#3 しんぱち食堂と無位の真人 宇野常寛「ラーメンと瞑想」
※このエッセイは、小説的な内容を含みます。登場する人物と団体は、基本的に架空のもので実在のものとは関係ありません。ただし、取り上げているお店はどこもとても、とてもおいしいのでオススメです。
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1.焼き魚とオートバイ
「しんぱち食堂」のことを最初に知ったのは、僕の友人のIとの会話の最中だった。僕もIも立ち食いそばが好きで、時折その情報を交換していた。Iは有名なデジタルインスタレーションを手がける企業のリーダーで、制作が佳境に入ると夜中や明け方まで仕事をしていることが多かった。こうしたときに二十四時間営業、もしくは早朝から開いている立ち食いそば屋で仕事終わりにすする一杯を、彼は愛していた。当時は彼と同じくらい不規則な生活をしていた僕も、彼のその話に共感していた。そしてその日はたまたま、そば屋の話題から転じて最近歌舞伎町でハマっている店があるとIは話し始めた。
そこは魚の干物定食の専門店で、炭火で焼いた本格的な干物焼き魚をファストフード感覚で食べられる店なのだと、Iは興奮気味にまくし立てた。新宿は彼の生活圏やオフィスからはかなり離れていたのだけれど、そういえば以前彼に歌舞伎町のキャバクラに連れ込まれたことがあるな……と思い出して、彼がこの界隈に詳しい理由については尋ねなかった。そこで彼が僕に強く勧めたのが、「しんぱち食堂」だった。
当時の僕は起きている間はずっと仕事をしているか、本を読むか映像を観るかしていて、疲れたら六時間寝て起きる……という生活を繰り返していた。気晴らしに深夜の散歩にでることが多くて、その散歩にはあのTがよく付き合っていた。しんぱち食堂の西武新宿店はその散歩の過程で目にしていて、夜中に干物定食が食べられる店というのは珍しいな……と思ったけれど、実際に入ったことはなかった。I曰く、日本の食のよさとは、素材を活かしたものにある。調理者を選ばず、おいしいものを提供するための知恵として、保存食である味噌と出汁の組み合わせで簡単にできる味噌汁から、その延長にあるインスタントラーメンまで本質は共通している。専用の調理機で短時間で本格的な干物焼き魚を、特殊な訓練を受けたわけでもない職人が焼き上げることのできる「しんぱち食堂」はその文化の現時点での最高峰なので、絶対に行ったほうがいい――そう、Iは僕に熱弁した。しかし、僕はその後もその店に足を運ばなかった。当時の僕はそこが酔客や水商売に従事する人達の集まる深夜、早朝営業の店なのではないかと考えて、僕が入ってもあまり居心地が良くないのではないかと敬遠していたのだ。
加えてその前後に僕は飲酒をやめて、「業界」の飲み会の類にもほとんど顔を出さなくなった。僕は朝型の生活に切り替えて、ほとんど夜の街に、特に歌舞伎町には近所にもかかわらずほとんど顔を出さなくなった。もともと文化系の無頼な生き方への憧れというか、コンプレックスからゴールデン街を飲み歩いたりする一世代上のカッコつけかたに、とてもみっともないものを感じていたので、気持ち的にもスッキリした。
……といった事情があり、結論から述べると僕はしんぱち食堂とのファースト・コンタクトに失敗した。そしてそのちょっとした躓きから、その後何年も足を運ばなかった。これは、僕の人生における大きな過ちのひとつだ。しかし僕が足を向けない間に、しんぱち食堂はその支持を広げ、東京中に、そして全国――大阪や名古屋――に拡大していった。そして、僕はその数年後、しんぱち食堂と「再会」することになった。
きっかけは例によってあの男――そう、僕の週に一度の「朝活」――ランニングと瞑想、そしてその後の食事――の相棒である恐れと悲しみの中を生きる男、Tである。
