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「猫本屋」への熱い思いをクラウドファンディングに投げかける|井上理津子/協力 安村正也『夢の猫本屋ができるまで Cat’s Meow Books』(5)【最終回】

東京・三軒茶屋にある猫本専門書店の開業記『夢の猫本屋ができるまで Cat’s Meow Book』からお届けする最終回。

猫に呼ばれるように理想的な自宅兼店舗用の物件が見つかり、購入を決断した店主の安村正也さん。その結果、当初計画より設備投資費がぐんと上昇することとなり、資金面での考え直しを余儀なくされます。金策に奔走する一方で、安村さんは当初から、店舗の改装資金の一部はクラウドファンディングを利用することを考えていました。

〈猫のいる、猫本だらけの本屋をつくって、幸せになる猫を少しでも増やしたい!〉多くの賛同者を集めた、安村さんの呼びかけ文を交え、ノンフィクションライター・井上理津子さんがクラウドファンディングの実際をリポートした項を、第2章よりお送りします。


井上理津子/協力 安村正也
『夢の猫本屋ができるまで Cat’s Meow Books』

(第2章「キャッツミャウブックスができるまで[具体的準備編]」より)

資金問題とクラウドファンディング

 物件の決定は、もちろん価格も照らし合わせた結果だったが、いざ決まると、たちどころに総合的な資金の工面が必要となった。
 当初の資金計画が、自宅兼店舗の購入になったことで、施設に関わる費用がぐんと跳ね上がる。安村さんは自己資金と親からの援助で一五〇〇万円ほどを用意できたので、当初の資金計画では、公的機関から借り入れしなければいけない額を「五〇〇万円ほど」と目算していたが、そろばんの弾き直しを余儀なくされた。
「一緒に考えましょう、と山田さんが親身になってくれました」と安村さんが振り返る。
 山田さんが算出してくれた、株式会社リビタの書式による「総予算」の内訳は、コンサル料、設計料、仲介手数料、検査・その他諸費用、工事費、物件価格だったが、「例えばコンサル料に何と何についての料金が含まれているのかとかが専門的すぎて、何度質問して答えてもらっても、ぼくには理解できなかった」。しかし、山田さん、もっと言えば株式会社リビタとの信頼関係ができていたから「トータルの金額さえ分かればいいか」と考えることにしたそうだ。いずれにしろ、当初予定以上の借り入れが必要となった。
 ちなみに新規事業を始めるにあたって、開業資金は日本政策金融公庫から借り入れをするのが一般的だろう。日本政策金融公庫のホームページによると、新規開業資金の限度額 は七二〇〇万円(うち運転資金四八〇〇万円)、返済期間は設備資金分二〇年以内(うち据置期間二年以内)、運転資金七年以内(同二年以内)、年利(無担保・無保証人の場合)一・二一〜二・七五% となっている。しかし、安村さんの場合は、自宅兼店舗での新規事業だったため、必要額を自宅用と事業用に明確に分けることができず、申し込みが困難だった。
「あの頃、寝ても覚めても、お金のことを考えていました」と安村さんは苦笑する。
 店舗兼住宅の購入には、住宅ローンが適用されないことが多く、金融機関によって、申し込み資格も利率も微妙に異なる。初めて知ることばかりだった。いくつかの金融機関にアプローチするなど四か月間奔走し、二〇一六年一二月にようやく融資がかなった。
「その間、契約の早い時期に、売主に手付け金二二〇万円を支払わなければならない事情が生じたんです。バタバタしながらも、自己資金から支払いました」 
 こうした話を聞くと、町に数多ある小売店や飲食店が、みんなとても偉く見えてくる。新規開業する店の主は、多かれ少なかれ、こうした借り入れや支払いをして、懸命に切り盛りしているのだ、と。
 時間が少し飛ぶが、先にも触れたように、安村さんは資金集めにクラウドファンディングも利用した。
 二〇一六年一二月から二〇一七年一月にかけて、BUKATSUDO で、全三回の「資金調達からPRまで、徹底解説! 最新『クラウドファンディング』活用講座」を受講する。 この講座の案内に、「今やクラウドファンディングは、アーティストやクリエイターによるものだけではなく、コミュニティや場所づくり、展示や町おこしなどのイベント開催、 そして新しい社会の仕組みづくりなど、誰もがさまざまなプロジェクトの仕掛け人として 一歩踏み出すために、有用な手段として認知されてきています」と記されているとおり、 クラウドファンディングは、近頃とみに注目を集めている。
 プラットフォーム(基盤組織)には、社会貢献、ファッション、地域プロジェクトなど分野を特化したところが多いが、多種多様な分野が一堂に会し、日本最大級のところが CAMPFIRE。この講座は、CAMPFIRE の社長、家入一真(いえいりかずま)さんらを講師に迎え、クラウドファンディングの仕組み、法則などのレクチャーに始まり、アイデアを出して寄付を募るページをまとめるワークショップまで組まれ、実践につながる内容だった。
「成功と失敗の例も教えてもらえて、とても有効でした。やるからには絶対に失敗したくない。講師の方々の指導を受けながら、どう書いたら一人でも多くの人の共感を呼ぶかを 必死で考えて文面を練りました」
 クラウドファンディングで寄付を募るのは、開店の日が決定してからでないとリアリティがない。満を持して、CAMPFIRE をステージに、こんな呼びかけ文が公開されたのは、二〇一七年五月二五日だ。

