北澤平祐 ぼくとねこのすれ違い交換日記 第1話「誰がねこの首に鈴をつける?/Who will bell the cat?」
本連載が書籍化します。
北澤平祐『ぼくとねこのすれちがい日記』2021年6月25日発売
【ぼく】4月16日
こかりの実家の裏庭で子猫を拾った。
目を開けずに、ミーミーと弱々しく鳴いていたので近所の動物病院に連れていった。こかりが学生時代にバイトをしていたところ。
幸い目やにでくっついていただけのようで、薬品を染み込ませた綿棒でなぞっただけで、子猫のまぶたはぱちりと開いた。瞳は大きく、まんまるで、薄い色をしていた。
「よかった」こかりは、子猫と長いこと見つめ合った後、
「この子、私を母親として刷り込んでいるんじゃないかしら?」と、真剣な顔で言った。
「刷り込みをするのは鳥だけだよ」僕は、少し呆れながら言ったが、こかりは取り合わず、
「たいら君、私決めたよ。この子は私が育てるから、母として」と宣言した。結婚する前からこかりはよく突拍子もないことを言うのでこういうのは慣れっこだけど、猫とはいえ、新しい命の扱いをこんな簡単に決めていいのかなあ?
しかし、こかりは、あっという間に引き取り話を進め、必要な書類にサインをし、ワクチンと去勢手術の予約もし、大量にもらった試供品を僕のバッグに詰めこんだ。こかりはいつもこうだ。良く言えば決断力がある、悪く言えば……やめておく。しかし、クーラー代すら賄えない我々に扶養家族ができるなんて心配だよ。
子猫は白黒のパンダ柄だったので、ホワンホワンと名付けた。
帰り道、こかりは「この子、私たちの招き猫になってくれるかもしれない、仕事が一杯入るかもよ」と嬉しそうにしていたけれど、パンダ柄の招き猫なんて見たことないよ。
【ミー】April 16th
あさからストレンジなことばかり。めをさましたはずなのになにもみえない。リボーンみたいにボディーがかるい。おまけに、きのうまでのことがおもいだせない。こまった。だれかのにおいがしたので「ミーはここだよ!」ってさわいだらだっこしてもらえた。そのだれかはミーにはなしかけてきたけれど、なにをいっているのかわからなかった。タイラーがいうことはぜんぶわかるのに。
どこかのへやについたら、ぎゅっとおさえつけられて、コールドななにかをまぶたにおしつけられた。あわててにげようとしたけれどむりだった。ミーはどうされちゃうんだろう。
あきらめてじっとがまんしていたらまぶたがひらくようになった。ひさびさのひかりはシャイニーすぎたのでぼーっとしていたらいきなりハグされた。ここにはこんでくれただれかかな、こえがいっしょだ。タイラーみたいだけれどちょっとちがう。シャムとミケくらいちがう。
それからミーはカーにのせられた。まどのそとのピンクフラワーがきれいだった。
まどにうつってるベイビーキャットにハローってしたらまったくおなじハローをかえしてきた。はっとして、テールをふったらおなじようにふってきた。
そりゃあボディーがかるいわけだ、なぜだかぼくはベイビーになっていたのだから。
ねこようせいによる「ねことわざ」解説
Who will bell the cat?
(誰がねこの首に鈴をつける?)
「bell the cat」は「困難に立ち向かう」「危険なことに挑戦する」って意味だよ。新しい家族を迎え入れるのは勇気がいること。そういう意味では、今回はこかりちゃんとたいら君がホワンちゃんに「鈴をつけた」話なのかもしれないね。でもホワンちゃんに本当に鈴をつけようとしたら暴れて暴れてたいら君はひっかき傷だらけにされちゃったらしいけれどね。
連載【ぼくとねこのすれ違い交換日記】
更新は終了しました。
※この記事は、2019年6月4日にホーム社の読み物サイトHBで公開したものです。