ある日の朝、Tは朝活――ランと瞑想と食事のあと――ふと僕に語り始めた。Tは普段、ほとんど家庭の話をしないので珍しいことだった。
Tの妻はよく料理をするのだが、用事で家を空けることも多く、そんな時はTが二人の娘たちに料理を作っている。だが、台所という妻の領土には彼女の定めたルールがいくつかあって、それを破ると逆鱗に触れることがあるのだという。その一つが「魚のグリルは使ってはならない」というものだった。
Tの妻によれば、魚のグリルは洗うのが面倒で、以前使用後に洗い忘れたことがあって以来、使用しないことになっていた。しかし昨日Tは、決して洗い忘れなければ大丈夫だと思って、魚のグリルを使用してしまったのだ。もちろんグリルは丁寧に掃除したつもりだったが、匂いやぬめりが残っていて完全ではなかったらしく、Tの妻は激怒した。
さらに運悪く、その日Tの家ではゴキブリが出た。あいにくTは不在だった。これまでも網戸を閉めた状態で自室の窓を開放しているTに、ゴキブリの侵入に怯える妻はやめて欲しいと度々訴えていたのだが、Tは耳を傾けなかった。網戸を閉めてさえいればゴキブリは侵入しないと言い張って、窓を開け続けていたらしい。
「すべて僕が悪かったんです」
そう言ってTは話をまとめた。
グリルはともかく、たしか以前聞いた話によるとTの自宅は一階と二階のはずで、ゴキブリの件は気をつけてもどうしようもないのではないか……とか、具体的な感想もなくはなかったのだけど、それよりも僕はTの普段は口にしない領域に抱えているものについて考えざるを得なかった。
「二輪の免許を取ろうと思っています。髪を染めてバイクに乗ります」
「え、髪を染めるんですか?」
「髪を染めて、家族に秘密の駐車場を借りナイトロッドスペシャルを買うつもりです」
ナイトロッドスペシャルとは、Tが最近よく観ている「HiGH&LOW」というシリーズに登場する雨宮兄弟が乗るバイクである。
「スーパーカブではなく?」
僕は以前、カブを買って近場のカジュアルなツーリングを楽しもうとTに提案されたことを思い出した。なぜカブだったのか。それは当時僕とTは僕が当時観ていたあるテレビアニメ――それは高校生が通学用に手に入れたスーパーカブをきっかけに、生活の楽しみや交友関係を広げていく、という物語だった――がきっかけだった。僕は機械の運転の類にまったく興味がなく、そこに付随する身体拡張への欲望もほとんど感じたことないまま中年になっていった。でも、このアニメを観て単純にこの小さなオートバイがあれば半径数キロメートルの「中距離」の世界をもっと深く味わい尽くせるのではないかと考えたのだ。
「スーパーカブに乗る喜びを噛み締めて、ただ生きていることに感謝する。オリンピックとは対極の精神を感じます」
当時Tもこのアニメを観て、カブを買いたいとしきりに話していたのだが、このときのTが必要としていたのはもっと別のことのようだった。
「魚のグリルと網戸にはどちらも網という共通点がありますね。今の僕に必要なものはカブではなく、網を打ち破る何かです」
「いや、網とかではなくてカブこそが、男性性の拡張というオートバイや自動車に課せられた物語から解放された、無性的なバイクなのではなかったのですか? だからこそ二十世紀の、戦後日本の象徴でありながら現代性に継承されるべき遺産である……。だからこそ僕たちはカブを選ぶべきである……。そうじゃなかったんですか?」
僕は少し前に二人でカブを買おうと盛り上がったときに話したことを思い出して、Tに言った。
「どんな愚か者からの批判であれ我らを傷つけるのです。人はロバを飼えば、徒歩でも車でも電車でもない新しい領域を手に入れることができます。カブの可能性とはそういうものです。しかし今の僕が何よりも必要としているのは、ロバではなく、千里を駆ける馬なんですよ。僕に降り掛かったあらゆる呪いを超えて、天まで駆け抜けることのできる力なんですよ」
