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第1回 ださいものを私は許したい。愛したいと言ってしまってもいいか 古賀及子「5秒日記 おかえり」

「日記は1日のことをまるまる書こうとせずに5秒のことを200字かけて書くと良い」
日常のちょっとした瞬間を残して覚えておきたい、という思いから生まれた「北欧、暮らしの道具店」の人気連載が帰ってきた!
エッセイストの古賀及子さんが、高校生の息子、中学生の娘との3人の暮らしの様子や、自身の心の機微を書きとめる日記エッセイ。

 [毎月第2水曜日更新]
illustration 芦野公平


12/2(月) 

夜はイカと大根とにんじんの煮物など。子らとそろって居間のちゃぶ台を囲み、テレビでニュース番組を観ながらぼんやり食べる。

政治や経済、事件や事故の報道に続いて、石川県の能登半島で水揚げされたという寒ブリの最高級品の初競りの様子が流れた。重さが14キロ以上で傷がなく、鮮度のいい寒ブリを「きらめき」というブランドに認定しているそうで、今シーズンはじめて認定されたものになんと1本200万円の値が付いたという。

競りを仕切る市場の人が「日本一の、ブリや〜!」と叫ぶ。その希望をも感じさせる気勢に、漫然とご飯を食べていた家族の視線がそろってテレビに向いた。

叫んだあと、ブリに向かって伝票のようなものが叩きつけられて、その音が叫びの威勢に比べると優しい「ぺちっ」というささやかさで、娘が「おお……」と声を出した。

12/4(水) 

毎週、生協に食材の配達を頼んでいる。よく頼むのが、旬の野菜がおまかせで届くセットで、今週も注文しておいたところ、毎回やってくる小松菜に加えてカリフラワーが届いた。

カリフラワー……!

絶対に自分では買わない野菜だ。旬が冬だというのも知らなかった。これまで調理したことがあっただろうか。あったとしても、中学校の調理実習とかそれくらい前のことだと思う。大人になってからは料理に使った覚えがない。

ネットで検索し、切り方を調べた。アイディアもなく、ただ塩ゆでにしてごまドレッシングをかけて朝食に出す。さすが旬だけあってシャキシャキとしておいしい。ただ、普段ほとんど食卓に出さないからか息子も娘も、食べ物としてどうもピンとこない様子。

息子が「なんでこういう植物ができるのか、野菜として何が起こっているのかまったくわからない」と言う。「ブロッコリーの白いやつだと思って食べると、ぜんぜんそうじゃないのが怖い」と娘。

その後の食卓はカリフラワーの悪口を言う場のようになってしまい、思ったよりも私たちはカリフラワーに対して不明と畏怖を感じ、勝手ながら存在に不満すら抱えていることがわかった。

はっとして、優しくしよう! と言い合った。さわやかで、甘みがある。

12/5(木) 

鳩サブレーは、はんぶんこが難しい。

袋の上から慎重に慎重に半分になるように割った。娘には別のお菓子があるから、私と、学校から帰ってきた息子で分けた。

割ってみるとどうも尾の側のほうが大きそうだったから、そちらを息子に渡す。私は少食のくせに意地汚く欲ばりで、でもこういうときは躊躇なく大きなほうを子どもに渡すのだった。

大きいほうを渡すときはいつも、山賊の親も子にはこうだろうと思う。

鳩サブレーは、(販売元の)豊島屋の本店がある鎌倉に近い東京住まいの私にとって、昔から馴染みのある銘菓だけれど、一般的なサブレよりもちゃんとちょっと美味しいことに何度食べても新たな感動がある。

あと、なにしろ本当に形がかわいくて、見るたびに肝から驚く。120年以上前の発売当初から形が変わっていないそうだ。贈答の缶のあの黄色いデザインも潔く、見るたびに競っているわけでもないのにかなわない気持ちになる。

12/7(土)

仕事を終えて夕方、隣町の100円ショップに行くと、小さな店舗は大変な混雑だった。

100円ショップというのは、多くの店が店内にぎゅんぎゅんに商品を詰め込む攻めた陳列をする。いきおい、通路は細く、狭い。

お客は100円で買い物をさせてもらっている負目があるからか、みんな謙虚に道をゆずりあい小さくなって買い物をしているような気がする。

粘着テープをコロコロさせてゴミをとるカーペットクリーナーのロールが切れたのでそれと、ハンガーがどうにも足りなくなっていたからカゴに入れて、あとはもうずっと、ぼろぼろのまま使っていたのをついに替えるべく菜箸を探す。

普通の100円ショップだったら数種類はあるだろう菜箸だが、狭い店だからか1種類、持ち手に花柄が付いている、言ってしまえばちょっとださめのデザインのものしかない。ここはあえて、いや、むしろ買った。

ださいものを私は許したい。許したいなどというと見下して横柄だな、愛したいと言ってしまってもいいか。

ださいものを使ってこそ、自分の周辺をあいまいに摑みかねるようにがちゃがちゃさせてこそ、生のきらめき、と思うところがある。なんで私は100円ショップで理想に燃えているのか。

12/18(水)

晩のチキンカツを揚げていると、塾に行っていた息子が帰ってきた。

「スーパーにシャンメリーが売ってたよ。お金さえあれば自分でシャンメリー買えるんだなと思ったら驚いちゃった」と言う。

たしかにシャンメリーというのは、究極的といっていいほどに自分では買わないもののような気がする。

子どもの立場にいて、誰か大人が買ってくれる、もしくは、欲しくても買ってもらえないものがシャンメリーではないか。

「シャンメリーを自分で買って、起きてすぐ、朝にあけて飲むなんてことも、実は可能なんだよな」と息子はしみじみしていた。皿に盛ったカツをテーブルへ運んでもらう。

12/22(日)

