平山夢明「Yellow Trash」第1回 あんたは醜いけれどあたしには綺麗(1)
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平山夢明「Yellow Trash」第1回 あんたは醜いけれどあたしには綺麗(1)

平山夢明『Yellow Trash』シリーズ、完全リニューアルして再始動‼
本日より毎週金曜日掲載!
illustration Rockin'Jelly Bean

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「なあ、うずくまってたぜ……」
 おれは呑み屋で、此の面相を野良犬の食い散らかしより酷いと嗤(わら)った奴らを爆殴り(ぶちのめ)してしまったので、追っ手から逃れる為、其処(そこ)から遠く離れた田舎道に居た。
 通りかかった輓馬(ばんば)の荷台、積藁(つみわら)の上で寝転んでたが、ふと目に留まった光景に、引き手のオヤジに向かって声を掛けた。此の人はぼんやり歩いていたおれを乗せてくれたんだ。
「なあ。あの人、蹲(うずくま)ってたぜ」
 返事の代わりに蹄(ひづめ)の音が牧歌的にぼっかぼっかとよく晴れた空に響いた。
「ああ。蹄(ひづめ)の音(ね)は馬の唄って儂(わし)の親父がよく云ってたよ」
「耳を落としたのか?あの爺さんだよ。どっか具合が悪いんじゃねえのかって話さ」
「どの爺さん?この爺さん?」
 オヤジは自分を指差した。
「その爺さんじゃねえよ。今、通り過ぎただろ。道の端(はた)で躯(からだ)を曲げてた爺さんだよ」
「あれはチョンジーだよ。目が不自由なんだ。つまり、見(め)ぇない」
「目が不自由だろうが何だろうが。苦しんでるんじゃないのか」
「いやいや。そうじゃないんだよ。あいつはお目がご不自由なんだよ」
「ご不自由だろうけどよ。困ってるんじゃないのか?」
「ご不自由なのにか?」
「ご不自由でもだよ」
「スーパーご不自由なんだぞ」
「スーパーご不自由でもだ。倒れてたろ」
「で。どうする」
「どうするって。声ぐらい掛けるとか。場合によっちゃ医者とかをよ」
「お医者?病(やまい)を得ていたらどうするんだ?重い病(やまい)を得ていたら」
「だったら尚更(なおさら)、何とかすりゃ良い。此処(ここ)に乗っけるとか。おれは歩ったって良いんだ」
「あんた、頭(オツム)がどうかしてるんじゃないのかい?あれはお目がスーパーご不自由な糞爺なんだよ。そんなことすると後でとっても深く長く後悔する。止めた方がええぞ」
「わけがわかんねえよ」
「あれはお目がスーパーリッチコラーゲン的にご不自由で、尚且つ糞爺だ。スーパーリッチにご不自由で年寄りで然(しか)も貧乏だ。お目がアシモフ的にご不自由で、歳がご不自由で、金もご不自由で、人生もご不自由だ。つまりツンポコよ」
「益々(ますます)、気の毒じゃねえか」
「身寄りもない。ふたり子供がおったが目を離した隙に息子はドグマ淵(ふち)で填(は)まって死んだ。妻(さい)は旅芸人(どさまわり)と駆け落ちし、それからたったひとり残った娘を世話し、長じてからはその娘がたったひとりで、あれを世話をしとったんじゃが、あれが夜な夜なオソソを所望するので一昨年、出て行った……というもっぱらの街のナイスガイ達の噂じゃの」
「おそそ?」
「つまりこれだ」
 親父は右手の親指を人差し指と中指の間から覗(のぞ)かせた。
「村の者もこの先の街の者も奴には近づかん。穢(けがれ)が感染る(うつる)でな」
「でもなぁ」おれは屈んでいる爺さんを振り返った。荷馬車はとぼとぼ離れ、爺さんの姿はもう綿埃のように小さくなっていた。「なんだかなあ」
「あれはそろそろ死に活(かつ)でええ。もう死ぬより他に人生のビッグイベントもない。病院でのたうつより、道ばたで果てた方が幸(さいわ)いだ。それが世間の定説だ」