事情はよく分からないのだけれど、これは相当参っているな……そう思った僕はふと、あることを思いついていた。
「Tさん。じゃあ来週は焼き魚、食べに行きませんか?」
このとき、僕が思い出したのが「しんぱち食堂」の存在だった。
2.無位の真人
それは完璧な計画だった。
しんぱち食堂はほとんどの店が二十四時間営業、もしくはそれに近いかたちで開いている。特に僕の家から一番近い西武新宿店は早朝営業が売りだ、だからどうせだったら朝食の時間帯に行こう、と僕はTに提案したのだ。早朝の五時半ごろに集合し、夜明けとほぼ同時にランを開始する。そして、国立競技場で瞑想をした後、僕たちは新宿まで三キロメートル弱を走り、約束の地「しんぱち食堂 西武新宿店」に向かうのだ。
そしてその日、僕とTは早朝の五時半に集合しほとんど夜明け前に走りはじめた。朝の空気は冷たくて、そして澄んでいた。走るごとにぐんぐんと世界の明るさが増していく時間は、これから素晴らしい一日が始まることを予感させた。僕の自宅のある高田馬場から約五キロメートル走ると、千駄ヶ谷の新国立競技場に着く。僕とTがその外壁に登って、外苑を見下ろしながら瞑想をしていることは既に述べたが、その日は早朝だったのでまだ外壁には登れなかった。
そこで僕とTは、競技場の入り口近くのベンチを探した。いつもより数時間早いだけだったけれど、いつもとは違いその場所には僕たち以外誰もいなかった。そもそも平日の午前中に、この国立競技場の付近は人の少ないエリアなのだけれど、本当にこの早朝は人間が歩いていることも、自動車が走っていることもほとんどなく、ただただ、静かだった。
瞑想の前に、Tは言った。
「死ぬことの唯一の利点は、以後二度と人にと会わずに済むことです」
そこは、僕の知る限り都心でもっとも静謐な時間の流れる場所だった。そして僕たちは、朝陽の直接差し込まない建物の影の中にあるベンチを選び、瞑想を始めた。
獣の世界に物語はなく
神の世界に幻想はなく
獣と神の世界には、過去も未来も演劇性もなく
その日、瞑想中に浮かんだのはしばらく前――おそらく数年ほど前――に交わしたTとの対話の記憶だった。
記憶の中で僕はTに尋ねた。
「Tさんの自己規定は〈武芸者〉なのですか?」
「いいえ。〈人間一般〉、敢えて言えば〈無位の真人〉ですね」
「〈無位の真人〉とは?」
「持たざる者のことですよ」
Tは目を伏せて、静かに述べた。
〈無位の真人〉は日本では「むいのしんにん」と読む。臨済禅師の言葉で、世俗的な地位や名声にこだわりがなく、一切を捨て去った人間のことを言う。
実際にTは生活のための仕事を終えたあとは、地の恵みを受け取ること――つまり「食べる」ことと天の理に触れること――読書と鍛錬、そして瞑想に充てていた。
「自己への執着を捨てるために、ファッションを一切気にしなくなるのはどうですか?」
僕は半ば冗談として、指摘した。知り合った十五年ほど前から、Tは常に全身をヨウジヤマモトに身を包んでいたからだ。ちなみにその数年後に、もうひとり常に全身をヨウジヤマモトの洋服に包み込んだ男が僕の前に現れて、僕の人生に大きな影響を与えるのだが、それはまた、別の話だ。とにかく僕はこのときTの全身をヨウジヤマモトで固めた服装と、〈無位の真人〉としての自己規定の整合性はどう、取れているのかと気になったのだ。
「歳を取るとある程度外見に気を遣わないと際限なく醜悪な存在になっていきます。これはヨウジを着ているのとは全く別の配慮です」
「だとすると、いわゆる飾らない、可能な限りノームコアが正解なのでは?」
Tは少し考えて、言った。
