第5回 大谷翔平の顔をキライな人がいるのだろうか? あのロボットの顔をキライな人はいないのだろうか? 姫野カオルコ
幼い頃から人の顔色を窺うと同時に、「顔」そのものをじーっと見続けてきた作家・姫野カオルコ。愛する昭和の映画を題材に、顔に関する恐るべき観察眼を発揮し、ユーモアあふれる独自理論を展開する。顔は世につれ、世は顔につれ……。『顔面放談』(集英社)につづく「顔×映画」エッセイを、マニアック&深掘り度を増して綴る!
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大谷翔平の写真を見せたとする。
野球というスポーツがまったく普及していない国もあるから、野球選手としてどう思うだとか、報道されたことへの感想を求めるのではなく、たんに写真数点を見せたとして、
「大谷翔平をキライな人など、世界にいるのだろうか?」
と、私は思う。
「いたら、ぜひ会ってみたい」
と思う。
そんな人は、どういう文化の国で、どういう人生を送ってきた、どういう考え方をする人なのだろうかと。
野球に疎い私でさえ、高校野球選手時代から、大谷翔平のニュース画像を見て、好感を抱いていた。アスリートとしてどう優れているのか、どういう活躍をしたのかは、詳しくは知らず、ただ写真を見て、
「かわいい」
と思った。ゴールデン・レトリーバー犬のかわいさと同質のかわいさ。
小学生時代の彼の写真もインターネットにあがっていて、それはゴールデン・レトリーバーの仔犬のようだ。
大型犬の特徴は、仔犬のころから、手(=前肢)がぶっといことだが、そこにまた、えも言われぬかわいさがある。大谷翔平本人が飼っているのはコーイケルホンディエとのことだが、小さめの犬種を飼うことにしたのは、本人が大柄だからだろうか。
……と、こんな話をしたのは、自分がアマノジャクではないことをわかっていただきたかったためである。
アマノジャクは、大谷翔平が「大人気者だから」嫌う。ゴールデン・レトリーバーが「人気犬種だから」嫌う。『鬼滅の刃』だって、「大ヒット漫画だから」嫌うだろう。自分が多数派ではないことで目立とうとするのがアマノジャクである。
いっぽう、「みんなに人気があるもの」を、人気があるゆえにではなく、その人の本心から、清らかに、好きになれないケースもある。このケースにおいては、好きになれないことを、その人は悲しんでいたり、悩んでいたりする。
ともかくも、「みんな見てるよ」「みんな知ってるよ」「みんなやってるよ」などという「みんな」は、決して人類すべてではない。
とりわけ、「かわいい」という感情はきわめて主観的なもので、本当に地球上の全員「みんな」が、だれかを、何かを、「かわいい」と感じることはない。
世の中には、濁りなき心で、大谷翔平の顔をかわいいと思わない人も、いるにはいるであろう。濁りなき心で、ゴールデン・レトリーバーをかわいいと思わない人もいるように。
私は、両者とも、すごく「かわいい」と思っているので、だから冒頭のとおり、そう思わない人は、いったいどんな人なのだろう、会ってみたい、と思うわけである。
「いったいどんな人が?」と考えてみて、そうだ清少納言などは、もしかしたら、〈ちひさきもの〉ではない大谷翔平やゴールデン・レトリーバーには、さして好感を抱かないかもしれない。
大きいと、それだけで「かわいくない」と感じる人は、世の中にはわりにいる。そうだ親戚のカナさん(女性)。
法事の後、寺の前の石垣にカナさんと腰をおろしてタクシーを待っていたら、後ろから散歩中の黒いラブラドール・レトリーバーが寄ってきた。
「これっ、△△(犬の名前)。すみません、人が大好きで」とリードを引く飼い主さん。「ぜんぜん、いいです」と私。よしよしと撫でる。尻尾パタパタ、顔ナメナメのラブラドールを、「かわいい!」と私は抱きしめたが、親戚のカナさんは私の鞄を引っ張り、鞄を楯にして震えんばかり。怖いと言う。理由は体が大きい上に被毛が黒いからだそうだ。
さらに、
「歯が……」
「歯が……」
と、ラブラドールの、歯に注視していっそうおびえる。
そんなカナさんも犬を飼っているのである。パピヨンを。
パピヨンにも歯は生えているだろうに、体格が大きいと歯も大きくなるから、それが怖いらしい。