息子が「掃除機ってさ」と言ってから少し黙る。「…………」

私も黙った。「…………」

「……なんか今の『掃除機ってさ』って、すごい『正直言ってさ』みたいだったよね」

「私も思った!」

みたいだった! みたいだった! と掃除機の話を置いてバイブスが上がりきってしまった。

ひとしきり盛り上がったあと、あ、それでね、と息子は続けた。言いたかったのは「掃除機ってさ、たまに歌うみたいに作動するよね」という話だった。

吸い込むときに急にうなりをあげるさまが歌唱のこぶしのようだと。わかる。

12/23(月)

仕事のスケジュールを確認すべく、相手の方との過去のやりとりを調べたくて LINEの履歴をたぐっていると、履歴の下のほうに「メンバーがいません」というトークルームがあるのに気づいた。

あれ、誰とのやりとりだろう。開けば、もう何年も前に娘と入った、遠い街のベーカリーの公式アカウントだ。閉店にあたって、アカウントも消え、それでメンバー不在のトークルームとして履歴だけが残っていたらしい。

娘と用事があって行った街で、一度だけ食事をした。 公式LINEを登録すると割引があると聞いて飛びついたのだ。私はこういうのにてらいなくどんどん登録する。

店に行ったのはそれっきりだったけれど、この店は毎月パンの人気投票というのを実施していた。投票するとクーポンがもらえるということもあってランキングは毎月盛り上がっており、私は遠地にいながら毎月の人気パンの発表を、ごくごくうっすらと、楽しみにするほどでもなくながめていたのだ。

へえ、今月はぶどうパンが1位か〜とか、カレーパンが3位とは意外だなあとか、きれいなパンの写真を、受け取るままにただ見た。

最近見かけないなあとも思わないまま、閉店していたとは。感慨のない喪失だった。

12/25(水)

クリスマスとあって友人と街へ出かけた娘が帰宅し、目当てのクリスマスマーケットは大変な盛況だったという。

気づけばクリスマスマーケットという文化がどうもじんわりと広まりつつある。あちこちの街で開催されてどこも盛況だとは聞いていたが、まさか渦中へ家のものが飛び込むとは思わなかった。

ドイツ風の飲食物をあれこれ食べて楽しんだそうなのだけど、売られる商品はひとつひとつが高級で何も買えなかったらしい。

「すごく小さなオーナメントがあって、これくらいだったら買えないかなって値段を見たら850円もして」と言うから、小さいといってもきっと凝った作りなのだろうし適正価格では? と思いよく聞くと「財布に入れとくカエルくらいの大きさだよ」とのことで、それで850円はたしかに高級だ。

値段の高さもさることながら、「財布に入れとくカエルくらいの大きさ」という例えの絶妙さにもうならされる。

12/31(火)

自宅は居間と寝室がもともと和室で、窓の遮光がカーテンではなく障子だ。毎年年末になると、障子を張り替えるかどうかの判断が迫られる。破れていなければさぼるけれど、今年は破れも剥がれもあるから張り替えることにした。

年末で店が休みにならないうちに障子紙は買った。午後張り替えをやることにして、午前は納戸の書類立てを片付ける。大人になってからの年数が遠慮なく積み重なり、いかにも重要らしい書類もたまるいっぽうだ。生きるということは、年齢や思い出だけではなく、他者との契約を重ねることだと思い知らされる。

えいやと思い切って納戸の奥のほうまで手を入れてみたら、20代のころの毎月の給与明細が出てきてふるえた。20代の中盤くらいまで、給与明細は毎月紙で配られていた。

そうして、そのさらに奥から、過去余らせてきた大量の使いかけの障子紙が出てきたのだった。

年末で店が休みにならないうちにと障子紙は買ってある、と、キリッとしていた自分よ。自宅に障子紙は、あったのだ。

でもまあ、せっかく新しいのを買ったし新しい物から使おうと、作業をはじめようとして、新しい障子紙に必要な両面テープを買い忘れているうえ、買っておいた2本ではぜんぜん足りないことがわかった。自分の信じられなさの畳みかけがすごい。

結局粛々と、納戸の奥から出てきた古い障子紙で張り替えた。

そのまますとんと夜になり、テレビでは紅白歌合戦がはじまる。小一時間稼働させ続けたガスストーブを一度切って、張り替えた障子を開けた。障子紙の新しい障子は不思議と滑りもいい。

外はしんとして、冷えた空気が肌の表面をふれて通り抜ける。
くるぞくるぞ、正月がくるぞ、冬の夜に、正確に正月の気配がある。電線に挟まりながら、私がぎりぎりわかる星座、オリオン座が広がって見えた。

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連載【5秒日記 おかえり】
毎月第2水曜日更新

古賀及子(こが・ちかこ)
エッセイスト。1979年東京都生まれ。2003年よりウェブメディア「デイリーポータルZ」に参加。2018年よりはてなブログ、noteで日記の公開をはじめる。著書に『ちょっと踊ったりすぐにかけだす』『おくれ毛で風を切れ』(ともに素粒社)、『気づいたこと、気づかないままのこと』(シカク出版)、『好きな食べ物がみつからない』(ポプラ社)。

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