「ヨウジヤマモトと言えば、ヴェンダースの映画にあったアウグスト・ザンダーの話は知っていますか?」
アウグスト・ザンダーは二十世紀に活躍したドイツの写真家で、人物写真を通して社会を活写する取り組みで知られている。特に有名なのは一九二〇年代、ワイマール体制下のドイツを舞台に、農民から上場労働者まで、芸術家から退役軍人、ホームレスまで、あらゆる階級と職業の人々の姿を撮影することで、「社会」の全体像を描き出そうとしたプロジェクトだった。その写真は日常の場面を切り取ったスナップではなく、人々を「普段着」のままカメラの前に自覚的に立たせるポートレートだった。しかし、というか「だからこそ」ザンダーはその集積に「社会」の全体性を見ようとした。
「つまりそこには余計な自意識のない、実用性の生み出す機能的な美があった、ということですか?」
「服というものに余計なものが張り付いていなかったということでしょうね」
「仕事……ではないですが、僕が今着ているランニングウェアとシューズは必要性と必然性からデザインされたものです。そして僕たちはそのデザインを美しいもの、カッコいいもの、気持ちのいいものとして着用しています。Tさんも、着てみたらよいと思います」
「宇野さんこそヨウジ着たら、アニメとかアイドルとかどうでもよくなりますよ」
「Tさんはそもそも、キャラクターが固定されすぎているように思います。自己破壊のため、自意識という牢獄から逃れるために、僕のような服装に切り替えて、クックロビン音頭などを踊ってみてはいかがですか?」
記憶の中のTが心底嫌そうな顔をしたところで、瞑想の終わりを告げるハープの音が鳴った。
「……行きましょうか?」
そして、瞑想中に浮かび上がってきたこの会話が交わされてから約五年、僕の目の前にいるTはもはやヨウジヤマモトに身を包んでは「いなかった」。
「行きましょう」
僕たちは再び立ち上がった。時刻はまだ六時台で、陽の光はまだ横から僕たちを照らし出していた。鈍い朝陽のなかを、僕たちは走り始めた。目指す先はしんぱち食堂西武新宿店……そこで僕たちはグリルの匂いを気にすることなく焼き魚定食を楽しむために、オートバイではなく自分たちの足で走りはじめた。
3.夜明けのさば文化干し定食
僕とTは北参道から明治通りに入り、新宿に向かって北上した。靖国通りを左折して歌舞伎町に近づくと、仕事明けの水商売に従事する人たちが、疲れた足取りでまばらに歩いていた。商店はコンビニエンスストア以外はまだ開いておらず、通勤人はまだまばらで、そこはすっかり明るくなっているにもかかわらず明らかに「昼」の時間とは異なっていた。昼でも夜でもない狭間の時間を、世間のリズムに従っているとつい忘れてしまう時間を、僕たちは全身で体験しながら通り抜けていった。それは短いけれどとても自由で、そして心地よい時間だった。
たどりついたしんぱち食堂は、早朝にもかかわらず、いや早朝だからこそ満席に近かった。その客の大半は僕たちと同世代か、少し年上の中高年男性たちだった。仕事明けのホストやバーテンダー風の人もいなくはなかったが、そのほとんどはジャンバーやスウェットに身を包んだ、平日の朝から何をやっているか分からない(まるで「僕たち」のような)人たちだった。僕はたまたま空いていた二人並びの席にTと腰を下ろしながら、奇妙な安心感を覚えていた。「ここ」に僕の居場所はあったのか、と正直思った。
しんぱち食堂の魅力は、なんといっても20種類以上に及ぶ干物焼き魚のメニューだ。味の秘密は厨房に備え付けられた独自開発の炭火焼グリルだ。これは上下二段の構造になっていて、下段の強火で表面を焼き、同時に上段の遠火で身の芯まで火を通す。これが低価格で本格的な焼き魚を、それもファストフード的に提供することを可能にしているという。これは朝から牛丼屋はちょっと厳しくなってきた、僕たち中高年男性には本当に嬉しいことだった。
