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平山夢明「Yellow Trash」第4回 あんたは醜いけれどあたしには綺麗(4)

平山夢明『Yellow Trash』シリーズ、完全リニューアルして再始動‼
毎週金曜日掲載!
illustration Rockin'Jelly Bean

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 セラノは、餓鬼の頃、映画館で見た南米の金持ちが住んでいるような豪邸におれを運んだ。莫迦高い天井の玄関は、しょぼいダンスパーティぐらいは軽くできそうな広さで、セラノは迎えに出た燕尾服(えんびふく)のとっつぁんに頷くと、どこかに行ってしまった。おれはとっつぁんの背後に控えていたおれより年嵩(としかさ)の白いスーツの男に長広のテーブルのある部屋に連れて行かれた。
 自分で椅子を引こうとすると奴も椅子の背を握ったので動きがぐりはまになった。顔を見合わせると奴が、たっぷり、おれを値踏みしてから『私が……』と呟いた。
 無事、着席すると銀色のプレートに載った丸鳥を割ったのが出てきた。陶器のグラスに赤葡萄酒(ワイン)がだふだふと注がれ、おれは酒飲みの卑しさで、ついつい〈どうもどうも〉頭を下げてしまった。皿に載せられた寝そべったような長いバターが出、白い布切れを敷いた籐籠に、焼きたてのパンが入っていた。
 男は無言で全てをし終えた。食堂にはそいつとおれだけだった。
「どうすりゃいいんだい?」
 おれが訊(たず)ねると男は返事の代わりに小首を傾(かし)げた。
「こいつ、喰っちまって良いのか?それともボスを待つのか?」
『聞いて参ります』
 男はぺこりとし、出て行った。
 開け放たれた出入り窓からは緑の芝が見え、其処をゆったりと雉(きじ)が横断していった。
『マジかよ……』思わず声が漏れたところに、男の声が浴びせられた。
「旦那様はお食事が済んでからお逢いになられるとのことです」
「じゃあ喰って良いんだな」
「左様で御座います」
「此、みんな喰っちまうぞ」
「すきにしな」一瞬、男の目が輩(やから)光りしたが、忽ち元のマネキン目に戻った。
「なるほど、そういうことだろうよ」
 おれは独りごち、ナイフとフォークを使い始めたが、直(じき)に焦(じ)れったいので手掴みで鳥を歯と指で解体することに決めた。塩っぽい旨味が口の中に溢れ、食(は)みつく度に温かな柔らかい物が喉を降りていった。
 五度目にワインのお代わりを頼むと男が『此以上は申し訳ありません』と薄笑いながらそっぽを向いたので、おれは皿を床に盛大に滑り落とした。小型のシャンデリアがヒスを起こしたような音がし、野郎が口を尖らせて〈てめえ〉と呟いた。食後の運動になるな、とおれが覚悟した時、『お待たせ』と声が掛かった。
 燕尾服のとっつぁんとボディガードのなかで一番躯が大きくて顔がゴリラなのを連れたセラノがいた。奴はテーブルの一番端に座った。
「まさかとは思うが、口に合わなかったのか?」
「否、手が滑っただけだ。猫の喰い散らかしなみに綺麗に平らげたぜ」おれは屈んで厭々、骨を集めている野郎の背をポンポンと叩いた。「な?おれたちは巧くやってたよな」
「ええ。はい」奴はドキマギと答えた。
 白いスーツにおれの手形がバッチリ転写されてるのを見て、胸の辺りが温かくなった。
「どうした?」
 おれが立ち上がるとセラノが云った。
「否、そっちに行こうかと思って」
「何故」
「遠すぎるだろ。このテーブルならボウリングができるぜ」
「声は聞こえる。其処に居ろ」
 おれは座り直した。やりとりの間に片付けは済み、奴は姿を消していた。仕事はできる男らしい。
 云われたとおりに座っているとセラノの入ってきた入口から若い女が現れた。
 其奴はおれに気づくと〈あっ〉と叫び、其の場で二度くるくると回った。
 女がセラノの耳に口を寄せた。
 セラノは鷹揚に三度頷き、女は跳ねるようにして出て行った。
 奴が云った。
「可愛いだろ?否、美しいと云っても良い」
「ああ」
「前に逢ったことがあるか?」
 おれは首を振った。「逢うという程じゃない。車に乗ったあの子を見かけただけだ」
「何処で」セラノの目が細くなった。
「あんたが拾ってくれた所さ。連中にリンチされ掛けてたところを過(よぎ)ってたんだ」
「あの子はどんな反応をした?」
「悲鳴を上げると運転手の顔を棒付きキャンディーで刺してたよ。棒の方で」
 セラノは溜息を吐いた。
「娘だ」
「そりゃ羨(うらや)ましい」
「狂ってる」
「そりゃ残念だ」
「おまえを好きだと云っている。否、愛していると……」
 今度はおれが溜息を吐く番だった。