〈猫のいる、猫本だらけの本屋をつくって、幸せになる猫を少しでも増やしたい!〉

 目標金額は一一二万五〇〇〇円。「いいにゃんこ」の語呂合わせだ。
 呼びかけ文の左横には、「Cat's Meow Books」と書いた本の上から、つぶらな瞳の猫が顔を出しているイラストと、本屋の正面、側面、裏面のイメージ線画。

〈保護猫が本屋の“顔”となり、本屋が売上から猫の保護活動を支援する。そんな「猫と助け合う本屋」を二〇一七年八月八日(世界ネコの日)東京・三軒茶屋にオープンします。そこには猫が出てくる本ばかりを集め、猫が昇り降りできる専用の本棚を通じて、猫と人が共にくつろげる空間をつくりたいと考えています〉

 その続きには、猫好きと本屋好きの人たちの心を揺さぶる、猫本屋開業への熱い思いが延々と綴られた。非常に的を射た文章なので、ここに引く。

▼猫のいる本屋があれば行ってみたくなりませんか?
 はじめまして。安村と申します。
 猫が好き。本が好き。ビールが好き。
 そのすべてが揃った本屋をつくりたい。
 そして無事にオープンできたら、猫につぐないをしたい。
 なぜなら、それは……。

▼猫への想い
 いま自宅では「三郎」という名の15歳になる猫と暮らしています。
 三郎はかつて私が住んでいたアパートの庭先で、生まれたばかりの目も開いていない頃に、母猫から育児放棄されたところを保護しました。
 そんな子がいままで元気でいてくれたことには大感謝していますが、悔やんでも悔やみきれないことがあります。
 三郎にはふたりの兄弟がいました。
 当時、ペット禁止の部屋に住んでいた私は、一晩中ミーミーと泣き叫ぶ彼らをどうすることもできず死なせてしまったのです。
 これまでは三郎だけでも大切に育てていくことが、せめてもの償いと考えていました。
 けれども、その間にもっと他の猫たちにできることがあったのではないか。
 私が住んでいる東京都でも、全ての猫が幸せになれるように保護活動をしている方々がたくさんいらっしゃいます。
 そこで「理想の本屋をつくる」という自分なりの方法で、猫の保護活動を手伝いたいと思うに至ったのです。

▼猫と本屋の助け合い
 本屋をオープンするに当たり、 具体的にできることは何かと考えました。
 まずは里親が見つからない保護猫を店員として迎え入れ、直接的に助けよう。
 次に、本屋の売り上げの一部を猫の保護活動をされている団体に寄付しよう。
 しかし、いまの時代に本屋は儲からないと言われ、実際に書店の数もどんどん減っている。
 そうだ、店員たちには看板猫として本屋の宣伝をしてもらおう。
 助けた猫に本屋を助けてもらおう。
 その代わり、本屋も他の猫たちを助ける。
猫と本屋が助け合う」、そんな関係をこの店では築いていくつもりです。