タッチパネル上のメニューから、僕は少し迷ってさば文化干し定食(840円)を注文した。本さわら西京漬け定食と迷ったのだけれど、さば一匹まるまる分の干物がどん、と乗ったメニューの写真に惹かれた。定食にはごはんと味噌汁と、漬物と大根おろしがついてくるのだけれど、僕はここまで十キロメートル走っていて自分にはその権利があるのだから、と言い訳しながら思う存分サイドメニューを注文することにした。納豆は苦手なので生卵(50円)をつけ、冷奴(50円)も迷うことなく追加した。野菜を摂るために大根きんぴらとインゲンの胡麻和え(50円)を注文した。わさび醤油味と醤油マヨネーズ味の「わかめ」という謎のメニュー(80円)を発見して少し戸惑ったけれど、少し考えて醤油マヨネーズ味を選択した。そしてトドメに「高級ネギトロ」(90円)を追加した。その結果、定食のプレートが運ばれてきたときは、狭いカウンターのテーブルから小鉢が溢れそうになっていたけれど、その窮屈さに僕は無限の幸福を感じた。息を吸い込むと、さば文化干しの香ばしい香りが鼻腔に充満して、ああ、生きててよかった……と思った。
僕はまず生卵を溶いて、白米にぶっかけた。その上にネギトロを乗せて醤油をかけ、即興のネギトロ丼を作り上げた。黄身の黄色とピンクのネギトロが食欲をそそり、自分のセンスを褒めてあげたい気分になった。しかし僕が最初に齧りついたのはもちろん主役の干物だった。箸を入れた瞬間に脂が染み出すくらいジューシーで、程よい塩気がレモン汁で溶いた大根おろしと実によく合った。これは当たりだとホクホクしながら、僕は干物とネギトロ丼を交互に口に運び、箸休めにきんぴらとインゲンの胡麻和えに箸を伸ばし、シンプルな味噌汁を啜った。いわゆる「三角食い」を実践しながら、そしてやっぱり僕は「定食」が好きだなだとしみじみ思った。朝からこの品数を、気軽な外食で摂ることのできる世界はやっぱり素晴らしい、そう実感できる時間だった。
完食するとご飯が大盛りだったせいもあって、すっかりお腹がいっぱいになっていた。
「素晴らしかったです」
やはり朝食はこれでしょう、とサーモンハラス干し定食(860円)を頼んでいたTも喜んでいた。
「しかし同じような雰囲気の中高年男性ばかりがカウンターに並んでいて、少し落ち着かない感じがしました」
「えっ」
予想外の反応に僕は驚いた。
むしろここに自分たちの居場所があった……くらいのことを感じていた僕は、隣で食べていたTがまったく逆の感想を抱いていたことを、まったく想像していなかったのだ。
「ちょっと待ってください。いまだかつてなく、僕らは溶け込んでいましたよ」
「宇野さんはそうだったかもしれませんが、僕は違います」
「Tさんも十分溶け込んでいましたよ。認めましょう」
Tはものすごく不服そうに、沈黙した。
「少し前から薄々感じていたのですが……Tさんって最近服装がちょっと僕みたいになっていますよね。〈宇野化〉しているというか」
僕は話の流れで、最近ずっと指摘したかったことをついに口にしてしまった。
そう、かつては全身をヨウジヤマモトで固めていたTだが、最近こうして僕に会うときにはウインドブレーカーにジャージで現れることが多くなった。前後に打ち合わせがあるときは、相変わらずヨウジヤマモト風の洋服に身を包んでいたので、僕と会うときなどオフの時間はこの格好をしているようだった。おそらく、この格好のTを彼の仕事関係の人間が道ですれ違っても、以前から彼を知っている人間であればあるほど、彼だと認識することは難しいと思われた。
