第8回 人間ドック 賽助「続々 ところにより、ぼっち。」
大人気連載、3期目に突入!
ゲーム実況グループ・三人称の「鉄塔」こと作家の賽助が、ぼっちな日々を綴ります。
※全24回予定。第2回以降、最新話のみ1週間無料配信。
[毎月第4火曜日更新]
illustration 山本さほ
人生初の人間ドックへ行ってきました。
そもそも『人間ドック』なのか『人間ドッグ』なのか、パッと聞かれても瞬時には答えられず、「船を修理するドックと同じだから、正解は濁らないほうだ」なんてちょっと考えなければならないくらい縁遠い行為でした。
三十超えたら行った方がいい、四十過ぎたら行くべきだと思ってはいたのですが、かなり長時間を要するらしいですし、バリウムは不味いと聞きますし、胃カメラは苦しいことが容易に想像できたので、まあまだ大丈夫か、とずっと敬遠していたのです。
しかし、齢四十も半ばを迎え、顎には白いものも目立ち始めた昨今。見えている部分が老け始めているのだから、身体の見えない部分にも目を向けなければと一念発起し、この度人間ドックを予約することにしました。
調べてみると治療内容も多岐にわたり、どこを重点的に調べたいかは自主性に委ねられているようでした。また、検査も施設に泊まるくらいの時間がかかると思っていたのですが、どうやら自分が選択した検査内容だと3~4時間ほどで終了するようです。
今までスルーしていた分、どうせならちゃんと見てもらおうと『エグゼクティブ』と銘打たれたコースを選択しました。
予約をしてから数週間後、自宅に段ボールの箱が届きます。
それは人間ドックを行うクリニックからのもので、中には数枚の用紙と検尿用の器具、それと2点の下剤が同封されていました。
内視鏡カメラでの検査を行う際にお腹の中を空っぽにしておかなければならないため、前日の夜にまず小さな容器に入った下剤を飲んでから就寝し、当日の朝には粉の下剤を1800ミリリットルの水に溶かして摂取し、すべてを排出した状態で検査へ臨むということです。
前日の下剤はかなり少量でしたので、特に問題はなさそうだったのですが、危惧すべきは当日に飲む粉の下剤です。
これがちょっと特殊な容器に入っていて、上部にキャップの付いた平べったいビニール製の容器に粉が封入されているというものでした。そこに水1800ミリリットルを入れてよく溶かし、それをコップに注いでちびちびと飲むようです。
僕は元々あまり多量に飲み物を摂取する方ではありません。結石持ちなので水をたくさん飲んだ方がいいのですが、1日2リットル飲んだ方がいいと言われる数値を負けに負けて1リットルにしてもまったく飲み切れないのです。
ましてやこの味が不味かった場合、飲み干すことは至難の業……とかなり恐れていたのですが、いざ一口飲んでみると口の中に広がる懐かしさ。
(ポカリだ!)
それは昔飲んだ懐かしの清涼飲料水の味に酷似していました。
あるいは下剤を恐れるがあまりの幻覚ならぬ幻味だったのかもしれませんが、とにかくすんなりと飲むことができたのです。
3杯、4杯と飲み進めるうちに、下剤の効果がしっかりと表れて、僕は何度もトイレへ駆け込みました。
そうして全てを飲み終えたのち、いよいよクリニックへと向かいます。
出先で催したりはしないだろうかと不安ではあったのですが、時間の経過とともに下剤の効果も収まってきて、よく考えられているなあと感心してしまいます。
検査内容に入っているMRIやCTは予約したクリニック内では受けられないようで、その付近にある別の病院に寄ることになっています。
どちらの装置も初体験ではないのですが、室内に巨大な機械が鎮座している様子は見慣れるものではなく、「SFの世界だなぁ……」と若干気圧されました。
装置の上に寝そべると、僕を載せた台がスライドし、ドーナツ状に空いた装置内へと進入していきます。しばらくすると、ドーナツの内側にある何かが高速回転を始める様が、ちょっとした小窓から確認できました。
「グォングォン」と高速回転している様を見ていると、言い知れぬ不安に襲われます。
これはどうして受診者に見えるような仕組みになっているのでしょう。保全のためであれば外側から見える仕組みでいいはずで、寝転んでいる人が見上げるところに小窓が付いている必要はない気がします。
この小窓から撮影をしているということであれば、仕組みとして外せない部分なので仕方がないのですが、15分ほどの間、回転し続けている巨大な物体を見続けるのはそれなりに不安を感じます。
目をつぶっていると、今度は「ビー」だの「ブー」だの、およそ機械から出てはいけないような音が鳴り、これはあらかじめ決められているのか、音に意味があるのか、技師の人がボタンを押すと変な音が鳴るのかなど、色々なことを気にしながら時が過ぎるのを待ちました。