チワワ、ポメラニアン、トイプードル、パグなど小型犬が人気の理由は、あながち日本の国土と家屋の狭さだけにあるのではないことが、よくわかるエピソード。
豆柴犬を紹介するウェブサイトにも、とある男性からこんな投稿があった。
《元々私は柴犬が大好き。でも柴犬って小犬の頃はかわいいんですけど、成犬になると大きくなりすぎて可愛さは半減してしまいます。その点豆柴は成犬になってもそこまで大きくなりませんし、子犬ならではのかわいさは残ったまま!小さいは正義!と体現したワンちゃんですね》
小さい=かわいい、と感じる人は、けっこう多いのであろう。
犬より猫が好きだという親戚や知人も、その理由として「猫は小さい」を挙げる人がずいぶんいる。
こういう嗜好の人は、大谷翔平を、「かわいい」とは思わないかもしれない。「かっこいい」とか「すばらしいアスリート」とは思っても。
私が「ウルトラかわいい」と思う犬種は、シベリアン・ハスキー、ゴールデン・レトリーバー、ラブラドール・レトリーバー、バーニーズ・マウンテン・ドッグ、サモエド等々である。
「おっきななりして、とんまなしぐさ」を見せるからだ。もし私がロシアの森を歩いていて、狼が腹を見せてごろごろしてきたら、「かわいい、かわいい、かわいい」と、メロメロにとろけてしまうと思う(野生動物の現実から、こんなことはありえないが)。
*狼のレタラに慕われ守られているアシリパさんが羨ましくて羨ましくて羨ましくてならない。*
とはいえ、上に挙げた大型犬種を「かわいい」と思うのは、個人的にたまたま、これら五種と接触する機会が多かったからであって、小型犬をかわいいと感じる人に、異論を唱えるわけでは決してない。
というのは、私は〈ちひさきもの〉である猫も、大好きなのだ。おうおうにして犬派は猫に好感を抱かず、猫派は犬に好感を抱かないが、私はどちらも大好きだ。
*幼児期は三毛猫といつも一緒で、寝る時も一緒の布団で寝ていた。*
……と、狭量ではないことも示しておいて、そこで、aibo(アイボ)だ。
このロボット犬への関心(購入欲?)は、はじめは小さなものであった。
健康を害した親の様子を見に、20年ほど滋賀-東京の往復生活をしていた歳月が私にはあった。気持ちがささくれることがよくあった。
住んでいる東京の集合住宅は動物を飼うのは禁止の物件であったし、禁止されておらずとも、犬猫は責任をもって飼わないとならない。いまの自分の環境では責任を果たせまいと、近所で遭遇する犬に癒されていた。飼い主さんの許可を得て、散歩に同行や代行をしたりしたので、よくなついてくれた。
歳月のうちに親は二人とも他界したが、こんどは自分が年をとっていた。老い先ずっといっしょにいられるとなるとロボットのほうがと、SONYのaibo購入について本格的に考えるようになった。
他社からもロボット犬や置き型の会話ロボットは発売されていて、「価格的にもこれくらいでいいかな」とも思いながら、SONY製というところに高度な性能を期待するわけである。でも、どうしても購入に踏み切れないでいる。
買うのに踏み切れないのは、ずばりルックスが原因。先にお詫びいたします、「かわいい」と思えないのである……。
あくまでも「私には」ということであって、かわいいと感じておられる方々が大勢おられることは納得できる。
ぬいぐるみ系デザインの3代目、現行6代目にも。いかにもメカ犬っぽいソリッド系デザインの初代、2、4、5代目にも。
*3代目=ERS-311、312。現行6代目モデル=ERS-1000。初代=ERS-110。2、4、5代目=ERS-210、ERS-220、ERS-7。
以上、「~代目」という呼称は発売の順番として、このコラム上に限って使っております。あしからず。*
むしろソリッド系のほうが、「かわいい」と感じる人の気持ちはわかる。
あんな顔してとんまなしぐさのシベリアン・ハスキーにぎゅっとハートをわしづかみにされるのと同じで、ソリッドな外見なのに、人なつっこい動きをしてきたら、そのギャップに「かわいい」をおぼえるのだと想う。
でも、買わなかった。ぬいぐるみ系もソリッド系も。
法事後のラブラドールとの遭遇時に親戚のカナさんが、
「歯が……」
「歯が……」
とおびえたように、私は、
「鼻が……」
「鼻が……」
と気になるのだ。
どう気になるか?
