宅兼店舗として実際に住むには、スーパーが近いなどの住環境と、きちんと居住部分もとれるかといったことも大切なので、ここなら大丈夫ですよとお伝えしました」
数日後の週末の昼間、安村さんは真澄さんも伴い、再び見に行った。駅からの道には、物件と同じくらいの広さの戸建ての家や、近年建ったらしい二階建てのアパートが並んでいる。静かな住宅街というエリアの好印象は変わらなかったが、鍵を開けて、がらんとした物件の中に入ると、どの部屋にも経年劣化をまじまじと感じた。しかし、「古いながらも、以前の住人が、大切に住んだ家なんだろうな」とふと思ったとき、
「いいんじゃない、ここ」という真澄さんの声が聞こえた。
「理想より狭いけど、三面から光が入るし、いいよね、ここ」
「三郎が外を見る場所、たくさん作れそう」
「さっき、外でも猫が鳴いてたし」
「そうそう。私も猫の鳴き声を聞いた」
「ここにしろって猫に呼ばれてるのかも」
「そうね、きっとそうだわ」
こうして、物件が決まった。
(第2章「キャッツミャウブックスができるまで[具体的準備編]」より)
※BUKATSUDO……横浜・みなとみらいのシェアスペース。不動産のリノベーション分譲やコンサルティング業務等を行う株式会社リビタがプロデュースし、大人のためのさまざまな講座やイベントが開催されている。
『夢の猫本屋ができるまで』もくじ
起業の参考になるエピソード満載。普通の会社員が一念発起、リアルな猫本書店開業奮闘記。
【ホーム社の本棚から】
次回の更新は8月12日(木)です。