MRIやCTの結果は後日とのことで、それ以外の検査をしに当初予約していたクリニックへ。
訪れたクリニックは大きな商業ビルのワンフロアを使用しており、病院というよりはホテルと呼んだ方がしっくりきます。受付をすませると、個室に案内されました。部屋の中央に濃い茶色をした革張りの椅子が2脚、全面ガラス張りの窓際には人が寝転んで休めるように畳のようなスペースが設けられ、枕と毛布が置かれていて、こちらもちょっとしたホテルの一室のようです。
そこで診察用の衣服と紙パンツに着替えるように指示されます。
薄茶色とベージュの色使いをした上下の衣服はホテルやスパのような雰囲気ですが、前が開くようになっていて、検査に特化されていることがうかがえます。
紙パンツも同様に片側が大きく開くような仕様になっていたのですが、穿いた経験がないのでどちらを前にするのが正解なのか分かりません。
なんとなく後ろが開いていた方がいいのかと判断した僕は、お尻の部分が開かれるような形で紙パンツを穿いてみます。
やがて部屋のドアがノックされました。
着替えがすんだことを伝えると、一人の女性スタッフについてくるように促され、そこから検査が始まりました。
どこかの室内とかではなく、廊下の隅に置かれている身長計や体重計に乗り、それぞれデータを取った後、その横の扉から奥へ進むように指示され、そこでは視力と聴力をチェック。さらに横の扉へ進んで、今度はレントゲンを撮ることになりました。
衣服を開いて装置に胸を付けていると、「レントゲンお願いします」と女性スタッフが胸元のマイクに語りかけ、すぐに背後から「よろしくお願いします。それじゃ撮りますね」と男性の声がしました。
僅かな時間ののち「確認しますね、お疲れさまでした」と再び男性の声。
おそらくレントゲンの撮影は資格が必要なのでしょうが、声の主の顔は一度も拝むことができませんでした。
スムーズと言えば聞こえはよいのかもしれませんが、あまりにも流れるように検査が続いていくので、まるでベルトコンベアーで検品されているかのような気持ちになります。
その後、別の部屋に通されると、先ほどとは違う女性の医師が待ち受けていました。
寝台に寝そべるように指示され、そこでは血圧を測定後、胃カメラによるポリープの検査が行われると説明を受けます。
「胃カメラは初めてですか?」との質問に初めてであると返事をすると、麻酔と睡眠を促す薬を使用するかどうか尋ねられます。
この人間ドックで一番の心配がこの『胃カメラ』でした。
僕は口内や喉内が弱いのか、すぐに「オエッ」となってしまいます。例えば歯医者で治療されているときも、結構な確率でえずいてしまうので、その度に不快感を得るとともに自己嫌悪に陥っていました。
なので、できれば麻酔してほしいですし、可能ならば全て寝ているときに処置してほしい。
このクリニックの検査内容に、胃カメラ検査時の麻酔等に関しては当日ご相談下さいとの記載があったので、かなり期待はしていたのですが、それでも内心ドキドキしていました。
「できればお願いします」
僕は弱々しく訴えます。そんな僕の心情を知ってか知らずか、医師は軽くうべなうと、スプーンの入った容器を用意しました。その中にはゼリー状の何かが入っており、どうやらこれが麻酔になるようです。
仰向けに寝ている僕の口に、麻酔のゼリーが載せられたスプーンが運ばれてきます。
口の中に、嫌な苦みが広がります。
「口の中でぐるぐるさせて下さい。上顎の部分にも馴染ませて、それから飲み込んで下さい」
医師に言われるがまま、ゼリー状の麻酔薬を口の中で回して、それから飲み込みます。
すぐに効果が表れたようで、口内の感覚がマヒし始めているのが分かります。
そこで、今度は男性の医師が登場し、僕の口に何やら器具を取り付けました。眠ってしまっていても口を開けていられるようにするためのものなのかもしれませんが、この時点で点滴に入れられた睡眠促進剤も効果を発揮し始めたようで、急激な眠気に襲われます。
そして、その後検査が終わるまで何も記憶がありません。
誰かに声をかけられ目を開けると、すでに検査は終了しており、僕はふらふらのままスタッフの人の後についていき、最初に着替えた部屋へと戻りました。
促されるようにソファに座ると、そこでしばらく休むように言われます。
再び眠りに落ちましたが、それがどれくらいの時間であったのか定かではありません。
部屋の扉をノックする音で目が覚めると、まだ休んでいるかと質問されます。まだ眠気はありましたが、あまり長い時間休んでいても仕方がないので、もう大丈夫ですと伝え着替えを始めます。
ソファから立ち上がると、そこには一枚の薄い青色の紙が敷かれていて、そこの一部が濡れていました。
慌てて自分のお尻を触ると、何やらヌルヌルしています。
寝ている最中に何かを出してしまったのか?