鋭利な刃物でスパッと鼻を切られたように見えるのである。
まだしもソリッド系は、機械の顔をしているので、「鼻が気になる」度合いは低かったが、それでもなんとなく気になったのに、ぬいぐるみ系となると、動物の顔をしているので、すごくすごく気になる。
3代目ぬいぐるみ系は、ちょっぴり突起した鼻だったから、買う手前までいったのだが、熊なのか犬なのかどっちつかずだなあとためらっているうち、パグ犬をイメージしたというデザイン(5代目)が出て、これが鼻スパッ切りで、一気に手をひっこめてしまった。
そして、いよいよ現行6代目が発売されると、(私には)もっとも、鼻スパッ切りに見えるデザインになっていた。
本物の犬猫も、従来から市場に出回っているふかふかしたぬいぐるみの犬猫も、犬猫の鼻というのは、ちょこんとふくらんで、まるみがある。
なのに、現行6代目は、鼻に相当する部分が、ふたたび先にお詫びします、方位磁石かメンソレータムの蓋を埋め込んだみたいに平べったいのがイヤッ。
何でもあの鼻はカメラになっているらしいのだが、鼻は実はカメラだなんて、「人間とそっくりだが、殺されると死体が消える*」みたいで、油断ならない感じがして癒されない。
*死体が消える=1967~1968年TVドラマ『インベーダー』。*
カメラ機能をどうしても付けないといけないのであれば、なにも無理に鼻の位置に嵌めなくても、首輪をしているようにして、首輪に嵌めるとか、ヘアバンドふうのものを巻いてもらっているようにしてバンドのアクセサリーとして嵌めるとか、顔の一部として使わないデザインにできなかったものなんだろうか?
さらに、現行6代目は尻尾が、また先にお詫びします、ヘビが動いているように見える。にゅるっと細長くて、
「尻尾が……」
「尻尾が……」
と、カナさんならおびえそうだ。
初代の尻尾も、サソリみたいで怖かったが、ソリッドな全体と、それなりに合っていたので、尻尾だけが、やたら目立つ度合いを低めていた。
ううむ、今からすれば、3代目で手を打っておくのだった。現行6代目と比べれば、そこそこにシンプルな顔ではないか。
現行6代目は、アニメの犬に近づき過ぎてしまった。あのパッチリ過ぎる目。
「目が……」
「目が……」
と、鼻、尻尾に続き、気になる。
あの目を「かわいい」と感じる人には(言いわけみたいだが)ほんとに文句はない。
が、あそこまでパッチリくりくりさせたことで、アニメの中「だけに」いる犬みたいで、かえって親しみが持てなくなる私のような者もいることも、ぜひSONYには、お伝えしたい。
現行6代目はそのまま販売しながら、さらにもう一つ、シンプルなかわいさのデザインも出してくださらないものでしょうか。
静岡県富士市の角替石材店の方の製作した「いし犬」のような雰囲気のデザインを待っております。
*西川(株)様には集英社とコラボでレタラの等身大抱き枕(白狼につき必ず洗濯可で)を発表してくださることを期待いたしております。*
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連載【顔を見る】
毎月第4金曜日更新
姫野カオルコ(ひめの・かおるこ)
作家。姫野嘉兵衛の表記もあり(「嘉兵衛」の読みはカオルコ)。1958年滋賀県甲賀市生れ。『昭和の犬』で第150回直木賞を受賞。『彼女は頭が悪いから』で第32回柴田錬三郎賞を受賞。他の著書に『ツ、イ、ラ、ク』『結婚は人生の墓場か?』『リアル・シンデレラ』『謎の毒親』『青春とは、』『悪口と幸せ』『顔面放談』などがある。
公式サイトhttps://himenoshiki.com/index.html