▼このプロジェクトで実現したいこと
 開店予定の物件は、東急田園都市線の三軒茶屋駅から歩いて8分ほど、世田谷通りの商店街から少し入った普通の住宅街にあります。
 いわゆる“町の本屋”が次々と消えていくなか、「こんな本屋があったなあ」と近所の子どもたちの思い出に残るような、本と共に猫がくつろいでそこにいる空間をつくりたい。
 お客様には、保護猫が本のそばで安心してゆったりと暮らしている姿を見ていただきたい。
 そして、そんな空間でお客様にもゆったりと本を選んでいただきたい。
  “猫と本と人が共に遊んでいる空間”

 ──猫に会いに来ることで知らなかった本とも出逢える
 ──本を買うことで猫を助ける活動の支援もできる
 ──本を読むことで猫をもっと好きになれる

 そんな場所をみなさんと一緒につくることができればと願っています。
 そこで、猫が自由に昇り降りできる本棚や、本を読んでいるお客様を天井近くから見渡せるキャットウォークの作成費と、店員猫たちの福利厚生のためのトイレや寝床の購入費を支援していただければ大変嬉しいです。

▼どんな本屋?
 店名は「Cat's Meow Books〈キャッツ・ミャウ・ブックス〉」と言います。
 ここは保護猫カフェではありません。「猫のいる本屋」です。
 そして、新刊・古書を問わず「猫本だらけの本屋」です。
  “猫本”と言っても猫の絵本や写真集だけではありません。
 例えば主人公が猫を飼っている小説や、猫が表紙に描かれている人文書など、少し探してみると思っている以上にたくさんの猫関連の本があることに気づくはずです。
 そこで、“店内にある本には必ずどこかに猫がいる”本屋にします。

 ちなみに、ネット通販を行う予定は今のところありません。
 それは、みなさんに直接“猫本”を手に取っていただき、紙の質感やにおい、装丁や中身のデザインなど、(店員猫の視線を感じながら)本そのものの魅力を再発見することで、さらに本と猫を好きになって欲しいからです。
 店内のつくりとして、店員猫は店の奥にある古本ゾーンにいます。また、入口の近くは新刊ゾーンとなります。
 古本ゾーンのキャットウォーク付近や2階の床には、猫が新刊ゾーンをのぞき込める小窓を設けてありますので、軽い猫アレルギーの方でも、新刊ゾーンから天井の近くを見上げると猫と目が合うかも知れません。
 猫カフェではありませんが、猫ラベルのドリップコーヒーや、樽生ビールなどもご用意しますので、猫と本と飲み物を同時にお楽しみいただけます。
 他に猫ジャケットのCDや、猫が出演している DVDも並べる予定です。
 そうそう、もちろん里親を探している保護猫たちの情報を発信するアンテナショップにもなります。
 ちなみに 【cat's meow(キャッツ ミャウ)】はアメリカの俗語で「素晴らしい/最高のもの(人)」という意味があるそうです。猫とお客様にとって最高の本屋にすることが目標です。(中略)

▼資金の使いみち
 目標の「いいにゃんこ円」までご支援いただいた場合に想定している利用内訳は下記の通りです。
○ 猫と本の共存設備(専用本棚・キャットウォークなど)作成費:80万円
○ 店員猫の福利厚生設備(トイレ・ベッドなど)購入費:9万円
○ 保護活動団体への寄付:6万円
○ リターン:12万円
○ 手数料:6万円
 ちなみに、CAMPFIREさんは手数料が他のクラウドファンディングのプラットフォームと比べて格安ですので、節約できた分を猫の保護活動団体に寄付いたします。

▼どんな人がやろうとしているの?
 改めまして、Cat's Meow Books で「猫と本の係」をつとめます安村正也(ヤスムラ マサヤ)と申します。
 1968年8月6日に大阪で生まれ、岡山県津山市で育ちました。
 現在は本屋と関係のない会社員をやっており、猫と本(そしてビール)を愛している以外に特別なノウハウはありませんが、残りの人生を猫の保護支援と本屋に捧げようと考えています。(中略)

