開業の柱になった四つの事柄とは?| 井上理津子/協力 安村正也 『夢の猫本屋ができるまで Cat’s Meow Books』(2)
猫本専門書店の開業記『夢の猫本屋ができるまで Cat’s Meow Books』からお送りする第2回。そもそも、なぜ会社員でもある店主・安村正也さんは本屋を開こうと考えたのか。最初の構想から具体的な開業プランに至るまでのあらましを聞いたインタビューを、第1章から抜粋してお届けします。
聞き手のノンフィクションライター・井上理津子さんが感心した、そのビジネスプランとは?
井上理津子/協力 安村正也
『夢の猫本屋ができるまで Cat’s Meow Books』
(第1章「キャッツミャウブックスができるまで[プラン完成編]」より)
本と猫とビール──着想からプランニングの大枠
キャッツミャウブックスは、前代未聞の猫の本屋さんだ。
「はじめに」に書いたように、店主の安村さんは、「ぼく、ビールと本が大好きで。ここは、自分が心地よい空間なんです」とさらりと言う。ふつうは、言うは易く行うは難し、なのに。「猫が本屋を助け、本屋が猫を助ける、という店です」と、なんだかよく分からないことも口にする。どういう意味なのか。まず、キャッツミャウブックスの着想経緯をさくっと聞いてみた。
── いつから、猫の本屋さんを開こうと構想していたのですか?
安村 六、七年前からなんとなく考えていましたが、具体的なプランを立てたのは、開店する一年半前、二〇一六年の春です。
── 猫ありき、だったのですか? 本ありき、だったのですか?
安村 その両方と、ビールですね。いつかは、好きな猫、本、ビールに囲まれて暮らしたいと漠然と思っていました。
── 夢物語みたいですが(笑)。
安村 そもそも自宅で保護猫を飼っていたことと、趣味でビブリオバトルを六、七年前からやっていたことが、ベースにあったからだろうと思います。今思うに、その頃から、いつか本に関わる仕事ができたらなあと潜在意識があったのかも。
── ビブリオバトル? それは後で伺うとして、潜在意識が顕在意識に変わったきっかけは何だったのでしょう?
安村 おこがましいようですが、ビブリオバトルのおかげで、本についてはそれなりに知っているつもりでした。 でも、あるとき、本の流通や本屋さんそのものについては知らないなあと思ったのが、きっかけといえばきっかけです。アンテナを張ると、本屋さん関係のトークイベントが結構行われているんですね。二〇一五年の冬ごろから、比較的新しくできた話題の本屋さんの主が登壇するトークを聞きに行くようになり、その延長で二〇一六年の春から「本屋入門」と「これからの本屋講座」を受講して、一気にプランが進み始めました。
── 「本屋入門」というのは?
安村 赤坂(港区)の書店「双子のライオン堂」さんが、本屋に詳しいBOOKSHOP LOVERさんという人と共催する連続講座で、双子のライオン堂の店内で開かれました。 受講者は 一〇人ほどでした。 書店員、大手取次の執行役員、作家、編集者らが本屋の現状について話してくれる座学編と、自分が期間限定で開くならどんな本屋を開きたいかを提示する実践編があったのですが、一番勉強になったのは、大手取次の執行役員の方の話です。本が、トーハンや日販(日本出版販売)などの取次業者を経由して書店に並ぶという認識はあったものの、その内実はまったく知らなかったので。
── 本屋さんの利が非常に薄いことに驚きませんでしたか。
安村 いえ、町の本屋さんがどんどん潰れていっている状況の中で、本屋が儲からないだろうということは分かっていたので、利が薄いのは想定内でした。ぼくがやろうとしている小さな店は、帳合(取次店の取引先)になれるとは到底思わなかったし、「あ〜、本の流通はそういう仕組みなんだ」と。
── 取次の役割、出版業界の一般的な仕組みが勉強できたということですね。もう一つの「これからの本屋講座」というのは?
安村 下北沢(世田谷区)の「本屋B&B」の共同経営者で、ブック・コーディネーターの内沼晋太郎さんが、横浜・みなとみらいのシェアスペース「BUKATSUDO」で主宰されていた講座です。これの受講者は一〇人以上。隔週ごと全五回の講座のうち、最初のほうで内沼さんが出版業界の仕組みなどを一から一〇までレクチャーしてくださり、その後、自分がやってみたい本屋をプランニングしてプレゼンするという流れでした。
── その講座に行って、俄然エンジンがかかった?