「そういうジョーク(の)は趣味が悪い。全然、笑えないぜ」
「そういう冗談(の)でも、ああいう皮肉(の)でもない。本当なんだ」
「目は真面(まとも)そうに見えたがね……」
「狂ってるのは目じゃない。此処だ」セラノはこめかみを人差し指で叩いた。
 それから新しい葉巻を取り出し、包み(ラップ)を剥(は)がすと先端を切り、炎の長いライターで火を点け、煙を吐き出す。煙の輪をぽっぽっと三回出すまでおれも奴も黙っていた。
「幼い頃の不幸な出来事が原因(もと)で彼女(あれ)は美醜の目安が逆さまになってしまった。特に男に対して酷い。整った顔より刃物(ヤッパ)で掻き回(マリネ)された面(つら)が素敵らしい……」
 指を動かすだけで燕尾服のとっつぁんがウィスキーの入ったグラスを用意し、セラノは三口で飲み干した。
「で。其奴が、あんたに惚れたと、一目惚れだと云っている……。狂ってるとは思わんか?あんたも鏡とかガラスの反射とかで自分の顔を拝むだろう?」
 セラノは椅子の背に凭(もた)れ、首を左右に振って鳴らした。
「今迄、何人もの医者に診せたが無駄だった。昔ほど力で押さえ込んでおくことも難しくなった。このままではおまえのような顔の男と一緒になるか、何処かへ消えてしまうかもしれん……其れだけは絶対に許さん」
「莫迦莫迦しい」
 セラノは頷きながら何事かをぶつぶつ口の中で転がしていた。剃り残した髭が二本、喉仏の脇でちょろりと震えていた。
「金と車をやる」
 おれはセラノの顔を見た、此奴も狂ってるのかと思ったからだ。
「其れを持って此の街から出て行け。大急ぎでだ……それから」
「二度と戻ってくるな、だろ?」
 セラノは満足そうに頷いた。其の笑顔を見て、おれは初めて此奴が心底、人でなしなんだと判った。悪党の中には笑顔になって初めて腸(はらわた)の透ける類(たぐ)いがいる。セラノがそうだ。つまり、此奴は毒蛇、おれはとっとと此奴の手の届く範囲から出て行くのが身の為だった。
「話が早いな」
 おれは立ち上がりながら云った。
「ついでに酒を二、三本と食い物を付けてくれないか」
「かまわん」
 玄関前の庭に出るとモスグリーンのビートルがぽつんと置かれていた。白スーツの男が酒と食い物の入ったザックを助手席にしまう。
「鍵だ」セラノがおれに手渡した。
 が、おれの目は別の場所に向けられていた。
「どうした?」
「悪いが気が変わった……」
「なんだ」
「あいつが良い」
 おれは壁に寄っかかってる軍用彩色のバイクを指した。
「セラノさん、あれは私の……」
 白スーツが顔色を変えた。
「此処には駐めるなと注意したはずだぞ、カルド」
「ええ……でも荷物を運び入れたらすぐに片付けるつもりだったんです」
 セラノがおれを見た。
 そしてセラノ以上に白スーツ=カルドが睨み付けていた。
「あれは私の物ではない」
「なるほど……あんたにもできないことがあるということか」
 セラノの目が細くなり、舌打ちが出た。
「カルド、鍵を渡せ」
「でも、あれは私が……」
「黙れ!」セラノはそう云うと白スーツを睨み付けた。
 嚔(くしゃみ)ほどの間が過ぎると奴はポケットから鍵を取り出し、広げたおれの手に落とした。
「大切に乗れ、あれはロイヤル……」
「……エンフィールド、クラシックミリタリー500。バトルグリーン」
 おれはカルドが云い掛けたのに被せた。
「心配するな、ご主人様は新しいのを買ってくれるよ」
 おれは吹き上がるスカートを押さえるモンローのキーホルダーだけ外すとカルドの胸ポケットにしまってやった。
 奴は礼の代わりに地べたに唾を吐いた。
「世話になった」
 ザックを肩に掛け、おれはバイクに跨(また)がった。
「また昨日、逢おう」セラノは笑った。
「どういう意味だ」
「昨日、再会することは誰にもできん」
「なるほどね。カルド、また昨日な」
 おれは手を上げてバイクをスタートさせた。
 その間ずっと奴(カルド)はおれを視線で殺せるかどうか試していた。

(つづく)

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連載【Yellow Trash】
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平山夢明(ひらやま・ゆめあき)
小説家。映画監督。1961年神奈川県出身。94年『異常快楽殺人』刊行。2006年に短編「独白するユニバーサル横メルカトル」で日本推理作家協会賞短編賞受賞。翌年同短編集「このミステリーがすごい!」第1位。2010年『DINER』で第28回日本冒険小説協会大賞、11年に第13回大藪春彦賞受賞。

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