それとも何かが能動的に出てきたのか?
寝ぼけているのと、頭の中がSF脳になっているからか、エイリアン的な想像が膨らんでしまいます。
これは僕のお尻から漏れ出たものでしょうか。
紙が敷かれていたのは、こうなることが分かっていたからでしょうか。
紙パンツの前後ろは、合っていたのでしょうか。
様々な不安が脳裏を過りますが答えは出そうもないので、敷かれた紙を丸めてゴミ箱に放り、それから着替えを始めます。
着替え終わると、男性医師がいる部屋へと案内され、そこで検査結果を伝えられます。
初めてこの男性医師の顔を見た気がしますが、先ほどのレントゲンの時にいた人や、麻酔時にいた人と同一人物なのかどうかも分かりません。
結果を箇条書きすると、
・僕の食道は綺麗だった
・胃も綺麗だったが、食道裂孔ヘルニアがある
・お尻も綺麗だったが、憩室、内痔核がある
食道裂孔ヘルニアは、字面で見るとかなり恐ろしく感じますが、僕の場合は軽度のようで、今のところ問題はないそうです。
いったいどういう症状に見舞われるのかと質問をしてみると、ゲップが出やすいとのことで、それを伝えられた僕は「まさに!」と膝を打ちました。
普段からあまり炭酸飲料を飲まないのですが、たまに飲むとやけにゲップが出るなあと思っていたのです。まさかこれがヘルニアのせいであったとは……この検診を受けて謎が一つ解けました。
あと、自覚はなかったのですが、痔核があったのも驚きでした。
ただ、こちらも現段階では問題にするほどのものではないそうです。
MRIやCTの結果は後日郵送されてくるようで、安心はできませんが、現段階ではさほど大きな病気などはないようで、ホッと胸を撫で下ろします。
クリニックを後にしても、まだ麻酔が残っているのか、ずっとフワフワとして現実感がありません。麻酔前と麻酔後で何かが入れ替わっていたとしても分からないなあ、なんてSFじみたことを思いながら帰路につきます。
人間ドックの結果、どうやら僕は入口と出口にちょっとだけ問題があるようだということが分かりました。
この段階で受けていてよかったですし、定期的に検査をしてもらうべきだなと思うのでした。
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【続々 ところにより、ぼっち。】
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賽助(さいすけ)
作家。埼玉県さいたま市育ち。大学にて演劇を専攻。ゲーム実況グループ「三人称」のひとり、「鉄塔」名義でも活動中。毎週木曜深夜1:30からラジオ「三人称・鉄塔 ひとりのよる」(文化放送)が放送中。著書に『はるなつふゆと七福神』(第1回本のサナギ賞優秀賞)『君と夏が、鉄塔の上』『今日もぼっちです。』『今日もぼっちです。2』『手持ちのカードで、(なんとか)生きてます。』がある。
X:@Tettou_
「三人称」YouTubeチャンネル
https://www.youtube.com/channel/UCtmXnwe5EYXUc52pq-S2RAg
山本さほ(やまもと・さほ)
漫画家。1985年岩手県生まれ。2014年、幼馴染みとの思い出を綴った漫画『岡崎に捧ぐ』(note掲載)が評判となり、会社を退職し漫画家に。同作は『ビッグコミックスペリオール』で連載後、2018年に全5巻で完結。現在『無慈悲な8bit』(週刊ファミ通)『きょうも厄日です』(文春オンライン)連載中。その他の著書に『山本さんちのねこの話』『てつおとよしえ』等。
X:@sahoobb
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