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村山由佳 猫がいなけりゃ息もできない 第7話「世の中には、猫がいると息もできない人間だっている」

二度の離婚を経験し、現在は軽井沢で猫5匹と暮らす作家の村山由佳さん。「思えば人生の節目にはいつも猫がいた」というムラヤマさんがつづる、小さな命と「ともに生きる」ということ――。
書籍の表紙を飾ったこともある、人気の姐さん猫〈もみじ〉の写真も満載。
※本連載は2018年10月に『猫がいなけりゃ息もできない』として書籍化されました。

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 けれども旦那さん1号は、私が外でどこかの猫を触ることも嫌がるのだった。
 どこかの店の駐車場だったと思う。人なつこい子猫が足もとにすり寄ってきたので、嬉しさ全開で背中を撫でていたら、
「咬まれたらどうするんだよ!」
 目をつり上げて彼は言った。
「どこで何してきたかわからない猫なんか、体じゅうバイ菌だらけだぞ」
 大丈夫だよう、と私は笑ってみせた。
 よっぽど猫の嫌がるようなことをしない限り、いきなり咬まれたり引っかかれたりというのは考えにくい。そもそも私など、小さい頃からうちで飼っていた子や外猫を含めて、〈どこで何してきたかわからない猫〉を触り続けてきたわけだけれど、それで病気になったためしは一度もないのだ。
 大丈夫、大丈夫、と言いながら、甘えんぼの子猫にもう一度手を伸ばそうとすると、しかし彼は烈火のごとく怒りだした。
「ひとの嫌がることをわざわざするっていう、その根性が許せない。さっさと車に乗れ。帰るぞ」
 そうしてほんとうに外出を途中でとりやめ、そのまま家へ引き返してしまったのだった。

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 今思い返してみても、ひでえなあ、とは思う。
 その当時だって思った。
 でも、もしかして、猫が大嫌いな人が今この文章を読んでいたら(あまりないことだろうとは思うけれど可能性はゼロではない)、その人は、野良猫を可愛がる私ではなく、それを咎めた旦那さん1号のほうにそうだそうだと味方するかもしれない。どちらが正義かなんて、一概には言えない。
 当時の私はといえば、旦那さん1号のことがおおむね好きであったので、なんとか結婚生活を続けるためにも一生懸命、自分に言い聞かせた。
 一方的に彼を恨むのはフェアじゃない。たまたま私がこの通り、猫がいなけりゃ息もできない人間であるのと同じように、世の中には、猫がいたのでは息もできない人間だって、いる。信じられないことだが、いるのだ。その点に関しては、一応、公正でなくてはならない、と。

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※本連載は2018年10月に『猫がいなけりゃ息もできない』として書籍化されました。

村山由佳(むらやま・ゆか)
1964年東京都生まれ、軽井沢在住。立教大学卒業。1993年『天使の卵―エンジェルス・エッグ―』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2003年『星々の舟』で直木賞を受賞。2009年『ダブル・ファンタジー』で中央公論文芸賞、島清恋愛文学賞、柴田錬三郎賞を受賞。エッセイに『晴れ ときどき猫背』など、近著に『嘘 Love Lies』『風は西から』『ミルク・アンド・ハニー』『燃える波』などがある。

※この記事は、2017年9月12日にホーム社の読み物サイトHBで公開したものです。

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