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村山由佳 猫がいなけりゃ息もできない 第6話「禁断症状」

二度の離婚を経験し、現在は軽井沢で猫5匹と暮らす作家の村山由佳さん。「思えば人生の節目にはいつも猫がいた」というムラヤマさんがつづる、小さな命と「ともに生きる」ということ――。
書籍の表紙を飾ったこともある、人気の姐さん猫〈もみじ〉の写真も満載。
※本連載は2018年10月に『猫がいなけりゃ息もできない』として書籍化されました。

 ともあれ、そんなふうにして常に猫と一緒に育ってきた私だから、旦那さん1号(こう呼ぶのも失礼とは思うのだけれど、後に2号も登場することになるのでスミマセン)から、猫との生活を、「俺といる限り、あきらめな」と言われた時は耳を疑ったし、どうして自分がそんな理不尽な仕打ちに耐えなくてはならないのか、まったくもって納得できなかった。
 住んでいるところがたまたまペット不可の物件であるとか、そういう理由ならまだわかる。がむしゃらにお金を貯めて、生きものを飼えるところに引っ越せばいいだけの話だ。けれど、一緒に暮らす相手から禁止されたのではどうしようもなかった。どこへ引っ越そうと、当の夫はくっついてくるからだ。

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 猫と暮らせない寂しさ(というより禁断症状)を紛らわすために、私は、出かける先で彼らを見つけるたび、すぐさましゃがんでチチチと呼ぶようになった。
 どういうわけか、猫の多くは、自分に向けてじっと突きだされた人差し指を無視できない。警戒心の塊のような野良はともかく、少しでも人に馴れた猫ならたいてい、好奇心に負けて匂いをかぎに寄ってくる。猫好きにとってはタマラン瞬間である。
 匂いを確認し納得した猫は、ひげの毛穴や口角のあたりをスリリと人差し指にすりつける。こちらは指を軽く曲げ、猫の頬から耳、うなじや肩口にかけてを指の背の側でそっと撫でる。そのとき、向こうから体をこすりつけてくるようならしめたものだ。まあよろしいんですか、ありがとうございますと礼を言ってから、初めて掌の側で、背中から尻尾の先にかけてをゆっくりと撫でさせてもらう。
 ああ、こ、この、この感触よ……! 
 シルクのようにしっとりと柔らかな毛並みの子もいれば、針金みたいな剛毛の子もいる。身ごなしからしてしなやかで敏捷な子もいれば、ドスコイと声をかけたくなる猛者もいる。顔立ちだって様々だ。モデルさんのように鼻筋の通った子、反対に鼻がぺちゃんこの子、気取った美人もいれば、ぶちゃいくだからこそ可愛い子もいる。

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 いずれにせよ、およそ猫と名のつく生きものである限り、醸し出されるオーラは必ずや独特の癒やしに満ちている。ごーろごーろぐーるぐーると喉を鳴らす音などはもう、妙なる天上の調べそのものだ。
 猫が飼いたい。〈うちの子〉と呼びたい。それが許されないのなら、せめて今ここで、禁断症状をしばらく抑えるだけのエキスを分けておいてもらいたい!

※本連載は2018年10月に『猫がいなけりゃ息もできない』として書籍化されました。

村山由佳(むらやま・ゆか)
1964年東京都生まれ、軽井沢在住。立教大学卒業。1993年『天使の卵―エンジェルス・エッグ―』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2003年『星々の舟』で直木賞を受賞。2009年『ダブル・ファンタジー』で中央公論文芸賞、島清恋愛文学賞、柴田錬三郎賞を受賞。エッセイに『晴れ ときどき猫背』など、近著に『嘘 Love Lies』『風は西から』『ミルク・アンド・ハニー』『燃える波』などがある。

※この記事は、2017年9月8日にホーム社の読み物サイトHBで公開したものです。

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