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No.12『鬼平犯科帳』池波正太郎 石田衣良「小説家・石田衣良を育てた50冊」

子供の頃から無類の本好きだった小説家・石田衣良。小説家になり、ついには直木賞作家へと駆け上がった彼がこれまで読んできた中で特に影響を受けた作品50冊を、人生の思い出とともに紹介する書評エッセイ。
[毎週金曜日更新]

photo:大塚佳男


 テレビ時代劇でたまに観ていたシリーズの原作をなぜ手にしたのか、いくら考えても定かではない。もともと時代小説は得意ではなかったし、池波正太郎の名前にも親しみは特に感じていなかった。ぼくは20代後半で毎日広告コピーを書き散らし、うんざりするほどサービス残業を続けていた。冴えない青春の日々である。
 けれど、とにかく夏のある午後、文春文庫の第1巻をさして期待せずに読み始めたのだ。時代ものが苦手でもするすると平易に読みすすめられる練達の文章、職人が組み上げた寄木の秘密箱のようにぴたりと寸法が合った仕上がり、そして長谷川平蔵という主人公の江戸時代らしく懐かしい「男らしさ」、口封じに商家を皆殺しにする残虐な盗人たち。これまで読んできた海外のSF・ミステリーには存在しなかった異質のおもしろさだった。この世界には恐ろしい作品があるものだ。
 寝そべったまま読み終えて(体感的には1時間弱)、すぐに外出の準備を始めた。なにせぼくの手元には1冊しかないのだ。すぐ書店にいって、もう5冊ほど仕入れてこなければ、ゆとりをもって続きを読めないではないか。池波さんも罪つくりである。続くひと月ほどの間に、ぼくは『鬼平犯科帳』24冊、『剣客商売』16冊、『仕掛人・藤枝梅安』7冊のすべてを読み切ることになる。あの夏は実に充実した、いい時間だった。

 劇作家から始まった池波さんのキャリアは、1950年代半ばから、しだいに時代小説へと移行していく。『錯乱』で直木賞を獲ったのが37歳のこと。当時の中間小説誌は現在とは比較にならない人気で、大活況を呈していた。少年マンガ誌のように数十万部も小説誌が売れるという作家と出版社にとってパラダイスのような時代だったのである。
 直木賞から7年後、44歳の池波さんは文藝春秋「オール讀物」で、最初のシリーズ『鬼平犯科帳』をスタートさせる。人気に火がつくのに時間はかからず、テレビで最初の連続ドラマが始まったのは、ほぼ2年後のこと。テレビシリーズは主役を替えながら間欠泉のように継続し、2016年の最新作まで、半世紀近く日本の時代劇を支えることとなる。先ほど作家と出版社にとっていい時代と書いたが、テレビ局にとっても間違いなく最良の時代を支えてくれたシリーズだろう。制作費の高い時代劇をテレビで観ることは、もうほとんどなくなったのだから。

 もちろん池波人気にほかの出版社も手をこまねいていなかった。『鬼平』から5年後、『剣客商売』が新潮社の「小説新潮」で、『仕掛人・藤枝梅安』が講談社の「小説現代」で連載を開始する。池波さんが亡くなるのは90年だが、人気の三大シリーズを休むことなく書き続け、最期までどの小説誌でも不動のエースとして看板を張ったのである。出版界の裏側を知る作家のひとりとして、池波さんのタフネスと衰えない力には感嘆せざるを得ない。ひとりで3つのチームと契約し、中5日で先発を続け、20年近くにわたり年15~20勝をあげるエース・ピッチャー。野球でいえば、そんなイメージだろうか。大谷翔平も真っ青の活躍である。
 ぼくも『鬼平犯科帳』には及ばないが、同じ小説誌で20年以上にわたり、連作シリーズ『池袋ウエストゲートパーク』を書き継いでいる。いつの頃からか、刊行点数で『鬼平』を抜くのが、ひそかな目標になっていった。初めて読んだときは、素晴らしく面白いけれど、自分とは縁遠い世界だと思っていたのに、不思議なものだ。だが、『鬼平』を見る目は、自分でもシリーズを書くうちに、ゆっくりと変化していった。どうすれば、長いながい連作を上手く続けられるのか。その教科書として『鬼平犯科帳』が浮上してきたのだ。

