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鉄塔好き|賽助「ところにより、ぼっち。」第4話

※本連載が書籍化しました。賽助『今日もぼっちです。』2020年10月26日発売

 鉄塔が好きだと言うと、多くの人が怪訝(けげん)な顔をします。
「何でそんなものを好きなのか、意味が分からない」といった表情です。なので、どこが魅力的なのかを張り切って説明するのですが、彼らはますます眉(まゆ)を寄せるばかりで、一向に好意的な印象を持ってくれません。

 僕が言う鉄塔とは、町中に立っている送電鉄塔のことであり、僕はそれらを眺(なが)めているのが好きです。鉄塔のあの武骨な表情、そしてぽつんと孤立している佇(たたず)まいが好きです。皆のすぐそばに立っているはずなのに、誰にも気付いてもらえず、褒(ほ)められもせず、ただただ静かに送電線を携(たずさ)えている姿には畏敬いけいの念すら感じます。

 そんな鉄塔好きが高じて、鉄塔をテーマとした小説を書いてみたり、鉄塔を名義としてインターネット上で活動するようになりました。しかし、「見てごらん、あの三角帽子鉄塔はとても可愛い造形をしているよ」と言っても、共感されることはありません。気のいい人が「ああ、はぁ」と返してくれるくらいなものです。気のいい人でこのレベルです。
 ややもすると「全く理解が出来ない」と言われてしまうこともあります。まるで『働く気もなく、かといって家事もしてくれない駄目な男』と連れ添う女性に言い聞かせるかのように、「あれの何がいいのか理解出来ない」と首を振られてしまうのです。「でも……あの人も、いいところあるんだよ」と小さな声で呟(つぶや)く以外、反論の仕様がありません。鉄塔は四六時中働いているし、電気を運んでいるわけだから家事の大本を支えていると言っても過言ではないので、その観点からいけば駄目な男どころか女性陣に大うけなはずなのですが……。

 また、世の中には『鉄道趣味』というものがあり、これが『鉄塔好き』と勘違いされがちです。

 ある日、美容室へ髪を切りに行き、いつものように本に目を落としていると、美容師のお姉さんが僕に向かって言いました。
「それ、電車の話なんですか?」
 僕は一瞬意味が分からなかったのですが、自分が読んでいる本のタイトルを見て納得しました。
 僕が読んでいたのは『鉄塔 武蔵野線(むさしのせん)』というタイトルで、鉄塔をモチーフにした名作小説であり、『武蔵野線』は実際にある送電線の名称なのですが、それと同様の名前の鉄道路線があるのです。正直そっちの方がメジャーなので、美容師さんは勘違いをしてしまったのでしょう。
 勘違いの原因を理解したその時、鉄塔好きの僕は「あ、はい……そうです」と頷(うなず)いてしまいました。説明をする手間、したところで理解が得られるわけではないと悟り、説明しない、を選択したのですが、今でも少し後ろめたい気持ちになります。
 鉄道と鉄塔は語感がほぼ同じですし、似た用語も多々あるのだから、勘違いされるのも仕方がない部分もあります。しかし、世間では鉄道好きの方が多く存在し、注目を集めているのも事実です。鉄道好きの人は『鉄(てつ)ちゃん』と呼ばれ、『鉄子』『鉄ガール』と呼ばれる鉄道好きの女性もいたりします。非常に羨(うらや)ましい限りです。
 鉄道好きは、その人口が多いが故に悪評も目立ってしまうのが悲しいところでもありますが、「鉄道が好きなんです」と「鉄塔が好きなんです」という言葉を並べた時に、世間的に響きがいいのはおそらく『鉄道』の方でしょう。

 しかし何故、鉄道好きの方が受け入れられているのでしょうか?
 鉄道の方が、誰でも使う身近な存在だから、と思う方もいるかもしれませんが、鉄塔は日常生活を送るに必須である電気を流している、もっと身近な存在なのです。しかし、こんなにそばにいるのに、何故好きになってもらえないのか――。
 それはおそらく『実用性』です。趣味の多くは、様々な恩恵を与えてくれるもので、「これは役に立つ趣味だな」と感じた時に、人は自然と好感を持つものです。映画が好きなら、面白い作品を紹介してもらえそう。カメラが好きなら、いい写真を撮ってもらえそう。パソコンマニアならば、回線に強そうだ――など、これらの趣味には様々な恩恵があります。

 それが鉄道好きな人ならば、与えられる恩恵は乗換案内や観光案内などでしょう。

 今では携帯電話一つで誰でも簡単に目的地へと辿(たど)り着けますが、例えば事故などで電車が遅延した場合、隣に鉄道好きな人間が一人いるだけで、迂回路を瞬時に選択、最短ルートで目的地に案内してくれそうな気がします。更には、時刻表ミステリーというジャンルがあるように、アリバイ作りにも長(た)けており、いざという時、完全犯罪に一役買えそうな雰囲気があるのです。

 かたや、鉄塔好きがもたらすものは何だろうと考えたのですが──驚くことに、これが一つも思い浮かびません。いやいや、何かあるだろう……と頭を捻(ひね)り、それを物語にしたのが、『君と夏が鉄塔の上』という小説なのですが、鉄塔を役立たせんがために、神様や妖怪を持ち出してみたり、空を飛んでみたりと、とてもファンタジックな要素を孕(はら)む内容となりました。

 そこまでしなければ、鉄塔好きの鉄塔知識は役立たないのです。
 おそらく今後も、理解されることは少ないのでしょう。しかし、いつの日か、大逆転が起こり、空前の鉄塔ブームが来る日を夢見つつ、僕は静かに過ごしていこうと思います。

【教訓】鉄塔好きとは、鉄塔が如(ごと)く静かに佇むものである──賽助

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賽助(さいすけ)
東京都出身、埼玉県さいたま市育ち。大学にて演劇を専攻。ゲーム実況グループ「三人称」のひとり、「鉄塔」名義でも活動中。また、和太鼓パフォーマンスグループ「暁天」に所属し、国内外で演奏活動を行っている。著書に『はるなつふゆと七福神』(第1回本のサナギ賞優秀賞)『君と夏が、鉄塔の上』がある。
●「三人称」チャンネル
ニコニコ動画 https://ch.nicovideo.jp/sanninshow
YouTube https://www.youtube.com/channel/UCtmXnwe5EYXUc52pq-S2RAg
●和太鼓グループ「暁天」
公式HP https://peraichi.com/landing_pages/view/gyo-ten
山本さほ(やまもと・さほ)
1985年岩手県生まれ。漫画家。2014年、幼馴染みとの思い出を綴った漫画『岡崎に捧ぐ』(ウェブサイト「note」掲載)が評判となり、会社を退職し漫画家に。同作(リニューアル版)は『ビッグコミックスペリオール』での連載後、単行本が2018年に全5巻で完結した。その他の著書に『無慈悲な8bit』『いつもぼくをみてる』等。Twitter上でも1頁エッセイ漫画『ひまつぶしまんが』を不定期に掲載。

※この記事は、2019年4月23日にホーム社の読み物サイトHBで公開したものです。

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