「定説ってこたあねえだろ。なんだ此の辺りの人間はみんなそんななのか?」
「あんたは顔がずっくりと醜(みにく)いから、そんな下らんことに拘(こだわ)りや関わりや苦しみを感じるんじゃ。それもこれも全部が全部まるっとあんたの顔の醜さ故(ゆえ)よ。まともな顔なら、あれを見ても、こそっとも、ピクリとも気にはならん」
「顔が関係あんのかい」
「顔は外見、外見は金、金は力拳(ちからこぶし)じゃ。小学校で習わんかったか?」
「覚えがねえよ」
「全(まった)き痴愚児(ちぐじ)じゃのぅ~ほっほっほ」
 すると荷馬車が停まった。湿った土と腐った藁の交じったような臭いがした。見ると馬が肛門から水っぽい泥団子のような糞(の)をボトボトと落下させ、それから消火ホースのように小便を始めた。
 横になったまま、おれは伸ばした両足の爪先の間から見える綿埃の爺さんを覗いていた。
 じゃーじゃー
 じゃーじゃー
 ひひんぶるぶる
〈おっしゃ!〉おれは一丁、躯を起こした。
「どうしたんじゃ?」
「ま。なんとなく。世話んなったぜ、ありがとな!」
 おれは飛び降り、倒れた爺さんに向かって走った。
 後ろから親父が何か云うのが聞こえたが振り向かず手だけ振って応えた。
 綿埃の爺さんは、くの字で横倒しになっていた。元は白かったような瓦色の野良着で全身から生乾きの厚揚げみたいな臭いがした。
「とっつぁん。大丈夫か?しっかりせよと、抱き起こすぜ」
「ほうほう……ほーほけきょ、けきょけきょ。鳥です、鳥。儂は鳥ですのじゃ」
「何云ってんだよ。ド頭(たま)剥(む)けてんのか?」
「ぽ、腹(ぽん)……腹(ぽんぽん)が……腹(ぽんぽん)ちゃんが」
「医者に連れてってやる。おぶるぞ」
 爺さんは首を振った。「い、医者は駄目。か、金がない!ないのじゃ!ない変木(へんぼく)じゃ」
「莫迦(ばか)。そんなの後で算段しろぃ」
「か、かいぼー、解剖される。儂は目が見えん。金がなければ解剖じゃ。人体実験や梅毒やらペストやらを詰め込まされて人間兵器として空爆に使われてしまふ」
「いつの時代の話だよ。冷戦はとっくに終わったんだぜ」
「で、でもじゃ!でもなのじゃ!美と醜の闘いは永遠(とわ)の羽ばたき!瞬(まばた)きなのじゃぞ!」
 爺さんは瘧(おこり)にかかったように首を振る──必死の息は靄髪(アフロ)の生え際のように更に臭い。
「ちょっ。わざわざヒッチした荷馬車を捨ててやって来たのによ。降り甲斐のねえ爺だな」
 放っておこうと立ち上がると、爺さんは手を合わせた。
「ほ、家(ほーむ)。爺(じじい)、ごーほーむ」
「なんだよそれ?ほんとに医者良いんだな?オッ死(ち)んでも知らねえからな」
 爺さんは何度も頷(うなず)く。
「ほら乗っかれ」
 おれが背中を鼻先に向けると爺さんは枯れ木のような腕でしがみついてきた。
 爺さんは羽のように軽かった。
 立ち上がると停まって此方(こちら)を見ていたらしい荷馬車が動き出した。ちょんぼり影法師になった馬引親父が首を振るのがわかった。

(つづく)

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連載【Yellow Trash】
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平山夢明(ひらやま・ゆめあき)
小説家。映画監督。1961年神奈川県出身。94年『異常快楽殺人』刊行。2006年に短編「独白するユニバーサル横メルカトル」で日本推理作家協会賞短編賞受賞。翌年同短編集「このミステリーがすごい!」第1位。2010年『DINER』で第28回日本冒険小説協会大賞、11年に第13回大藪春彦賞受賞。

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