 学ぶべき特長は3つほどある。
 ひとつ目に、逆説的になるのだが、決してクライマックスをつくらないことである。シリーズものでは長編小説の山場のような高いピークをつくらないほうが、積極的にいいのだ。頂上まで登れば後は下りるだけ。ある高さのおもしろさやスリルを安定してキープする。頂上への全力アタックでなく、緩やかな稜線を縫ってトレッキングするのが、連作小説である。盛りあげ過ぎない、それが大切なのだ。ステーキは飽きるが、蕎麦は飽きない。何杯でもお代わりできるのは、丹念に仕込まれたくどさのない淡白な旨さのためである。
 ふたつ目は、文章の安定感だ。池波さんは太平洋戦争中、軍需工場で旋盤工として働いていたという。文章を読めば誰もが気づく通り、感覚が繊細で鋭敏だったのだろう。初めて扱う旋盤をまたたく間に習得し、戦争末期には技術を指導する教官になっていたという。文章を荒らさず、一定のテンポ感と感覚のよさを維持する。これもシリーズの継続には欠かせない条件だ。小説を書きすすめながら、文章や筋の運び、人物描写などに、細やかに神経を張りめぐらせる。池波さんはこの独特の集中力を「気働き」と呼んで、晩年に至るまで磨き続けていたという。
 そして3番目に、キャラクターづくりの強さと巧妙さがやってくる。長谷川平蔵配下の火付盗賊改方にずらりと揃う千両役者の面々の多彩さ、平蔵を慕う盗賊あがりの密偵たちの純心さとかげの深さ、なにより冷酷無惨な盗賊たちの造形の強さと悪の魅力である。こちらは血頭ちがしらの丹兵衛、くちなわの平十郎、墓火の秀五郎、妖盗葵小僧芳之助よしのすけなどなど気合いに満ちた命名だけでも、力の入れ具合がわかるというもの。理想をいうなら、小説のなかでは悪の魅力は主人公と同等の輝きをもつべきなのだ。

 池波正太郎の三大シリーズ中、どれを最上とするかは時代小説好きの間では、避けて通れない話題だ。昼の蕎麦屋で板わさかニシンの棒煮でもつまみ、冷えたビールを飲みながらであれば、ハイセンスで恰好のひま潰しになるだろう。『仕掛人』は全7冊と短めで、金で悪党を片づける殺し屋という、時代小説ではいささか特殊設定になるので、ひとまず置いておこう。そうなると『鬼平犯科帳』と『剣客商売』の一騎打ちということになる。
 ぼくはどちらのシリーズも好きだけれど、再読した回数では『剣客商売』のほうに分がある。最も偉大といえば『鬼平』という確信は揺らがないけれど、『剣客商売』の父と子とそれぞれの配偶者のファミリードラマが、実に読み味がいいのだ。秋山小兵衛という白髪頭の隠居剣客(無外流免許皆伝、ポリコレを鮮やかに無視した40歳年下の若い妻がいる)が主人公で、読者の高齢化がすすむ昨今、再評価の可能性が高いのではないだろうか。
 基本的には集団による捜査小説のスタイルとなる『鬼平』と比べると、『剣客商売』はタイトル通り剣豪小説の味が濃厚で、剣を抜いての立ち合いの場面では、やはりこちらのほうが迫力も読みごたえも一枚上手という気がする。
 好きなシリーズを、ひとりの作者の手によるもののなかから、こんなふうにあれこれと豊かに選べる。池波正太郎という卓越した腕を持つ職人気質かたぎの作家のおおきさには、現役の作家として敬意を払うしかない。3本はとても無理だが、池波さんに倣い、もう1本、ぼくもシリーズを立ちあげておけばよかったと、しみじみ感じている。ぼくのデビューは1997年で、池波さんが亡くなってから7年が経過していた。文学賞のパーティなどで、遠くからでもひと目見ることも叶わなかったのは、残念というほかない。

作品番号(12)
『鬼平犯科帳』全24巻   
池波正太郎
文春文庫 1974年~1994年刊

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【小説家・石田衣良を育てた50冊】
毎週金曜日更新

石田衣良(いしだ・いら)
1960年、東京生まれ。1997年「池袋ウエストゲートパーク」でオール讀物推理小説新人賞を受賞し、続編3編を加えた『池袋ウエストゲートパーク』でデビュー。2003年『4TEEN』で直木賞、2006年『眠れぬ真珠』で島清恋愛文学賞、2013年『北斗 ある殺人者の回心』で中央公論文芸賞を受賞。著書に『娼年』『夜の桃』『水を抱く』『禁猟区』などがある。
Twitter: @ishida_ira


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