▼最後に
「あなたは猫派? それとも犬派?」なんてことをみなさんも訊かれることがあると思いますが、実は私はどちらも大好きです。
(店の玄関先にはワンコの散歩中にもお立ち寄りいただけるよう、ドッグポールを立てる予定です。)
 そんな猫や犬が、いまでも殺処分されていることをご存知の方は多いと思います。
 そして、そんな子たちがみんな幸せに暮らしていけるように活動している方々がいらっしゃることも、最近では(少しずつですが)知られてきているような気がします。
 しかし、それを特別な活動であったり、自分には真似できないことだと思い込んでいませんか?
 今回このプロジェクトを立ち上げることにしたのは、幸せになる猫や犬を増やすために、自分なりの手伝い方が誰にでもあるということを知って欲しかったからです。
 がっつり保護活動をされている方々からすれば、相当に甘っちょろいことを書いていると思われるに違いありませんが、猫や犬の命を少しでも救いたいという想いは同じです。
 ここまでの内容に少しでも共感していただけたならば、今回はご支援いただけなくても、こんなプロジェクトが立ち上がっていることや、こんな本屋がオープンするということを誰かに広めていただき、いつかちょっとだけでも店にお越しいただければ幸いです。猫たちと一緒にお待ちしております。
 最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。

 しかも、文章の合間に、愛らしいしぐさの猫の写真がちりばめられているのである。
 この呼びかけ文は、さっそく目をひいた。驚くなかれ、公開二五日目の六月一八日に、目標の一二二万五〇〇〇円に達した。一人三〇〇〇〜五〇〇〇円のパトロン(支援者)が多かったが、さらに六月二八日まで追加募集を行う中、高額のパトロンも現れた。最終的に、延べ三〇三人から総計二七二万七八四二円もの額が集まったのだ。
「目標金額の二二三%にのぼるご支援を頂戴できたなんて、想定以上でした。感謝の気持ちでいっぱいになりました」(安村さん)

(第2章「キャッツミャウブックスができるまで[具体的準備編]」より)

***

その後、建物のリノベーション、参加者を募集してのDIYによる店舗内装仕上げ、本の仕入れ、猫店員たちのデビュー準備、開業PR等を経て、迎えた開店日の2017年8月8日(世界ネコの日)。初日の首尾はいかに? 開店前後とその後を綴った第章「いざ開店! 理想と現実」、第4章「進化する本屋さん」も、ぜひ書籍でお楽しみください。


『夢の猫本屋ができるまで』もくじ

はじめに──キャッツミャウブックスへようこそ
Cat’s Meow Books 店員猫紹介
第1章 キャッツミャウブックスができるまで[プラン完成編]
本と猫とビール──着想からプランニングの大枠/救えなかった猫たち──保護猫へのこだわり/五〇歳を前にパラレルキャリアを選んだ理由── 年齢的「もやもや」/ほか
第2章 キャッツミャウブックスができるまで[具体的準備編]
賃貸ではなく自宅兼店舗にするメリット/物件も「猫がつないだご縁」から/資金問題とクラウドファンディング/ほか
第3章 いざ開店! 理想と現実
棚がスカスカ!?──開店当日のこと①/「悔しかった」──開店時の自己評価とお客さんの評価/POPではなく棚の「物語」でアピールする/ほか
第4章 進化する本屋さん
メディアに載るということ/パラレルキャリアのメリットとデメリット/売上と損益、公開します/これからの本屋さん/ほか
店主おすすめ猫本コラム①②③
店主あとがき/著者あとがき

猫のいる、猫本だらけの、猫を助ける本屋を作りたい。
普通の会社員が夢を実現した、リアルな猫本書店開業奮闘記。

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井上理津子(いのうえ・りつこ)
1955年奈良市生まれ。タウン誌記者を経てフリーに。主に人物ルポや葬送文化、本屋をテーマに執筆。著書に『大阪 下町酒場列伝』『さいごの色街 飛田』『葬送の仕事師たち』『すごい古書店 変な図書館』『親を送る その日は必ずやってくる』『遊郭の産院から』『絶滅危惧個人商店』などがある。
公式HP:https://inoueritsuko.com/
Twitter:@yasaio

安村正也(やすむら・まさや)
1968年大阪府生まれ岡山県育ち。Cat’s Meow Books店主。本を紹介する「ビブリオバトル」の世界ではレジェンド的存在。
Cat's Meow Books 公式Twitter:@CatsMeowBooks

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