安村 ええ。一回のレクチャーは、毎回四時間。後半が質疑応答の時間だったんですが、たぶんぼくが一番多く質問したんじゃないかな。それなりの受講料を払って行っているのだから、訊かなきゃ損じゃないですか (笑)。 あまりにたくさん質問しすぎて、何を訊いたか忘れちゃいましたが、他の人がした中で覚えているのは、「人気店の○○はいくらくらい儲かっているんでしょうか」というストレートな質問です。 内沼さんの答えは、「あの店は○坪で、蔵書は○冊くらいだろうから、これくらい利益がないと成り立たない。だから、売上はこれくらいじゃないかな」というふうに具体的で、すごく勉強になりました。その後のぼくの柱になった四つの事柄は、内沼さんの著書『本の未来をつくる仕事/仕事の未来をつくる本』でも読んでいましたが、この講座でリアルに聞いて確証を得ました。
── 柱になった四つの事柄? 聞いていいですか?
安村 ①本だけを売っていても採算が取れないので「本×○○」の掛け算にし、その要素は、ありきたりのモチーフでないこと。②別の職業を持っていることを強みにし、しばらくその職業を辞めないこと。③メディアの取材記事にとりあげてもらいやすいように、コンセプトを固めること。 ④広報手段に、名刺、ロゴ、ウェブサイトを持つこと。この四つです。
── 二つ目が、ちょっと分からないんですが。
安村 本屋だけで食べていくのは大変だし、しばらくは会社員としての収入があってこそ、精神的な余裕をもってやりたいことがやれるということです。
── なるほど。安村さんは今も会社員ですよね。会社員を続けながら本屋さんと両立させ、ご夫婦で切り盛りするという方法を選択されました。四つの事項とも、まさに今のキャッツミャウブックスそのものじゃないですか。
安村 まったく、そうです。 しかも、店のプランニングも、ほぼこの講座のときにできあがりました。「本×猫」……猫の本専門の店を作り、保護猫に「看板猫」「店員」になってもらう。そして、店内で出すコーヒーも保護猫の活動をしている一般社団法人から仕入れ、本の売上の一部をその法人や、やはり保護猫活動をしている他の法人に寄付しようと考えたのです。
── 「保護猫」が、キーワードですね。
安村 話せば長いんですが、うちで一五年間飼ってきた「三郎」が、母猫に育児放棄されてうちの子になった保護猫なので。
── キャッツミャウブックスという店名も、このときに決めたのですか?
安村 ええ。「キャッツ」と「ブックス」が、はずせない言葉ですが、もう一言、インバウンド (訪日外国人)の方々にもすっと分かる言葉をプラスしたいと思って、関連の言葉をひたすらネット検索したんです。でも、これという単語が見つからなかったので、「猫」のスラングを探してみました。すると、「cat's meow」というのが目に飛び込んできたんですね。meow は、日本語で言う「ニャー」。猫の鳴き声ですが、「cat's meow」と二単語くっつくと、「素晴らしい」「素敵な」「最高の」という意味になると知って、「これだ!」と。即座に決定しました。
── 素敵な店名です。
安村 カタカナで「キャッツ」「ミャウ」「ブックス」と続けて書いても、間に小さい字がはさまっているため、例えば一語が「キャッツミ」であるはずがないと視覚的に分かると思うんです。なので、三つの単語の間に、点を入れたり空きスペースを入れたりしなくても、すっと読めるでしょう?
── 確かに。内沼さんは、この本屋さんプランをどうおっしゃいましたか。
安村 ずばり「これはいけるような気がする」と評価してくださった。そして、保護猫のためになる本屋というのは、多くの人の共感を呼ぶはずだから、クラウドファンディングを利用して開業資金の一部を集めたらどうかとアドバイスももらいました。「これからの本屋講座」が終了した二〇一六年五月下旬、もう本気でやるしかなくなっていて、開店に向けて動き出しました。
安村さんが本屋開業を着想した経緯は、整理するとこうだ。
(1)ビブリオバトルが趣味だった
(2)いつか本屋をしたいと思うようになった
(3)(1)と(2)が醸成され、話題の本屋のトークを聞きに行った
(4)「本屋入門」「これからの本屋講座」を受講した
(5)「これからの本屋講座」の中で、「本×猫」を軸に自分が開く本屋をプランニングした
(6)「本屋B&B」の内沼さんにアドバイスをもらい、開業への道を歩み出した
上記の内容を確認しつつ、キャッツミャウブックスの開店までの道のりをたどっていこう。
(第1章「キャッツミャウブックスができるまで[プラン完成編]」より)
『夢の猫本屋ができるまで』もくじ
着想から具体的な経営収支まで、起業のヒント満載の猫本書店開業奮闘記。
【ホーム社の本棚から】
次回の更新は7月29日(木)です。