そしてかつては革靴しか履かなかったのだが、僕の勧めたナイキのランニングシューズがかなり気に入ったらしく、今では逆にほぼそれしか履かなくなっていた。曰く「たとえ走らなくても、この靴ならどれだけ歩いても足が痛くなりません。なんでもっと早く気づかなかったのか」とのことで、完全に足首より下についての方針を転換したようだった。
そして――これが重要なのだが、その結果僕とTは遠目にはほぼ、同じ格好をしているように見えるようになっていた。いや、ジャージやリュックの色や形が少し違うとか、そういう違いはあるのだけれど、大まかには「同じ格好」をしているとたいていの人間は判断するだろう。
しかし、Tは僕のその指摘が不服のようだった。
「そんなことはないです」
Tは語気を強めて否定した。
「いや、ありますよ。同じような格好をした中年男性が二人でつるんでいると思われていますよ。Tさん、格好が〈宇野化〉していますよ」
「していません」
「してますって」
「断じて〈宇野化〉などしていません。ただ僕は時代の後押しもあってこだわりがなくなっただけですよ」
Tがあまりに不服そうなので、僕はその日それ以上この問題を追及しなかった。
そして僕はそれからしばらく、意図的にTの前ではしんぱち食堂の話題を避け、特に服装の話題はもっと避けるようになった。
Tの格好が宇野化しているというのは……まあ、ともかくとして僕が心配したのはこれでTがしんぱち食堂が苦手になってしまったら悲しいな、ということだった。店には独りで行けばいいだけなのだけれど、僕はその日試した、早朝にランと瞑想を行い、歌舞伎町の店で朝から干物定食を食べる、というプランをかなり気に入っていて、また同じことをしたいと思っていたからだ。
しかしそれから程なく、Tからある写真が送られてきた。
Tが食べたものの写真をよく、僕に送ってくることは前回述べた通りだが、この日送られてきた写真には「三羽のイワシの美しさよ」とコメントがつけられていた。
それはしんぱち食堂の看板メニューの一つ「3羽いわし定食(570円)」の写真だった。Tはどうやら職場から自宅への行程の近くにしんぱち食堂を発見したらしく、それから度々Tからしんぱち食堂の干物定食の写真が送られてくるようになった。あるときは殿様いわし定食(640円)の、またあるときはさんま開き定食(740円)の写真が送られてきた。気がつけば、Tは僕よりも遥かに頻繁にしんぱち食堂に足を運ぶ男になっていた。いったい、あの日の朝のやりとりはなんだったのだろう、と思わなくもなかったが、ふと僕は気がついた。Tがしんぱち食堂を結局気に入った理由はよく分からない(単にうまい、ということとか、そんなところだろうとは思う)のだが、僕は大きく間違えていたのだ。
たしかにあの日、僕とTがしんぱち食堂のカウンターに完全に溶け込んでいたということについては間違いなかった。しかしもう一方の点では僕は完全に間違えていたのだ。Tは別に「宇野化」していたのではない。正確には僕もTも、「無位の真人」に、もしくは「人間一般」になっていたのだ。
そう「宇野化」など、自意識過剰な発想だったのだ。僕もTも、何者でもない。「無位の真人」であり、「人間一般」に過ぎないのだ。そしてそんな、何者でもない存在に解放された僕らを、しんぱち食堂はその飾らない焼き魚定食で、二十四時間温かく出迎えてくれるのだ。
(#4に続く)
連載【ラーメンと瞑想】
毎月水曜日更新
宇野常寛(うの・つねひろ)
評論家。1978年生まれ。批評誌〈PLANETS〉編集長。著書に『ゼロ年代の想像力』(早川書房)、『リトル・ピープルの時代』(幻冬舎)、『日本文化の論点』(筑摩書房)、『母性のディストピア』(集英社)、『遅いインターネット』(幻冬舎)、『水曜日は働かない』(ホーム社)、『砂漠と異人たち』(朝日新聞出版)、『ひとりあそびの教科書』(河出書房新社)、『チーム・オルタナティブの冒険』(ホーム社)など。立教大学社会学部兼任講師も務める。